第三章「台風コンチェルト」(協奏曲)3
料理の乗ったお皿が、テーブルの上に次々と並べられていった。
「ミスター・クロワ。そちらの椅子にお掛けくださいね」
私は、勧められるままに腰を下ろして、テーブルの上の料理を見回した。すごく美味しそうなものばかり。料理は見た目も重要……というのを実感する。
「これ、みんなお一人で作られたんですか? ミス・フェイスフル」
「ええ。でも、あり合わせでこしらえたので、大したものができずにごめんなさいね。昔から料理を作るのは好きなんですが、なかなか上達しなくて」
彼女は、少し困った顔をしていた。とにかく、外人さんは表情が豊かである。
「それより、ここはもう役所ではありませんから、今後私を呼ぶ時はシンシアでよろしくってよ」
すぐに、魅力的な淡い笑みに戻っている。
「えっ? そ、そうですか。わ、わかりました」
(何故に照れる私?)
「じゃあ、あなたの事は、何と呼べばいいのでしょうか? シゲルでよろしいですか?」
(な、名前を覚えてくれているとは!)
私は感激に浸った後、しばらく考えたあげく、
「えっと、誰かさんが呼ぶみたいに、クロワッサンでいいです。シゲルというのは、どうも母親に叱られているみたいなので」
と答えた。誰かさんとは、もちろん、あの無礼な『ルミ』の事だ。
またもや、彼女は笑い転げていた。
「本当に面白い方ですね、クロワッサンって!」
「それほどでもないですが」
気がつくと、先ほどからずっと、語尾が曖昧になっている。博士じゃあるまいし。
(こりゃまさしく、典型的な『外人恐怖症の日本人』だな)
「そんな事ないですよ。クロワッサンは十分に面白い方です……あっ、そうそう」と、彼女は近くにある戸棚から、一本のビンを取り出して来た。
「これ、よろしければ飲みます? 私の大好きなワインなんですが、すごく美味しいですよ!」
「い、いえ、会議の前に、アルコールなんてよろしくないかと……」
「アハハ、もう駄目……お腹痛くなってきた」
彼女は涙まで流して笑っている。
(そんなに面白かったかなあ? 『翻訳機能』が意訳してるだけじゃないのか?)
とりあえず、彼女が落ち着くまで静かにしていた。
「で、では、私もワインは控えておきます。さあ、冷めない内に食事にしましょうか。どうぞ、召し上がってください。あっそうだ! お箸が良ければ、お持ちしますよ」
「えっ! お箸があるんですか?」
「ええ、ここって、様々な国から来た人達が集まってきているでしょう? ですから、いろいろな国の料理を食べている内に、私自身も、お箸とかを上手に使えるようになったんです。ジュリアも上手いですよ。それにしても、日本食って本当に美味しいですよね?」
「寿司とか刺身とか、ですか?」
「ええ、それに……すき焼きとか、天ぷらとか、チャーハンとか、ビビンバとか、ですね」
どう考えても最後の二つは違っていたが、気持ち良く喋っている様子なので、敢えて訂正はしなかった。その代わりに、私も気を利かせて、アメリカ料理を褒めてあげる事に。
「アメリカの料理も美味しいですよね! ステーキとか、ハンバーガーとか、ミートローフとか、タコスとか、が」
「タコスは、一応メキシコ料理の範疇ですね」
あら、こっちはハッキリと指摘されてしまった。
(これは、人種の差なんだろうか? はたまた、性格の差なんだろうか?)
