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番外.白雪姫は大切にしたい

「あら、おかえり、セイハ」

「お邪魔してまーす」


「……いつからここは溜まり場になったんだ」


「セイハ。おかえり?」

「あ、ただいま」

「拘るのはそこなんだ」


 家に帰ったセイハが目にしたのは、女性二人――白雪と最近白雪と仲良くしてるらしいホンファがお茶を飲む姿だった。クッキーなども添えられており、正に優雅な午後のティータイムだ。

「クッキーはホンファに頂いたの。とても美味しいのよ」

 クッキーなんて洒落たもんが家にあっただろうかというセイハの思考を読んだように、白雪が自慢げに言う。何故白雪が威張っているのだ。上着を脱いだセイハは、二人の方に近付いた。

 セイハ、と白雪に名を呼ばれて、セイハは少し腰を屈めた。

「…ん。ふぅん、うまいもんだな」

「でしょう?作り方を教えてもらったから、今度作ってみるつもりなの」

「そりゃよかったな。珍しいホンファの得意分野だ。存分に吸い取ってやれ」

 普通の料理ならともかく、セイハは菓子作りなどはてんで駄目なのでいいことだろう。主に七つ子が喜びそうだ。

「……こわ」

 さりげなく貶されたホンファは、それを突っ込むことも出来ず、手を洗いに行ったセイハの背をただ見つめた。外から帰ったらまず手を洗う。ここの家でのルールのひとつだ。

「こいつの吸引力はすごいぞ。すぐ覚える」

「吸引力って……。いやいや、違うよ?別にあたし、白雪の頭の良さをどうこう言ったわけじゃないから」

 首を振るホンファに、じゃあ何が怖いんだと尋ねれば、アンタよ、と呆れたように返された。

「セイハって堅物っていうか、頑固っていうか……まあ、ぶっちゃけ面倒な奴じゃん。無愛想だし」

「散々な言われようだな」

 ホンファの言い分にセイハは片眉を上げた。否定は出来ない。取り敢えず、確かに!と手を叩く白雪の額を軽く小突いておく。

「……。

 お伽噺のお姫さまあたりに出てきそうな白雪と結び付かないね~って話を友達としてたんだけど…」

 ホンファは何とも言えぬ顔をしながら、最後には諦めたようにため息をついた。セイハはそんなホンファの様子に首を傾げる。

「俺としては、ちゃっかり批評してるお前らのがよっぽど怖いがな。

 しかし、“お伽噺のお姫さま”ときたか。」

「あら、ピッタリじゃない。私はそこいらのお姫さまには負ける気がしないわ」

「はいはい。その自信には誰も勝てないだろうよ」

 外見や口調はそうかもしれないが、こんな謙虚さの欠片もないヒロインはちょっと嫌だ。えへん、と胸を張る白雪は相変わらずで、セイハは苦笑しながら適当に往なした。

「甘い」

「そうかしら。私はこのくらいが好きよ?」

 吐き出すように呟いたホンファに、紅茶にも合うし、子供達も好きそうだもの、と白雪はほわりと笑いかけた。




「セイハセイハ」

 女同士で積もる話もあるだろうと書斎の方に引っ込んだセイハは、白雪の呼び掛けに顔を上げた。

「どうかしたか」

「ええとね…」

 白雪が言葉を濁す。何かしでかしたらしいと、セイハは白雪の困ったような表情から読み取った。

「怒らない?」

「怒られるようなことしたんだな」

 そうなの、と白雪は素直に頷く。自覚症状があるのは喜ばしい。白雪は無自覚にとんでもないことをしでかすので、自覚がある方が割りと常識的なしくじりなことが多いのだ。

「ホンファが酔っぱらってしまって」


 何をやってんだ、コイツらは。



 リビングを覗けば、ホンファが独りでケラケラと笑っていた。完全に出来上がっている。笑い上戸か。面倒臭い。

「お前、なんで酒なんか出してんだ」

 さっきまで和やかなティータイムと洒落こんでたくせに、どうすればまだ明るいこの時間に酒を出す状況になるのか。

「ホンファがね、飲みたいって言ったから、そういえば美味しいお酒があったなって思い出したの」

「もうちょい前から説明しろ」

