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9 勇者様はドブサライをし、インテリ秀才は頭脳労働を手に入れる

前書き


 タイトル『異世界に召喚されたら従兄弟の前世が勇者だったけど、異能の力に関係なく俺の方がチートじゃね?』の回収話です。

 今後話が進んでいったら、タイトル詐欺になっていく可能性がある気がするけど、今は気にしない~

「どうしてこんなことになったんだ……」


 ノインの街の下にある暗い地下道。

 太陽の光が決して届くことのない空間は、コウの魔法、ライトによって明るく照らし出されているものの、気分は暗澹たるものだった。

 地下道と言えば聞こえがいいが、ここは街の下水が流れ込む下水道だ。

 この下水道の中、コウはドブ臭い水に下半身をつかりながら、ドブサライをしていた。

 強烈な悪臭がして、口だけで呼吸をしていて、臭いが嗅覚にまで入り込む。たまに、強烈な刺激臭で、咳が止まらなくなり、目から涙が出そうになる。

 この状態では、心が挫けそうになる。術者の精神力によって生み出されている魔法ライトは、コウの内心を反映して、光の輝きを弱々しくしていく。

 いっそこのまま消えてしまえばいいと念じかけたが、真っ暗になられては困るので、なんとか集中して明かりを取り戻させる。



 さて、なぜコウがこんなことをしているかだが……

 ノインへとやってきた日にギルド員として登録し、翌日からさっそく仕事に取り掛かったのだ。

 今のコウには前世の記憶があるので、魔法を僅かにだが使うことができる。

 前世ではいろいろな種類の魔法を扱うことができたが、それはあくまでも前世であって、現在の自分とは違った。記憶はあっても、体は全くの別物。

 強力な呪文は全く使うことができず、それ以でも使えない呪文が多かった。

 魔法使いとしては考えるなら、今のコウの状態は半人前にしかならない。


 おまけに今の武器として持っているのは、山賊の砦で手に入れた短剣だけ。防具もないから、ギルドにある危険の伴う討伐系の依頼などできない状態だった。


 だったら、武器と防具をそろえればいいだろという話だが、ノインのギルドは無料で奉仕活動をしているわけではない。

 ギルド員の武装は全て自腹での負担。つまり、買い揃えなければならない。

 そして武器と防具を手に入れるためには、金が必要だった。

 だが、この世界の通貨など、ただの一銭も持っていない。

 つまり、無一文なのだ。!


 おまけに、この世界では会話は普通に交わせるのに、文字は日本語でなければ、英語ですらなかった。

 複数の国の言語を操れるヤクモにして、「さっぱり意味が分からん」と言ったのだから、地球にある言語とはまるで違うものなのだろう。

 つまり、コウもヤクモも、読み書きができないというわけだ。


 特殊な技能なし、筆記をはじめとした学力もなし。

 そんなコウは、ギルドで誰もが嫌厭してやりたがらない、地下道のドブサライというという仕事をこなすしかなかった。

 誰もやりたがらない最低の仕事だが、それでも報酬はいい。


「畜生、こんな仕事、二度とするもんか!」

 ただし報酬がいいのは、それだけ辛い仕事なのだ。

 叫ぶコウだが、金がなければ食べ物さえ手に入らないのだから、背に腹は代えられなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ノインの街の地下でコウが叫んでいる一方、地上ではヤクモが顔に笑顔を張り付けていた。

「帳簿をつければいいんですね。計算は得意なので任せてください」

 初対面の相手全てから性別を勘違いされ、「俺は男だ!」というのが口癖になっているのヤクモだが、その声はいつもよりかなり高めにして話していた。

 生来の美女にしか見えない顔立ちに、ハスキーな声まで加えて、笑顔を浮かべていると、これはかなり危険だ。


 ……何が危険かって?

