「選択肢」
スマホから着信が入った。アンリのスマホだ。電話をかけてきた相手の名前を見て驚いて戸惑って、そして思い出した。忘れかけていた旧友からだった。
「はい」
「・・・久しぶり」
旧友エメリーの声だって戸惑っていた。尚更何の用だと身構える。
「うん」
「どうしてるかなって。元気そう?」
「うん。良いチームに入れたから」
「そう・・・・・実は、2軍、解散するんだ」
ヘイゼルに会う前、かつて在籍していたチーム。ベリーテ・バリー、その2軍。でも今更そんな話をされてもと思った。もう思い入れがない。
「へえ・・・そっか。私にはもう関係ないし」
「そうなんだけど、その、とりあえず伝えておこうって思っただけ。それより、新しいチーム、どんな感じ?」
「楽しいよ。クセはあるけど、強い魔法使いの弟子になれたし」
「ふーん。せっかくだし紹介してよ。久しぶりに顔見たいし」
「えー・・・ま、まぁ、いいけど」
そうして翌日。アンリの前にかつてのチームメイトのエメリー、アスターがやってきた。顔が見たい。そう言われて嫌な気はしなかった。チームの時は、切磋琢磨し合う友達だと思ってた。それでせっかくだからと合同クエストをしようということになった。分け前は平等。待ち合わせはいつもヘイゼル達が使ってるビジネスホテルのロビー。しかし顔合わせ直後、アスターは失笑した。
「マジかよ。何だこのメンツ。おっさんと犬とガキって。良いチームっていうから期待したのに、大噓つきじゃん」
「噓じゃないわ!バカにしないで。少なくともあんな2軍なんかよりずっとマシ」
「はあ?」
いきなり最悪の雰囲気。トモピッピも、アスターの臭いにはいい気はしなかった。アンリはまた思い出した。アスターのことは嫌いじゃない。でも弱い人を見るとすぐにバカにする。その性格にはいつもうんざりだった。ヘイゼルはふと2人のペンダントを見る。
「大体、2軍って何?ただのお飾りじゃない。有名なのは1軍だけ。ずっと簡単なクエストしか命令されないし、退屈だった。だから抜けたのよ」
「ははは・・・あのさぁアンリ、そういうの何て言うか知ってんの?”逃げ”っていうんだぞ」
「そうだよ。2軍が未熟なのはみんな同じ。だから養成の為の2軍なんだから」
「逃げただけのクセして、しかも次のチームはこれかよ」
「このチームをバカにしないで!なに、冷やかしに来た訳?」
「そうじゃないけど、まさかこんなチームだとは思わなかったってだけだ。こんなの、暇つぶしのチームだろ」
飛びつこうとするトモピッピを宥めながら、ヘイゼルは咳払いをした。
「若造たち、いいか?」
「ああ?なんだよ」
「お前達には、アンリが逃げたように見えるんだな。それは何でだ?」
「はあ?何でって・・・そりゃあアンリの言うことも正しい。オレらはまだ全然未熟だ。いきなりレベルの高いマテリアルとか無理だ。だから2軍っていう枠があって。それだって、這い上がれるチャンスはあるんだ。努力次第なんだよ。現実的だろ?なのに勝手に辞めやがった。逃げた以外にどう言えばいいんだよ」
第18話「選択肢」
「もう少し聞かせてくれ。普段は、どんなクエストに行ってんだ。誰が決める」
「それは1軍に教育係が居て。2軍は、出来てまだ4か月くらいで、採集クエストと、武器の製造工程を学んだり、トラップ作ったり、狩った後のマテリアルから素材を採取したり」
「それは、つまり雑用か?」
「チッ・・・ちげえよ!研修だ!何なんだおっさん」
「ていうか、昨日言ってたけど、何で解散になるの?」
アンリの質問に、2人は戸惑うように顔を見合わせる。
「それは・・・」
「お前のせいだ」
「何でそうなるのよ」
「お前が辞めて人手も足らないっていうか、なんていうか、雰囲気も悪いし、1軍も、2軍に見込みがないって判断したっていうか・・・いや、実際は良く知らねえよ。命令だから」