 前?と考え込む白雪に、セイハがいなくなってからのことを全部言えと促す。いい歳した大人のくせに人ん家で出来上がってる奴にプライバシーはない。

「セイハとはどんな感じなのかって聞かれて、」

「そこは省略しろ」

 セイハのプライバシーもなかったらしい。セイハは聞かなかったことにして先を促す。

「で、色々お喋りしてたら、ホンファが机に伏せて、

『くそったれ!なんでそんな昔から知ってる奴のメロメロ話なんぞ聞かにゃならんのだ!セイハのくせにズルい!不公平だ!酒!強い酒持ってこい!!』

 って。」

「……。」

 そこまで言わせる白雪の話に突っ込むべきか、聞いといて悪態をつくホンファに突っ込むべきか、常套句を真に受けて本当に酒を振る舞った白雪を突っ込むべきか、セイハのくせに、という随分な言い方に突っ込むべきか。セイハは熟考の末、下手くそなモノマネはやめた方がいいぞと白雪に進言した。ちょっと今のは酷すぎた。

 少ししか飲んでないのに、と首を傾げる白雪を横目に、ホンファはそんなに酒に弱かっただろうか、と考える。しかし、美味しい酒、という白雪の言葉にピンと思い至った。そして頭を抱える。ホンファ、悪い。

「お前、もしかしてアレ出したのか…?」

「ええ。セイハは好きではないのでしょう?それなら大丈夫かと思って」

 好きでないのではない。飲めないのだ。面倒臭いなどと思ってしまい本当に申し訳無い気持ちになる。過失は完全にこちらだ。上戸(白雪)の美味しい酒は普通の奴は飲めたものではない。

 白雪に、如何に白雪のアルコール耐性が異常で他と違うか言い聞かせていると、ホンファ(酔っぱらい)がこちらを振り向いた。ホンファの笑いの擬音語がケラケラからニヤニヤに変わる。

「セイハ~

 あんた、白雪のどこに惚れたの?」

 ホンファは腹が立つ程度のニヤついた顔をしながら尋ねた。シンにも是非見せてやりたいような顔だ。セイハは思いきり顔を顰めたが、酒の力も借りてかホンファはどこ吹く風と動じた様子がない。相手は酔っぱらいなのだ(しかも白雪(こちら)に負い目がある)と自身に言い聞かせるセイハを他所に、酔っぱらいの攻撃は容赦ない。

「やっぱり顔?顔かぁ。顔だよね。なかなかいないわよね、こんな美人。はぁ、なんでセイハなんかがこんな美人をゲットしちゃったかね。」

 世の中何が起こるか分からないわね~とケラケラと笑うホンファは、珍しくセイハより優位な状況を心底楽しんでいる。

「なかなかいない、レベルではないわ。滅多にいないわ、こんな美人」

 白雪は通常運転のようだ。何よりだ。

「はいはい。

 ったく、羨ましいったらないわ。こんな染みもない真っ白い肌しちゃって」

 ホンファは白雪の白い肌が気に入りらしい。両手で白雪の頬を包んでぐりぐりとこねる。ホンファの(面倒臭い)酔いを冷まさせようと、取り敢えず水を取りに行こうとすると、ホンファはそれを目敏く見つけ、逃がしてはくれなかった。

「ね!当たりでしょ!」

「……何が」

「何に惚れたか」

 まだその話は続いていたのかとセイハは目を眇めた。いつもなら知らん、だとか言ってそっぽを向くところだが、今回はそういうわけにはいかなかった。このまま逃げれば、ホンファの勝手な憶測が事実に置き換えられてしまうだろう。いくら酔っぱらいの戯言とは言え、それは甚だ不本意だ。

「…言っとくが、俺は別にそいつの見てくれに落ちたつもりはないぞ」

「えぇ!」

 大袈裟と言えるほどのホンファに対して白雪はなかなかアクションを起こさない。起こして欲しいわけではないが、それはそれで気になって横目で確かめる。白雪は驚きではなく呆けた様子だった。セイハはその真意を頭をフル回転させて考える。

「あ……、見てくれじゃなくて、見た目。容姿」

 セイハの必死の挽回のかいなく、白雪は固まったままだ。内心冷や汗をかくセイハにホンファが、じゃあどこ~?とまとわりつく。最初に見た目の話を持ち込んだのは、セイハの本音を釣るためのダミーだったらしい。そんな芸当が出来る奴だなんて数十年来の付き合いだが、知らなかった。

