第五話:冒険者たち
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【第五話:冒険者たち】
大都市 人族領内 クレス・ヴェイガルド お食事処ミナキ亭内
辛うじて極刑を免れたユアラとセツナは一息つこうと、神殿にほど近い飲食店を訪れた。
席につくなりユアラが注文する。
「女将さん。エール2つ!あとシシ豚の串焼き4つ!」
「すごいなユアラは。
さっきまでの緊張はどこへやらだな」
「ん?終わった事は気にしない性格なの!ってか、いつまで暗い顔してるのセツナは!
あ!ここは奢るから、ほらほら飲んで!食べて!
…あ女将さん!明け鳥の野菜炒め。野菜抜きで!!」
思わずセツナがつっこむ
「野菜は食え!というか、今後の話だけど…」
セツナが今後どうするか話そうとするとユアラが遮る。
「あーその話は後!はい今は考えなーい!」
「(あれ?ユアラってこんな性格だっけ?…(これが本来の性格だ…))」
セツナはユアラの性格のギャップに面食らったが、自分がまだ良く知らないだけなのだと自答した。
料理が来るとユアラがエールを手に持った。
「セツナも手にほら!」無理やり握らせる。
そして「危機を脱した記念に!」と言うとエールの入った器を互いにぶつけた。
一気に飲み干すユアラ。
セツナも釣られて口をつける「ぐふっ!!ゲホっゲホっ!」不思議な苦みと酸味、そしてクラっとくる匂いにむせた。
それを見てユアラが言う。
「なに。セツナはエール呑んだ事ないの??」
「大人にならないと呑まないよ酒は」とセツナ。
するとユアラが少し真剣な表情で言う。
「はい!ここはどこでしょう?」
「え…っと。エヴァージェントの…」
「そう!ここはエヴァージェントなの!そっちの世界の事は知らないけれど、ここではこれが常識です!」
ユアラが興味津々で聞く
「で?ご感想は?」
「…苦い…です」
「ハハハ!そうかぁ~セツナはまだまだお子ちゃまだな~」
「なっ…んな事で子供扱いするなよな。これくらい呑めるわ!」
そう言うとセツナはユアラを真似て一気に飲み干してみる。
「(苦い!やっぱり苦い!!これならソフトドリンクが数倍いい…)」
「だんだん旨くなってきた…」
やせ我慢しながら平然とした素振りで返すセツナ。
しかしユアラの見透かしたような視線がセツナに注がれる。
「あっちに、ルーティ・パパイヤのジュースあるわよ」
「(そんなのあるのか!?)」
「あ!今、目が泳いだ。わかりやすいね~」
「そ…そんな事より、今後の話だろ」とセツナ。
するとユアラが天井を見上げて少し悩んだ顔になった。
「そこなのよね…大神官様は簡単に討伐だって言ったけれど…どんな相手かも知らないんじゃ戦いようがないもんね」
「それならまずは情報収集か…ユアラは何かあてはあるの?」
「そうね、一度この都市の冒険者ギルドを頼るしかないかも…
あ、それにセツナは冒険者ギルドに登録しないといけないだろうしね。
ギルド登録証はこの世界では身分証みたいなものなのよ」
「(冒険者ギルドか…何か試験でもあるのだろうか…)」
「それって何かの試験とかあるのか?」
「んー…本来の流れでは、半年はどこかのパーティーで見習いをして、パーティーの誰かに推薦状を書いてもらって、簡単な試験があるわね」
「(まじかよ…色々足りてないようなんだが…半年の経験ってまだ10日程度だぞ俺…)」
「まあ、書類は私が1年一緒にパーティー組んでましたって書くし、推薦状も私が出すから心配しないで。
試験は…これまでの魔法を適当にパパっと披露すればいいわ」
簡単にいってのけるユアラ。
正直不安しかないセツナであったが、魔王討伐に比べれば大したことない…そう自分に言い聞かせた。
「あとその服装はさすがに目立つから、この後市場で買い物しましょ」
セツナが質問する
「服装や装備もそうだけど、討伐するには…仲間も足りないだろ?」
するとユアラがうっかりしていたという雰囲気で言う。
「あっ…そうよね…通常、どんなダンジョンを攻略するにしても4~5人のパーティーを組むからね。前衛や射手も必要よね」
「魔法使いも必要じゃないか?」
セツナの言葉にユアラが笑う。
「今のは冗談でしょ?セツナがいるじゃない。
まさかあれだけ魔法が使えるのに自信ないの?」
「これまで数回戦闘は経験したけど、実感は余り無いんだよな…」とセツナ。
するとユアラがセツナの腕をパンっと叩いて言う。
「自信持ちなさい。
あなたが想像しているほど弱くないわ!
