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声なき声を聞いて【10】













 妹のストーカー被害のことを聞いて、透一郎は「何故言わなかった」と怒らなかった。ただ、妹を抱きしめて謝った。


「ごめん。肝心な時に力になってあげられない」


 梛は透一郎の肩に額を押し付けた。生身の左手に頭を撫でられ、泣きそうになってぎゅっと目を閉じた。


「お前にはいつも苦労を掛けるね」

「ううん。私も言わなかった……言わなきゃいけなかったのに。晴季もいるのに」


 そう。もとはと言えば、梛が被害を言わなければならなかった。家を特定されている時点で、梛だけの問題ではない。小学生の晴季がいるのに、無防備すぎた。


「今被害を受けているのは梛だ。お前が謝る必要はないよ。ひとまず、今日のことだけど」


 透一郎はサクッと斬り変えてそう言うので、梛も彼から離れた。椅子に座りなおす。

「とりあえず、今日はこの三人で泊る」

「ああ、うん。もういっそ、祐真だけでもいいから一緒にいてあげて」

 風紀は守るんだよ、とだいぶ譲った透一郎が言った。風紀上の疑問点はあるが、少なくとも祐真は梛を泣かせるようなことはしないので、彼女が一人でおびえているよりはましだと判断したらしい。家長の許可が出たので、梛は祐真を見上げた。一緒にいてもらえると嬉しいのだが。

「いいんじゃねえか。ストーカーを煽れるんじゃねぇか?」

 弘暉が言った。透一郎が「煽るのが前提なんだね」と困ったように笑う。誰も梛と祐真がストーカーごときに怪我をさせられるなどと思っていない。二人の身体能力を信じているからこその強硬策である。


「私が気になるのは、そのストーカーが私にも感知できないことなんだけど……」


 手を挙げて梛が主張する。透一郎もうなずいた。

「私も家にいる間に感じたことはないな……。防犯カメラは?」

「門の前の防犯カメラは確認したけど、特に不審な人物は……だから怖いんだけど」

 絶対に封筒を郵便受けに入れているはずなのに、映っていない。となると、変装している可能性が高いだろうか。文明の利器にも、梛の能力にも引っかかってこない。

「認識阻害があるのかもしれないね」

「なら、私があぶりだす結界を張ろう」

 依織の提案に、なるほど、と思う。認識できないのであれば、できるようにすればいい。依織なら、相手に気づかれず、こちらに有利な結界を張れるだろう。守る目的はないので、そちらに労力を割かなくていいし。


「依織、頼んでもいいかな」

「任せてくれ。ついでに犯人を殴っておく」

「やめろ」


 やたらと勇ましい依織の発言に、弘暉がツッコミを入れる。うん、梛としてもやめてほしいかな。

「依織ちゃんが殴るくらいなら自分で殴る」

 過剰防衛でもなんでも食らってやるくらいの気持ちで言った。透一郎が目を細め、「持ち直してきたみたいだね」と微笑んだ。その顔が安心しているように見えて、心配をかけてしまったな、と思う。


「本当に、肝心な時に力になれないね、私は」


 自嘲気味に言うその言葉に、梛は首を傾けて微笑む。


「私も、兄さんが倒れたって聞いたとき、同じことを思ったよ」


 自分の手の届かない範囲で、危険にさらされるのが怖かった。きっと、そう言うこと。

「透一郎さんも梛も、もっと周りを頼るべきだ」

 最後に祐真がそう言って締めくくった。















 祐真だけではなく、弘暉と依織も本当に水無瀬家に泊まるようで、一緒についてきてくれた。早速結界を張る依織と、祐真たちのお泊りに喜ぶ晴季。やはり寂しかったのだなと思った。遅くなってしまったが、梛が帰宅した時点で佐崎さんには帰ってもらった。

 一人暮らしの依織はともかく、祐真と弘暉は家族に水無瀬家に泊まる旨を伝えたのだが、武宮家がすごかった。妹二人が、「私も行きたい」とごねて、なだめるのに十五分かかった。その間に夕食はできた。