 そりゃ、彼の性別を知らない男どもが、完全に騙されてしまうからだ。

「ひょっとして、この美人は俺に気があるんじゃないか?」

 そう思い、鼻を伸ばしてそのまま口説きにかかる。

 誰もが、それをやりかねないほどだ。


 もっとも、今ヤクモの目の前にいるのは白髪に白い髭を生やした、仙人のような風貌の老人。

 若かりし頃はどうだったか知らないが、さすがにこれだけ歳をとれば、男の本性も干からびて、女を口説きにかかることもないだろう。


 そう思えたのだが、男とは無常な生き物だった。

 いかに歳をとったとしても、男としての本能から逃れることができない。

 目の前にいる若い美女(にしか見えない)ヤクモの姿に、老人は目を見開いてジーッと視線を向けている。

(あああ、変態どもの目だ。変態が俺を下心丸出しで見るときの目だ!)

 今までに経験のありすぎる老人の視線を受けて、ヤクモの全身に鳥肌が立ちそうになる。だが、それを必死でこらえた。


 ――ここで雇い主に嫌われるようなことがあっては、まともな仕事が手に入らなくなる。

 山に戻って、原始人みたいな生活に戻りたくなければ、プライドなんてものは捨てる。

 そして、自分の持っている才能は、この外見まで含めて惜しんでいる場合じゃない!


 ヤクモの固い誓いが功を奏したようで、老人は「今日からよろしく頼むね」と言ってくれた。

「はい」とヤクモは、笑顔を張り付けたまま答える。

 ただ、老人がその場から離れようとしたとき、尻を手で触られた。


 ――変態爺、死ね!


 危うく拳が動きそうになったが、ヤクモは必死で生理的な悪寒を耐えた。

 ――すべては食べていくため、そのための仕事のため。


 そうして、老人から差し出されたのは、この店の帳簿だった。




 さて、ヤクモであるが、彼はコウと違ってドブサライの仕事などしていない。

 ギルドで募集していた仕事の中に、帳簿付けの仕事があったので、それを受けることにしたのだ。

 幸い……というべきかは分からないが、ギルドの窓口で仕事の斡旋を担当しているのは男だった。食べ物を得るためにプライドを捨てたヤクモは、さっきの爺さんを相手にした時のように、女性に見られるように振る舞い、鼻の下を長く伸ばしまくった窓口の男から、見事帳簿付けの仕事をゲットしたのだ。


 ただし、帳簿付けには、当然ながらこの世界の文字を理解できなければならない。

 コウがこの世界の文字を理解できないように、ヤクモも当初はこの世界の文字などチンプンカンプンだった。

 ただ、ここに来るまでに、行商と旅していた間に簡単な文字を教えてもらっていた。行商と言うこともあって、まずは数字。次に、商品の文字や日常で必要になりそうな文字などを教えてもらっていた。

 一度見聞きしたことは一発で記憶できるので、それだけでかなりの文字を理解できるようになっていた。

 いまだに理解できない文字のほうが遥かに多いものの、とりあえずなんとかなる程度には理解している。


 受付の男からは、帳簿の仕事をするにあたって、ヤクモがどれくらいの計算能力があるか確かめるため、数学の問題が出された。しかし、数字と記号さえ理解できてしまえば、ヤクモにとって数学の問題を解くことなど赤子の手を捻るも同然だ。

 全問正解で、ヤクモは見事帳簿付けの仕事をゲットした。




 そして依頼主である店の老主人も、さっきの具合でうまく丸め込んだ。

「さーて、では仕事をしますか」

 ヤクモは腕まくりして、渡された帳簿に目を通した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 初日の仕事を終えたヤクモとコウの2人は、ギルドから離れた場所に立っている、ギルド員向けの宿舎の入り口で、ばったり遭遇した。


 宿舎などと言うが、見てくれがかなり悪いボロマンションで、内部は可能な限り人間を詰め込めるように部屋が狭く作られている。ようは低賃金労働者向けのマンションだった。

 ギルド員であれば、仕事の報酬からいくらか差し引かれることになってしまうが、このボロマンションに住むことができる。

 部屋は二人一組になっていて、当然ながらヤクモとコウは同室だった。


 さて、宿舎の入り口で偶然会った2人だが、ヤクモはコウの姿を見た途端、挨拶するよりも鼻を手でつまんだ。

「臭い!なんだその臭いは!」

「……仕事がドブサライだったんだから、仕方ないだろう」

 疲れ切った声と表情のコウ。

「ううっ、それに何かベトベトしたのがついてるし」

「スライムがいたんだよ」

「スライム……?RPGだと、ただのザコ敵だよな」

「人間でも子供ぐらいの大きさなら食べられることがあるよ……弱いから問題ないけど、ただ体液がものすごく臭くて……」


「こっちに来るな!近づくなー!」

 コウが一歩近づこうとしたが、それより早くヤクモはその場から逃げ出した。


 従兄弟に逃げだされたコウは、がっくりと肩を落とした。


 ――もう、この仕事二度としない。

 改めて、心に誓う。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 とはいえ、異世界であっても現実と言うものは非常だ。