 白雪が来てから知り合いの知らない面がぽんぽん出てきて、日々驚いてばかりだ。忙しないが、悪くはない。

 ホンファにからかわれるのは気にくわないが。


「顔以外、私のどこを気に入るっていうの?」


 白雪がぽつりと言葉を落とした。

 またまた~と変わらずにやけたままのホンファが白雪を振り返る。

「もう、白雪ったら相変わらずなん、」

 ホンファの笑い声がピタリと止まった。

 ホンファの酔いが一気に覚めていく。

 ホンファは白雪の言葉をいつもの調子の言葉、こんなに美しい容姿なのだから気に入らないわけがないじゃないという意味合いの冗談と受け取っていたのだ。だが、白雪の表情からするにとても冗談を言ったような様子ではなかった。

 白雪の顔に浮かぶ感情を形容するとすれば、驚きや困惑、そしてほんの少しの不安。

 そこから垣間見えるのは、自身の見た目への絶対的な自信と、


「……。そ、そんなわけないじゃん。白雪いいとこ沢山あるでしょ?」


 ホンファは動揺と誰かに対する罵声を押し殺してなんとか言葉を捻り出す。

「だって、他に何があるというの?」

 白雪は卑屈でもなく、不思議そうに首を傾げた。ホンファは頭を抱えてしまいたくなるのを必死にこらえ、白雪の元に大股で近付いた。そして、両肩を強く掴む。

「刺繍も売り物に出来そうなくらい上手いし、センスいいし、頭もいいし。料理とかの家事もきちんと出来るし。性格だって明るいし、愛想もいいし、白雪のはっきりしたしゃんとした性格、私は大好きだよ

 美人なのは確かだけど、白雪のいいとこ、沢山知ってるから私は白雪の友達してるの!わかった!?」

 分からないならもっと長所挙げてもいいけど!?と迫れば、白雪は素直に分かっていると頷いた。

「ふふ、そんなに捲し立てなくても、ホンファが私を好きには知っているわ。私もホンファが大好きよ」

「うううう、大好き!」

 可笑しそうに笑う白雪をホンファは変な呻き声をあげたあと、感極まってそのまま抱き締めた。気がすむまで抱き締めつくしたホンファは徐にセイハに向き直った。

「……セイハ、私、あんたがそんなにも馬鹿だとは知らなかったわ」

「………。」

 ホンファは白雪を背に庇うようにして、先程から声を発さないどころか微動だにしないセイハを目附た。

「? セイハは結構バカよ?」

 緊迫した場の空気を感じているのか感じていないのか、白雪は会話に加わった。そのままセイハの抜けたエピソードを披露しようとしたが、それはホンファに止められる。今、のろけ話はお呼びでない。

 今のセイハとまともに話し合うことを諦めたホンファは、白雪に向き直った。

「私が白雪好きなことは分かっているんだよね?」

「ええ、そうね」

「じゃあ…セイハが白雪のこと……大事にしてるのも分かってる?」

 呆けていたセイハはホンファの発言に目を剥く。だが、口を動かすだけで、声を発することは出来なかった。セイハに遮る権利は与えられていないのだ。

 大事、と言い換えたのはホンファの温情だ。それに、それはホンファが言うべきことではないと思ったのだ。それは、セイハがきちんと伝えるべきだ。

 白雪はキョトンとした後、また――先程とは少しだけ違った風に可笑しそうに笑った。


「知っている」


 白雪の表情に、ホンファは暫し目を丸くした後息を溢すように笑った。

「そう、それはよかった」

 ニッコリと白雪に応えたホンファはその顔を維持したままセイハに歩み寄った。その顔は歩みを進めるごとに迫力を増していく。

「セイハ」

「………おう」

「敬語」

「はい」

 ホンファはセイハの胸ぐらを掴むと、自分の目線より下にいくように促した。セイハはそれに従いつつも、ホンファと目を合わせることは決してしない。

「言いたいことは、わかるよね?」

「……はい」

「何をすべきかわかるよね?」

「……はい」

 ホンファは痛そうな顔をしているセイハは沢山の感情を込めて睨み付けた後、はあ、と見せよがしにため息をついた。ホンファだって、一番衝撃を受けているのはセイハだと分かっているのだ。この怒りはどうしようもないけれど。