自信がないなら冒険者ギルドでクラス付けてもらいなさい」
そう言うとユアラがポケットからギルド証明書を取り出してセツナに見せた。
「ここが私の名前で…ここが私のクラスね」
見ると名前の横にBとなっている。
「これまで倒してきた魔物や獣の危険度クラスの最高位を大体はクラスするわ。
私は過去危険度クラスBの大蛇と戦って倒してるからBね」
二人がそんな会話をしていると、店に兵士の一人が入ってきた。
「おーここにいた!」
兵士は二人を見るなり、同じテーブルの空いている椅子にどっかりと腰を据える。
見ると、ハルバードを抱えた色白金髪、青い目をした20代の好青年の兵士だ。
ユアラがすかさず突っかかる。
「もう私たちは自由の身なんですけど!」
すると兵士が言う。
「いや別に捕まえる為に探していたんじゃないんだ」
「じゃあ、なんですか?」
若干お酒が回っているのだろうか、ユアラが兵士を睨みつける。
「一つはお礼を言いたくて。」
「お礼?」セツナが聞く。
「ホークウィンドの件と、その後の道中の件。
本当に助かった!ありがとう!」
兵士が深々と頭を下げた。
兵士は皆、フルヘルムを被っていたので顔では見分けがつかなかったが、鎧にホークウィンドで受けた特徴的な傷があるのを見て、クレス・ヴェイガルドまでの道中、馬車で同行してくれたあの兵士だと判った。
鎧傷の兵士がこう続ける。
「これから二人は例のアレの討伐に向かうんだろ?」
「そうですけど…」ユアラがけげんな顔になる。
「その討伐。
俺も一緒に行っても良いだろうか…」
兵士の言葉に一瞬静まり返る二人…そして。
「ええ!!」
ユアラとセツナが声をあげた。
ユアラが思わず聞き返す。
「なんで?突然?」
すると兵士が真顔になってこう切り出した。
「俺の名前はレイダー。レイダー・ナディック。見てのとおりハルバート使いだ。
俺にはミーティア・ファリカというエルフ族の婚約者が居るんだ…」
婚約者がエルフだと聞き、二人は思わず姿勢を起こす。
「その彼女…ミーティアは第6神殿の神官の一人なんだ…
さっき大神官様が言っていただろ?
大神官様の言葉を聞くまで俺は彼女の状況を全く知らなかった。
正直、第6神殿が魔煙に呑まれたと聞いた時、足が震えて立っているのがやっとだった」
するとユアラが口を開く。
「…でも危険な旅になるけど…」
「助けに行きたいんだ。
キサラギ・セツナ。俺は君の言葉に勇気づけられた。」
セツナがどの言葉だろうかと戸惑いながらユアラを見ると酒が回っているのか顔が真っ赤だ。
「ああ…あの言葉ね…」と動揺するユアラ。
レイダーが続ける。
「見たところ二人の役割としては、ユアラ・ハリューズが機動系の前衛、そしてキサラギ・セツナが魔法全般の後衛だろう?」
「ええ、まあ…そうなるわね」とユアラ。
レイダーが胸を叩いて主張する。
「そこで俺の出番!
俺が前衛を担う。そうすりゃユアラ・ハリューズは機動力を最大限に生かせるんじゃないか?どうだ…問題はないだろ?」
レイダーの真剣な訴えにセツナとユアラは目を見て互いに相槌する。
そしてユアラが一呼吸すると返事を返した。
「その…パーティー参加は問題は無いけど…」
「けど?」
「そのフルネームで言うのはやめてよ。
なんだかこそばゆいわ。
ユアラで良いわよ。で、こっちはセツナ」
「(え…なんか勝手に決められた…)」そう思ったセツナだったが、悪い気はしなかった。
「そうか!なら俺はレイダーでいいぜ。
よろしくセツナ、ユアラ」
「よろしく!レイダー」とユアラ。
「…よろしく」とセツナ。
「…そんじゃ。女将さん俺にもエール一つ!
…ところでこの後の行き先はもう決まっているのか?」
レイダーに聞かれ、黙り込む二人。
「なんだ…まだなのか。
それなら俺の知り合いのドワーフに会いにキュウェルドー山に行かないか?