 コウは昨日の誓いもむなしく、翌日もドブサライの仕事をするしかなかった。

 今のコウは、文字が読めないために学力なし、特殊技能なし、武器防具なし。

 この状態では、仕事を選ぶことなどとてもできない。

 ギルドの依頼には『迷子の猫さがし』なんてものもあったが、報酬は大したことないくせに、猫を捕まえられない限り、一銭も報酬はないというひどさだ。


 これが、底辺労働の実情というものだろうか……




 一方ヤクモの方は、目の下に隈を作っていた。


 前日仕事から戻ってきたコウはドブ臭かった。一応部屋に戻る前に、全身をシャワーで洗ったそうだが(この世界に風呂の習慣はない)、それでも落ち切らない匂いが全身から漂い、部屋の中が臭かった。

 臭いのせいで寝付けず、部屋を出て廊下でうつらうつらしながら、浅い睡眠をとっただけだった。


 そんな状態で、帳簿付けの仕事をする店へと行く。


「ヤクモちゃん、疲れてるようだけど大丈夫かい?」

 まだ、自分のことを男だと口にしていないものだから、老店主から、ちゃん付けで呼ばれてしまうヤクモ。

「は、はい、大丈夫です」

 と、返したが、さすがに高いハスキーボイスを出せず、地声の高さになってしまった。

 男にしては声は高い方だが、女と言うには低い。

「やっぱり疲れているようだね。なんならワシが介抱を」

「そこまでしなくていいです」


 ――爺さん、あんたは男を相手に介抱するつもりかい?何が悲しくて、そんなことをするんだ?


 ヤクモが老店主に、性別誤認させたままでいるのが悪いのだが、きっぱりと断るヤクモだった。


 ――とはいえ、猫かぶりも3日も持ちそうにないな。

 どうせばれるなら、先にバラしておいた方がいいだろうな。

 そう思い、ヤクモは次の日には自分が男だと、老店主に告げようと考えた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 それからひと月が流れる。