 ホンファは暫し躊躇った後、まあ、と目を伏せた。

「まあ、あの考え方に到るような色々なことが白雪にはあったんだろうけど。」

「……。」

 口を噤んだセイハに、ホンファが呆れたように笑った。

「そんなに思い詰めなくても、むやみやたらに突っ込むつもりはないよ」

「悪い」

 ホンファは随分白雪と仲良くやっている。白雪を知れば知るほど、大切にすればするほど、白雪の自分達とは違うズレに気づくだろう。それでも黙って付き合ってくれるホンファに、白雪がどれだけ救われているか分からない。セイハは他者として白雪を肯定してやることは出来ない。他者になど、もうなりきれない。それはセイハには出来ないことだ。だからホンファの存在が白雪には必要なのだ。

「けど、まあ、セイハくん?

 それを否定して、その考えをぶっ壊すのがあんたの役目だよね?」

 ごもっとも。

「男のヒトってさぁ、言葉じゃなくて行動でしめそうとかいう独りよがりなこと考える人いるよねぇ?」

 ぐうの音も出ない。

 降参の意思を示すようにセイハは両手をひらひらと目の前にかざした。

「折角来てくれて悪いんだが、白雪と話がしたいから今日はこの辺にしといてくれないか?」

「よろしい。」

 絞り出したセイハの言葉に、ホンファは我が意を得たようにニヤリとする。これで当分、セイハはホンファに頭が上がらないだろう。まあ、致し方ない。


 酔いはどうかと尋ねれば、ホンファは思い出したように口許を手で覆った。顔色も心無しか青い。これに関しては本当に申し訳無い。

「取り敢えず、薬出そう。送っていくか?」

「薬はいる。けど、送迎は大丈夫…。たぶん、シンがそろそろ迎えにくるし」

 シン?と鸚鵡返ししようとすると、狙ったように丁度ドアがノックされた。席について大人しくお茶を飲んでいた白雪は扉へ向かった。

「こんにちは」

「シンさん、いらっしゃい」

 ドアを開ければ、鳶色の目を細めた好青年が立っていた。

「あれ、セイハさん。」

 白雪と軽く挨拶を済ませて、こちらに視線を寄越す。お久しぶりです、とシンはセイハに向かって穏やかに笑った。自分には決して出来ないであろうその柔らかさにセイハはいつものように感心しながらおう、と応じた。

「ホンファを迎えに来たのですが、大丈夫ですか?」

「丁度よかった。俺の監督不届きでホンファを酔わせてしまってな。申し訳ない。大分落ち着いてきたようなんだが、任せて大丈夫か?」

 そう尋ねれば、シンはふわりと微笑んで、ええ、と頷く。元々人当たりのいい穏やかな青年だが、ホンファ、と呼びかける声色は大層柔らかい。たぶん、以前のセイハでは気付かなかっただろう。ほう、とセイハは少し驚く。不公平だと喚いていたが、そうでもなさそうだ。

 それを茶化すほど、今のセイハに余裕はないが。



 ホンファ達を見送った後、白雪はなんともないように片付けを始めた。いや、『ように』ではなく、実際白雪にとってはなんともないのだろう。セイハはありがたいような困るような複雑な心境になる。取り敢えず、目の前の問題は切り出しにくいということだ。セイハは片付けの手伝いをしながら、頭をフル回転させる。ホンファにそこらへんの助言も貰っておけばよかった。見返りが少し怖いが。

 そんなセイハを他所に、白雪は手もきちんと動いているが、口も随分と忙しく動いている。ホンファがこんなことを言っていた、シンとはこんなことがあったらしい、ホンファを通じて街の誰それに刺繍を教えることになっただとか。一生懸命に、そしてそれは楽しそうに白雪はセイハに伝えた。

「……お前は本当にホンファが好きだな」

 苦笑と共につい出た呟きに、白雪は一度驚いたように目を瞬いたが、すぐに笑って頷いた。

「ええ、好きよ。

 町の皆、大好きよ。シンも花屋のおばあさんも、魚屋のおじさんも、床屋のおばさんも。皆、みーんな。」

 細められた目の奥の碧も、耳に心地好いソプラノも、笑う度に肩口で揺れる黒髪も、全部綺麗だと思う。きっと自分は、奴のモノは問答無用で綺麗だと思ってしまうのだろうなぁ、とセイハは思う。それくらいには形無しだ。

