第四十一話 魔王はすでに死んでいる
「教会は神官達に何て説明したのかしら?」
ホープ家の協力を取り付けた後、私達は精力的にオルフの行方を追った。まず真っ先にやったのは調査チームの設立だ。今回は事が事であるため、王家直属の密偵組織、『王家の影』にも協力を依頼し、我がセイファート家と王家の合同調査という事になった。密偵組織としてはまさに最大規模だ。
その規模の大きさを生かして、班は三つに分かれている。それぞれの役割についてはこの通りだ。
第一班は男爵領で情報を集める。
第二班はレステア領で情報を集める。
第三班はオルフの行先を調査する。
第一班は男爵領で得たオルフの情報を私達とホープ家に送るのが主な仕事だ。第二班についても調査場所以外は全く同じである。レステア領へ追放されてから、フローレル男爵領に移り、今に至るまで、私達は追放後のオルフの五年間を穴埋めをしようと計画していた。
どうやってオルフはレステア領を脱出したのか、男爵領では一体何をやっていたのか。それまでの行動が分かれば傾向が分かり、先が読めるようになってくる。個人を深堀していく事で捜査範囲を絞っていく、そんなアプローチ方法であった。
第三班はそれとは真逆で、足を使ってしらみつぶしにオルフ本人の目撃情報がないか、一人一人に聞き込みしてく方法を取っている。地道で人が沢山必要となる大変な作業だが、ここで手助けしてくれるのは教会だ。大きな街には必ず教会の支部があるし、教会には一般市民が多く訪れるため、その情報網は意外と侮れない。
第一班、第二班の調査結果から私達が何かを見つけるか、第三班が直接足取りを見つけるか、どちらが先でも構わない。私としてはとにかく当たってくれという気持ちであった。
ただ私は第三班について、一つ大きな問題がある事に気づいた。それが冒頭の私が発した疑問である。一般の神官達は色の真実を知らないため、オルフの本当の追放理由を知らない。そんな彼らをどうやって調査に参加させたのだろう? 私の疑問に答えてくれたのはアルベルトであった。
「そこは上手い事やった感じだが……正直心証は悪いな」
含むところを見せるアルベルトに何か私は引っかかるものを覚えた。
「神官達は病死じゃなく、本当は追放された事を知らされている。ただし追放理由に関しては違う説明をされていた」
それもそうだ。本当の追放理由を話してしまえば色について語らざるを得ない。ホープ子爵家が悩んでいた事だ。別の理由にしなければならないのは理解出来る。
「オルフが妬みから司教を襲ったという事にしたらしい」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まる。これが心証が悪かった理由か。神官達を納得させるのにこれ以上のものはない。しかし司教とオルフ当人としては悪質極まりないものだ。
「本人はそれを知っているのかしら?」
「オルフ本人には将来司教になるための特別な訓練、と説明したそうだ」
何て陳腐な噓なのか。あまりにもの雑さに私は頭を抱える。追放前に国家機密の色を広めようとした罪は消えないが、納得出来ない理由で追放され、神官達からも嫌悪の視線で見られる屈辱は耐え難いものであっただろう。
しかし教会に感じるこの違和感は何だろうか?
その答えをくれたのはソフィアであった。
「これまでの付き合いから思ったのですが、教会の司教に対する崇拝は常軌を逸している、私はそう思っています。一切の疑いを持たれない、それは人としておかしいのです。もはや教会の皆さんは神話の中の神ではなく司教を崇拝してしまっています。結局は追放もオルフの事など全く気にせず、司教の心さえ守れれば良かったのでしょう」
ソフィアの常識の刃は非常に鋭い。平民と貴族、両方を知るソフィアは、フラットでものを見る事に優れる。司教を信じ切っており、教会の異常を放置していたのは私とアルベルトもまた同じだったため、耳が痛い話であった。
「薬も過ぎれば毒となるというが……」
「行き過ぎた善性もまた人を狂わせるのね」
それを言葉にした途端、私の中にあった靄のようなものが晴れた気がした。
その先に見えてきたものが何か理解出来た時、私は戦慄した。
「…………っ!!?」
底知れない恐怖の波が私を襲った。
司教自身が善人であった事には違いない。だが周りがその強すぎる光に当てられて狂っていく。司教が良くなるように行動してしまう。
純粋な善意による悪行、それの何て恐ろしい事か。彼が亡くなるまで、異常性に気づけなかった事実が重くのしかかる。今、司教が亡くなって、ようやく私達は正常に戻そうと動いている。
では、と私は自身に問いかける。
もしも今もなお司教が生きていたならどうなっていた?
考えるだけで寒気が止まらない。
司教が生き続けていたら皆狂ったままだったのか?
