8 前世が勇者?魔法が使えた?それは結構。で、それで無一文の状況が改善されるの?
前書き
ここから2章ですが、今回は繋ぎの意味が強い話になってしまった気が~
異世界に飛ばされて、女の子にキスされたら、実は前世が勇者様でした。
おまけに、思い出した魔法の呪文を唱えたら魔法が使えた。
……どこのチート系ラノベですか?
っていうか、設定が被ってる話が多すぎて、もはやテンプレの一つでしょう。
そう、従兄弟のコウのことを思わずにいられないヤクモ。
今のところヤクモは、自分たちが異世界にやってきてしまったことは認めていた。
だからと言って、自分に特別な力などない。
もっとも、麗しの美女で、だいたいの男を狂わせてしまうような外見をしているヤクモは、その時点ですでにチート能力を持っていると言っていいだろう。
ただ、それは彼の性別が女だったら間違いなくチートだ。
性別が男なので、単なる喜劇にしかならない。
ただ、彼の場合の第二のチートは、日本に来る前……つまり12歳の時点で、既に海外の大学を卒業しているという点だ。
異世界ではともかく、現実の日本社会では、それほどの学力があればチートだ。
おまけに言語も英語、日本語はもとより、複数化国語をマスターしている。日本にこだわらなくても、別の国で十分に社会で通用する能力を発揮できる。
異世界で攻撃魔法が使えるよりも、リアルでよっぼとチートな能力を持っていた。
とはいえ、優れた頭脳だろうが、異能の力であろうが、そんなものがあっても死んだ人間が生き返ることはない。
ヤクモはこの世界のことをファンタジーワールドなどと呼んでいたが、村で殺された人たちの姿と、その後死体を埋葬するまでの間に、ここが単なるファンタジーの世界でなく、人が死ぬことのある、リアルな世界であると体験させられた。
今いる場所は、夢の国でも、おとぎ話の世界でもないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、フィリアの案内でヤクモとコウは、近くの町へたどり着いた。
人口は1500人ほどの小さな町だ。
この町にはフィリアの村にたまにやってくる行商人が住んでいて、この行商を頼ることにした。
行商はフィリアの話から、村が全滅させられたことを聞いて驚くと共に、フィリアたちを1日だが、ただで家に泊めてくれた。
とはいえ、行商にはそれ以上フィリアたちにできることがない。へき地で行商を細々としているため、3人も面倒を見るほどの稼ぎなどない。
それに、町も小さい。
「金なし、金品もなし、食い物もなし。おまけにこの世界のことは、右も左もわからない状態」
「ひどい状態だね」
ヤクモが上げていく現状に、コウが苦笑する。
「でも一番ヤバいのは、食い物だよな。金がないと手に入らないし、山で原始人みたいな生活はもう嫌だし……」
「……」
この数日に食べたものは、村に僅かに残されていた食料と、山に生えている食べられる木の実や山菜だけだった。
餓死はなんとか免れているが、こんな生活をいつまでも続けていては、気が狂ってしまう。
「せめて、町で働き口になりそうなものがあればよかったのに……」
残念なことに、小さな町なので仕事なんてない。
みんな生活を送っていくだけで精いっぱいで、見ず知らずの男2人の面倒を見てくれる人間なんて、ただの1人もいなかった。
いや、フィリアでさえ、この町では仕事を手に入れられるわけでない。
となると、3人とも無職の状態で、山をさ迷い歩いて生きていくしかないのか?
