表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/156

昨日の自分にさよならを【7】














 梛は目を覚ました翌日には起き上がれるようになった。そのさらに翌日には病室を歩き回り、さらに翌日には病院内を闊歩していた。ただし、点滴を引き連れて。

 病院内なら自由に歩き回る許可をもらった梛は、まず兄・透一郎の病室を訪れた。たまたまだが、香江と遭遇した。


「あら、梛ちゃん。……大丈夫?」


 まだ包帯がとれておらず、点滴棒を引き連れている梛を見て香江が尋ねた。梛は「うん」とうなずく。


「包帯は念のためしているだけだから」


 軽傷ではないが、重傷と言うほどでもない。現に歩き回れているし。


「兄さんはまだ目を覚ましてないんだね」


 ひょこっと顔を覗き込む。透一郎は怪我こそほとんどないが、魔力を本当に使い切ってしまったらしく、まだ青白い顔で目を閉じている。魔力が足りないだけだと言うが、体が弱っている分回復が遅いのだろう。

 透一郎も梛も入院中で、晴季はどうしているのだろうと思ったら、武宮家にお世話になっていた。本当は瀬名家にお願いしていたのだが、祐真も巻き込まれて入院中なので、弘暉が預かってくれたらしい。確かに一度、お見舞いに来てくれた。律子や双葉にも可愛がられて楽しいらしい。どうしても水無瀬家では男手がないので、弘暉や将に遊んでもらえるのも楽しいだろう。

「でも、楽しそうなのもお前らが生きてるからこそだぜ」

 そう言って弘暉は梛の頭をかき回したものだ。よく透一郎を連れて戻ってきたな、と。この人も兄なのだなぁと思う。透一郎のことは本当に殴った、と言うとさすがにあきれていたが。

「梛ちゃんはもうすぐ退院?」

 香江に聞かれて、梛はうなずいた。

「うん。明後日かな。このまま何もなければ」

「そう……よかったわ」

 本当にそう思っている様子で言われ、梛は微笑んだ。

「香江さん、毎日来てるの?」

「来られるときはできるだけ来ているわ。……起きたら、文句言ってやらないと」

 梛が開き直ったように、香江も開き直ったらしい。控えめだった態度が強気になっている。

「うん……言ってあげて。私も殴っちゃった」

「ああ、頬骨にひびが入っていたのはそれでなのね」

「え、そうなの?」

 いや、思いっきり殴った自覚はあるが、ひびが入っていたとは思わなかった。一度きりだと思って、思いっきりやりすぎたか。

「もう少し強ければ脳震盪を起こしていたらしいから、次は気を付けてね」

「香江さんの中では次もあるんだね……」

 梛は苦笑を浮かべた。香江はそんな梛を見て、不意に言った。


「梛ちゃんは言ったわよね。透一郎が復讐を終えたときのことを考えなければならないって。あれって、透一郎が上條さんを殺すと考えていたんじゃない?」

「……まあ、否定はしない」


 病院のカフェでの会話を思い出す。そういえば、言った。梛は香江に透一郎の側にいてほしい、とも言った。香江はそれを実行しようとしている。

「でも結局、透一郎も梛ちゃんも上條さんを殺さなかった。止めてくれたのよね。正直、ほっとしてる」

「……」

「でも、考えたの。透一郎が上條さんを殺していたらどうしたかしらって」

「……どうしたの?」

「きっと、それでも、一緒にいたと思うわ」

 私がそう思うだけで、透一郎は嫌がっただろうけど、と香江は笑った。きっと、透一郎と香江は大丈夫だろう。


「梛ちゃん。妹のあなたに言うのも変かもしれないけど、透一郎を連れて戻ってきてくれて、ありがとう」

「……うん。連れて帰ってこれて、よかった」


 梛は右手で透一郎の左手を握った。話さなければならないことがたくさんある。言っていないことも言わなければならない。そんな言い訳もあるが、単純に、透一郎が生きていてくれてうれしいと思える。