司教が息子を信用して秘密を教えたは一見すると美談だが、実際はただの無責任で身勝手な行為に過ぎない。色の機密の重要性を考えたらまさしく暴挙だ。にもかかわらず、私達はそれを正しく受け継げないオルフだけが悪いと思い込まされていた。司教の人柄が、彼に罪を着せるのを躊躇させたのだ。
ホープ子爵家の二人だってそう。本来二人は司教に対して激怒してもいい。そんな二人でさえ、怒りの感情自体は残るものの、司教に直接牙を向けるのは避けた。冷静に考えるとそれはとても奇妙だ。二人は命の危機にさらされていたのだから。
私は司教の持つカリスマ性、そこに神聖さとは程遠い魔性を感じた。
ふと学校でのやり取りを思い出す。とある生徒はソフィアを魔王と言った。その時こそ魔王なんて空想の産物だと馬鹿にしていたが、私が司教に感じたのはそれだった。疑わせる事なく、狂わせていく、そんな所業が出来るなんて魔王しかいない。
心臓がバクバクする。アルベルトも顔を青くしていた。
私もアルベルトも国は虚構を信じさせ、安定させるものと思っている。これは完全に私欲と言うものを絶つ事が出来ないからだ。善人ではなく、善人だと見せる。ここの線引きを間違えるとバランスが狂っていき、国は安定から遠ざかっていく。
司教はその前提を根本から覆す。善人を装ってるのではなく正真正銘の善人だ。まがい物ではなく本物。対処が出来ない怪物だ。どれだけ倒そうとしても、その善性によって守られ、対立する側は悪のレッテルを貼られる。
司教自身国に協力的だったから良かったものの、
もし彼が敵対すると決めたのなら、
この国は滅んでいたかもしれない。
それを私達は明確に理解した。
こんな事言ってはいけない。それでも私は言わざるを得なかった。
「……死んでくれて良かった」
誰と言わなかったのは最後の理性であった。
「ソフィア、私達は教会を罰しないと決めたが、それは正解だったのだろうか?」
アルベルトに迷いが見える。教会が罰せられれば国が割れる。そうした政治判断だったが、今の話を聞いて揺らいでいるのだろう。
「感情的に面白くない、は置いておくとして、大丈夫だと思います。司教様の影響は永続じゃありません。現に司祭様は司教様を敬いつつも、それでも私達に真実を話してくださいました」
「薄れてきている、という事か」
「アルベルト様が言ってくださったんですよ? すべては生きてこそだと」
「そうか……そうだったな」
アルベルトの瞳に落ち着きが戻ってくる。きっと司教崇拝はこれからも残り続けるのだろう。だが生者が死者に出来る事は何もない。それを私はフランで知っている。後はゆっくりと思い出として昇華されていくだけだ。
「何となく、オルフの動機が掴めた気がする。オルフの目的は父を超える事なのだろう」
私は女性だからその感覚は分からないが、男と父親の関係の場合、良くある事と聞く。独立して個を証明したい、そう言うものらしい。でもオルフの場合は普通とは異なる。
相手が人間じゃないのだから。勝てない相手に勝とうとした結果が、極端な理想主義者だったのだろう。何もせずに上り詰めた父に対して、国を変える何かを成す事で対抗しようとしたのだ。行動した者の方が偉大だと信じて。
「その器もないくせに……」
それは嘲笑ではなく、同情であった。オルフの本質は臆病者だ。これを言い換えれば慎重さがあるという事になるし、臆病である事は決して悪い事だけではない。だが革命家は慎重さとは真逆に位置する。どこかで表に立つ決断しなければならないのだから。
その中途半端さが計画書にある『参謀になる』に現れていた。
「周りからの期待でそうならざるを得なかったのかもしれません。ですが私達にそれを汲む余裕はありません」
ソフィアはあえてオルフの背景を切って捨てた。私が思うにソフィアはフローレル男爵の一件から変わったように思える。今のソフィアにはやらなければならない使命がある時、剣を抜くのに躊躇しない強さがあった。
「ええ、私達は施政者よ。どんな事情があれ、色の秘密を漏洩したオルフは生かしておけない」
教会の件だってそう。このような危険を実際見せられてしまった以上、私としてはいっそ解散してしまいたい。でも教会はこの国には必要だ。色の制度がそうであるように。
「全く正義とは何だろうな」
歪みの要因は見逃して、結果だけを裁こうとしている現実にアルベルトはぼやいた。今更ながらに私はソフィアを大変な場所に連れてきたなと思った。かつて私はセイファート家の門で、ソフィアに覚悟を問いかけた。もちろん彼女の答えは是。だからこそソフィアは今、ここにいる。
施政者として著しい成長を見せるソフィア、彼女の覚悟は本物だった。それでも私は改めて問いかけた。
「ソフィア、私達と一緒に来て後悔してる?」
この世界に連れてきた責任として、今一度問わなければならないと思った。私は、アルベルトはソフィアに初めて出会った時、強い光を感じた。きっとそれは教会の神官達が、司教を見た時に感じたものに近いものなのだろう。
でもソフィアは司教とは違った。彼女は私達と同じ場所に立つ事を望んだのだから。
ソフィアの放つ光は今や私達の色に染まっている。その事に失望はない。むしろ例えようもない喜びが込み上げてくる。善と悪が入り混じり、一つの調和を生み出している様は美しい。
平民の世界が厳しい事は知っている。だが施政者として冷徹な決断をしなければならない苦悩もまた大きい。フローレル男爵の時に見事やってのけ、今回もまたオルフを施政者として裁こうとしている。私やアルベルトがいるとはいえ、大きな負担になっているはずだ。
つまり私は不安になったのだ。この残酷な世界をソフィアがどう思っているか。人の死すらも勘定に入れなければならない政治の残酷さが嫌にならないのか。
だがそんな私の不安をソフィアは杞憂と言わんばかりに笑って見せた。
「まったく」
断言するソフィアの姿は今も変わらず眩しかった。
魔王からの洗脳がようやく解けました。実際司教こそがガチの戦犯です。
個人的に今回のタイトルががっちりハマってキタコレー状態でした。
今回もお読みいただきありがとうございました!




