「戦うということ」
「ヘイゼル、覚えてる?私のチームにいたライラ。ライラの妹なのよ、ジョンを訴えてるの。ほら、あなたのことファンだって言ってた、モニカよ」
ヘイゼルは少し黙ってから、そして失笑した。
「覚えてねえよ。・・・いや、ああ、そう、何となく、そうかライラの」
「そこでだ。ヘイゼル、お前がモニカを説得する。それが作戦だ」
「はあ?おかしいだろ。だいだい何年前のことだ。あっちだって俺のことなんか忘れてる。それにモニカは議員なんだろ?アポなんか取れないだろ」
「それは問題ない。モニカの夫にはもう話をつけている。夫の方は、ジョンの荒療治には理解を示してる。夫のオリギスも最初、被害届なんか出すなって説得はしてたんだがな。結果は虚しくだ。オリギスは冒険者組合に居てな、それで組合の弁護士であるオレに内密で話を持ち掛けてきたんだ。これ以上夫婦仲が悪くなるのは嫌だから、何とか出来ないのかってな」
ジョンは腕を組んだまま黙っていた。今回の事をそもそも1ミリたりとも申し訳なく思ってない、ヘイゼルにお願いもしない。そういうやつだ。
「家を訪ねれば、夫が出迎えてくれる。時間は明日の昼12時。その時ならモニカは時間があるそうだ。議員としてじゃなく、昔のよしみで、1人の母親だと思って話をしてやればいい」
とりあえず話は分かったので、ヘイゼルは冒険に出た。ワープポートを抜けた先は、海岸の近い小さな公園。トマクはふと視線を感じた。他の冒険者たちの、心配するような眼差し。でも違う冒険者たちからは、まるで勇敢な人を見るような眼差しを向けられた。
「カニ、楽しみだな。ボク、初めて食べるんだよ」
「トモって泳げないの?」
「普通に泳ぐのは出来るよ。でも海じゃ戦いづらいし。あんまり海のマテリアルとは戦ったことないんだ」
スナメ海岸。初心者向けのフィールドで、今見渡す限りでも冒険者たちがちらほらいる、人気の海岸。
「お、いたぞ」
今回の標的、オオガイハナガニは大きいもので高さ2メートル。でも動きは遅いし、凶暴でもない。初心者向けの狩猟にピッタリの相手。でもそこで、問題が発生した。誰かの叫び声が聞こえてきた。ヘイゼル達が振り返ると、3人組の冒険者たちが、6メートルの陸竜マテリアルと交戦中だった。
第19話「戦うということ」
「みんな離れよう」
すぐに引率の先生のように、アンリが少年たちを誘導する。
「悪いアンリ、トモ、2人を頼む。カニくらいお前らでやれるだろ」
「え・・・」
「あいつら死ぬぞ」
ウイスキーをラッパ飲みして、ヘイゼルは走り出した。足から火が溢れて、ボンッとロケットのように飛び上がると、空中から大きな火球を発射した。戦うヘイゼルを初めて見て、茫然とする少年たち。
それはレベル5のドラゴン系マテリアル、バラーデンだった。全体的に緑色をした、ジャングルのドラゴン。このエリアではヌシ的な存在。
ヘイゼルの火球はバラーデンを大きく怯ませた。ヘイゼルに振り返るボロボロの冒険者たちはすぐさま頭を下げた。
「本当は、あいつが標的じゃなかったんです」
「獲物の奪い合いになったか」
「はい」
バラーデンは口から広範囲の火炎を吐き出した。それは初心者冒険者だったら太刀打ち出来ないような、死の瞬間。でもヘイゼルの魔法の防壁は、そんなものなんでもなかった。
「かなり気が立ってる」
ヘイゼルは周囲に気を配る。
「お前らもっと離れろ!」
ヘイゼルの号令に、ボロボロの冒険者たちは必死に逃げていく。別のところから、火球が降ってきた。しかも3発。ヘイゼルは納得した。なんともう1体、バラーデンがやってきたのだ。そのバラーデンたちは、ペアだった。ちなみにオスのバラーデンの方が角が大きくて、全体的に少し青っぽい。
「繁殖期か、だから殺気立ってる」