するとヘイゼルは失笑した。
「それは、アンリに先見の明があったってこったな。逃げたんじゃない。泥舟を降りただけだ。お前らだって馬鹿じゃないだろ。ただのパシリだって分かってたはずだ」
怒りに顔を歪ませるアスター。でもどうやら図星のようで、言葉は返せなかった。
「命令だなんだって言ってるが、冒険は命令でいくものじゃない。アンリはこの前、レベル4を倒したぞ」
「ええ!す、すごい」
「俺が命令した訳じゃない。自分で選んだんだ。それを冒険っていうんだよ」
しかしアスターは捻くれたように嘲笑う。
「どうだか。どうせほぼおっさんがやったんだろ。ああ、あれか、そういう関係か、はは」
アスターに殴りかかろうとしたアンリを止めたのは、ヘイゼルだった。
「分かった。だったら、お前らにクエストを出す。クリア出来なかったら、お前らはアンリ以下だ。冒険者ってのは冒険で自分を証明するもんだ」
「・・・い、いいぜ」
「そうだな。じゃあ、こっから近いし、レベル3のスタインコーカサスなんてどうだ」
「え、ああの、無理です。私達、マテリアル討伐はしたことなくて」
「アンリをバカにしたのはお前らだ。もう後には引けないよな?な?若造」
途端に目を泳がせるアスター。冷や汗もかいてきた。大声を出したりはしないが、ヘイゼルが本気で怒ってるのを、アンリは初めて見たのだった。
「俺が後ろで見といてやるから」
なんだかすごい修羅場になっちゃったと、トモピッピ、トマク、イアンはお互いに顔を見合わせながら大人しくビビっていた。ワープポートに向かって先頭を歩くエメリーとアスターの後姿は、ゾンビみたいだった。このまま本当に行かせるのか。直前になって冗談だったと言ってあげた方がいいんじゃないか。アンリでさえそう思っていた。
初心者冒険者の中では中々スリリングなエリア。ハーロンド森林地帯。エメリーは魔法の杖を折れそうなほど抱きしめ、アスターは全身が震えていた。後ろからついていくトマクはふと思い出した。ヘイゼルの後姿はなんだかジョンみたいだと。改めて以前の自分を思い出していた。
「ガァー」
どこからか響いてきた何かの鳴き声。それだけでエメリーは目を瞑り、防壁を展開する。
「ふうっ・・・ふうっ」
壊れたおもちゃみたいにキョロキョロするアスター。それから木々の向こうから出てきたのは、カブトムシのような大きくて立派な角を持った、2メートルのネズミ。その名もスタインコーカサス。
「来るぞ!」
走ってくるスタインコーカサス。
「きゃああ」
座り込んで泣き出したエメリー。
「アクセル!」
尋常じゃないスピードでタックルを仕掛けたのは、トモピッピだった。それから突撃していったのはトマクとイアン。トマクは長剣に電気を纏わせて、立ち上がった直後のスタインコーカサスの首元に剣を突き刺した。しかし入りは甘く、スタインコーカサスは痺れただけ。それからイアンが短剣から炎の球を発射させる。小さな爆発に、スタインコーカサスは倒れこんだ。そこにアンリの落雷魔法が落ちて、狩りは終わった。
「どうだ2人とも、初めての攻撃魔法は」
「ムズイ。練習ではもっとうまくいけたのにな」
「でも意外といけたよな」
けらけらと笑う少年たち。本当に簡単に一瞬で狩りが終わった。いや、こんな状況で”戦えた”少年たちにエメリーは茫然としていた。一体、何が起こったのか。同じように腰を抜かして動けないアスターに、ヘイゼルがようやく歩み寄る。さっきまでキレてた表情とはまるで違うおじさんに、アスターはようやく自分の意思で呼吸した。