今の装備じゃ、魔煙にまかれた第6神殿での戦闘の継続は無理だろう。
対峙したくはないが古龍エンシェント・ドラゴンと戦う場合は、ここで吊るされている武器じゃ到底歯が立たないだろうからな」
こうしてレイダー・ナディックがパーティーに合流し、3人は情報収集のため、冒険者ギルドに足を運んだ。
冒険者ギルドに入ると清楚な身なりの騎士や魔法使いから、貧相な身なりの冒険者まで色々な人たちがパーティーごとに群れを成して立っていた。
ユアラがカウンターの受付にスタスタと歩み寄ると「冒険者の新規登録をお願い」と言いながら書類を数枚出した。
早速書類に目を通すカウンターのスタッフ。
「えーと、冒険者の推薦状…と、パーティー参加の戦歴…ふむ。
運が良かったですね。
今からちょうど実力試験がございますので、キサラギ・セツナ様はそちらで受講してください。
これを逃したら次の試験日は一か月後でしたよ」
「だってさ。
セツナ頑張りなさいよ」
ユアラは振り向きざまに傍らに立っていたセツナの胸をポンと拳の裏で小突いた。
「お、おう。行ってくる」
緊張したセツナは言葉少なく返事をすると、ギルドスタッフに案内されてギルドの奥にある試験会場に向かった。
この時ユアラは致命的なミスを犯した。
セツナの吸魔石の状態を確認し忘れたのだ。
捕虜となり大神殿に入る際、吸魔石の暴走を恐れた神殿側の兵士が、セツナの吸魔石を新しい無色透明な物に変えていたのだ。
試験会場ではすでに3名の冒険者見習いが佇んでいた。
3人のうち1人の女の子はセツナより若い…
他の2人は男性で、一人はセツナと同じくらいの年齢で、装備品が綺麗だ。
もう一人は見るからにベテランといった雰囲気で装備品は傷だらけ、アーマーから突き出た二の腕は普通の人の2倍はある大男だ。
セツナが入ると、服装が他と明らかに違うので視線がこちらに注がれる。
「(うわ…注目浴びてる…なんだか怖い)」
セツナの心がキュっと締め付けられる。
視線が怖いのだ。
これまでイジメを受けてきた副作用なのか定かでないが、注目される事に慣れていないセツナにとって他人からの視線は緊張するには十分だった。
「(落ち着け…ここはエヴァージェント。イジメっ子はいない…いないんだ…)」
自分にそう言い聞かせて深呼吸するセツナ。
するとセツナの後ろから、試験官が入って来て言う。
「みんな集まったか?
それでは第542次 冒険者試験を実施する。
各員、これまでの経験を十分にここで発揮してくれ」
4人が指示に従い広々とした試験会場の一辺に整列する。
4人の30メートルほど前に4枚の的が立てられ、その向こうは白い壁で覆われている。
「では端から最も得意な魔法を正面の的に向けて放て」
セツナは4番目、順番は最後だ。
一人目 10代の女子
『切り裂け。烈風の刃よ、愚か者を刻め』
すると一人目の手から若草色の風の刃が的に向かって勢いよく飛び、的に当たると複数のスパパっと切り傷をつけた。
試験官が言う。
「的に当てたのは良かったが…威力がまだ不足している。
放つ前の魔煙を込めるイメージがまだのようだな。では次の者」
二人目 年の近い男子
『放て。灼熱の理をもって、立ちはだかるモノを灰に帰せ』
これはセツナも放った事がある。
ホークウィンド戦で初めて撃った魔法だ。
二人目の手から炎がボウっと吹きあがると、手を離れ、的に向かって飛んで行く。
しかし、セツナと比べると勢いがない。
炎は的に到達する前に勢いがさらに落ち、地面にぶつかると半径1メートル程度を燃やした。
「んー威力はまあまあだが…放つイメージがまだのようだな。
もっと集中できればコントロールは良いので的に当たっただろう。では次の者」
三人目 一番の年長
『押し潰せ。雄々しき大地よ、閉じて愚者の墓標となれ!』
すると平坦だった的の両脇の地面が2メートルほどズググっとそそり立ち、隆起した岩肌が的に向けて、まるで両手を合わせるようにズシンと挟み込んだ。
試験官が言う。
「素晴らしい。威力、コントロール共に申し分ない。では最後の者」
いよいよセツナの番が来た。
セツナは鼻から息をすると口からはいて集中する。
すると試験官が止めた。
「まった。君、吸魔石が空だぞ…どうやって放つんだ?」
「えっ…」セツナが自分の吸魔石を見る。
セツナの慌てた姿に「ブハハ!」と同年代の男子が笑いだす。
隣の年長も心配した様子で言う。
「お前さん、魔煙忘れて試験受けに来たのか?本当にパーティー経験者か?」
「(しまった!これまで吸魔石の魔煙の量とか意識したこと無かった…
思い返せば、どうやって魔煙を貯めていたのだろう…)」
セツナの顔が恥ずかしさに真っ赤になる。
「(どうしよう…これが失敗すれば次は一か月先だ…)」
周囲の笑い声が試験会場に響いた。
するとセツナの脳裏にクラスメイトの仇笑う声がフラッシュバックして重なった。
「(…なんだよ…いつも肝心な時に失敗する…