その時、誰もヘイゼルに加勢することはなかった。周囲の冒険者たちは皆、2体のレベル5に近づける度胸はなかった。そしてそれはアンリ達も同じだった。アンリは震えていた。
「どうしよう、ヘイゼルさん、死んじゃうよ」
防壁の中でヘイゼルは考えていた。繁殖期ならば、きっと子育て中かも知れない。だから縄張りの外にまで人間を追いかけてきた。
オスバラーデンがタックルしてきた。ヘイゼルはとっさにかわしたものの、その大きな角で、防壁は砕かれた。そこにメスバラーデンが噛みついてきた。己の無力さに立ち尽くすボロボロの冒険者。でもその直後、メスバラーデンは盛大にひっくり返った。ドスンッと地響きが広がる。それからまた直後、オスバラーデンも、背負い投げされた。バタンッと地響きが広がる。起き上がった2体のドラゴンは、少し冷静になっていた。そして目の前の1人のおじさんに、恐怖を覚えた。
「グルウゥゥ」
それは小さな威嚇だった。しかしヘイゼルはたじろがない。睨み合いになった。そうしてようやく、2体のバラーデンは去っていった。
「本当にありがとうございました!」
「運が悪かったな。子育て中のドラゴンたちの縄張りに入ったんだろ。気をつけろよ?」
「はい!」
無傷で戻ってきたヘイゼルに、アンリは笑顔を浮かべた。
「本当にすごい、さすが」
「へへ」
目を輝かせる弟子たちに、まんざらでもないヘイゼル。
「どうやったの?勝手にひっくり返った」
「防壁だ。防壁ってのは、基礎の魔法だが、自由自在なんだ。ドラゴンを掴んで投げることも出来る」
「そっか・・・」
それから、少年たちは大きなカニと対峙した。少年たちの小さな闘志に、オオガイハナガニもやる気になる。仕掛けたのはトマクだった。大剣を振り下ろすが、カチンと剣は弾かれた。少年の力ではその硬い殻を砕くことが出来なかった。カニの反撃には防壁を張って、少年たちもガードする。力では敵わない。それならとイアンは短剣から炎の剣を作り出した。炎で出来た剣、それはひとたび振り下ろせばカニの足を2本も斬り落とした。するとトマクも、ヘイゼルの真似をしようと手から火球を発射させる。少年らしい火球だった。でもそれはカニをひっくり返した。今ならトドメを刺せる。そう確信したトマクは、大剣に電気を纏わせる。
「後ろだ!」
「えっ・・・わあ!」
走り出すトモピッピ。遠くから、そして死角からトマクを襲ったのは、2メートルの巨鳥。レベル3のクルホーだった。タックルされたトマクはそのまま海へ落っこちた。同時にトモピッピも海に飛び込んでいく。予定にはなかった敵。でも冒険に、予定はない。クルホーは斬り落とされたカニの足を掴んだ。イアンが斬りかかるが、クルホーは翼でイアンを叩くとそのまま足を持って去っていった。倒れ込んだ衝撃で肩を強打したイアン。剣を持とうとしても持てず、それからカニはアンリの落雷の魔法で仕留められた。
それから昼食の時間。ぎっしり実が詰まったカニはとても美味しくて、トモピッピは遠吠えした。アンリも笑顔でカニを頬張る。でも少年たちは、焚き火を前にして敗北感に浸っていた。
「戦う時は、常に全方位に気を配るのが鉄則だ」
そう言って笑って、ヘイゼルもカニを食べて、ウイスキーを一口。それからカニの甲羅を鍋にして、カニの身とミソをぐつぐつと煮込む。そこに醤油でも垂らせば、大人たちは大喜びだった。
「こりゃあ酒に合うなぁ」
びしょびしょになっても魔法で乾かせるし、強い打撲を負っても魔法で癒せる。でもふとイアンは、まだ震えている右手を見下ろした。鋭い爪と眼光。大きな翼。気迫で圧倒されて、死の恐怖を感じた。
「めちゃくちゃ、怖かった。あの鳥」
「あぁ、オレも。楽勝だと思ったのに、死ぬかと思った」
「・・・それだ。冒険に必要なのは」
「え?」