「ったく、あいつら……」

「説得はできたか」


 悪態を突きながら戻ってきた弘暉に、祐真が苦笑しながら尋ねた。何とかな、と弘暉はうんざり気味。

「梛、今度お泊り会でもしてやってくれ……」

「卒業旅行に行こうとは話しているけど」

 受験に時間をとられて、それどころではないような気もする。まあ、明日にでも律子と話そう。考えてみれば、今日は平日の月曜日だった。

 興奮してはしゃぐ晴季をなだめて、五人で布団を並べて寝た。晴季が騒いだのもあるが、単純に梛が寂しかったからなのもある。


 朝起きると、男性陣(晴季は除く)はすでに起きているようだった。まだ寝ている二人を起こさないように布団から出る。

「おはよう……」

 台所を覗くと、祐真が朝ごはんを作っていた。

「おはよう。まだ寝ていてもいいぞ」

「いや、起きてきたのにわざわざ寝ないけど」

 梛が思わずそう言うと、サラダを作っていた祐真は「そうか」と微笑んだ。時計を見ると、いつもより少し遅かった。いつもは朝食と弁当を作るのにもう少し早く起きる。まあ、妖魔狩りに出ていた時は不可能だけど。

 手を洗ってタオルで手を拭き、祐真が梛に手を伸ばす。自分が害されるとは思わないので、梛も受け入れる。その手は梛の頬に触れ、そっと目の下をなぞった。

「目、腫れなくてよかったな」

「うん。依織ちゃんが処置してくれたからね」

 陰陽師である依織は、癒しの術も持っている。どうにも目が腫れそうだ、ということで、依織は梛の目を癒してくれた。


 祐真の指先が、つ、と梛の頬を滑る。じっと祐真の目が梛を見つめている。梛も見つめ返した。この先、起こりそうなことに心当たりがないほど世間知らずではないが。


「そんくらいにしとけよ。手ぇ出したら命が危ねえよ。祐真の」


 とツッコミが入った。目を向けると弘暉がそこに立っていた。祐真が数秒間を置いた後に言う。

「……別に、何もしない」

「弁明は透一郎さんにしておけ」

 祐真の手が離れていく。それを惜しく思いながら、梛はふと尋ねた。

「弘暉さん、どこに行ってたの?」

「朝稽古。道場借りたぜ」

「それはいいけど」

 梛も昨日、自由に使ってくれと言った記憶がある。まさか一泊しただけで使用があるとは思わなかったが。

「とりあえず梛、お前、着替えて依織と晴季起こしてこい」

「……そうだね」

 さすがにそろそろ起こしてしたくさせなければ。梛は弘暉にうなずいて、男二人に台所を任せることにした。

 二人を起こしに行くと、依織は起きていた。障子戸を少し開け、外をうかがっている。梛はひとまず晴季を起こした。

「はる、起きな。朝だよ」

「まだ寝る~……」

「学校、遅刻するよ」

 何とか晴季を起こし、着替えに行かせる。それから依織に声をかけた。

「おはよう、依織ちゃん。何を見ているんだ?」

「おはよう、梛。外、いるぞ」

「……」

 いる、とは、姿を認識できないストーカーのことか。梛がびくりと固まる。


「おそらく、認識阻害の呪符を持っている。姿を確認するか?」


 依織が手を差し出す。今、この家の周辺は彼女の結界で囲まれている。侵入を拒むものではなく、感知できないものを感知するための結界だ。ストーカーは、すぐそこにいるのだろう。

「……うん」

 梛は依織の手を取った。認識を阻害されているのであれば、梛の千里眼・水鏡だけでは『視る』ことができないかもしれない。しかし、依織の手助けがあれば、確実に『視える』。


 『視えた』。敷地の外。何気ない風を装ってこの家を監視していた、茶髪の若い男。せいぜい二十代前半と言ったところか。

 そんなはずないのに、目が合った気がして、梛はぱっと手を放した。依織が梛の目を覗き込む。

「大丈夫か? 性急すぎただろうか」

「……ううん。大丈夫」

 依織に背中を撫でられ、自分が震えていることに気が付いた。変質者を撃退したこともあるのに、自分が対象になったとたん、気持ち悪い、怖いと思ってしまう。

「落ち着いてくれ。私が弘暉に怒られる」

 依織が言うと、冗談なのか本気なのかよくわからない。


「それと、落ち着いたら服を貸してくれないか? 忘れてきた」


 祐真や弘暉とは違い、家から出てきたのに、どこに着替えを忘れてくる要素があったのだろうか、と梛は思ったが、そこが依織が天然だと言われるゆえんなのだろうな、と思った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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