第三章「台風コンチェルト」(協奏曲)2
今まで以外の細かい疑問点や違和感については、会議の中で一つ一つ解明して行こうと思う。それ以上に会議で必要とされるのは、今の時点でだした自分なりの結論であろう。その一つだが、私は博士の記述同様、全員殺害されたと考えている。
(では、その真犯人とは一体誰なのか?)
核心に触れてみよう。これには様々なアプローチの仕方がありそうだが、その中のどれを辿って行けば真のゴールに到達できるのかは、現時点では全くと言っていいほど見えてはこない。
「それは、飯島だ!」
と言いたいが、証拠も何もない。
(過去、何人もの知恵が働いた上での『迷宮化』なのだから、そう簡単には解ける訳はないんだ)
諦めないように、自分に言い聞かせる。
ここで、再びサラリーマン時代の教訓が甦ってきた……「壁にぶつかった時は、初心に戻れ!」という、古臭い台詞であった。これも度々、諸先輩方から聞かされたものだ。ここは騙されたと思って、その教えに沿って考えて行こう。
初心に戻れとは……この事件そのものについて、再度考えてみましょうか。
(まずはアトランダムに、特徴でも列挙してゆくとするか)
私は徒然なるままに昨夜のメモを眺めながら、頭に残っている言葉を無作為に並べだした。
日記、卒業旅行、高所恐怖症のかおる、雪の山荘、映りが悪いテレビ、不通の電話、金魚の水槽、金魚消失、イタリア料理、カルボナーラ、海老グラタン、ポトフ、大富豪ゲーム、部屋割り、コーヒー、紅茶、芋焼酎、水割り、お湯割り、飯島のギター、飯島とお恵さんの関係、かおるとお恵さんの関係、ナベさんとのっこの関係、既婚者のっこ、密室、首吊り自殺、遺書、刺殺、銃殺、ロープ、キッチンの包丁、拳銃、消音器、掛け金、四個のビス、展示室、荒れ狂った吹雪、お恵さんの死、かおるの死、由紀子とのっこの死、マリリンの死……
(ん? 先に女性陣が全滅している……確か、これは博士も指摘していた点だ)
結構、時間がかかっている。それにしても数が異常に多い。次々と出てくる。
見張り、転寝、のっこと由紀子のいがみ合い、影のような博士、リーダーナベさん、大食漢の田村、上品なお恵さん、甘えん坊のかおる、関西弁の由紀子、ピンクのワンピース、黄色のジーパン、ブルージーン、山吹色のトレーナー、黒のロングドレス、まともなマリリン、単細胞、博士の恋心、告白、自殺の理由、ためらい傷、指輪、白いハンカチ、心臓病、博士の薬、ダミーの薬、毒味役の金魚、カップラーメン、浴槽の感電死、爆死、毒殺、転落死……結局、いろんな単語を並べただけに過ぎなかった。
(この殺害方法の豊富なバリエーションについても、博士が指摘していた筈だ。これこそが、今回の一連の事件の著しい特徴ではないのか?)
その点に絞った私は、その方法を、順番に並べて書いてみた。
絞殺、絞殺、刺殺、刺殺、銃殺、感電死、爆死、毒殺、転落死。
(果たして、これらが意味するものは?)
腕を組んで思案していると、斜め上にある壁時計が目に入った。
「うわあ! もう五時だ。急ごう!」
今度は、登場人物の中の、特に犯人の立場になって物事を考えてみる事にした。
犯人側から言うと、絞める、絞める、刺す、刺す、撃つ、仕掛ける、仕掛ける、仕掛ける、最後はよくわからないが、突き落とす、かな。
(そ、そうだ。これらの一連の行動と、『先に女性陣が全滅している』という事実とを照らし合わせてみるんだ)
♀絞める、♀絞める、♀刺す、♀刺す、♀撃つ、♂仕掛ける、♂仕掛ける、♂仕掛ける、♂突き落とし……一つの規則性が見えてきた。
(お、こんな場面で『教え』が活きてこようとは! 案外、捨てたものではないな)
前半の女性陣は全て、直接的に真犯人によって手をかけられている。だが後半の男性陣はと言うと、飯島の転落死を除くと、皆が皆、間接的な方法が取られている。ここで、再び自問自答をしてみた。
(果たして、これらが意味するものは?)