「冒険ってのは思い通りにいかない。油断すれば怪我をするし、死ぬかも知れない。それが冒険だ。その恐怖があるから、良い武器を持ったり、強い魔法を覚えなきゃならないって焦る。でも怖い思いをすればするだけ、良い冒険者になれる」
ステンレスの器に盛られた、カニの身のミソ煮込み。少年たちはしおらしく一口。
「・・・うめぇ」
「なんだこれ、醤油入れただけなのに」
「・・・お前ら、ジョンの事どう思う」
「え、んー、最初は、怖かった」
「装備を整えて、冒険に連れていって貰おうとしたけど、めちゃくちゃ厳しかったし」
「でも、今なら何となく分かるよ。冒険をバカにしたから怒ったのも、弱い奴は連れていかないって言ったのも。冒険は楽しいけど、楽しいだけじゃないって教えてくれたんだと思う」
「昔からそうだったの?」
トモピッピがそう聞くと、ヘイゼルは表情を曇らせた。そしてウイスキーを一口。
「・・・昔は、冒険を楽しんでた。ジョンと俺と、ブリッソスと、グレイブ。最初は4人でチームだった。ジョンと結婚したベナレスのチームとも合流したり、知り合いの知り合いがまた合流したりで、色んなメンバーが居て楽しかった。ジョンとベナレスの間に2人の子供が出来て、ちょうどイアンとトマクくらいの年になった頃に冒険に連れ出してな。2人も、大人になったら良い冒険者になるだろうってみんな思ってた」
「それって、もしかして」
「ジョンの2人の息子、ベンとレインは、15で死んだんだ。冒険で」
それはジョンとヘイゼルとグレイブとブリッソス、そしてジョンの息子たちとその友達での冒険だった。その日は運が悪かった。狩ろうと思ってたマテリアルが、別の強いマテリアルに襲われた。もちろんヘイゼル達も襲われた。相手は飛竜系マテリアル。空を飛んで火を噴いて、執拗に迫ってきた。逃げ遅れたベン達を庇ったグレイブ共々、火球に呑まれて全員死んだ。
それから冒険から戻ってきたヘイゼル達を待っていたベナレスは、4人の遺体を前に、激しく泣き叫んだ。
7年たった今でも、ベナレスの絶望の叫びと、ジョンの魂の抜けた顔は、ヘイゼルの脳裏にこびりついていた。子供を3人も連れて冒険なんて、冒険を舐めていた。
「それから、みんな冒険が嫌になった。グレイブがリーダーだったってのもあるがチームは解散した。でも金は稼がなきゃならないなら冒険には行くが、それはただ稼ぐ為のもので、楽しい冒険じゃない。で、今から5年くらい前からだ。ジョンの悪い評判が広まりだしたのは。初心者の冒険者に恐怖を植え付ける悪徳冒険者ってな。でも俺は、ジョンを責められない。どんなに悪者にされても、冒険者に厳しさを教えるのは、あいつなりの戦いなんだと思う。罪滅ぼしって・・・まぁお前らには難しいか。昔のジョンは、誰よりも冒険が好きだったからな」
「何となく分かる。ジョンのおっさん。本当は、優しい人なんだ」
「へへっ・・・いや、あいつはそんな風に言われても、優しくしてる訳じゃないって言うだろうけど。俺も、ジョンも身に染みて学んだんだ。未熟な冒険者は、必ず死ぬってな。そしてそれを誰かが教えてやらなきゃならないって」
「・・・カニ、焦げるよ?」
「お、おう・・・」
カニの甲羅鍋を掻き回すヘイゼル。
「トモ、まだ食うか?」
「食べる!」
「私も食べよっと。ほら2人ももっと食べな?」
「うん」
翌日。ヘイゼルは1人、クラバン邸を訪ねた。出迎えたオリギスとフラットな挨拶を交わすと、早速モニカの居る書斎に案内された。
「よお」
モニカはフリーズした。一瞬、誰だと思った。でも一瞬で思い出した。夫からは、ある人を呼んだから話を聞いてほしいとだけ聞かされていたから、どうせ弁護士か何かだろうとすぐに突っぱねるつもりだった。
「・・・ヘイゼル?」
「覚えてるか。まぁ・・・元気そうだな」
