第四十話 ホープ家の夜明け
「さて、話をあの疫病神に戻しましょうか」
フランの話を聞き終えて一段落した後、頃合いを見てホープ子爵が仕切り直す。
「アーニャのウェンディ嬢の偽物の話を聞いた私は猛烈に嫌な予感がしました。我が国ではいくら演技が上手くても貴族の偽物にはなれません。『あれ』の問題があるから」
私達は頷く。庶民が貴族の色になれないのと同時に、貴族も他の貴族の色にはなれない。それがこの国の表向きの絶対原則だ。
「髪を失った貴族が付け髪を着用する事は認められてますが、『あれ』には瞳の色も含まれますからな」
やろうと思えば髪はなんとかなるが、瞳の色だけは誤魔化せない。それに色の偽りは死罪である。余程の酔狂な者じゃなければ誰もやろうとはしない。
「しかしアーニャの話を聞くに見た目は完璧にウェンディ嬢であったとの事。髪も瞳の色も紛れもなくフローレル男爵家のもの。その完璧さがかえって私達に奴を連想させたのです」
「疫病神は病死したはず。ですが本当にそうなのか……私達は密かにフローレル男爵領に密偵を出しましたわ。そして」
もう言わずとも分かった。アルベルトが代表して答えを確認をする。
「奴の姿の確認出来たのが一か月後、というわけだな?」
「そうなりますな」
ホープ表情の表情は落胆に満ちていた。嘘であってくれた方が良かった故に。
「私達は困惑しました。納得性としてはあの疫病神が『あれ』を知り、広めようとしていたから病死させられたの方がありましたわ。生かすにしてもその理由が見当たらない。しいて言うなら司教様のご子息だからかしら? それにしたって『あれ』を抱えている以上、野放しにするわけにはいかないはず」
アーニャの言葉は至極正しい。教会の方もオルフがすでに色の真実について感づいていたと知っていたのなら、たとえ司教の息子でも処刑せざるを得なかったであろう。教会はあくまで知る前に追い出したつもりだったのだ。
「そこら辺について、どういう状況だったのか聞いても?」
この状況で私達を試そうなんて度胸が据わっている。しかしながらアーニャの期待に応えるのは容易い。私達は元から隠すつもりはないのだから。私が視線を送るとソフィアは頷き、司祭から聞いた話を語り始めた。
「司祭様に聞いたのですが、本来彼は『あれ』について知る事が出来る立場じゃありませんでした。司教様のご子息と言っても結局はただの神官でしたから。しかしながらこのまま順当に行けば、司祭まで上り詰めてしまい、『あれ』について知る事になります。教会は彼の行き過ぎた正義を危険視していました。だから司祭になる前に追放し、『あれ』について知る機会をなくそうとしたのです」
「その追放が例の病死って事なのですかな? ですが奴は……」
「ええ、教会の誤算は、追放前に彼が『あれ』を知ってしまっていた事にあります。司教様は自分の息子である彼を信頼しきっていました。ご自身がもう長くない事を悟っていたのもあるのでしょう」
ここまで言えばもう充分であった。司教こそがオルフに色の真実を告げた犯人であった。積年の謎が解けたアーニャとホープ子爵の表情は晴れやかとは言い難い。それもそのはず、司教は本当の善人で尊敬すべき人物であったが、彼の安易な選択がホープ家を地獄に追いやったのも事実だ。割り切れなくて当然である。
「……身内の情は、目を曇らせるのですな」
「ズルいですわね。すでに亡くなってしまっては、恨みたくても恨めないではないですか」
黙ってしまう二人に私はかける言葉が見つからなかった。五年もの間、命の危機を感じ続けていたのだ。その発端が壮大な計画などではなく、身勝手な家族の情から始まっていたなんて信じたくもないだろう。
重い空気が漂う中、意を決して二人に話しかけたのはアルベルトであった。
「教会は他の者達へは真相は知らせず、奴はただの病死としていた。だからフローレル男爵家の一件が起きるまで、発覚が遅れてしまったのだ」
