第一章 コンビニの勇者
「72時間ワンオペ明けの異世界転生 〜スキル【コンビニショップ】って嘘だろ?〜」
「あぁ、やっと72時間のワンオペシフトが終わった……帰って寝よう」
『キキィィイイインンン!!』
疲れ切ってコンビニを出た俺の目の前に、なぜか空からピンク色の軽トラが降ってきた。
……意味がわからない。横断歩道でもない、ただの店の入り口だぞ。
そんなツッコミを入れる間もなく、俺の意識はブラックアウトした。
*
「はい、死因は過労による幻覚からの、空から降ってきた謎の軽トラ直撃っと。……んむっ、これ美味しい」
真っ白な空間で目を覚ますと、ピンク色のジャージに『初心者マーク』の刺繍を入れた少女が、みたらし団子を頬張りながらカンペを読んでいた。
足元は健康サンダルだ。なんだこの適当な空間は。
「あ、私、見習い女神のリリスです! 秋月陸人さん、20歳。おめでとうございます、異世界転生です!」
「は? いや、俺は帰って寝たいんだが」
「無理です死んでますから! というわけで、特典のユニークスキルを付与しますね。えーっと……」
リリスは取り出したスマートフォン——やたらとゴツいケースに入った『エンジェルすまーとふぉん』をポチポチと操作する。
「はい、出ました! スキル【コンビニショップ】です!」
「……は?」
「レベル1なので、日本のコンビニにある品物が出せます! すごいですね! じゃ、次の人いるんで行ってらっしゃーい!」
「おい待て、剣とか魔法とか——」
ドンッ!
有無を言わさず、俺は健康サンダルで背中を思い切り蹴り飛ばされた。
*
「痛てて……」
気がつけば、俺は見知らぬ深い森の中に落ちていた。
巨木が生い茂り、明らかに地球の植生ではない。
「本当に異世界かよ……ふざけんな。俺の休日はどうなるんだ」
文句を言いながらも、まずは現状確認だ。
俺は頭の中で、女神が言っていたスキル『コンビニショップ』を念じてみた。
すると、脳内に見慣れたコンビニの陳列棚が浮かび上がった。
『おにぎり』『お茶』『日用品』……。
(なるほど、念じれば手元に出るのか)
試しに、ワンオペ明けで汗ばんでいたため一番欲しかった『制汗スプレー』と、レジ横によく置いてある『100円ライター』を思い浮かべる。
ポンッ、と軽い音と共に、両手にそれぞれのアイテムが現れた。同時に、腹の底から少しだけカロリーが削られたような疲労感がある。
どうやら、品物を出すには「マネー」の代わりに自分自身の「体力」を消費する仕様らしい。
「いや、マジでただの日用品じゃねえか。これでどうやって戦えって言うんだよ……」
俺がため息をついた、その時だった。
『ギチ、ギチギチギチ……ッ』
背後の茂みが大きく揺れ、金属が擦れ合うような不快な音が響いた。
振り返った俺の全身から、一瞬で血の気が引く。
体長2メートルはあろうかという、巨大な鋼鉄の蟷螂だった。
全身が機械仕掛けのように駆動し、両腕には俺の胴体を両断できそうな巨大な鎌が鈍く光っている。
(な、なんだあれ……ロボット!? いや、魔物!?)
後で知ったことだが、それは『死蟲機』と呼ばれる、この世界でも凶悪な殺戮兵器の残党だった。
『ギシャアアアアッ!』
ネクロマンティスが、俺をエサと認識して飛びかかってくる。
「ヒッ……!?」
俺は無様に尻餅をつき、後ずさる。
足がガクガクと震え、立ち上がることすらできない。
死ぬ。確実に死ぬ。軽トラに轢かれた時よりも、もっとリアルな死の恐怖が脳髄を焼く。
だが——。
(ここで死ぬ? 72時間もクソみたいなクレーム処理と品出しに耐え抜いて……虫のエサになるために転生したのか!?)
ふざけるな。
俺の目は、決して巨大な鎌から逸らさなかった。
足は震えていい。腰が抜けてもいい。ビビっていい。
ただ、思考だけは絶対に止めるな。俺の棚にある武器で、勝てる方法を考えろ……!
「……ビビってねぇよ。今の俺は、絶賛ワンオペ中なんだよ……!」
震える手で、俺は先ほど出したばかりの二つのアイテムを強く握り直した。
右手に100円ライター。左手に制汗スプレー。
脳裏に浮かぶのは、制汗スプレーの裏面に書かれている注意書き。
『※火気厳禁。高圧ガスを使用した可燃性の製品であり、炎に向けて使用しないこと』
「お客様。当店では、火遊びは固くお断りしております……ッ!!」
俺はネクロマンティスが鎌を振り下ろすより早く、ライターの火をつけ、その小さな炎越しに制汗スプレーを全開で噴射した。
ゴォオオオオオオオオッ!!
可燃性ガスが着火し、爆発的な勢いでオレンジ色の火柱が巻き起こる。
簡易的な、しかし至近距離からの強烈な『火炎放射』だ。
「ギ、ギギギギギギャアアアアアアアッ!?」
機械と生体が融合した複眼に、数千度近い炎が直撃する。
ネクロマンティスは凄まじい悲鳴を上げ、全身を焦がしながらのたうち回った。
「え、ウソ……こんなに効くの?」
たかが100円の日用品が、異世界の凶悪な魔物を圧倒している。
そのギャップに、仕掛けた俺自身が一番ドン引きしていた。
だが、勝利は無傷では終わらなかった。
狂乱して振り回された鋼鉄の鎌の先端が、俺の左腕を深く抉ったのだ。
「痛ッ——!!」
鮮血が噴き出し、ボタボタと森の土を赤く染めていく。
ネクロマンティスはそのまま完全に機能を停止し、焦げた煙を上げて倒れ伏した。
「ははっ……ざまぁ、みろ……」
強烈な痛みと、体力を消費しすぎた反動で、俺の意識は急速に遠のいていく。
深い森の冷たい土の上に、俺は静かに倒れ込んだ。
……これが、後に世界を救う“伝説のコンビニ店員”の、時給0円の初出勤だった。
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