あの時も予想外の邪魔が入ったんだっけな。
…理不尽だ…)」
そう思った時だった。
セツナの吸魔石がほのかに熱くなり、魔煙がボコンと噴き出した。
「(あの時、隣の席の女子が消しゴムを忘れたと慌てていたので、自分のを貸してやったんだっけな…それを見ていたトミタケ君が先生に「先生!セツナ君が変な理由つけて女子を触ろうとしてまーす!」って言ったんだっけ。
誤解だと言ったけど、貸そうとしていた女子からも「いや、いらない」って拒否られて、
結局「変態だ」とか言われて笑われたんだっけ…)」
セツナの心がこれまで以上にキュっと締め付けられる。
本来であれば、この不愉快な気持はしばらく続くのだが、今日は違っていた。
次の瞬間、スっとどこかに消えた。
セツナの胸の辺りが熱い。
気づくと吸魔石が黒々と渦を巻いて魔煙を溜め込んでいる。
「(これは魔煙…これが今、俺の嫌な気持ちを吸収したのか…)」
それを見てセツナが試験官に言う。
「…いけます。試験をやらせてください!」
セツナはそう言うと手を目標に向けてかざし集中しだした。
周囲の笑い声が小さく遠くに感じる。
そしてセツナはホークウィンドに放った一撃を口にする。
『放て。灼熱の理をもって、立ちはだかるモノを灰に帰せ』
すると手の先から日の光さえ陰にするほどの爆炎が放たれた。
爆炎は的を捉えると一瞬で灰に変え、後方の壁すら触れた先から溶解させてゆく。
それを見ていた試験官が慌てて、水属性の魔法を発する。
数分後、消火に加勢した別の試験官と二人がかりで壁を半壊させた炎が鎮火した。
試験官がセツナに言う。
「君は魔煙も無しにどうやって…」
歩み寄ってセツナの吸魔石を見る。
試験官の目が丸くなる。
魔煙が僅かに入っている。
「まさか…こんな少ない量であれを放ったのか…」
セツナがとっさに言う。
「すみません。吸魔石間違えてかけちゃったみたいで、別のを慌てて使たんです」
セツナの言葉に試験官は少しウーンと悩んでいたが、こう言った。
「君のは威力、コントロール共に優秀だが、魔煙の消費量の調整が出来ていないようだ。冒険者になって経験を積むことで消費量をコントロールできるだろう。
…だとしても…しかし…」
試験官はそう言うと顔を曇らせた。
「4人には追って結果を報告する」
試験官は言うと、解散を命じた。
他の4人はセツナに目を合わせることなく試験会場を後にした。
一人残ったセツナは胸に手を当てた。
なんだか心の奥底に何かが引っかかるような違和感をもったからだ。
「(気のせいか…)」
受付カウンターのあるロビーに戻るとユアラとレイダーが出迎えた。
「試験。どうだった?」
どうやらユアラは吸魔石が空だった事に気づいていないようだ。
「どうだろう…できる限りの事は出来たかな…ところでレイダーは?」
「レイダーには先に買い物をお願いしたのよ
。宿で合流するわ」
二人が話していると先ほどの試験官がロビーに現れこう言った。
「合格者を発表する…ロビン・ドロード。」
するとさっき土の魔法を使った男が名乗り出て試験官の前に来た。
「お前との付き合いは3年だったな。…やっと報われたな。Aクラス昇格おめでとう!」
「おおお!っしゃああああ!!!」
大男は大声を上げて全身で喜びを爆発させた。
そして試験官はさらに言う。
「…以上が今回の合格者だ」
実は自信があっただけに、試験官のその言葉にセツナは肩を落とした。
するとユアラが言う。
「…ま、まあ、最初なんてそんなもんよ。
それに装備を揃えるにも時間とお金が必要だし、ここでちょっとダンジョン潜って稼ぎましょ」
ユアラの言葉に「ごめんねユアラ…」と小さくうなずく。
すると試験官がセツナに歩み寄ってこう言った。
「すまないが、君たちは奥の部屋まで来てくれ」
セツナとユアラは緊張した面持ちで奥の部屋に案内された。
奥の部屋はギルド長の執務室だ。
「エルヴィンさん。
キサラギ・セツナと推薦者を連れて参りました」
スタッフはそう言うと扉を開けて中に二人を通した。
部屋に入ると早速ギルド長のエルヴィンが口を開く。
「先ほどの試験。
私も見ていた…とても駆け出し冒険者とは思えない強い魔法だった」
そう言いながらもセツナを見る目は鋭い。
「キサラギ・セツナ。
君は魔煙も無しに詠唱をしていたね…」
その言葉にセツナの顔が強張る。
ユアラはそこで初めて吸魔石に魔煙が入っていなかったと悟った。
セツナが恐る恐る応える
「はい…」
するとエルヴィンがため息をついてこう言った。
「やはりか…担当していた試験官が言っていたよ、魔煙が吸魔石に溜まるのを見たと…」
するとユアラが言う。
「それは私が…」
するとエルヴィンが止める。
「いや。それを咎めるつもりは無い。
ただ…その能力は稀有だ。
これまで何人も冒険者をここから送り出してきたが、魔煙を自ら生み出せる存在はこれまで見なかった。
