19 ヤヌーシャ、お前もか!
前書き
た、頼みます。
頼みますからディーヴァさん、年齢制限を上げないで……!
ガーゴイルの軍団によって80人の武装した部隊が壊滅させられ、その多くが殺された。このため、山賊討伐は結局行われることなく終わった。
この話はノインの街では連日話題となり、治安を守る街の守備隊では大変な騒動となっていた。
もしや、魔族が大軍をもって町に攻め込んでくるのではないか?
そのような憶測が飛び交う中で、山賊討伐などもはや考えている状況でなかった。
一方コウはなんとか生きて街へ戻ることができたものの、全身傷だらけの状態。
致命傷はないとはいえ、安静が必要な状態だった。
そんなわけでコウは、ギルド寮の狭い部屋にあるベットで横になっている。
「はい、あーんして」
そんなコウに、小麦とミルクからできたお粥を、スプーンで掬ってヤクモが持ってくる。日本であればコメからお粥を作るところだが、あいにくこの世界ではコメがなく、小麦が主食なので仕方がない。
コウの左腕はヤヌーシャとの戦いで腱が切れ、いまだに動かない。だが、利き腕の右手は無事だ。
「自分で食べられるから……イテテッ」
無事だが、動かすと体があちこち痛い。
「怪我人なんだから、おとなしく口を開けて」
仕方なくコウは口を開ける。看病するヤクモにされるがままだ。
「アチッ!」
「いけない、次はフーフーして冷ますね」
スプーンに乗せた粥に息を吹きかけて、冷ますヤクモ。
傍から誰かが見ていれば、怪我した夫を愛する妻が甲斐甲斐しく看病している姿以外の何ものでもない。
ヤクモの性別が男であるという点だけ除けば、まさに完璧な光景だ。
――なんですのこれは。あのヘボ勇者、よりにもよって私のお姉さまを!
そして現に、2人の光景を見ている黒猫が、部屋の中に1匹いた。
「やっぱり、あの時始末しなかった私が迂闊だった」
ブツブツと言う猫は、いつの間にか猫の姿から5、6歳の背丈の、幼女としか言えない姿になっていた。
「ヤヌーシャ、次にコウに手を出したら、高い高いしながら褒めてあげようか?」
「……」
猫が幼女になっても驚くどころか、逆に笑顔を浮かべて見せるヤクモ。
「いいな、ブス?」
「はい、お姉さま。絶対にヘボ勇者に手を出しません!」
普通褒められれば喜びそうなところを、逆に貶されることで、目を活き活きと輝かせるヤヌーシャ。
――ああ、お姉さまに蔑まれた目で見つめられると、昔踏みつけられた手がギスギスして、とっても気持ちいい。
顔が仄かに赤くなり、ヤヌーシャは昔骨を砕かれたことがある自分の手を、愛おしくなでた。
魔族は、マゾク。マはM。Mということは、つまりドMのM。
魔族とはすなわち、M族。
ネットの世界の片隅ではそんなネタが存在しているが、ヤヌーシャに限っては、ネタをそのまま当てはめた性格をしていた。
ヤクモは瞳を輝かせるヤヌーシャに呆れながら、コウにさらに粥を食べさせようとする。
「なあ、ヤクモ?」
だが、コウは顔を振って粥を拒否。
「どうしたんだ、コウ?」
「なんであの女がここにいるんだ。あの女は……」
魔族であり、コウの前世であるシリウスを直接殺した存在。そして現世でも、コウをあと一歩と言うところで殺しかけた存在だった。
コウにとっても、前世のシリウスにとっても、憎い存在であり、同時に恐怖すら感じる相手だ。コウにとってヤヌーシャの存在は、ただの女の子として受け入れるには、あまりにも抵抗がありすぎた。
「仕方ないだろう。どこか行けって言っても、勝手について来るんだから」
「もしも放置プレーという意味で言われてたのなら……」
「やかましい!」
「ハフンッ」
変態幼女魔族を怒鳴りつけたが、なぜか嬉しそうな声を漏らす。
――大体見た目が5、6歳の少女が、放置プレーとかいう言葉を恥ずかしげもなく口にするな!
