あなたを愛している・4月【11】
「いったぁ~。やっぱり痣になってる」
神社の社務所で白い小袖とその下に着た長襦袢の襟をずらし、透一郎に力の限りつかまれていた左肩を見ると、やはり痣になっていた。くっきり手形がついている。右腕全損、両足も不自由だが、左腕だけは無事だったということだ。しかも最近、梛相手に左腕を主軸に刀を振る練習をしているので、より筋力がある。わかっていたが、体を損なっていても、上背のある成人男性である透一郎は、梛より力が強い。
「くっきり痕がついているな。大丈夫か」
「骨が砕けるかと思った。ゴリラか」
「梛……」
冷やした手ぬぐいを肩に当ててくれたのは祐真だ。透一郎と香江は別の部屋に追い出してある。社務所の事務室だ。梛と祐真がいるのは社務所の和室で、物置に使われていたらしい。晴季は畳の上で寝ている。梛が着ていた千早が上にかけられていた。
「私も兄さんを目の前にしては言わないよ」
「どうだろうな」
苦笑気味に祐真は返して、梛の隣に座った。梛は手ぬぐいが落ちないように位置を直して押さえた。痛い。
「祐真さんも遠巻きにしてて近づいてこなかったじゃないか」
自覚できるほどすねた口調で言うと、祐真は梛の唇をちょん、と指で押さえた。
「晴季が起きるだろ。背負ってたんだから」
「そうだけど」
露払いを引き受けてくれた彼は、岩禰比古が消えた後に舞台の近くまで戻ってきて、寝落ちした晴季を引き受けてくれていた。
「まあ、透一郎さんが怖かったのもあるが」
一言余計である。梛は肩を冷やしていた手ぬぐいを投げた。祐真が難なく受け止め、水にぬらして冷やしてくれた。痣は赤黒くなってきているが、まあ大丈夫だろう。祐真から手ぬぐいを受け取り、肩に当てなおす。隣に座った祐真の肩に、梛は頬を擦り寄せた。
「でも、祐真さんがいてくれてよかった。一人であの二人にはさまれてたらたぶん死んでた。精神的に」
「透一郎さん、顔怖かったもんな……けど、それと対等に言いあう副島さんも怖かった……」
「ああ、それはちょっとわかる」
だが、あれくらい心も押しも強くないと透一郎と付き合えないだろう。たぶん、香江を逃したら透一郎は結婚できないと思う。
「まあ、丸く収まるのならそれでいいよ」
「……お前は心が広いな」
「兄さんには幸せになってほしいからね」
事件後すぐは怒鳴られたり怒鳴ったり、手が出たり、喧嘩も絶えなかったような気もするが、それでも二人支えあって生きてきたのだ。成人していた透一郎の方が、きっと、負担は大きかったと思う。体が不自由だからって、弟妹の世話だけで人生を終わらせる必要なんてない。
「……俺は梛のそう言うところが好きだ。純粋に、人の幸福を願えるところ」
「兄さんだからだよ」
苦笑して祐真の顔を覗き込むと、いやに真剣な表情を、祐真はしていた。
「そんなこともないと俺は思うが」
祐真の手が梛の頬を撫でた。顔を寄せられて、目を閉じる。柔らかく口づけられ、梛はうっすら目を開く。すぐに再び唇をふさがれた。今度ははむように唇が触れ合い、くぐもった甘い声が鼻を抜けた。急に恥ずかしくなり、祐真を押しのけようとしたがびくともしなかった。逆に抱き寄せられ、肩を冷やしていた手ぬぐいが畳に落ちる。
「んん……っ」
ぎゅっと目を閉じた。抱き寄せられて、袷が緩む。人の口の中をいいだけ蹂躙した祐真は、頬や目元にキスをして、耳たぶを食んだ。そのまま首筋に唇が降りてきて、梛はびくっと震えた。
「祐真さん、くすぐったい……!」
「姉さぁん」
晴季の声にびくっとした。祐真が梛から離れ、彼女は晴季を振り返る。眠たげに目をこすりながら、晴季は起き上がった。梛は慌てて声をかける。
「どうしたの」
慌てていても落ち着いた声が出たのは、兄の「冷静たれ」という教育の結果だろう。こんなところで発揮されてもうれしくないが。
「お腹すいたぁ」
「……そうだね」
返事をしながら袷を直す。小袖がずれすぎていたので、一度腰帯を結びなおした。祐真が顔をしかめる。
「お前……そう言うところだぞ」
「は?」
梛が思いっきり怪訝な表情を見せる。こうしたのは祐真だろうと言わんばかりだ。まあ、肩を冷やすために袷はずらしていたのだが。
和室をでると透一郎たちも話し合いが終了したらしい。事務所から出てきた。
「兄さん、話はすんだ?」
「ああ……うん」
透一郎は苦笑気味に頷いた。香江が微笑んでいるので、いい方向で話し合いは終わったらしい。
「とりあえず、痴話げんかなら私のいないところでやってほしいな。兄さんははっきりした方がいいと思うし、香江さんもあんなところでプロポーズしないで」
「はい」
「ごめんなさい……」
うなだれる透一郎と香江に、梛は抱き着いた。
「うん。でも、よかった」
「ごめんね。心配かけたね」
透一郎が梛の背中を優しくたたく。何も言わないが、たぶん、もう大丈夫だ。透一郎だって、もっと早く覚悟を決めればよかったのだ。
「梛、肩は?」
「痣になってる。香江さんを振ってたら、それも含めて兄さんのことぶん殴ってたね」
「……ごめん。後で治療しようね」