君のその力はエヴァージェントにとって頼もしい一方で、脅威でもある。
君はその力どのように使うつもりなのかね?」
エルヴィンの問いかけにセツナは戸惑った。
この世界に来て、魔法が使えるという事に有頂天になっていた。
なによりもっと強くなろう、ユアラの足手まといになるまいとここまで必死だった。
「(内心では“この世界で名だたる大魔法使いにいつかなってやる“という野心的な考えもあった…でもこの世界で魔煙は危険な存在なのだ)」
「私は…この力を…大切な人のために使いたいと思っています」
セツナの答えにエルヴィンは眉をひそめた。
「ほう…では聞こう。
もしその大切な人が窮地に陥り、自分にそれを打開するほどの力を持ち合わせていなかった場合どうする?更なる力を求め、魔煙を貯め、もっと強い魔法を放つのかね?」
その問いにセツナは黙ってしまった。
その様子を見てエルヴィンがつづける。
「私は、吸魔石は人の心と同じではないかと考えている。
吸魔石が壊れる時、同時に人の心も壊れるのだと…」
そう言うとエルヴィンは何か過去に思いをはせるように悲しい目をした。
「私は時々思うのだ…魔煙は人の心の力を可視化した存在ではないだろうかと。
そして魔法は心を開放し欲求を具現化させているに過ぎないのではないかと。
君は試験会場で強力な魔法を撃ってみせた。
しかしそれは感情のままに撃ったに過ぎないと私は見ている。
それは人が強烈な怒りに任せて力を振るっている状態と同じだ。
力が心を支配してはいけない。心が力のあり方を決めるべきなのだ。
そこで改めてキサラギ・セツナに問う。
君に宿った魔煙を生み出すその力を、どう使うのだね?」
エルヴィンの言葉にセツナは気づかされた。
「(確かにあの時感じたのは怒りや切なさ…負の感情だ。そしてそれを晴らすように魔法を放った…見透かされていた。)」
するとセツナは少し考えてからこう言った。
「…正直、まだ答えが見つかりません。
でも、感情のままに魔法を使うのは違うと今は思っています」
セツナのその答えにエルヴィンは少しほほ笑んだ。
「少し意地悪な質問だった…か。
誰しもどこかで困難に直面する。その時、頼りにするのは必ずしも力ではない。
これまでに自分の心にどれだけ向き合い、そして他者の心に向き合う事ができたか、
その経験の差が勝敗を分ける時もあるだろう」
そしてエルヴィンは手をパンっと叩いて言った。
「君はまだ冒険者としては未熟だ。
だが己の未熟さを理解できる者は成長するだろう。
よって…合格とする…これまでの成績からCクラスとする。
研鑽に励む事を切に期待する」
するとユアラがセツナを抱いて喜んだ。
「やったわね!セツナ!」
セツナは小さくガッツポーズをするのだった。
するとエルヴィンが思い出したかのようにこう言った。
「あー因みにユアラ・ハリューズ。公文書偽造違反には罰があるのだが…」
その言葉にユアラはゾッとする。
「…ユアラ・ハリューズ。私は寛大だから、今回は目を瞑ろう。
ただし、一つ、困りごとを引き受けてほしい」
エルヴィンが不敵な笑みを見せる。
「…依頼…ですか。」
「そうだ。この街の東に、数日前に突然魔煙が噴出し封鎖されたフォーグマ洞窟がある。
君たちにはその探索任務を依頼したい。」
するとユアラが質問する。
「でも、魔煙はどうすれば…」
「心配するな、何も君たちだけで魔煙の中を行けとは言っていない。
神官一人とAクラスの冒険者一人の荷物持ちをすると思えばいい。」
そしてエルヴィンは付け加える。
「報酬は魅力的だぞ…
探索任務遂行までの宿代補助と、討伐した魔物の危険度にあった報酬を準備しよう」
エルヴィンのその言葉にユアラとセツナは顔を見合わせた。
「(断る選択肢がない…)」
「判りました…」ユアラが承諾する。
エルヴィンは同行するパーティーが宿泊する居場所を書いたメモをユアラに手渡すと、執務室の廊下まで二人を送り出すのだった。
宿に戻ると、早速レイダーに事情を説明して、同行する神官と冒険者の居るという酒場クレイル・フランを訪れた。
クレイル・フランは宿屋と酒場が一体化した場所だった。
ユアラが店員に聞く。
「すみません。
えっと…ルディウス・マルフォさんってここに泊まっていますか?」
すると店員が店内を見回すと、片隅の丸テーブルに座っている男を指差した。
ユアラがルディウスに近づき声をかける。
「あの。ルディウス・マルフォさんですよね」
「君は…」
「ギルド長エルヴィンに紹介されて来ました。
ユアラ・ハリューズです」
「ああ。話はエルヴィンから聞いています。
今回の探索任務の随行者ですね」
物静かな雰囲気を漂わせるルディウスは、エルフ族特有の細身で色白、長い髪を腰の辺りで縛っている年齢不詳の男性だった。
すると後からレイダーが飲み物を複数持って現れた。
「俺はレイダー・ナディック。
お近づきの印に、飲み物おひとつどうです?
