王命。
「陛下がお呼びです。ルートヴィヒ殿下」
部屋でヒルデと共に休憩をしていると、父の側近から声をかけられる。
彼女は気にする素振りなく、お菓子を口にしている。
「ヒルデ、行こうか」
「ふぁい」
クッキーを口にしたまま返事をする彼女に微笑んでいると、側近がわざとらしく咳払いをする。
「陛下は、殿下の身をお呼びです」
「ヒルデを連れて行ってはダメなのか?」
「私も連れてってくださーい」
「父上は、ルートヴィヒ様をお呼びです」
彼は表情を変えないまま言い方を変える。
父上と呼ぶということは、これは本当に二人だけしかダメなようだ。
覚悟を決めた僕は、ヒルデに待機をするように伝える。不貞腐れている表情をするので、慰めるように髪を撫でた。
やや不満気だが、父を怒らせるのは僕にとっても好ましくない。
あとで欲しいと言っていたものでもプレゼントしよう。
◇◆◇◆◇◆
「王太子教育はもうしなくて十分だ」
王座に座る父である国王に、こちらからの挨拶も受け取らずに、到着早々告げられた。
隣の王座に座る母である王妃、そして近くに控える妹である王女は冷めたでこちらを見ている。この場に、自分の居場所なんてないみたいな居心地の悪さが。
「ど、どうしてですか?」
「言わなくても自分が一番分かっているだろう」
「い、いえ…。言ってくださらないとわからないです」
震える声で絞り出すと、陛下はわざとらしく大きなため息を溢す。
「あの男爵令嬢が原因だ。あの人が、国費を貪っているのを知っているか?今、王家の財産は火の車だ」
重々しく告げられて三人を見つめる。以前に比べて装飾品が減った気がする。
それに、妹であるベルティーナはここ最近同じドレスを着用している。
まさかヒルデが原因というのか?最近、よくドレスを購入していると思っていたけれど、こんな場所で影響が出ているとは。
いや…だけど…本当にヒルデが悪いとは限らない。
「本当に…ヒルデが原因ですか?」
「お兄様、本当に仰ってます?ご理解いただけないようですので、こちらをお渡しさせていただきます」
一つ下の妹に吐き捨てるようなため息と共に紙束を渡される。
実の妹から汚いものを見るような目で見られたのは初めてだ。“お兄様、お兄様”と呼んでいたあの頃が懐かしい。
恐る恐る紙束を受け取ると、中身をざっと眺める。
その紙束の中身は、ヒルデが入り浸り始めてから、購入した物の数々だった。小さい物から大きい物までそれぞれ。
知らなかったとは言えないほどの金額だ。
「こ、これは…」
「見たままです。これがあの令嬢が使っていた総額です」
手に汗が溢れてくる。握っていた紙は汗で濡れている。
「まさか…これが原因ですか?王子教育をしなくていいのは」
「そうよ。あなたの新しい婚約者は、国費を貪っているの。そんな令状を選んだのはあなたなのだから、連帯責任です」
「で、でもっっ。僕がいなくなれば、王位に就く人はいません」
「何を言っている。ベルティーナがいるだろ」
「………え?」
ベルティーナは…妹は王女だ。
この国で王女から女王になる人はいなかった。
だから…僕が王になるのは決定事項。
「まさか…私が女王になるのは出来ないと思っています?」
鋭い視線が全身を射抜く。強張っている体は全く動かない。
「お兄様は、最近城下町にお出かけをしましたか?その現状は?民の暮らしはいかがでしたか?満足していましたか?」
口を挟むタイミングを与えられず、こちらは口をパクパクと魚のように動かすのみだ。
「私は少ない中で民が過ごしやすいように、やりくりをさせていただきました。その結果、国費を貪られても王家への反逆はありません」
「……そんなの」
「私一人では解決出来なかったでしょう」
分かっているじゃないか。
僕で解決出来ないのだから、十分な教育を受けていないベルティーナがわかるわけがない。
まぁ…現状を理解はできていないのだけど、
「アルベリヒが…リーシュ家筆頭に、とあるお方たちが手伝ってくださいました」
ほら、多くの人が動いている。
リーシュ家はギルベルトもいるはずだから、僕に対しても助言してくれるだろう。
とある方たちが引っかかるが、今はそれどころじゃない。
「まさかと思うが、リーシュ家が手伝ってくれると思っていないだろうな」
図星で狼狽る。
「ギルベルトは早々にお前に見切りをつけている。それによって、リーシュ家はルートヴィヒの味方ではないぞ」
リーシュ家は味方ではない、という言葉よりギルベルトが見切りをつけたという言葉が、深く胸を抉る。
そういえば…ヒルデと仲良くし始めたあたりから疎遠になっていたのは気がついていた。
だけど、それを見て見ぬふりをしていた。
「王に就くなら、本当の愛とやらを捨てろ。それが出来ないのなら、王は諦めるんだ」
…僕は…僕は。
可愛い表情や不貞腐れた表情をコロコロと見せてくれるヒルデを手放すなんて考えられない。
それに…王になりたいが、ヒルデなしではダメだ。
ヒルデなら、僕が王でなくとも受け入れてくれるはずだ。
「…王になるのは…諦めます」
「だそうだ、ベルティーナ」
「潔さだけがお兄様の美徳ですね。女王として頑張らせていただきますね」
同じ顔をしたベルティーナの余裕の笑みに、何も言えない僕は情けない。
それでも、僕にはヒルデがいる。
そうだ、ヒルデがいるんだ。
別に大丈夫だ…。王になれなくても、愛があればなんとかなるだろう。