言葉にするとやはり教会の罪は重い。この色の真実の漏洩については、身内の情だけでなく、司教の晩年を穢したくないという教会の過剰な尊敬の念も要因の一つであった。教会は共犯者である国と相談するべきだった。さすればこんなややこやしい事態にはならなかったのだから。
「ここまで遅れてしまい、申し訳なく思う。ホープ家には重荷を背負わせてしまった」
それでもアルベルトは己自ら謝罪を口にした。アルベルトが今出来る最大限の誠意であった。
この瞬間、アルベルトはアベルの仮面を脱いでいたように思う。エリシア商会ではなく、サイヴェリア国の王族としての謝罪である。ホープ子爵にもそれが通じたのか、一度大きく息を吐くと、アルベルトの謝罪を受け取ってくれた。
「アベル殿、あなたに非はないでしょう。ですがあえて受け取らせていただきます。我がホープ家の存続のために」
「そうしてもらうと助かる」
アルベルトに安堵の笑みが浮かぶ。しかしアルベルトはすぐに顔を引き締めた。
「後別に話さなければならない事がある。これだけ重大な秘密を隠していた教会についてだが、国としては処罰をしない事になっている。納得しがたいかもしれないが……」
「いえ、納得させましょう。教会を敵に回しては国民から暴動が起きかねません」
納得したではなく、無理やり納得させる。ここにホープ子爵の人柄が現れていた。教会に対しての怒りはあるが、それはそれ、これはこれだ。ホープ子爵には教会を責める正当な理由がある。それを抑えてくれるというのだから、頭が下がる思いであった。
「重ね重ね申し訳ないな」
「公と私は分けなければなりませんからな。それに娘と同世代の者達がここまで最善に向けて努力しているのです。ここは大人として度量を見せなければならないでしょう」
茶目っ気を込めてそう言うホープ子爵にアーニャの姿が重なる。今でこそ一族の長として冷静な対応をしているが、その本質はアーニャと似ているのかもしれない。二人の強い血の繋がりを感じる一方、司教とオルフの似ていなさがそれを邪魔する。オルフはアーニャと違って、親の良さを受け継がなかった。
結局のところ、人それぞれなのだろう。
「しかし本当に我が家は運が悪かったのですね。国の陰謀も、教会の陰謀もありませんでした。ただ合間に埋もれてしまっただけ。今になって我が家の情報が役に立っていますから、完全に徒労というわけでもありませんでしたが、それでもこう、何か上手くやれなかったのか悔やまれます」
アーニャは疲労をにじませながら言った。ホープ家はオルフを見つけても、国や教会の見解が分からなかったため、それ以上動く事が出来なかった。確認しようにもそこには命がかかっているのだ。聞きに行ってそのまま処刑は笑えない。結局は今のように私達、国側と、教会側の方で気づかなければ、事態は動かなかったのだろう。
「ま、今更たらればを言ってもしょうがありませんわね。ずっと耐えてきたからこそ、今この面白い状況があると思えば悪くないですわ」
逞しいアーニャに私達は顔を見合わせて微笑み合う。私達は間違いなく、この前向きな姿勢に救われた。本人を前に決して言えないが、オルフが最初に向かったのがホープ家で良かったと思う。他の者だともっと悲惨な事になっていたかもしれないから。
「今後ホープ家が繁栄するためにも、今度こそあの疫病神の首根っこを捕まえなければなりませんわね」
アーニャは燃えていた。そしてやる気のある者は行動が早い。
「ナンシー会長、早速ですが情報の共有をよろしくて? 私達はあの愚か者を発見してからの監視の記録を提出します。そちらは……」
「ええ、こちらからは今調査している男爵家別荘から得た情報を教えるわ。奴の荒唐無稽な計画書の数々は見るのも苦痛かもしれないけど、目を通してもらえれば助かるわ」
「あの愚か者を捕らえるためならそんな些細な事、苦じゃありませんわ」
「これが何か向かった先のヒントになればいいのだけれど」