あ、お酒ではないのでどれでも大丈夫ですよ」
「…お気遣いありがとう。では、こちらを貰うとしよう」
一方セツナは挨拶のタイミングを完全に逃して後ろで佇んでいる。
「(まずい…挨拶しそびれた…ユアラが紹介してくれないだろうか…)」
しかし、セツナの気持ちとは裏腹に目の前では二人がルディウスと話を始めてしまった。
「(考えてみるといつもこうだ…新学期、新しいクラスメイト同士が話始めると、
自分だけ話の和に入れずに終わる。そして気づけばどこのグループにも属せずに、仲間外れになる…何とかせねば…)」
セツナは勇気を出して口を開いた。
「あの…はじめまして。
キサラギ・セツナです」
ユアラやレイダーの話を遮って話しかけたため、一瞬シーンと静まり返る。
「(やってしまった…沈黙が怖い…)」
セツナの吸魔石がまた微かに熱くなるのを感じた。
その熱さに気づいたセツナは深呼吸する。
「あ…と、突然話を遮ってしまってすみません。自己紹介が遅れました」
セツナの言葉にユアラが笑いながら言う。
「緊張しすぎ」
するとルディウスも少し笑ながら
「私も経験ありますよ。そこの椅子を持ってきて、こちらへどうぞ」
セツナを誘った。
ルディウスが言う。
「遅いですね…もう一人、パーティーメンバーが来るはずなのですが…」
するとドスドスと宿屋の階段を駆け下りる音が響き、店のフロアに入るなり大声でこちらに近づく男がいた。
「いや~ワリいワリい。お袋に手紙を書くのに手間取ってよ~」
その男はさっきセツナの隣で喜びを爆発させていた、Aクラス冒険者ロビン・ドロードだった。
来るなりロビンがセツナを見るなり
「おう。爆炎坊主。さっきぶりだな。元気か!」
そう言いうと、セツナの背中をバシっと叩いた。
「いっ!」
突然の一撃にセツナが顔をしかめて悶える。
「こら。ロビン。初対面なのに失礼だぞ。
ロビンは力加減だけはいつまでもCクラスだな…
すまない。セツナ君大丈夫か」とルディウス。
涙目で「だ…大丈夫です」と答えたセツナだったが、背中のヒリヒリした感覚はしばらく残った。
「すまねぇな爆炎坊主。
でもルディウス…セツナの魔法は凄かったぞ。
いろんな意味で、試験者で一番輝いていた」とロビンはセツナをおちょくるように褒めた。
セツナは爆炎坊主と呼ばれムッとする一方で、魔法を褒められたため、なんだか不思議な気持ちになった。
「(悪い人ではない気がする…でもちょっと苦手なタイプかも…)」
「お、自己紹介がまだだったな。俺はロビン・ドロード。Aクラスの冒険者だ。よろしくな」
ロビンはAクラスに昇格したことがよほど嬉しかったのだろう、ニンマリした。
「よろしく」
ユアラたちも各自挨拶する。
するとルディウスが口を開く。
「自己紹介も終わった事だし、本題に入ろう。
今回我々が依頼された内容は、知ってのとおり封鎖されたフォーグマ洞窟の探索だ。
近々、本格的な軍隊による魔煙の除去を行う予定だが、その前に中の状況を確認したいそうだ」
するとロビンが言う。
「なんだぁ?俺たちは捨て石にしようって腹か?」
「無論。無茶をする気はない。しかし余りに洞窟手前で探索を終えては探索の意味がない」とルディウス。
「それで、フォーグマ洞窟には何が生息していたの?」とユアラ。
するとロビンが言う。
「あっこは元々鉱物資源の採掘跡地だ。その後はゴブリンどもが住み着いた。」
「じゃあ、ゴブリンが魔煙を吸って狂暴化しているってこと?」とセツナ。
「いや、確か魔煙騒動が起こる前に、民族総出で東の森に移動して今は何もいないはずだが…」
ロビンの言葉を聞いてレイダーが眉をひそめる。
「それでも、今回探索の依頼が来て、今後軍隊が動くとなると…厄介なんじゃない?」とレイダー。
「今回、そこが一番引っかかる点だ」とルディウスが言う。
するとセツナが聞く。
「素人考えで悪いけども、何か洞窟の奥を確認できる魔法の類は無いのかな…」
セツナの言葉に皆一様に何かを思いだした。
