番外編【1】
再開。梛さんが受験生なので、このあたりは隙間話です。
一応の決着を見せた悪魔による一連の騒動であるが、解決しなかったこともある。梛の進学問題である。梛が入院している間に、推薦に関する申し込みは終了していた。彼女は兄の母校でもある松殿大学に進学するつもりである。魔法関連に関しては、この大学が一番進んでいる。国際魔法連盟が後援しているためだろう。
そう言わけで、梛、どころか今の同級生のほとんどは同じ大学を目指しているだろう。そのため、推薦の枠の確保も厳しい。梛が休んでいる間に締め切られてしまった。
「榊原と武宮は推薦入試だな。お前は普通に行けば受かる……はずだ」
そう言ったのは古澤先生である。梛の兄・透一郎の同級生でもある。現在、進路指導中なのである。
「いいか、油断するなよ。たとえお前が『陽炎』で上から数えた方が早い剣士でも、どんなに成績が良くても、たとえ透一郎の妹だろうと! 落ちるときは落ちるからな」
「落ちるって受験生には禁句じゃないんですか」
梛は苦笑して言った。『透一郎の妹』のあたりに一番力が入っていた。古澤は咳ばらいをする。
「とにかく、これからは勉強に力を入れること。わからないところは、遠慮なく聞けよ」
「わかりました」
ひとまずうなずいて面談は終わりである。今回は二者面談だったが、三者面談になることもあり。
「お前の三者面談になると、透一郎が来るんだよな」
とは、この学校の半分以上の先生に言われることである。晴季の面談は梛が行ってもいいのだが、梛の面談だけはどうしても透一郎が召喚されるのだ。先生たちは戦々恐々としているらしい。噂だが。
とにかく、高校三年生たる梛は、これまで後回しにしてきたことに力を入れなければならないわけだ。彼女は十代の大半の時間を戦闘力強化に割いてきた。そのツケを払わねばならない。幸い、梛は兄に似て頭がよかった。今から何とかならない、と言うことはないはずだ。
集中力はある方だが、さすがの梛も部屋に缶詰め状態では気が滅入る。メリハリが大事だともいうし、勉強に疲れてきたら、道場で鍛錬を行うことにした。
そこに声をかけてきたのが、教師陣からなぜか恐れられる透一郎である。
「梛」
「兄さん」
真剣を持ちだして居合の練習をしていた梛は、兄を認めて納刀する。それを見て、「梛は納刀する姿が様になっているよね」と微笑んだ。梛は首をかしげる。
「同じようなことを同級生にも言われたことがあるな」
「そう?」
にこにこしたまま、透一郎は道場に入ってきた。杖を突いて歩いている彼は、妹を見て微笑んだままのたまった。
「梛、一本付き合ってくれないか」
「は?」
さすがに目を見開いた。一本とは、手合わせをしようと言うことだろう。梛が戸惑っている間に、透一郎は杖を壁際に置いて、竹刀を手に取った。
「いやいや、兄さん、何言ってるの」
その様子を見ながら梛は慌てて止めた。透一郎に駆け寄り、その手をつかむ。透一郎は梛を見下ろした。今、彼は左目に義眼を入れている。最近の義眼は電気信号で映像を脳に直接送ることができるらしく、今両目が見えているはずだが、視力や視野角は左右で違うだろう。そのうえ、右腕は義手、足は不自由だ。上條と戦った時のように、魔法で無理やり動かせば可能かもしれないが、かなり体に負荷がかかるだろう。
「いいから付き合ってくれ」
「兄さん~」
梛が渋ると、左手で竹刀を持った透一郎は存外真剣な表情で言った。
「一つけじめをつけたいんだ。頼む」
「……」
真剣に言われ、梛は折れた。刀を刀掛けに置き、竹刀を手に取る。足を引きずって自分の前に立つ透一郎に打ち込むには、結構勇気がいった。審判はいない。二人とも、正眼に構えた。基礎となる剣術は同じだから当然だが。
梛が先に踏み込んだ。体が不自由になったとはいえ、透一郎の技術は一級品だ。国際魔法連盟でも五指に入るだろうという実力があった。それは決して誇張ではない。
今でも、膂力自体は透一郎の方が強い。直接受け止めたら腕が死ぬ。受け流し、突きを入れるが透一郎にはじかれる。竹刀がぶつかり合い、音を立てる。両手で竹刀を握る梛と、ほぼ左手のみで握っている透一郎。最終的に、梛の竹刀が透一郎の竹刀をはじいた。勢いで透一郎は体ごと倒れた。