ネットの世界だと、働いたら負けなどというニート用語もあるが、「働かなきゃ食っていけないんだよ!」が、現在のヤクモたちの状態だった。
そんなヤクモたちを見かねてか、行商は、「品物の売買でもっと大きな街に行くから、よければ君たちも来るといい。少なくとも、この町とは違って、働く場所はあるはずだ」と提案してくれた。
山での餓死などしたくない3人は、行商の提案に1も2もなく同意するしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなわけで、ヤクモたちは行商が商品を乗せた馬車とともに、大きな街へ行くことになった。
ただ、行商の話では、同中では魔物が出るらしい。
「やっぱり、ファンタジーワールドなんだな」
と、思うヤクモ。
「そんな危険な場所を行くなら、武器がいるんじゃないですか?」
剣も弓矢もない。武装しているように見えない行商の姿に、コウは疑問を持った。
――前世が勇者様だと、そんなことに気付くのか。
とはいえ、コウの言うことは、もっともだとヤクモも思う。
そんな2人の前で、行商はニヤリと笑って懐から武器を取り出した。
鉄でできた筒。
「……銃?」
俗にいうハンドガンだ。
――中世風ファンタジー終了。
剣や弓より、鉛玉の方が圧倒的に強い。
商人の銃に、ヤクモもコウも十分強力な武器を持っていると納得した。
「魔銃というものだよ。弾の値が張るが、これがあればそこらの魔物を追い払うには十分だからのう」
そう言って懐に銃をしまう行商。
「魔銃ってことは、使うには魔法が使えないといけないんですか?」
そう尋ねるたのはコウ。
「いいや、銃弾には既に魔法使いによって魔術が施されている。これを撃てば、弾に込められた魔術が発動して、大爆発がおきるんじゃ」
そう行商は説明してくれた。
そんな説明を聞いた後、ヤクモはコウにしか聞こえない小声で尋ねた。
「なあ、お前の前世には魔銃なんて武器はあったのか?」
「いや、あんなもの見るの初めてだ。僕の記憶にある世界は、魔法はあっても、銃火器なんてなかったから」
「なるほどなー」
コウの記憶も、どこまで役に立つか分からない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
幸い、魔族に襲われることもなく、ヤクモたち一行は目指す街へとたどり着いた。
行商と共にたどり着いた町の名は、ノインターシュという。名前が長いので、略称はノインで通っている。
今までに見てきたフィリアの住んでいた村や、行商のいた町とは規模が全く違っていた。
石造りの巨大な城壁が街の周囲を巡っていて、巨大な城門が各所に開かれている。街の道路は石畳で舗装され、建物は3、4階建ての石造りのものが多い。中には、10階近くの高層建築まである。
ヨーロッパ風の城壁都市だ。
ただし、防御に重点が置かれた都市であれば、都市内部は複雑に建物と通路が入り組んでいて、外敵が侵入した際に都市の内部で迷うようになっている。だが、この街の通りは真っ直ぐに整備されていて、防御でなく、人と物の往来を優先した造りとなっていた。
このノインは、都市本体とその周辺に広がる町や村を合わせた都市圏全体で、8万人ほどの人口を抱えているとのことだ。
ヤクモとコウが住んでいた街は、人口が30万ほど。
日本の規模で考えるなら、特別大きな都市と思えないが、今までに見てきた町と比べ物にならない大きさに、ヤクモもコウも驚きを隠すことができなかった。
それに、街を通る道路は、人や物であふれている。
今までの町では、人通りには人が1人2人いればいい程度で、店に並んでいる商品などたかが知れていた。
そのことが、辺境の町や村と違い、この街が生きているのだと印象を受ける。
ノインの街に到着した後、行商はこの町に来た時にいつも利用しているという宿屋に案内してくれた。
宿屋の女将さんと行商は随分親しい間柄だったようで、行商は村を襲われて、天涯孤独の身となってしまったフィリアを宿屋で働かせてくれないかと頼み込み、女将さんはそれを承諾してくれた。
ただ、行商もフィリアに施したほどの温情を、ヤクモとコウにまではできない。
「ノインにはギルドがあるから、仕事がないならそこに行くといい」
フィリアほどの扱いでないといっても、それでもこの街まで連れてきてくれたのだから、十分に親切にしてくれたものだと思うヤクモとコウ。
行商に礼を言って、2人はこの町にあるギルドへと行ってみることにした。
「それにしてもギルドねー」
「仕事の紹介が受けられるって話だったな」
ファンタジーであれば、定番すぎる冒険者のお供の施設だ。
もっとも、日本人であるコウに対して、ヨーロッパでも育っているヤクモの感覚は違っている。
「コウは、前世ではギルドで働いていたのか?」
「いや、僕の前世では、そういう施設はなかったな」
勇者様の記憶なんて、生活していくうえでちっとも役に立たないと思うヤクモ。
「ヨーロッパには封建時代にギルドがあったけど、基本的に閉鎖的な組織だったから、知らない人間をいきなり受けて入れてくれるかな?それに同種の業者同士で手を組んで、自分たちと同じ業種に他者が入り込んでこないよう、暴力を使ってでも他人の商売を邪魔する……なんてこともあったみたいだけど」
「……それ、暴力団って言わないか?」
「それともこの世界のギルドだと、貧乏労働者相手に、その日その日の日雇い労働を斡旋しているとか?」
「日雇い労働……」
ヤクモの考えには夢や希望というものが全くない。
「まあ、今の僕たちは金がない。なんでもするしかないな」
コウを脅かしておいてなんだが、結局は金がない。
それがすべての答えだった。