悔しいが私やセイファートの密偵達では、オルフの計画書から何かを探し出す事が出来なかった。しかし実際オルフと話した事があるホープ家ならばあるいは、何かを見つけてくれるかもしれない。
「情報の伝達方法はどうします? お三方は毎回ここに訪れるわけにもいきますまい」
ホープ子爵からもっともな疑問が上がったが、そこは問題なかった。
「ホープ家に伝書ガラスを貸しましょう」
「伝書ガラスを!? しかし伝書ガラスは義理難い性格のはず。従うのは飼い主のみで私達の命令は聞かないのでは?」
「あの子たちは賢いのよ。ちゃんと仕事だと割り切ってくれるわ」
伊達に伝達役として毎回遠い地まで飛んでいない。あの子達の仕事に対するプライドは高いのだ。
「なんと……」
何か思った以上に伝書ガラスへの関心が高い。だったらこれもサービスしよう。
「そうね。もしも今回の件が全て終わったら、伝書ガラスの卵を差し上げても良いわ。見事育て上げる事さえ出来れば、あなた達を主人と慕う、あなた達だけの伝書ガラスよ」
二人が息を呑むのが分かった。人に慣れ、人と共にある伝書カラスは普通のカラスとは違う特別なものだ。金を積めば買えるものじゃない。
「……とても、魅力的な提案ですが、私達に育てられるのかしら?」
アーニャの言った懸念がその主な理由だ。実際問題、伝書ガラスの飼育はかなり難しい。彼らは記憶力が良く、一度知ったものを忘れない。仲良くなれば一生友で居てくれるが、逆に嫌われれば一生許されないとされる。
さらに言えば伝書ガラスと信頼関係を積むのは飼い主本人が頑張らなければならない。別の人が飼い慣らしたって意味がないのだ。カラスはちゃんと人の判別が出来るわけで、飼い主とそれ以外もきちんと理解している。
賢いゆえに手ごわい。しかし信頼を勝ち取れば心強い相棒となる。それが伝書ガラスだ。
「実は私も今一羽育てています。ステラって名前つけたんですけど、とっても良い子で可愛いですよ」
アーニャ達の緊張をほぐすようにソフィアが言う。私はソフィアがセイファート家に来てから数か月もしないうちに、彼女に伝書ガラスの卵をプレゼントした。将来王女になるソフィアにとっていざと言う時の伝達手段は必須となるだろうし、眼の良い伝書ガラスはソフィアの守り手にもなる。
ちゃんと育てられるかの心配は特にしていなかった。セイファート家には伝書ガラスのエキスパートのエルがいたし、ソフィアがきちんと世話をするのは分かり切っていたから。結局は愛情を持って接する事さえ出来ればいいのである。
「大丈夫ですよ。責任感のあるアーニャさんならきっと伝書ガラスを育てられます」
「そ、そうかしら?」
「もちろん。そもそもの話、ナンシー会長は育てられない人に打診しませんよ。出来るから提案しているんです。ですよね?」
ソフィアからの絶妙な受け渡しにほくそ笑みながら、私はアーニャに安心するよう告げた。
「ええ。正直難しさはあるとは思う。でもモノじゃなく家族。そう考えるだけでうまく行くわ。相手も生きているのだから」
「なるほど」
前のめりになっている様子からアーニャから、興奮している様子が伝わる。伝書ガラスに興味があるという私の予想は当たっていたらしい。
「もしも聞きたい事があったら私に聞いてもらっても構いませんよ」
ソフィアのフォローもばっちりだ。
「……これはもう何が何でもやり遂げなければなりませんわ! お父様!」
「まさか我が家に伝書ガラスを手に入れるチャンスが舞い降りるとは……」
ホープ家は我がセイファート家と同じく情報を武器とする。伝書ガラスのもたらす恩恵は大きいに違いない。
「細かい連絡は伝書ガラスを通して。何か重大な発見があれば直接会う事にしましょう。それでいいかしら?」
「ええ!」
こうして私達は強力な味方を手に入れたのであった。
とうとうこの話も40話を突破しました。思えば遠くまで来たもんだ。
次の目標は20万字超えですかね?
来週も月、木に更新しますのでよろしくお願いします。
ではまた次回お会いしましょう。