「今日はちょうどこいつを狩る予定だったんだ。トマクたちの練習相手にな。2人はまだ中学生だ。もちろん俺が無理やり行かせてる訳じゃない。お前たちはな、そもそも心が冒険者じゃない。研修だろうが関係ない。命令だからクエストに行って、命令で解散する。そんなもん、冒険じゃない。恐らく、1軍はお前達を冒険者にしたい訳じゃないんじゃないか?」
森林の開けた場所で大きく防壁を張り、キャンプ用品を広げて昼食の支度。スタインコーカサスは、角は装飾品などで需要があってそれなりにお金になる。肉はそれなりに美味い。とても香ばしい匂いが広がっても、エメリーたちは放心状態だった。心底反省していた。自分たちは心が冒険者じゃない。その通りだった。
「まあ食えよ」
アンリが淹れたコーヒーを飲み、肉にかじりつく。エメリーは安心感で静かに泣き出し、アスターは頭を下げた。
「悪かった。ほんとに。色んな採集クエスト行ったけど、オレ達は、そもそも、何も冒険してなかった」
「美味いだろ?それが冒険だ」
アスターは肉にかぶりつく。
「・・・美味い。・・・確かに、あんな泥舟、降りて正解だった。どうせ解散だけど、でも、そうなったら行く当てがない」
するとトモピッピはヘイゼルを見た。ヘイゼルは小さく首を横に振った。
「何で行く当てを探すんだ?」
「え?」
それから2日後。スマホが鳴った。アンリのスマホだ。エメリーからだった。
「はい」
「この前は、ごめん」
「悪いのはアスターだから。相変わらず捻くれてるね。どうしたの?」
「解散の前にね、全員で抜けることにしたんだ、2軍。そのままのメンバー5人でチーム作って、新しい場所でやり直すことにした。ヘイゼルさんに言われて・・・じゃないね。自分達で決めた。ヘイゼルさんの言葉に気付かされた。なぜ行く当てを探すのか。行く当てなんて、自分で作ればいいってこと。冒険は、誰でもどこからでも出来る。それでさ、その・・・一緒にどうかな?って」
ビジネスホテルのロビー。まだイアンとトマクが来る前、アンリは打ち明けた。エメリー達のチームに誘われたと。
「でも、もちろん断った。私の居場所はここだし」
「いいのか?」
「うん。私は逃げたんじゃない。そう胸を張れるのはここだから。他人から見れば逃げたように見えても、自分が心から新しい選択だって思えればそれでいいって思う」
「はは、それでこそ冒険者だ」
今日は学校は休み。だから朝から冒険だと張り切って少年たちは家を出た。この前は初めての魔法の実践。本当はビビってて練習通りに出来なかった。
「あれ?あの人」
ヘイゼル達の居るホテルに向かう途中で、2人は知っている男を見かけた。その男はジョンの子分のレビーだった。するとパチンと、少年たちとレビーは目を合わせる。
「お、おう、小僧たちじゃん。元気そうだな」
「うん」
「そういや、まだヘイゼルさんとこに?」
「そうだよ?今日もこれから行くんだ」
「まじか、ツイてる。ふう・・・悪い、一緒に行かせてくれ。ヘイゼルさんに頼みがあるんだ」
ホテルのロビー。やってきた少年たちを寛ぎながら出迎えたヘイゼルは目を丸くした。レビーがいきなり頭を下げたのだった。
「ジョンさんを、助けてください」
「・・・・・え?なんかやらかしたのか?」
かしこまって頭を下げたと思えば、ふにゃっと脱力してソファーに座り込む。
「いやあ実はそうなんすよ。実は、えっと、裁判を起こされそうで」
「ふーん。じゃあ頑張って」
「いやいやいや、ほんとなんすよ。この前連れてった、大学生の生意気な小僧が、大怪我しちゃって。でその母親が、実は、議員のクラバンで。もう偉い剣幕で」
「ははは、いやだから知らねえって。あいつの責任だろ。いつもの”荒療治”で」
「何言ってんすか。元チームじゃないすか」
「何十年前の話だ。なんで俺なんだ」
「最初はブリッソスさんのとこに行きましたよ。そしたら、ヘイゼルさんとこ行けって」