「ずるいわ。ヘイゼルを寄越すなんて。でも、そうよね。ブリッソスが考えるようなことね。でもあなただって、ジョンの悪名は知ってるはずよ。なんで止めないのよ。チームでしょ」
「モニカ、とりあえずこっち来て話そう」
夫にそう言われれば、モニカは渋々席を立つ。それから3人はソファーに腰掛けた。怒りを滲ませるモニカを前に、ヘイゼルは困った。交渉なんてガラじゃない。
「実はな、最近、弟子が出来たんだ。ちょうど・・・ベンとレインくらいの歳だ。最初はその2人も、ジョンに金やるから来いって言われたんだと。でも、冒険が楽しいって」
ヘイゼルは後悔していた。酒でも飲んでくれば良かったと。
「俺にだって、息子と娘がいる。もし冒険に行きたいだなんて言われたら・・・ダメだなんて言えない。お前だってそうだろ?」
モニカは必死に言葉を選んでいた。ジョンの境遇を知らない訳ではない。
「でもジョンは、俺達は、冒険の怖さを知ってる。それを誰かに教え続けてやらなきゃいけないって、ジョンはずっと戦ってる。本当は、お前の役目のはずだ。それを、ジョンが代わりに背負ってくれてる。別に感謝しろとは言わないけど」
モニカはふと思い出していた。議員の仕事が忙しくて、息子のハリーと全然話をしていない。ハリーの事は夫に任せてる。それでいいと思っていた。
「私・・・親失格ね。ハリーと、全然話してないのよ。冒険はどうだったとか。何も」
「モニカ、自分を責めることない」
「本当は、自分で分かってたのかも。ハリーに無関心だって」
「モニカ」
「だって、怪我したって聞いて、最初に考えたことが、体裁だもの。ハリーの事じゃなかった。被害届も、事務作業みたいに秘書に頼んだ。私は、ほんと、ダメな親よ。・・・ごめんなさい」
モニカは静かに泣き出し、その肩をオリギスは優しく抱きしめる。
「私は、本当は、もっと、ハリーの冒険話を聞きたい。ハリーの楽しそうな、笑顔を」
その晩、ハリーは急いで帰宅し、母の居る書斎にノックもせずに入った。
「母さん!なんで被害届取り下げたんだよ!」
ゆっくりとパソコンの手を止め、モニカは深呼吸する。
「本当は、どうなの?」
「え?」
「本当に、無理やり行かされたの?無理させられて怪我したの?」
言葉を失ったハリー。母のその眼は、嘘か本当かも確かめずに、適当に処理を進めるような議員のものではなかった。それは、嘘を問い詰める母親の眼差しだった。
「いや、金やるからって。でもそれでもあっちが悪いんだよな?」
「私だって、元冒険者よ。自分勝手に行動して勝手に怪我するような状況を何度も見た。冒険が、冒険での行動が、すべてその人の責任になるってことくらい、分かってるでしょ?あなたが自分で考えて行動して怪我したのなら、それはあなたが未熟だから。それが冒険よ。他の誰も悪くない」
「・・・チッなんだよ!」
「ハリー!」
出ていこうとするハリーを呼び止めると、モニカは席を立って歩み寄った。そして苛立つ息子の顔をしっかりと見つめた。
「ごめんね。本当は、一緒に冒険に行ってあげたいけど」
「それはさすがに勘弁。友達に笑われる」
「そ、そう・・・。これからは、どんな冒険して、何が楽しかったか、ちゃんと聞くから」
もう母親に抱きつくような歳でもないので、スッと歩き出したハリー。でも書斎を出ていくときに半分振り返った。
「・・・今度はヘマしないから」
トマクは母親と2人きり。昼に捕ったカニの余りを晩御飯にしていた。とても美味しそうに食べる母親にトマクも嬉しくなったが、ふとピンチになった時を思い出した。
「オレ、もっとちゃんと強い冒険者になるよ」
「無理しなくていいんだよ?」
「うん。・・・今日さ、冒険で、大事な事を教わったんだ――」
読んで頂きありがとうございました。