梛はそれほど得意ではないが、透一郎は治癒術が使える。責任を持って肩を治してもらおう。骨が砕けていたら透一郎にも手の施しようがなかったのでよかった。まあ、透一郎がやったのだが。
「ところで、君たちも場所は選んでね」
梛が首をかしげると、透一郎は祐真の名を呼んで自分の唇を指さした。まだ眠たげな晴季の手を引いていた祐真は、空いている手の指で自分の唇をぬぐった。赤い紅がついている。神楽を舞うにあたって梛がしていた口紅だ。普段はめったにしないので、梛自身も気づかなかった。梛は目を見開いて、うなだれるように兄の肩に額を押し付けた。
「梛ちゃん可愛い」
香江が笑って梛の頭を撫でた。透一郎の左手が梛の背中を撫でた。
「君が大人になって行って、少し寂しいね。祐真、ほら、引き取って」
引き取られる前に自分から離れた。晴季が「お腹すいた」とぐずっている。眠いのではないのか。
「朝ごはんにしましょう」
香江がそう言って透一郎に杖を持たせる。梛は晴季と手をつないだ。透一郎が笑う。
「祐真とじゃなくていいの?」
からかいに来た兄に、梛は冷静に言った。
「兄さんと香江さんが結婚したら考える」
「おお……」
透一郎から変な声が漏れた。晴季がきょとりと梛を見上げた。梛の手を引っ張る。
「喧嘩しちゃダメ」
「そうだね」
梛は笑って晴季の頭を撫でた。
とりあえずご飯を食べて、祐真や梛が戦った場所の後片付けが必要だ。いや、梛は戦っていないが、舞台にまだ残滓が残っているだろう。来年からも使うのだ。霊場を整えておかなければならない。それが終わればここでのお仕事は終わりだ。
若干何をしに来たのかわからない感があるが、すべて解決したので良しとしよう。結局、被害は梛に集中した気がしたが、気にしないことにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『古墳調査編』完結です。
では、今回調査に赴いた皆様。
【水無瀬透一郎】(27)
調査責任者。恋人が危険な目にあっているのを察知。解決のために妹を巻き込んだ男。香江が危険な目にあっている割にけろりとしているので気が気でない。なお、相変わらず力関係は梛・香江の方が上である。実は梛に言い負かされそうになっている。
最終的に、妹の刀をほぼ持っていた。どうにもならなければ、『明鏡止水』に取り込み、梛に斬らせようと思っていた。香江に求婚され、先を越されたと遠い目になる。一応準備はしていたが、下準備をしすぎて結果的にヘタレる男。なお、梛と晴季が作った埴輪は、自分の書斎に飾ってある。もうシスコンでもブラコンでもいい。
【副島香江】(27)
今回の被害者。岩禰比古の妻『えん』との共鳴は、実は大学時代に調査に来た時からの縁。しかし、縁が弱いので梛も気づかなかった。危ない目にあっている自覚はあるが、透一郎も梛もいるし、大丈夫。それより晴季を守ってあげて、と思っている。とても『えん』に共感した。
勢いあまって透一郎に求婚。どうあっても透一郎は先に逝ってしまうのに、先に進めずやきもきしていた。なお、芸術的センスはなかったが、比較的人型に見える埴輪が焼きあがった。持ち帰って、しまってある。
【水無瀬梛】(18)
今回のMVP。香江が『えん』を憑依させて岩禰比古を追い返していなくても、神楽舞で完全に封じることができた。だが、共に黄泉路を下って行ったのでそれでよいと思っている。3時間で神楽舞を覚えた。兄が恋人と弟を連れて行く、と言ったときは、ついに壊れたかと思った。
兄カップルのことは、香江が押しが強いくらいでいいと思っている。透一郎はどうあっても香江を置いて先に逝ってしまうので、その間だけでも幸せな時間を過ごしてほしいと思っているできた妹。実は刀がなくても切れるので、後半ほとんど兄が刀を持っていた。なお、芸術的センスがないのに馬の埴輪を作ったことは反省している。
【瀬名祐真】(23)
今回の陰の功労者。巻き込まれた上に車の運転もさせられたが、あまり気にしていない。見えないところで埴輪を斬ったり後片付けをしたりしている。霊に対しては梛の斬撃の方が有効なので、自分の刀を持たせようとしたが、刀がないと「役立たず瀬名です」の状態になることに気づいた。
透一郎と梛の兄妹喧嘩を「おもしろいな」と思って見ている。だいたい、晴季の面倒を見ていた。「役立たず瀬名です」とは言ったが、医療の知識もあるので結構貴重な人材。暇そうにしていたので職員に声をかけられて火起こし体験をした。通常は一発で着かないので、めちゃくちゃ驚かれた。
【水無瀬晴季】(9)
旅行感覚で兄姉についてきた小学3年生。実は、彼も『視える』人なので、岩禰比古や『えん』を視認している。いい『眼』を持っているが、姉がとても視える人なのでみんな気づいていない。
危険な目にあっている自覚は、実はある。だが、姉の近くがとても安全とわかっているので、梛が側にいれば大丈夫とも思っている、いろんな意味で心配な小学生。なお、埴輪を作った3人の中では一番まともな埴輪を作成した。
『呪術〇戦』の三輪ちゃん、可愛いですね。