箸を使って、目の前のローストビーフを食べ、
「すごく美味しいですよ、これ!」
と、正直な感想を述べた。
「ワォ! 本当ですか? 嬉しいなあ!」
彼女は、子供のように喜んで、
「じゃあ、これも食べてみてください」
と、違うお皿を私に差し出した。
「ワォ! これも、すごく美味しいです」
元々肉類が好物である私にとって、どれもが好みにあった料理だった。
(天国では、中性脂肪などは気にする必要もないだろう)
「やはり、日本で食べていた肉料理よりも、遥かに美味しいなあ」
「じゃあ、今度はこれをどうぞ!」
「これも、美味しいですよ」
(我ながら、ボキャブラリーが貧困な事)
しかし、その量と言うのが半端ではなかった。もし昼飯をしっかり食べていたら、草食人種の私にとっては大変な事になっていたろう。
やがて、私はお腹がいっぱい……いや十二分目ぐらいになってしまった。
「ごちそうさまでした」
軽く手を合わせてお礼を述べた。
「おそまつさまでした」
彼女も、真似して手を合わせていた。
「それにしても、いつも感心するんですが、日本の方ってどんな時でも礼儀正しいですね。それってやはり、仏教の教えか何かによるものですか?」
「さあ? よく知りませんが。多分、母親の教えでしょうね」
我ながら、変な答えになってしまった。
「プッ! ……た、確かに母親の教えには、間違いありませんね」
「さっきから笑わせてばかりいてすみません、シンシアさん。そんなつもりは毛頭ないんですが」
恐縮しながら、素直に頭を下げる私。
「いえ、愉快でいいですよ! ところで今、私の名前の後に何か言葉をつけませんでした?」
「えっ? 言葉ですか……ああ、『さん』って、言ったんですよ」
彼女が理由を尋ねてきたので、それからはしばらくの間、日本語における『さん、ちゃん、様、君、殿』などの、相手によっての使い分けなどについて説明してあげた。
一通り説明を聞いて、彼女は感心しきっている様子だった。
「おお、日本語って繊細で素晴らしいですね! 是非日本を訪れてみたくなりました」
「でも、狭い所ですよ」
つい、自分の家のように言ってしまった。
「狭くても、日本にはアメリカの何倍もの長い歴史がありますよ……ところで、さっきの話の続きなんですが」
「はい?」
「アメリカみたいに、何も下に付けずに名前を呼ぶ事って、日本でもあります?」
彼女は、かなりの興味を示している。
私は、いろいろと思い浮かべながら
「それは、日本語的には『呼び捨て』というんですが……例えば、喧嘩の真最中とか、先輩が後輩を呼ぶ時とか、男性教師が生徒に話す時とか……あとは、そうですね……仲の良い男女の間、例えば夫婦間とか恋人間とか、でしょうか」
「なるほど。じゃあ、クロワッサンは奥様の事を何とお呼びに?」
「確か、『里美』……でしたっけ?」
少々、惚け気味に言った。
「まあ素敵! やっぱり『呼び捨て』なんですね。それで、その『里美』というお名前には、どのような意味が含まれているのですか?」
今まで、自分の名前の意味さえも一度も考えた事がなかった私が、家内の名前の意味まで知ってる筈がなかった。それで、適当に自己解釈して答えた。
「『田舎の美人』というところでしょうか」
「お綺麗そうな奥様ですね!」
「いえいえ、『都会』では中の下というところです」
次々と、興味を持って放たれる質問。それを断る勇気も持ち合わせていない私だったが、このままでは何を言い出すかわからない。下界から、クシャミの音さえ聞えてきそうだ。
その時、まるで助け舟のように、装飾時計が時刻を告げてくれた。
「あら、もう八時だわ! いつまでもお喋りしていたいのですが、そろそろ会議を始めましょうか? 私はここを片付けますので、クロワッサンは、そちらの部屋のソファーにでも座っておいて下さい」
私は言われるままに、隣の部屋のソファーに座っていた。目の前にはホワイトボードが立てられてあった。部屋の中心に、ビリヤード台が置かれていた。さすがにアメリカっぽい。
(日本ならば、差し詰め卓球台というところか?)