普段は使った事もない脳の部分を働かせているので、段々と機能しなくなってきた。ひょっとすると、脳の皺の数が三分の一ぐらいまで減ったのかも知れない。私は時間の余裕がないくせに、つい、新たなブラックコーヒー淹れてしまった。
一気に飲み干した後、もう一度日記にトライしてみる事にした。猫舌の故に、無理が祟って口の中がヒリヒリとはしているが。
女の子達はいずれも、目の前の犯人に命を奪われている。飯島以外の男どもはいずれも、命を落とした時は、目の前には犯人はいない……『遠隔殺人』とでも呼ぶのだろうか……とにかく、顕著な相違点が存在している。一連の事件の前半と後半で、明らかに様相がガラリと一変している。
(何故だ? 何が原因だ?)
単純に考えると、前半の犯人と後半の犯人が別人?
(一体、何を言い出しているんだ?)
今まで、思ってもみなかった発想だった。予想外の推理展開が、自分でも何だか恐ろしくなってきた。しかし、もはやそれを止める事はできなかった。
そう仮定すると、
(いつ、あるいは誰が、キーポイントになってくるのだろうか?)
もったいぶった言い方をしてはみたが、実はそれに対する答えはすでに……
マリリンの死が、『分岐点』になっているのである。あまり考えたくはなかったが、前半の女性陣殺害事件の真犯人は彼女なのかも知れない。この恐ろしい推理に、自然と鳥肌が立ってきた。努めて、努めて冷静に。
(では、後半の男ども殺害事件の真犯人は?)
この断定は難しい。と言うのも、殆どの人間が罠を仕掛けるチャンスがあったからだ。
(ん? となると犯人は、すでに死んでいても構わないのでは?)
自分でも驚く『まさかの』発想だ。
私の考えは徐々に方向転換してきており、そのコンパスの針は、今は明らかにマリリンを指している。前半は自分自身で女性陣に手を下しつつ、自殺する前に後半部分の罠も仕掛けておく。
(女は直接、男は間接……だ)
彼女の体力から見てもこの考えは妥当なもの、そんな気がしてきた。
前半の緻密さと、打って変わったような後半の杜撰さが、それを証明しているような気もしてきた。真相に近づいている実感が湧いてくる。
(でも、やはりこの推理は何だかしっくりこないな)
残念だが、これが、しばらく頭を捻った上での結論だった。
この仮定ならば、日記の中の彼女が書いた部分は、まるっきり嘘となってしまう。自分が疑われないように偽装した筈の日記によって、逆に疑われてしまう……ああ、ややこしい! でもこれは、非常に矛盾している。どうせ『偽装日記』を残すのであれば、犯人にしたい人物にもっと光を当て、さらに怪しい存在に見せないと意味がないのではないか。少なくとも私ならば、そうする。そうじゃないと、『偽装日記』なんか書く意味はないのだ。
ここで顔も知らないマリリンに謝りながら、つい負け惜しみを言ってしまう。
(『発想』自体は悪くはないんだ)
さっきから、ずっと試行錯誤の繰り返しだ。一筋縄で行かないのは、最初からわかりきっている筈だ……その筈なんだが……
(こんな具合だと、下界に戻って自分自身の事件を解決する……なんて離れ業は、到底できる訳がないな)
自嘲気味になった私は、そのままゴロンと仰向けに寝転がってしまった。再び、時計が目に入る。
(しまった! もう六時半を過ぎている! 落ち込んでる暇なんてないぞ!)
中途半端なままだったが、約束だからやむを得ない。ミス・フェイスフルを待たせるわけにはいかない。
私は慌てて起き上がって、テーブルの上にあるカップと灰皿以外を、全てカバンに詰めて……
(へー、カバンまで用意されているんだ!)
そんな事はどうでもいい。それから、さすがに『着の身着のまま』では訪問しづらいので、ファンシーケースの中を漁りまくった。何着もの服があったが、さすがに天国でも、私の好みまでは把握できなかったようだ。万能ではない事がわかり、逆に少し安心する。
結局、私は下界では一度もした事がないような格好になったが、これでも最も似合いそうな服を選んだつもりだ。もともと昔から、自分のセンスには全く自信はなかった。
急いで外へ飛び出したのは良いが、自然と右手でポケットをまさぐっていた。だが鍵なんて在りっこない。その代わりに一枚の地図が出てきた。ミス・フェイスフル宅までの案内図だ。危うく忘れるところだった。
私は、地図を片手に早足で歩いていた。初めのうちこそ、事件について考えを巡らせていたが、いつのまにか、
(ミス・フェイスフルには、どうやって挨拶しようか?)