「勝手に俺について来るんだから仕方がないだろう。それに力づくでどうにかできる相手じゃないし」
「……」
ヤクモの言葉に、コウは返事も返せない。
力づくでどうにかできる存在でないのを、コウは既に嫌と言うほど体験させられている。
とはいえ、
「ヤクモなら……」
「言っておくが俺は前世のことなど知らん。俺に戦闘スキルなんてないから、ヤヌーシャを力づくでどうにかしろと言われても、絶対にどうにもならないぞ」
ヤクモには、前世の魔王の記憶が山のようにある。それでコウの前世であるシリウスに詫びもした。
しかし、それ以上前世のことに関わろうとは思わないヤクモだ。
このヤクモでもダメとなると、もはやヤヌーシャをどうにかする術などない。
ただ、ヤヌーシャはヤクモに対しては好意的だが、コウに対しての視線はひどく刺々しい。コウにしても、ヤヌーシャに心を許すことなどできるはずがない。だから、似たような視線で相手を見ているだろう。
「それより早く粥を食べちゃおう。しゃべっている間に、冷めてきたぞ」
「……うん」
結局ヤヌーシャのことはどうにもできない。彼女はこの部屋の中に、勝手に居座るようになってしまった。
ただ寮は女子禁制であるため、普段寮の中にいるときは猫の姿をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
別の日。
山賊討伐に勝手に行ったコウを追いかけた1件で、ヤクモは1週間近く仕事先である【ガン・ザ・ロック】を無断欠勤していた。
だが、そんな出来事があっても、老店主はヤクモを解雇することなく、以前と同じように仕事場に迎えてくれた。
「いやー、ヤクモくんが帰ってきてくれて助かったよ」
そう言いながら、さりげなく腰に手を回そうとする老店主。無断欠勤明けとはいえ、この爺に好き勝手をさせてはならぬと、ヤクモは老店主の掌をつねった。
「イタタタタッ。老い先短い老人になんてことをするんだ」
「色ボケしてられる爺の老い先が短いとは思えないな」
解雇されなかったことを感謝してもいいところだが、やはりこの爺相手には油断してはならないと、改めて確認したヤクモだ。
「でも、ヤクモくん。今度から仕事を休むときはちゃんと言ってくれよ」
「もちろんです。今回は急なことだったので、申し訳ないです」
「うん、戻ってきてくれたからよかったけど、魔銃ギルドの掟は怖いからね」
老店主は平然とした顔で言っている。ただ【ガン・ザ・ロック】が所属している魔銃ギルドは秘密結社じみたところがあり、特に魔弾の制作方法を知っている人間に対しては、命に係わるルールがある。
「……次からは気を付けます」
一歩間違えれば、このギルドは殺人ですら行う。ヤクモは老店主の平然とした様子の中にも、危険を感じながら答えた。
ただ、そんな光景を1匹の黒猫が黙って見つめていた。
――あの老人。やりますわね。
やりますと言っても、それは老人に人並み外れた力が隠されているとか、裏社会を知り尽くした人間味が、ごく自然と溢れている……なんてものではない。
――お姉さまにセクハラ行為をするように見せかけて、さりげなく苛められるように仕向けるなんて!なんて高等テクニック!素晴らしい!