「お待たせしました」
そう言って、彼女は私の横に座った。何だか、二人で電車に乗っているみたいだ。少々居心地が悪かったので、私はホワイトボードの横に移動した。今夜のメインだから、当然、議事進行の役目もする必要があるだろうし。
「ゴホン、では、そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」
私はマーカーを手にしていた。何だか、会社の研修を思い出す。
「ええ、お願いします、クロワッサン」
彼女は、例の日記を開き始めた。
しかし、どこか、違和感があった。その原因はすぐに判明した。シンシアをじっと見ていると、
「どうされました? クロワッサン。私の顔に何かついています?」
「い、いや、あの……」
彼女は怪訝な顔をしていたが、やがて……思い立ったように頷きながら部屋を出て行き、二、三分後には戻ってきた。ブロンドはアップにされ、瞳には例の赤い眼鏡が掛けられていた。
「これで、集中できます?」
その顔には、変わりない微笑みをたたえている。
(何も言わずとも私の思っていたことがわかるなんて、さすがだ)
「はは、すみません。では、開始させてもらいます」
単純な私は、気持ちも引き締まり、やっと集中できそうな予感がした。
早速、ホワイトボードに大きな表を書き、その一番左側に、縦書きにメンバーの名前を死んだ順番に、横軸には例の『5W1H』を簡潔に書き入れた。
汚い字では『翻訳機能』が作動しない恐れもあるので、丁寧には書いたつもりだ。
全てを書き終わってから、
「一応、わかる範囲や推理した事などを書き出してみました」
と、彼女に告げた。
「慣れたものですね、大変わかりやすいですよ」
彼女は、ゆっくりと表を目で追っていた。
「有難うございます」
「ハイ、質問! 質疑応答は、どのタイミングですればよろしいでしょう?」
「その都度されて結構ですよ」
頷く彼女。
「ここに列挙した事柄は、事実と思われる事もあれば、私自身の推理の部分も含まれています。では只今から、その一つ一つについて、詳しく説明して行きます」
私は、自宅で考えた事を、そっくりそのまま話した。時間は、かなりかかってしまったようだ。それでも彼女は、その一部始終に熱心に耳を傾けてくれた。
「非常に驚きました。よくまとまっていますよ、クロワッサン。ところで、あなたは下界では何をされていたんですか?」
「何って……普通の『しがない』サラリーマンでしたが……それが何か?」
その通りであった。
しかし、彼女は羨望の眼差し(言い過ぎか?)で、私の事を見つめている。
「そうなんですか……いえ、私の昔の仲間と同等のレベルで事件を捉えておられますので、それもたった一日で。本当によく理解できました」
(昔の仲間って?)
でも、野暮なので、突っ込むのは止めた。
「恐縮します。でも、私自身にかかわる問題なので、必死で考えました」
「そうでしたね……で、一つよろしいですか?」
「どうぞ」
「捜査の常套手段なのですが、アリバイとか動機に関しては、先程触れられませんでしたが」
「いえ、一応考えては見ました。しかし日記という性質上、その書き手が自分の周辺しか描写していないので、アリバイに関しては殆ど把握できなかった、というのが事実です。しかも博士に至っては、ずっと自室に篭っていましたから」
「そうですね、では動機の方は如何ですか?」
「これも、書き手が、メンバーの互いの人間関係を全て知っているのかどうか……という点がわかりかねました」
「了解しました。それでは、現時点であなたが掴んでいる人間関係を教えてもらえませんか?」
(何だか、本格的な会議の様を呈してきたぞ)
「まずは恋愛に関してですが、半年前まで付き合っていた飯島とお恵さん。この二人は婚約寸前でした。それから、時を重複して、お恵さんとかおるとの同性間の恋愛。次はナベさんと、のっことの恋愛。明確には記述されていないので、これは可能性があるというだけです。しかも、のっこは結婚していて、その旦那は売れないミュージシャン。それから、博士のマリリンに対する一方通行の感情。それから……何だっけ?」
私は、急いでメモを繰った。
「ああ、そうでした。飯島とマリリンが、四年前に、僅か二ヶ月だけ付き合っていましたね。実は、これが私には奇異に映るのですが。と言うのも、マリリンの日記に、飯島について語られている部分が、何故か少ないような気がしたので」