なんて事を考え出し、緊張し始めていた。
(本当に『いい年して』、何を舞い上がっているんだ!)
彼女が書いてくれた地図は正確であった。その通りに歩くと、家を出てから二十分後に、一軒の家の前まで来ていた。海外のホームドラマなどで見かける、典型的なアメリカンスタイルの家だった。
開いている門を通り、玄関のチャイムを鳴らしてみた。自分が少なからず、緊張しているのがわかる。下界の家内が見たら、さぞかし激怒するであろう……まあ、見えたら、の話だが。
ドアを開けて出てきたのは、予想外の人物だった。
「いらっちゃい。おじちゃん、だあれ?」
三、四歳の外人の女の子。私の足元から見上げている。
「えっ? あ、あの……」
口籠ってしまった。
「へんなのー」
と言いながら、女の子は、中に姿を隠して行った。
「ママ~ へんなおじちゃんが来てるよー」
(ママ~って?)
玄関に突っ立っていると、やがて、家の奥の方から一人の女性が現れた。
「あら、いらっしゃい!」
慌てていた私は、どうやら家を間違えたようだ。
「あ、すみません。家を間違えちゃったみたいです」
謝りながら、急いで退散しようとする私の背中に
「アハハ……ここですよ、ミスター・クロワ!」
と、聞き覚えのある声が。
首だけゆっくりと百八十度近く回して、確認……よく見ると、確かにミス・フェイスフルの面影はあるようだが……
(そうか、髪を下ろしているのか。それと眼鏡もはずしているんだ。これまた、すごい変貌振り!)
「か、髪型もいつもと違うし、眼鏡を掛けておられないので……すみません、全く気がつきませんでした」
「ああ。普段は、こんな風に髪を下ろしているんです。それと、あの眼鏡はあくまでも事務所用なんですよ。そう、両方とも『凛々しく見せるため』の一種のメイクみたいなものだ、と思ってくださいね」
髪を右手で撫でながら、彼女は笑った。
(迂闊だった。そのとおり、ここでは眼鏡は不要だった。自分もそうだったじゃないか!)
「まあ、そんなところに突っ立ってないで中へお入り下さい、汚くしていますけど」
案内された私は部屋を見回した。なんの、ちゃんと綺麗に片付けられている。すると突然腿を叩かれたので、『何事か?』と下を向いた。いつの間にか先程の女の子が片方の手のひらを差し出して、横に立っていた。
「おじちゃん、おみやげは?」
(し、しまった! 慌てていたので、すっかり忘れてしまっていた!)
「こら、そんな失礼なこと言っちゃだめよ! ジュリア。さあ、いい子だから、部屋で遊んでいてちょうだい」
「ハ~イ、ママ!」
彼女は元気よく二階へ上がって行った。そして自分の部屋に入る前に、私に手を振った。
「おじちゃん、バイバイ」
私も、それにつられて手を振った。
(それにしても、『ママ!』……か)
「今日は、お招き有難うございます、ミス……ミセス・フェイスフル」
それを聞いた彼女は、一瞬キョトンとしたが、すぐに大きな声で笑い転げてしまった。
(えっ! これ程の、大声が出せる人だったのか)
いつもとイメージが違う。
「ご、ごめんなさい……実は、あの子はここ……天国に上がってきた時は誰も身寄りが無かったので、 私が親代わりになって一緒に暮らしているんですよ。ですから、私はまだ……」
わざと(?)、睨んできた。
「『ミセスになれないミス』のままです」
(そうだったのか、これはまた失礼な事を……)
「それよりも、お腹はすいておられませんか? ミスター・クロワ」
先ほどから格好をつけすぎてミスを犯している私は、今後は正直に振舞う事にした。
「ええ。実は、少しばかり減ってきています」
(昼、あんまり食べていないもんで)とは、言えないが。
「それは良かった。じゃあ、早速用意しますね。お口に合うかどうか、自信はありませんが」
にこやかに微笑みながら、彼女は奥に入って行った。
(案外、家庭的な人なんだ)
少々、意外だ。