それが、猫の感想だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
だが、その日の仕事からの帰り道、ヤクモにはとんでもない危機が待ち受けていた。
仕事の帰り道、空は夕焼け色に染まり、帰宅を急ぐ人々が街を行き来している。
現代科学社会の中にいれば、夜も蛍光灯の明るさに照らされ、室内であれば昼と同じように活動をすることができる。
だが、この世界の技術力は、魔法や魔銃と呼ばれる火器が存在しても、現代の科学技術社会には遠く及ばない。ノインの街では、夜になれば基本的に人々は明かりを灯すこともなく寝静まる。
街の中心にある一部の店では、むしろ夜にこそ煌々と明かりを焚いて、稼ぎ時と考える店もあるが、そういうのはごく少数の例外でしかなかった。
科学力が発達すれば、その分人はより豊かに生活でき、機械が人間の仕事を分担してくれるので、自由に使える時間が増えていく。
そんな科学への幻想は、現代社会では見事に裏切られている。だが、この世界には、現代社会が失ってしまったものが、確かに残されていた。
そんなことはともかくとして。
帰り道を行くヤクモは、途中公園の傍を通った。いつも仕事の行き帰りで通る場所なので、特別な場所と言うわけではない。
「ハーイ、ヤクモー」
そんな公園の中、ベンチに座る1人の長身の美女が、ヤクモに声をかけてきた。
「……」
その声を聴いた瞬間、ヤクモは無言で足を速め、その場から逃げることを選択した。
――立ち止まってはならない。気付いた素振りすら見せてはならない。早く逃げるのだ。
危険だけを感じ取り、ヤクモは逃げようとした。
だが、逃げるヤクモの後ろから、走る足音が響いてくる。
そして背後から肩を、ガシリと掴まれてしまった。
「ヤクモ、逃げなくてもいいでしょう」
「ヤ、ヤア、ディーヴァ」
ヤクモの声は、固まりきっていた。
「あなたの為に命懸けで戦ってあげたの。当然、私にご褒美をくれるわよね?」
「ほ、報酬ならちゃんと払っただろう。あれで俺の貯金はほとんどなくなったんだけどな」
「それだけじゃ、命を懸けた報酬には足りないの。だから、お姉さんと楽しいことをしましょうね」
「ヤ、ヤメロー」
ガシリと体を拘束されて、ヤクモは逃げることもできずにディーヴァに運ばれていった。
そしてたどり着いたのが、ノインの街で夜こそ稼ぎ時と考えている店が集まる、ホテル街の一角だった。
「当店のご利用、いつもありがとうございます。ディーヴァ様の為に、今宵も特別な部屋を用意しています」
ホテルのフロント係が恭しく頭を垂れて、ディーヴァと、彼女に拘束されているヤクモを出迎えた。
「部屋……特別……」
フロントの言葉に、ヤクモはますます危険を感じる。
「私としては、さっきの公園の方が燃えるのだけど、公衆の面前はダメだって守備隊に捕まったことがあるの。だから仕方ないけど、こういうことは特別な部屋でね」
ヤクモの感じる危険などディーヴァにとって何のその。そのままホテルにある一室へと連れ込まれてしまった。
「うわっ」
ヤクモは部屋にあるダブルベットの上に放り投げられる。
ベットの上で後ずさって逃げようとするが、後ろにあるのは壁。前方にはドアがあるものの、ドアの前にはディーヴァが立ち塞がる。ホテルなのに窓はどこにもなく、逃げ道などどこにも存在しない。
「シャワーなんて面倒なことは抜きにして、お姉さんがいろいろ教えてあげる」
ディーヴァはウインクして、着ているコートを脱ぎ始めた。
――ゴトリッ
重たい音がして、コートの中から何かが落ちた。
「あらいけない」
そう言い、落ちたものを手に取るディーヴァ。
「……ディーヴァ。それはなんだ?」
「何って、やるときに邪魔なものがあったら困るでしょう。だから、ちょん切るためのハサミ」
そこでヤクモは訳の分からない声で叫んだ。
――や、やめろ!俺は男だ!なりが女に見えるからって、男なんだ!