「兄さんごめん! 大丈夫?」
強くはじきすぎたかと、梛は透一郎の側に膝をついた。透一郎は左腕を額に当てていたが、怪我はないようだった。梛はほっと息をつく。
「梛、ありがとう。手加減しないでくれて」
息を整えてから、透一郎がそう言った。梛は寝転がったままの透一郎の側に膝を立てて座る。
「手加減なんかしたら、私がやられると思っただけだよ」
「……そう言うところが男前って言われるんだろうね」
苦笑してそんなことを言われたが、それに対して梛にどう答えろと言うのだろう。
「僕は、強い自分にこだわっていたんだと思う」
梛は何も言わずに兄を見下ろした。
「強いと言われて、たぶん、思い上がってた。腕も目もなくして、足も悪くして、昔ほどの力がないと、頭ではわかっていても、納得できていなかったんだと思う」
梛は立てた膝に頬杖をついた。ただただ、話を聞く。
「梛、お前は僕と似ているね。お前を鍛えて、僕の自尊心を満たそうとしていたのだと思う……ごめん、本当に。謝ってすむことじゃないけど」
そこで言葉を切った透一郎の、話の続きを待ってみたが、続かなかったので、梛は口を開いた。
「最近の兄さんは、謝ってばかりだね」
「本当に、悪いと思っているんだ……」
「なら、もう言うのはやめるんだね。謝られるほど、こちらも考えざるを得なくなる」
さらりとそんなことを言ってのけた梛を、透一郎が見た。視線が合うと、透一郎は笑った。
「確かに男前だよ、お前は。付き合ってくれてありがとう。区切りはついたと思う。納得できるかは別だけどね」
「そう」
おそらく、全盛期に近い梛に、体の不自由な透一郎が勝てないのは、ある意味当然だ。かつてどれほど強かったとしても、それは過去の話で現在ではない。その差異を、彼は今まで抱え続けていたのだろうか。
「兄さん」
「うん?」
兄を引っ張り起こしながら、梛は声をかける。肩を支えて立ち上がらせる。
「あの時、兄さんが私と晴季を護ってくれたのは事実だよ。兄さんが、私たちを無事に逃がしてくれた。だから、ありがとう」
「梛」
「ちゃんとお礼、言ってなかったなって思って」
彰次を助けられなかった、と言った彼に、助けてくれてありがとう、と言ったことが、ない気がした。あるのかもしれないが、その時の透一郎は聞き入れてくれなかっただろう。守れなかった、と思い込んでいたのだから。梛もそうだったから、なんとなくわかる。
驚いた表情をした透一郎は、次いで梛の肩に両手を置いて、もたれるようにその肩に額を置いた。
「え? 急に? 不意打ち……」
「兄さん」
梛が支えるように透一郎の二の腕のあたりをつかんだ。左手に触れる、右腕が硬い。このあたりまで義手なのだ。
「ずるいよ……そんなことを言われたら、泣いちゃうでしょ」
「まあ……いいんじゃないの」
梛は苦笑して透一郎の背中を叩いた。声は震えていたが、本当に泣いているかは不明だ。
「あ、兄さんも姉さんもいた!」
道場に晴季がやってきた。透一郎がゆっくり梛から離れる。
「兄さん、ずるい! 僕には姉さんの邪魔しちゃだめって言ったのに!」
「ああ、うん。ごめんね」
杖がないので梛に捕まってバランスを取りながら、透一郎は晴季の頭を撫でた。不自然な状況に、晴季は子供特有の「どうして?」攻撃をしなかった。賢い子だから、空気を読んだのかもしれない。
「じゃあ、私と晴季で梛を倒そうか」
「えっ」
唐突な透一郎の提案に、晴季は「やる!」と喜んだ。気づいたら、透一郎の一人称も戻っている。落ち着いたらしい。だが。
「いや、さすがにそれは、難易度が高くない……?」
技量的には確実に勝てるが、相手的にはかなりの難易度を誇る。梛が戸惑っている間にも、透一郎はてきぱきと話を進める。
「はる、竹刀を拾ってくれる? ありがとう。はるも自分の分を取っておいで」
「うん!」
ああ、これはもうやる流れだ。覚悟を決めて、梛も竹刀を構えた。
結局、梛は晴季から一撃をもらうことになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
涙もろくなる透一郎。