「人と関わることがこんな素敵なことだなんて知らなかった。全く予想できなくて、とても面白い。」

「…そう思えるお前は、すごいと思うぞ」

 転がり出た本音は、たぶん弱音の類いのものだ。セイハは白雪に会うまで、こんなに自分が弱く、ちっぽけな人間だとは知らず、もっとましな人間だと勘違いしていた。

 そんなセイハを白雪はどうかしら、と笑い飛ばす。

「前は向こうが何を言ってくるか分かっていたし、それに自分が何と応えるかも、決まっていた。それをただ遂行することが人と関わるということだと思っていた。そんな味気ない機械的な生き方だったから、私は自称・シアワセに飛び付いたのだと思うわ。

 ねえ、セイハ。勘違いされるのは腹立たしいから、きちんと言っておくわ」

 白雪は手を止めて、セイハの正面に移動してセイハを見上げた。

「私はセイハに会って変わったの。つまり、セイハのせいで変わった私が『楽しい』と言えば、セイハのせい。変わった私が褒められても、それはセイハのせい。

 そこのところを、貴方は自覚するべきだわ」

「……。」

 セイハは虚をつかれたように目を見張る。そして、口許は微かに弧を描く。自覚、ねぇ、とセイハは口の中で呟いた。

 もしかしたら、セイハはホンファに怒られた意味も全部理解できてはいなかったのかもしれない。セイハはきちんと伝えられてなかったことに勝手にショックを受けただけだ。

 大切だと一方的に思ったって仕様がないのだ。大切にされていると相手に自覚させないと、いくら大切にしようと意味がないのかもしれない。成立しないのかもしれない。

 セイハは少し腰を屈めて、白雪と目線を合わせる。顔にかかった黒髪を耳にかけてやり、頬に手を添える。

「分かった。肝に命じよう。

 では、俺からもひとつ。そういう意味の分からん論を堂々と言って退けるお前、白雪を俺は驚くくらい大切にしているんだ。だから、お前が唯一持つモノだと思い込んでるらしい見てくれだって、ぶっ飛んだ思考だって、面倒な性格だって、何だって大切なんだ。俺はきっと、上等な恋人ではないだろうと思う。けど、大切にしたいんだ。」

 碧の瞳に自分が映っているのを確認しながら、セイハは語った。そして額をコツンと合わせる。


「だから、どうか自覚をよくしておいてくれ。」


 うんともすんとも言わない白雪をセイハは喉の奥で笑った。白雪の表情(かお)をみた上で、返事は、と促す。性格が悪いと言ってもらっても構わない。セイハとて必死なのだ。

「……セイハは、」

「俺は?」

「…セイハは、上等じゃないなんてことはないわ」

 あぁ、お前はそこを拾うのか、とセイハは目を細めた。

 そこはいいんだよ、と呆れる気持ちも確かにあるが、白雪らしいと愛おしく思う気持ちの方がそれを上回るのだからセイハも手に負えない。首ったけ。めろめろ。骨抜き。どれでも正解だ。

 元々血色のよい頬を親指で優しく擦る。

 とはいえ、平生以上にそこが赤くなっている白雪が、上等云々以外のセイハの言葉もきちんと拾ったのは明らかだ。

「そうか。悪かったな」

「ええ」

 頷く白雪に、で?と促す。

「返事は?」

 返事、と白雪は一拍逡巡した後、口を戦慄かせる。分かりやすくて助かる。

「取り敢えず頷いてもらえると、助かるな」

「……私は、さっきから知っていると、言ってるもの」

 白雪は声が裏返るのを誤魔化すように強い口調で言う。

 その割りには随分と動揺しているようだが、というからかいはなんとか内にとどめる。

 黙ってじっと白雪を見つめていると、根負けしたように白雪がむくれながら口を開いた。珍しくセイハの根勝ちだ。

「…分かったわ。」

「それはよかった。」

 くつくつと笑うセイハに、白雪は悔しそうな表情をして見上げる。


「私の方が、ずっと沢山セイハは大切にしているわ!」


 相変わらず変なとこで食いつくな、と思ったが、ここは敢えてセイハも食いつき返しておこうと思う。先程は珍しく根勝ちしたが、実はセイハには必勝法があった。

 合わせていた額を一旦離し、額の変わりに唇をそこに合わせる。これで白雪は数秒黙って、セイハの勝利だ。


「それはどうかな」

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