それをだな……
理性が吹き飛んで叫ぶヤクモに、しかしディーヴァは告げる。
「ヤクモなら男でもいいって思ってたけど、私今まで女しか抱いたことがないの。だから、邪魔なものに用はないの」
うっとりとした声と表情。
豊満な胸と美しい素足を見せつけながら、ディーヴァはヤクモに近づいていく。
ホテルの一室に連れ込まれ、これだけの美女が誘惑している。
ただ一つ、男としての象徴が危機にさらされている点を除けば、男が発情してもおかしくない現場だった。
「痛くしないから」
「痛いで済むどころの問題じゃない!」
ベットの上でさらに後退するヤクモ。だが、壁にぶち当たるだけで、逃げ道などない。
そうしている間に、片手にハサミを持ったディーヴァが近づいてくる。
「ウワー、ワー」
絶体絶命の危機に、ヤクモは半狂乱の叫びを上げる。
ヤクモがじたばたもがいていたものだから、足がディーヴァの体にぶつかった。
「きゃっ」
彼女に似合わない乙女な声を漏らすが、その拍子に前に倒れて、ヤクモのいるベットにダイブ。ヤクモの体の上に、ディーヴァの体が乗りかかった。
「いいわよね。嫌がっている女の子をこれから楽しませるなんて、最高」
鼻息が荒くなっているディーヴァ。
「俺は男だ!」
「大丈夫、過去形になるから」
かつてヤヌーシャを相手にしたコウが恐怖で震えたように、ヤクモも歯がかみ合わなくなってガチガチと震えた。
そんなヤクモの顎に手を伸ばし、ディーヴァは危険なほどに蕩けた視線で、ヤクモに顔を近づけていく。
もはや、絶体絶命。
初めての異性体験と共に、男としての一生が終わらされてしまう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ギュッ
ベットの上で絶体絶命の危機を迎えようとしていたヤクモは、突然腕を引っ張られた。
ディーヴァでない。
恐怖に顔が固まりつつも、引っ張られた腕の方を見ると、そこにはこの場にひどく似つかわしくない幼い少女がいた。
「ヤ、ヤヌーシャ……」
「あの時のゴスロリ女、なんであんたがこんなところにいるのよ!」
それまでの態度が一転、ディーヴァは慌てて飛び上がった。
ディーヴァはヤヌーシャとの戦いで、感電させられている。物理的な強さでは圧倒的にヤヌーシャが上なので、警戒して当然だ。
彼女がなんでこんなところに突然出てきたのか、ヤクモにも利用は分からない。
だが、
「た、助かった」
男としての一生を奪われずに済むと思い、ヤクモは危険から救われたのだと安堵した。
――だが、安堵するには早すぎた。
「お姉さま、私も混ぜてください」
「……」
ヤヌーシャの爆弾発言にヤクモは凍り付いた。体だけでなく頭も固まって、何も考えることができない。
「ちょっと、私はあんたみたいなお子様に用はないわよ。10年も20年も待つほど、私は辛抱強くないんだから、とっとと出て行きなさい!」
不機嫌なディーヴァ。
ただし、その言葉には突っ込みどころが多すぎる。
お前は、あと10年成長したヤヌーシャだったら問題がないというのか?
それに、3人でもいいというのか?
あと、それから……
凍り付く中で、ヤクモの妙に冷静な思考回路が、どうでもいいことを考え始める。
「年増」
そんな中、ヤヌーシャがディーヴァに向かって一言言った。ディーヴァの中で、何かが切れた。
「私はまだ24よ!この未発育女!」
「乳牛!」
「洗濯板!」
「男女!」
「ガキ!」
「見境なし」
言葉の応酬は、瞬く間にど付き合いに変わり、2人は互いの髪の毛を引っ張り出して、ワーワーと喚き声を上げ始めた。
ヤクモを巡る戦いが発端なのだろうが、いつの間にか女の修羅場が始まってしまった。そんな2人には、もはやヤクモの存在など眼中から消え去っていた。
「に、逃げるんだ。男でいたいなら、逃げるんだ……」
これを逃がせば、もうチャンスは2度と来ない。ヤクモはそのことをと確信して、ホテルの一室から全力で逃亡した。
――こうして、ヤクモは男として九死に一生を得た。
あとがき
さあ、本編の読後感とか、いろんなものをぶち壊す時間を始めましょう(そう言うのが嫌な人は、あとがきを読まずにスルーすることを強く推奨します)。
――万人受けなど書かぬ(書けない)!
この前まで戦闘シーンで緊張感満載だったので、その緊張が一気に解き放たれた回です。
はい、おふざけ回です。
おふざけなのですが、そのおふざけ自体も、突然の思い付きと閃きによるものです。
一体この話はどこへ向かおうとしているのでしょうね~(遠い目)
タイトルで読者を釣って、当初はシリアス系ファンタジーに見せかけて、BL路線に入って、たまにSF(?)して、この回ではもう訳の分からない方向に……
話が進めば進むほど、読者層をどんどん狭めていくカオスぶりです。
とりあえずヤクモくんにはヒロイン補正だけでなく、主役補正もきちんと入っているので、女子からもモテモテハーレム状態ですね。
「ククク、クフフフフ~」(作者の悪魔的な笑い)