「ええ?ったく、弁護士はあいつだろ」
「もちろん、弁護をするのはブリッソスさんです。でもその、ブリッソスさんが、なんつったか、ロビー活動?してほしいって」
「はあ?」
「ヘイゼルさんしか頼めないんすよぉ。お願いしますよぉ」
ソファーの上でクネクネと頭を下げるレビー。何とも情けない子分らしい上目遣い。アンリは思った。ヘイゼルの弱点をよく知ってると。頭をかくヘイゼル。
「友達なの?」
トモピッピが純粋に問いかける。
「友達じゃねえよ。昔な、一緒に冒険してた仲なんだ」
「へえ、ジョンのおっさんとチームだったんだ」
「だったら助けてあげれば?」
「・・・・・はあ。分かったよ」
「あざっす!」
「悪いなトマクたち。ジョンに話を聞いてから、カニ食いに行こう」
「うん!」
「カニっすか」
「今回は、レベル3のオオガイハナガニを狩るんだ」
「あ~、美味いっすよね」
それから向かったのはジョンの家。いかにも築年数の多い、古びた家だった。出迎えたのは奥さんのベナレス。
「あらあ!久しぶりじゃないヘイゼル!」
「おう。随分老けたな」
「お互い様でしょうが。あれ?息子と娘じゃなかった?」
「俺の子供じゃない。チームの仲間だ」
「そう。いらっしゃい」
「あ、トマクです」
「イアンです」
少年たちは拍子抜けした。色々と情報が多かった。ジョンにこんな明るい奥さんがいたなんて。ヘイゼルとも親しいみたい。
「アンリです」
「ボクはトモピッピだよ」
「面白い組み合わせねえ。どうぞ入って」
成り行きで噂の”怖いおっさん”の私生活を知ってしまった少年たち。普通だった。家があって、家族がいた。リビングには家族写真があった。ソファーに座っていたジョンはテレビを消した。しおらしいジョンを見るのも、少年たちには初めてだった。
「放っとけって言ったろ」
「ブリッソスに呼ばれたんだ」
「お前に何が出来んだ」
「さあな。あいつのことだ、何かあるんだろ。で、何があった」
「さあさあみんなゆっくり座って。なんかお菓子出すね」
トマクとイアンが笑顔を浮かべたところで、ジョンは自分の酒を一口。
「どうせいつもの荒療治なんだろ」
「あそこまで馬鹿だとは思わなくてな。計画通りなら怪我なんかしない。レビー達がさせない。でもあいつは、啖呵切って1人で突っ走って、1人で事故りやがった」
「じゃあ、悪くないんじゃないんですか?」
アンリの言葉にジョンは冷静に首を横に振る。
「危険冒険斡旋罪だ」
「え、何それ」
「無理やり冒険に連れ出して、命を脅かしたりすることだ、知らねえのか」
「そんなのあるんだ。でも冒険って、『自由意志の原則』があるし」
「おうよ――」
自由意志の原則。冒険を為す者は、その一切を本人の意思とみなす。この法律があるお陰で、冒険はすべて本人の責任となる。それは例え企業やチームリーダーからの命令で冒険に出たとしても、冒険を本人の意思とみなすもの。これは普通に学校で習うような常識の範囲である。
対して危険冒険斡旋罪は、その昔、奴隷のように虐げられていた民族が貴族の為に食料や素材を集めていたという歴史を鑑みて、相手を逆らえない状況下において冒険をさせる行為が対象となる。
「けどあいつは、議員の母親に無理やり行かされたって泣きつきやがった。普通は、危険冒険斡旋罪を持ち出す奴なんかいない。けど警察は議員の肩を持ちやがった。それで被害届が受理された」
「よお」
振り返るヘイゼル達。そんな時にやってきたのはジョンと同じく元チームの1人、今は弁護士をやっているブリッソスだった。ヘイゼルにとっては、数年ぶりの再会だった。冒険ばっかりでいつも薄汚れていた男がびしっとスーツを決めて、何だか見違えていた。
「久しいな、ヘイゼル」
読んで頂きありがとうございました。




