第18話 人権警備隊
悲劇はなんの前触れもなく、突然起きる。
それはけたたましいサイレンとともにはじまった。
小さな町工場の敷地に黒塗りのワンボックスカーが2台横付けされ、なかからタイガーストライプの迷彩服を着た男たちが靴音荒く降りてきた。
工場内にいた従業員たちは吃驚した。タイガーストライプの制服といえば、人権監視委員会に所属する警備隊の出動服だ。
従業員のひとりが慌てて奥の事務所に陣取る経営者を呼びにいった。
「な、なんだ、おまえたちはッ!」
黒縁のメガネをかけた薄毛の社長がでてきて、人権警備隊の先頭の男にくってかかる。
「あなたは人権侵害の容疑で告発されました!」
凛とした声とともに警備隊の人垣がふたつに割れ、奥から優雅な足取りでリーダーらしきものがあらわれた。
ほっそりと均整のとれた体つきの若い女性であった。
目に険はあるが、端正な顔立ちの美人である。
「じ、人権侵害だとお!」
薄毛の社長は思いもらぬ告発に声を荒げた。
「どこのだれがそんなこといっとるんだ! わしはこの工場を切り盛りするのに精一杯で、そんなことやっとるヒマなんかないぞ!」
美貌のリーダー――人権警備隊の女隊長は能面のような表情を崩すことなくいった。
「あなたはつい最近、龍国人の男性従業員を不当解雇しましたね。これは外国人差別にあたります」
「なにをいっとるんだ! 陳のヤツだな、あいつめ!」
思い当たることがあるらしく、社長は顔を真っ赤にして抗弁する。
「陳水平のヤツは遅刻は常習、無断欠勤は毎度のこと、注意すれば逆にくってかかる手に負えないヤツだったんだ。しかも、同僚からカネを借りて返さない。だから、クビにしたんだ!」
「陳水平さんはあなたから“龍国野郎”と罵られ、差別発言を受けた、心がおおいに傷つけられたといっています」
「そんなこと知るもんか、とにかくあいつの勤務態度は最悪だった。これ以上おいとけば従業員の間でトラブルになるとおれは判断した。おれの判断は間違ってないといまでもおもっとる」
社長が頭のてっぺんまで真っ赤にしてまくしたてると、従業員の間から、そうだ、そうだの大合唱が沸き起こった。
すると女隊長が左手をひと振りして隊員たちに合図を送った。
スチャ。
暴徒鎮圧用のライオットガンを提げた隊員たちがいっせいに社長と従業員たちに銃口を向けた。
火のついた感情に恐怖という名の冷水を浴びせられ、思わず後ずさる。
「とにかく、あなたを人権侵害の容疑で逮捕します。連れてゆけ」
社長は両手首に手錠をはめられると、隊員たちに脇を固められ、引っ立てられてゆく。
「あなた!」
「お父さん!」
奥の事務所から妻と中学生ぐらいの娘がでてきて、社長にすがりついた。
「お父さんを連れていかないで!」
「主人はなにも悪いことはしていません!」
「社長を離せ!」
「悪いのは陳の野郎じゃないかッ!」
従業員たちも意を決して連行しようとする隊員を取り囲んだ。
女隊長はいっさいの感情をにじませずライオットガンを構えた部下に命じた。
「撃て」
ライオットガンの銃口からゴム弾が発射された。
「ぎゃっ!」
「ぐえっ!」
ゴム弾の痛撃を受けて妻や娘、従業員たちが次々と倒れてゆく。
「やめろッ、やめてくれッ!」
たまらず社長が叫んだ。
「どこへでもゆく。妻や娘、みんなには手をださんでくれ!」
「早く連れてゆけ」
屍のようにコンクリートの床に転がる妻子や従業員たちを尻目に、社長はおとなしくワンボックスカーのなかへ収容された。
「撤収!」
女隊長の命令一下、隊員たちは整然と2台のワンボックスカーに分乗し、エンジンをかけた。
女隊長がそのうちの一台に乗り込もうとステップに足をかけた、そのとき――
彼女はみた。前方から見覚えのある若い男がおぼつかない足取りで歩いてくる。その傍らに付き添っているのは妹の美由紀だ。
「隊長」
運転席の隊員が女隊長に声をかけた。
「先にゆけ。わたしはあとからゆく」
「了解しました」
2台のワンボックスカーが女隊長を置いて進発した。
ブルゾンにジーパン姿の若い男が近寄ってきていった。
「久しぶりだな、美織」
つづく
名称がダサくてすみません。今回はそれだけ(^^;