 だから、昨日までの自分に別れを告げて。


「幸せになってほしいと、思うよ」















 祐真が目を覚ましたのはその翌日のことだった。さらに次の日、退院の準備を済ませて、ひょこっと病室を覗く。

「こんにちは。調子はどう?」

「ああ、大丈夫だ。梛は退院か?」

「うん」

 何気ない風に祐真のベッドに近づき、ベッドサイドの椅子に座る。

「よかった。みんな、無事で」

「俺も、お前が人を斬らずに済んで、ほっとしている」

 頬を撫でられながらおっとりと言われ、梛は目元を和ませた。包帯の巻かれた手の上から自分の手を重ね、頬を擦り寄せる。


「ごめん……祐真さんのこと、斬っちゃった」


 悪魔を拘束していた祐真を、梛は祐真ごと斬った。できるだけ避けたつもりではあるが、それでもがっつり祐真のわき腹を斬っていた。兄の頬骨も折りかけるわ、実は梛が一番傷つけているのではないかと言う気すらする。


「別段気にしていないが……でも、そうだな。頼みがある」

「何?」


 うるんだ瞳で祐真を見ると、彼は苦笑して梛の腕を引いた。抵抗せずにベッドに腰かける。


「梛が好きだ。キスしたい」

「え……? うん」


 思わずうなずくと、後頭部に手をまわされ、柔らかいものが触れた。一瞬間があってからキスされている、と気づいてびくりとした。その体を押さえつけるように腰のあたりにも手をまわされる。唇を柔らかく食まれ、くぐもった吐息が漏れた。ゆっくりと離れた祐真が見た梛の顔は、たぶん赤くなっていたと思う。

「……あの」

「うん」

 らしくもなく気恥ずかしさに照れながら、梛は口を開く。

「祐真さんが私の婚約者になるときに出した条件は、もう達成されたわけで……私も十八歳で成人したし、婚約を続ける必要は必ずしもないんだけど」

「……うん」

「でも、私も祐真さんのことが好き。祐真さんがこの婚約を呑んだのは、彰次兄さんの仇を討ちたいからだって、わかっていたけど、祐真さんが婚約者で、よかったと思った」

 透一郎が家族の仇を討とうとしているのと同じように、祐真が親友の仇を討ちたいと考えていることは知っていた。そのうえで梛も祐真との婚約を呑んだし、わかっていて好きだと思った。


「だから、婚約は解消しなくて、わっ!」


 ぎゅうっと、けが人がそんな力を出して大丈夫なのか、と思うほどの力で抱きしめられて、梛はさすがに戸惑った。治ったばかりの肋骨が痛いが、すがるように梛の肩に顔をうずめる祐真に何も言えなかった。だって、泣いていることが分かった。


「透一郎さんに婚約を持ち掛けられて、チャンスだと思ったんだ……。あの人が敵討ちを計っていることは気づいていたから、彰次の仇を俺が討てるかもしれないと、思った」


 打算的だったのだ。それくらい、祐真は梛の次兄と仲が良かったのだろう。声は震えていて、鼻をすする音も聞こえた。


「けど、途中で気づいた。きっと、彰次は敵討ちなんて望んでいない……そんな奴だとわかっていたのに、目の前の機会に目を奪われた……」


 梛は本格的に泣き始めた祐真の背中をさする。肋骨は痛い。

「気づいても、お前がやるくらいなら俺がやると思ったんだ……結局お前が斬ったけど、でも、仇を斬らなかったことに、本当に、本当に、安心した。彰次もきっと同じように思ってる。梛や透一郎さんに幸せになってほしいと、思ってる……!」

 だいぶ聞き取りづらかったが、大体このようなことを言われたようだ。梛はこの不思議な状況に思わず笑い、祐真の頭を抱きしめて額を押し付けた。


「彰次兄さんは、祐真さんにも幸せになってほしいと思ってるよ」


 祐真が泣くのにつられて、梛もしばらく泣いていた。梛たちから日常を奪った背中を追いかける日々は終わったのだと、やっと実感できた。ただ、骨がきしむほど抱きしめられたためか、梛の退院は一日延びた。梛としては、抱きしめられている実感ができてうれしかったのだが、やはり怪我をしているときは駄目だな、と思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


いまいちシリアスになりきらないし、いまいち甘くもなりきらない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