【書籍化記念番外編】『祝福』と『呪い』、そして家族
前回で100話となりました。
記念すべき100話は、ポールダンス世界大戦でした。
早朝。
いつものようにエルクウェッド様が、私の部屋に訪れた。
彼は、聞きたいことがあるのだと、私に言う。
彼の話を聞くと、どうやら私の家族を皇都に呼びたいらしい。
「婚姻式典の前に一度、会っておく必要がある。ソーニャ、一応聞いておくが、何か不都合なことはあるか?」
「いえ、特にありません。大丈夫です、エルクウェッド様」
自身の家族と会ったのは、後宮入り直前以来である。
私としても是非とも彼らに会いたかった。
「最近は手紙のやり取りを頻繁にしていますので」
「そうか。家族仲が良いのは、大変結構なことだ」
彼の言葉に、私は以前エルクウェッド様の父である前皇帝陛下と会った時のことを思い出す。
エルクウェッド様と私。
二人で前皇帝陛下と顔合わせをしたのだが、終始エルクウェッド様は人間扱いされていなかった。
異性どころか他人に興味が無いと思われていたし、その上急に肉体が分裂とか増殖とかすると思われていたのだ。
実の親から。
なので、事あるごとに彼は真顔で弁明していた。
ちなみに前皇帝陛下は、私に対しては常に好印象な様子であった。
おそらく人類を超越した存在となった(と思っている)エルクウェッド様を再び人類の枠組みに引き戻してくれたのが、私であると考えていたからだろう。
――ごめんなさい……お義父様。エルクウェッド様を超越させちゃったの、私なんです……。
そのため心の中で終始謝りっばなしだったのだった。
「当然だが、馬車や護衛等の手配はこちらでする。万が一の事態が起きないように万全を尽くすつもりだ。それとソーニャ、家族の各々の『祝福』と『呪い』は分かるか?」
「ええと、父と兄なら分かります」
「国に申告はしているか?」
「いえ、していないと思います。私もしていなかったので」
「そうか、別にそれは構わん。申告しなかったとしても罰せられることは無い。そもそも他者の二つの力を客観的に確認すること自体が困難だからな。何せ証明する手段が人によってはほぼ存在しないことだってある」
彼は「地道に何かしらの検証をするしかないが、国民全員を調べるのはあまり現実的ではない」と言う。
「今は私の中でのみ留めておく。とりあえず、こちらとしては二つの力に関して何か配慮する必要があるか知りたいだけだ。貴様のようにな」
「なるほど、分かりました」
なので、一人ずつ私は彼に教える。
「確か父は、【軽い物を持つ時に両手の小指を立てると頼り甲斐のある男前な雰囲気になる】『祝福』でした」
「ほう、『呪い』は?」
「【軽い物を持つ時に両手の小指を立てないと、足が攣りやすくなる】です」
なので、食事時やティータイムの際にフォークやナイフ、カップなどを持つたび父の小指はピンとしていた。
書斎で書類仕事をしている時も、父は小指を直立させながら筆を紙に走らせていたのだった。
「そうか。それなら、特に問題は無さそうだな。ごくありふれたものだ。義父君には、常に小指をピンピンにしていてもらおう」
「はい。そして、次に兄ですが、少し注意しなければならないかもしれません」
彼に告げる。私の兄は――
「『祝福』は【週に一度、真面目な空気の中で突然一発ギャグをかますと、数字の計算が早くなる】で、『呪い』は【週に一度、真面目な空気の中で突然一発ギャグをかまさないとほとんど計算ミスする】なんです」
子供の頃、兄から「なあ、ソーニャ。1+1の答えはなんだと思う? 俺は――多分100だと思う」と真面目な口調で言われたことがあった。あの時は、本当に何と言葉を返せば良いのか分からなかった。
だから兄は、基本的に真面目な空気になったら突然、悲しそうな表情で「ほんまごめん、今から一発芸するね……」と告げて、私たち家族の前で渾身のギャグを披露するのである。……大抵、思いっきり滑ってさらに悲しそうな表情になってしまうのだが。
「記憶に一番新しい兄のギャグは、『朝起きたら腹筋が十一個に割れていた人の真似』ですね」
「奇数か。個人的にポイントが高いな。それにリアクション芸は、短時間で強いインパクトを他者に与えることに長けている。悪くない」
どうやら兄のギャグセンスは、エルクウェッド様のお眼鏡にかなうものであったらしい。よかった。
兄の二つの力は、前皇帝陛下のものと少し似ているなと昔から思っていたのだ。
なので、兄が褒められてとても嬉しかった。
「しかし期間指定がある上、状況指定もあるのか。確かに少し厄介ではあるが――配慮は十分可能だろう。類例はいくつか把握している」
彼の言葉に「はい」と私は頷く。
そうなのだ。何せ――
「故意にその条件を発生させてしまえばいい。わざわざ受け身でいる必要はない」
私とは違い、確かな対処法が存在していたのだ。
「実家では『兄が一発芸を放つために必要な真面目な時間』を設けていました」
毎週、必ず三十分だけ。集まった私たちは、揃って真面目になっていた。
家族間での通称は『スーパーデラックス真面目タイム』である。
そして、毎回兄は盛大に滑るのであった。
「分かった。気に留めておこう。仮にもしも義兄君が大勢の前で一発ギャグを披露することになったなら、責任を取って私もその後に続こう」
やめてください。お願いですから。
私は、やんわりとその考えを変えてくれるように意思表示した後に、言葉を続ける。
私の家族は、兄と父。そして――母がいた。
体が弱く、よく部屋に篭りがちで。
そして、死んでばかりいた私に世間一般の常識を教えてくれた病弱ながらも優しい母が。
だからこそ、
「すみません、母は昔から二つの力についてわたしにだけは秘密にしていまして……。私自身も家族には隠しているのであまり深く聞けないんです。おそらく、そのことを負い目に感じないように母はそうしているんだと思うのですが……」
「それなら仕方ない。気にするな。会った時に直接尋ねるだけだ」
彼は「貴様を探す際に尋ねすぎて慣れてしまった」と笑うのだった。
はい、あの、その節は……大変申し訳ございません……。
その後、私の家族が皇城に招待され――そして、私はその時に母の二つの力を初めて知ることになる。
「――ええっ!? お母様の『祝福』って、【仮病状態だと、体がすこぶる健康になる】で、『呪い』は【仮病を止めてしばらくすると、まあまあなレベルでフラフラになる】だったの!?」
死ぬので見学すらもしないようにしていた領内の球技大会では、健脚強肩の領主夫人として知られており、何ならチームの最終兵器として起用されることすらあるのだと、後になって判明するのだった――
これで更新は以上となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました!