女神のささやき・12月【9】
目を覚ますと、梛は祐真に抱えられて眠っていた。夢を見て飛び起き、再び眠った後は記憶がないので、その後に抱きかかえられたことになる。
尋ねられてそう答えると、依織以外の三人が微妙な表情になった。何かやらかしたのだろうか。
「え……何かした?」
「お前じゃねぇから、何かあった、の方が正しいよなぁ」
「大丈夫? その意識は本当に梛であってる?」
武宮兄妹からそんなことを言われ、さしもの梛もちょっと怖くなった。
「え、怖いこと言わないでくれる、双葉ちゃん! 私が那樹姫の意識に乗っ取られていないか、ってこと?」
「那樹姫ではなく、女神の方だ。完全に降りていたわけではないと思うが、口を借りていた感じだったな」
依織にさくっと応えられ、梛は顔をひきつらせた。体調はどうか、意識ははっきりしているかなどを尋ねられ、今度は真面目に答える梛である。
「おそらく大丈夫だ。少なくとも、今は梛自身の意思で動いている」
と、祐真からもお墨付きをもらい、五人は身支度を整えて朝食を取りに行った。この旅館でも朝食はバイキングだった。
「梛、お前、怖い夢見て飛び起きたことになってるからな」
「それらしく振舞ってね」
「ああうん。はぐらかしてくれてありがと……」
付き合いが長いせいか、梛は弘暉と双葉に完全に妹扱いされている。いや、いいんだけど。事前に警告された通り、食堂で仲居さんに微笑ましそうな顔をされた。
「その後は大丈夫でしたか?」
「あ、はい。ご迷惑をおかけしました……」
丁寧に頭を下げると、中年の仲居さんは「大丈夫ですよ」と微笑んだ。双葉によると、昨日様子を見に来た仲居さんだそうだ。シフトが変わる前なのだろう。
食事をしていても、両隣の部屋の客に「大丈夫だった?」と尋ねられた。いい人ばかりでよかったが、梛はみんなの安眠を妨害してしまって申し訳ない。一応、防音がなされているはずなのだが、自分はどれだけの大きさの叫び声をあげて飛び起きたのだろう。
朝食を終えてから、昨夜梛に降りてきたと思われる、『おつなき様』の言葉を聞いた。梛もほかの四人とほぼ同意見だ。そして、今は曇りだが、夜に向けて天候が荒れる天気予報である。梛のあまり信用できない『千里眼・水鏡』による天気予報でも、正午ごろには雨もしくは雪が降りだすだろうという予報になった。
「んじゃ、間違いなく今日だな。今日の夜中だ」
「兄さんに救援要請を出しておこう。運が良ければ、増援が到着するだろうし」
梛はそう言って兄にメールを入れる。祐真がそれを横目で見た後、口を開いた。
「しかし、今は曇りだろう。昼過ぎから動き出す可能性はないか」
闇の中でしか生きられない、のなら、太陽を避けているように思われる。雲が太陽を覆っているから、活動し始めるのではないか、ということだろう。
「いや……おそらく、『闇』というのは一種の比喩なんだ。人が活動している間は、大蛇は動かないと思う」
依織が自信なさげに言った。梛も同意見だ。
「陽の気が苦手なんだろうな。だから、『闇の中でしか生きられない』し、『闇が光に転じるとき、祈りを込めて首を切り落としなさい』なんだ」
沈黙が長くて、梛はぐるっと年上の同行者たちを見回した。
「何?」
「いや……お前、本当に梛だよな? 乗っ取られてないよな?」
「影響は受けているかもしれないけど、乗っ取られてはいないんじゃないかな」
いかに神と言えど、梛の意識を乗っ取るのはかなり難しいだろう。
とにかく、決戦は夜だ。それまでに体勢を整えなければならない。
「横田さんが言ってた学生を探してみるか……」
「そうだね。二手に分かれよう。その学生を探しに行く者と、戦場を設定かつ大蛇の詳細を調べる者に分かれないか」
梛がサクッと言うと、調査責任者の依織が梛の顔を見た。え、駄目だった?
「……わかった。それで行こう。私は梛と大蛇の調査をしたい」
「だな。じゃあ、学生探しには俺と双葉で行く。祐真は梛と依織を頼む」
「承知した」
あっさりと割り振りが決まり、梛は依織、祐真と共に『お隠れ様』のところに向かった。見る限り、昨日と変化はないように見える。
「本当に大蛇が復活するんだろうか」
祐真の言葉に、梛も依織も首をかしげるしかない。実際のところはわからないのだ。だが、準備を怠る理由にはならない。
「那樹姫はあの岩に登ったのか……昔の姫君にしてはアグレッシブだね」
冬の海だ。荒れていた。そうだ。あの時も冬だった。どこかで雷鳴が聞こえた。
「天気が崩れてくるな」
梛が目を細めて言うと、背後で祐真と依織が目を見合わせたようだった。
「……梛がそう言うなら、そうなんだろうな」
「どれくらいから崩れてくるんだ?」
祐真に問われたが、さすがにそこまではわからない。梛の能力は、完全な予知能力というわけではないのだ。
「まあ、私に知覚できるくらいだから、そんなに先の話ではないと思うけど」
まだ午前中だ。一度、昼に弘暉たちと合流する予定である。天気予報によると、夕方には風が強くなってくると言うことだったが、この分だと天候が崩れるのは早いかもしれない。
「大蛇の詳細って言っても、よくわからないな。戦場は地上の方がいいよな?」
依織が首をかしげながら言った。梛と祐真がうなずく。
「そうだね。私は何とか海上でも戦えるけど……」
「俺達には無理だ。そもそも、弘暉と双葉が大蛇と相性が悪い。できるだけ有利な条件を整えたい」
驚いたように依織が祐真を見上げる。祐真がぼんやりと「なんだ?」と首を傾げた。
「いや、瀬名さんもそう言うことを言う人なんだなって」
思わず梛は噴出した。似たような天然を発揮する祐真と依織であるが、依織と比べて祐真がかなりおっとりしているのは事実だ。その祐真が急にきりっとしゃべりだしたので驚いたのだろう。
「……梛、笑いすぎだ」
さすがに祐真が不快そうに指摘する。不快、というより恥ずかしがっているようだ。顔には出ていないけど。梛は「ごめん」と謝る。
「二人とも可愛いよね。とにかく、どこかに広い土地を確保しないとね」
しれっとして梛が言うと、依織がわずかに微笑んだ。
「よかった」
「何が?」
「今日起きてから気難しそうにしているから、笑ってくれてよかったと思った」
依織に言われ、今度は梛がきょとんとする。しばらくして、ああ、夢を見たからか、と気づいてうなずいた。
「そうかもね。うん。気を遣わせた」
「……お前が気にすることじゃない」
祐真が優しく梛の頭をなでるので、梛は目を細めて微笑んだ。と。
「依織~! 梛~!」
双葉の声が聞こえた。そちらを見ると、道路を双葉が駆けてくる。
「見つけたよ!」
と、彼女の示す方を見ると、弘暉が二十を少し過ぎたくらいの青年を連行してきていた。
「……ヤクザにつかまる一般庶民」
「私も同じこと思った……」
祐真のつぶやきに、梛は同意した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
天気予報がよく当たる。