 ヤクモが仕事で帳簿付けをしている店は、かつて行商が武器として見せてくれた、魔銃を扱っている店だった。

 店名を【ガン・ザ・ロック】という。

 当初は店の中で帳簿付けをしていただけだが、帳簿付けをする机は、店に来る客からも見える位置にある。


 ヤクモは働き始めた3日目に、店主に自分が男だと名乗ったのだが、そのことを聞かされた時の店主は、「またまたヤクモちゃんは、つまらない冗談を言うね」と返された。

「本当ですよ。胸がゴリゴリでしょう」

「ううむ。ワシとしてはボインボインが好みだが、でもヤクモちゃんはスタイルがいいから絶壁でも我慢できるし」

 ――クソ爺。

 雇い主相手なので、心の中だけで悪態をつくヤクモ。

「ちゃんと、物もついてますよ」

 物とは、当然ながら女性にはあってはならない物のことだ。

「……マジ?」

「マジ」


 店主が凍り付いた。


 その後、目と鼻から、汁が少し垂れていたが、それはきっと心の涙がこぼれただけだろう。

 店主にとっては、天地がひっくり返った挙句、精神が崩壊しかねない衝撃かもしれないが、ヤクモにはそんな店主のことなど知ったことではない。

 店主はしばらく黙って放心していたが、ヤマモはそれを無視して、帳簿付けに専念した。


 そうしている間に、店には次々に武器を求める男たちがやってきた。

 店主が放心しているものだから、ヤクモが適当に客の相手をしたが、なぜかやたらと男の客が多い。

 いや、魔銃を扱う武器屋だから男が多くて当たり前なのだが、それにしては数がおかしい。

 翌日も、翌々日も、それから常に【ガン・ザ・ロック】には男の客が溢れるようになった。

 ヤクモが帳簿をつけはじめる前に比べて、いつの間にか店の売り上げは以前の10倍にまで膨れ上がっていた。


 どうせヤクモの見た目に騙された男たちが鼻の下を伸ばし、花に群がる蝶や蜂のように集まってきたのだろう。

 ――もっとも、その花は男だがな……



 とはいえ、そんな具合で店は大繁盛である。

「……ヤクモくん。君が来てから店の売り上げが依然と比べ物にならないほどよくなった。けど、ワシの心はとっても複雑だ」

「俺は同性にほれ込む、変態どもの方が理解できません」

 猫かぶりは最初に2日間だけ。

 ひと月の間に、雇い主である老店主に対しても本音で話すようになっていたヤクモ。遠回しにだが、店にやってくる男たちだけでなく、老店主まで非難している。

「君ね……そうは言うけど、自分の姿を鏡で見たことあるの?」

「自分の見た目にムラムラきたら、お終いでしょう。ただのナルシストか、でなければ病院に行ったほうがいい」

 にべもない答えに、老店主はなぜかものすごく悔しそうな表場を浮かべた。


 ――なんで、こんな綺麗な見た目をしてるのに、男なんだ!


 そんな店主の心の声を知れば、ヤクモはこう返しただろう。

「はいはい。病院に行きますよ、爺様」

 と。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そんな具合で、ヤクモにとっては概ね順風なひと月だった。

 だが、このひと月の間、コウの基本的な仕事はドブサライだった。


「コウ、君も学校では成績がいい方だったんだから、とにかくこの世界の言葉を覚えるべきだ。少なくとも、そうすればもっとまともな仕事に就けるようになる!」

 従兄弟の惨状。ついでにその余波で、ヤクモにも被害が確実に出ている。

 とにかく、ドブサライでの強烈な匂いが同じ部屋の中に漂って、耐えられるものではないのだ。

 ヤクモはコウの体についた匂いに耐えつつ、従兄弟にこの世界の文字を教え込むことにした。


 ヤクモにも理解できてない文字は多かったが、この1カ月の間に【ガン・ザ・ロック】の老店主に質問したりすることで、読める文字の数を飛躍的に増やしていた。

 専門的な文字に関しては、経理関係を除けばまだ理解できない。それでも、一般の本なら、スラスラ読めるまでになっていた。


 その知識を動員して、コウに文字を教える。

 ……のだが、天才と凡人の差と言うものなのだろうか。


 高校の英語のレベルであれば(と言っても日本の学校で使用されているジャパニーズイングリッシュは、ヤクモの耳には英語として聞き取れないほど発音がひどすぎるが)、コウもそれなりに高い点数を取っている。

 だが、この世界の言葉となると、完全にお手上げのようだった。


 ヤクモが教えても、コウは両手を上げて降参の状態だ。




 ――前世が勇者だとチート能力があるんじゃないかって?

 そんなもん、語学の勉強に役に立ちゃしないよ!



 ファンタジーな世界だからと言って、なんでも都合よくいく、都合主義は存在しなかった。

 少なくとも、従兄弟のヤクモが順風満帆なのに対して、コウにとって現状はご都合主義からは程遠い状態だ。


あとがき


 さあ、本編の読後感とか、いろんなものをぶち壊す時間を始めましょう(そう言うのが嫌な人は、あとがきを読まずにスルーすることを強く推奨します)。




 ドブサライ。

 犬と猫さんのフリーゲーム『レミュオールの錬金術師』あたりが懐かしくなったり。

 犬と猫さんの初期の頃のゲームでは、シリーズの主役格(ヒロイン?)であるフィル君の仕事が、だいたいいつもドブサライという惨状で……


 ええ、そんなことが脳細胞の中でチョコ~ッと閃いただけです。




 ついでに、どこぞの誰かさん(私)が作った『クラリスの王国地図作成記』なんてゲームでも、イケメソさんが下水道と呼んでいい地下道を探索する羽目になったり。




 ククク、イケメンどもめ、下水道でもだえ苦しんでしまうがいい~

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