「あ、チコルの召喚魔法…」とユアラ。
「おお。そいつがありゃ安心して中に入れるな」とロビン。
するとレイダーが気まずそうに言う。
「すまんが…俺はその召喚魔法系は無理だ。適正がないんだ…」
すると神官であるルディウスに自然と視線が集まる。
「私か?できない事はないが…」
そう言いながら吸魔石の魔煙の量を確認する。
吸魔石には魔煙が半分くらい入っている。
「召喚には魔煙の他に媒体となる物質が必要だが、おそらくこれでは足りないな」とルディウス。
するとユアラが手をパンと合わせて言う。
「あ、ならセツナに召喚してもらいましょうよ」
「ええ?」とセツナが戸惑う。
するとルディウスが言う。
「セツナは適正はあるのか?」
するとユアラが言う。
「なんでも経験。まずはやってみましょ。ね!セツナ」
ユアラの強引な申し出で、急遽セツナはチコルを召喚する事になってしまった。
一行はクレイル・フランを後にすると、セツナの召喚をこの目で見ようと、郊外の人気のない草原に移動した。
「セツナ。私が言う通りに発してね。イメージは小さな小動物であれば何でも良いわ。
それがチコルを具現化させるわ。
あ、あとセツナの髪の毛を少し手のひらに載せてね」とユアラ。
セツナは言われるがまま、自分の襟足の髪の毛を一部切りとり、手のひらに載せる。
吸魔石をチラっと見ると試験後から魔煙はさほど溜まっていない。
「(まじかよ…魔煙も無しにどうしろと…)」
そう思ったセツナであったが、ふとギルド長エルヴィンの言葉を思い出した。
「(魔煙は人の心の力を可視化した存在)」
セツナは深呼吸すると魔煙の素材となりそうな、
思い出したくない過去の経験に思いを巡らせた。
「(考えてみれば過去にも同じような経験があった…文化祭の催しの話で学級会を開いた時だ。
先生が出し物の話をしだしたが、クラスの誰からも良い案が出なかった。
というよりクラスメイト全員が文化祭に乗り気じゃなかった。
するとイジメっ子が突然
「先生、セツナ君が良い案持っています!」と言い出した。
「はーい、みんな注目。セツナ君から良い案があるそうです」
先生もノリノリで言ったものだから引くに引けなくなった。
きっと先生もシラケた雰囲気のクラスメイトの空気を感じて、僕の案で一変させたかったんだろう…かといって、自分にそんないい案なんてとっさに出るはずもなく、ドギマギしながら苦し紛れに言った案に先生も呆れて苦笑していた。
イジメっ子からは
「なんだよ。お膳立てしてやたのに使えねえヤツだな」
だなんて言われ、クラスメイトからもクスクス笑いが出たっけな…理不尽だ…)」
セツナは今の置かれた状況がそれに酷似してる事にふと気づいて怖気づいた。
「(なんだよ…あの時と同じじゃないか…くそ)」
すると吸魔石がほのかに熱くなるのを感じた。
「(あの時自分はどうすれば良かった?イジメっ子が勝手に言い出したのだから、イジメっ子に答えさせれば良かった?…今ならユアラに言うのか?本当にそれで良いのか?)」
セツナが自問自答するほど吸魔石に魔煙が溜まるのを感じる。
すると不意にユアラが声をかける。
「準備はいい?」
「…ん。ああ…」
セツナはとっさにそう答えてしまい自分を責める。
「(止めるなら今のタイミングだった…なぜ“良い”だなんて答えたんだ自分は!!)」
ユアラが詠唱の言葉をセツナに伝え始める。
こうなってはもうやるしなかい。
セツナはとにかく集中する…小動物…この世界の…
「キサラギ・セツナの名のもとに導け」
『キサラギ・セツナの名のもとに導け』
「悠久なる風の原初よ、チコル・ルグニカよ、来たれ。」
『悠久なる風の原初よ、ルグニカよ、来たれ。』
するとセツナの言葉に呼応して、手のひらに載せた髪の毛が変位しだした。
光が手のひらに集まり、セツナの手のひらに重みがどんどん増す。
セツナはその重さに「(この重さは羽の生えた妖精じゃない。小さなドラゴンなみ…)」とイメージしてしまった。