「確かに、日記を見る限りでは不釣合いなカップルに見えますね、その組み合わせは。唯、飯島の描写が少ないという点ですが、例えば喧嘩別れかなんかしていて、マリリンは彼の事を良く思っていなかったかも知れませんね」
確かに、シンシアの言う通りかも知れない。
「しかし、嫌なら嫌なりに、もう少し飯島に触れられてもいいような気もしますが……まあ、彼女の事ですから、書くに忍びなかったかも知れません」
と、少々不満を残しつつ、妥協した。
「わかりました。とにかく日記を見る限り、由紀子と田村の二人だけは、メンバー間の色恋とは無縁なようですね。では、恋愛以外では?」
彼女はノートに書き込みながら、次々と質問してくる。
(まるで、警部と部下の刑事とのやりとりみたいだ……刑事はもちろん、この私)
「恋愛以外では……そうですね、マリリンと由紀子が高校時代からの親友ですね。それから、その由紀子とのっこが、仲が悪そうです。そんなところですか」
ここで、私が逆に質問した。
「シンシアさん、質問なんですが」
「ええ、何でしょうか?」
「この会議は、禁煙でしょうか?」
申し訳なさそうに聞いてみた。今は煙草の力を借りたいところだった。
「実は、私もちょうど今、それを質問するところでした」
彼女は、笑顔で答えを出してくれた。
「有難うございます。助かりました」
素直に礼を述べて、早速、私はヘブンスターに火を点けた。彼女も同様に、緑色のメンソールに火を点けている。
「次に、使用された凶器などに関してですが、これらについては手元の資料に幾つかの情報がありますので、私の方から説明いたします」
「はい」
彼女の手順には隙がない。
「まずは『首吊り』に使用されたロープ、これは山荘に置いてあった物でした。もちろん、主人である、マリリンの叔父さんや叔母さんなどの指紋はついております。メンバーで言いますと、お恵さんならびにかおるの、その二人の指紋の他にも、殆どの男性の指紋が採取されています。これらの指紋は、二人の死体を下ろす際や、首からロープを外す際に付着したものだと考えられます」
「はい」
「次に、のっこと由紀子の死に用いられた包丁、これは日記に記載されている通り、これもまた山荘のキッチンに常備されているものでした。種類は、文化包丁……よくわかりませんが、三徳包丁とも呼ばれるそうで、それ自体は一般に販売されている物であり、特に変わった点はなかったようです。なお、この包丁から採取された指紋は、由紀子のものだけでした。推測ですが、最後に調理で使った田村が、使用後に洗って元の場所に戻したと思われます」
三徳包丁……確か、肉・野菜・魚の三種類の全てに対応した包丁、という意味だったはず。これでも、独身時代は頻繁に自炊をしていたのだ。
「次に、マリリンを死に至らせた拳銃ですが、これはアメリカ製のS&W M36LSという回転式拳銃でした。ちなみに、このLSとは『Lady Smith』の略であり、その名の通り女性の護身用として使われている物です。この銃の入手ルートは警察も掴めなかったようです。なお、ここからはマリリンの指紋のみが検出されています」
「リボルバー……ですか」
彼女が日本名で、この私が英語名を使っていた。あいかわらず不思議な『翻訳機能』ではある。それにしても……彼女は、拳銃に関しての報告を顔色一つ変えずに読んでいた。それは、彼女が『アメリカ人』だからだろうか?
「次は、ナベさんならびに田村の死に関係したタイマー。両方とも同じように作られた手製の物でした。これはディジタル時計を利用することで三日先までの時間設定を可能にしており、警察の『調書』には『多少の知識がある者ならば、作成可能な範囲の時限爆弾装置』と、記されています」
「『多少の知識』という点が、ミソですね」
「おっしゃるとおりです。果たして、どの辺りまでの知識を指しているのか、わかりかねます。しかし普通、一般人は時限爆弾に対しての知識など、持っていない筈です。ましてや、このメンバーたちは『教育学部』の学生です。もちろん、教育学部だから、化学や物理の講義を受けた事はあるとしても、『理学部』や『工学部』ではないのです」
「よくわかります」
それにしても、手馴れた報告の仕方だった。やはり、彼女は只者ではない気がする。