するとその時光がバンっと強烈な光と共に大気に散った。
「うわ!」「おん?」「ギャウ!」
セツナの手のひらで爆発したのを見てレイダーとロビンが思わずビビって声をあげる。
「(あ!終わった。
今ので俺の手吹っ飛んだわ…)」
セツナはそう思いながら地面にへたり込んだ。
するとユアラがセツナに言った。
「…すごい。成功したじゃない!」
「え?」
セツナが手を見る。
大丈夫だ吹っ飛んでない。
しかし召喚は?セツナが周囲を見回すと、草むらの影に何やら赤い鱗の蛇のような生き物が伏せており、つぶらな瞳でセツナを見ていた。
「これが…チコル・ルグニカ?」セツナが聞く。
召喚された物を見て全員が固まっている。
「これは…」「おいおい…」とレイダーとロビン。
するとルディウスがこう言った。
「セツナ君。それはチコルではない。フェザー・ドラゴン・ルグニカ。召喚が難しい個体だ」
「えええ!!」思わず叫ぶセツナ。
ユアラもまさか召喚されたのがドラゴンだとは思わなかったようだ。
「え、やば…」と口元に手を当てて言う。
ロビンが興味深そうに顎を指でさすりながら言う
「フェザー・ドラゴン・ルグニカの召喚は初めて見たぜ。」
レイダーも「魔法使いでもこのタイプを召喚しているのは稀だな…」と呟く。
そしてロビンが言う
「案外こいつ…かわいいな」
セツナが手を近づけると、尖った鼻先でセツナの手の匂いを嗅ぎ、二股に分かれた長い舌でセツナの手をペロリとなめた。
「かわいい!」
思わずセツナもつぶやく。
すると不意にクシュン!とくしゃみをし、同時に口から炎が上がる。
「うわ!」
手に炎が触れて慌てて手を引っ込めた。
一瞬だったので熱くはなかったがくしゃみには気を付けようと心に誓った。
ユアラが「この子、すごく大食なのよね…」とボソッと言う。
「え、魔煙で維持するとかじゃないの?」とセツナ。
するとルディウスが言う。
「本来の妖精ならその程度で済むが…ドラゴンは特殊でな、別に食事が必要なのだ…」
ユアラがニヤニヤしながらセツナに言う。
「召喚したんだから面倒見なさいよね。セツナパパさん」
「(まじかよ…)」
ギャウギャウ言いながらセツナの足元にすり寄るフェザー・ドラゴンをヨイショと持ち上げてみた。
「だいぶ重いな…(中型犬くらいの重さはあるだろう…)」
「とにかく、洞窟への先駆けの召喚はセツナのおかげで整った。」とルディウス。
するとレイダーが自身の装備を見ながら言う。
「行先は洞窟だ、長物は持ち込めないよな…」
確かにハルバードは洞窟には不向きかもしれない。
するとユアラがレイダーに言う
「私、もう一振り、片手剣を持っているの、扱える?」
「十分だ…兵士だからな武器は一通り扱える」とレイダー。
様子を見ていたルディウスが言う。
「では、明日の明朝、北門前に集合だ。」
一次解散した後、セツナたちはフェザー・ドラゴンを引き連れ街へと戻る。
どうやら飛ぶ事は出来るようで、セツナの頭上を旋回しながらついて来る。
フェザー・ドラゴンを見上げていたレイダーが言う。
「セツナはもう名前、決めたか?」
「ん?まだかな…」
「ひどい。セツナパパはかわいい子に名前も付けないの?」とユアラ。
「パパって…」
セツナは仕方なくフェザー・ドラゴンの名前を考え始めた。
「…っと。ヴォルカニック・レッド…」
セツナが中二病全開の名前を言い始めたのを見て、二人が慌てて止めに入る。
「まった!」
レイダーとユアラが同時にセツナを止める。
「長い。却下だ。」
「セツナ。もっと短く…できればかわいいやつで」
「…なんだよ(かっこいい名前が良かったのに)…ならフィール…」
「フィール。いいじゃん」とレイダー。
一方ユアラはまだ納得できていない様子。
ウーンと唸っていたが、セツナを見て諦めたようだ。
「ま、いいわ」
ユアラはそう言うと、上空のフェザー・ドラゴンに向かって声をかけた。
「フィール!アナタの名前はフィールよ!」
するとフィールも「グロロロ…」と唸って反応した。




