第17話 ラベンダー
ラベンダーの匂いだろうか?
さわやかな花の匂いに鼻孔をくすぐられて光太郎は目覚めた。
「あっ、気がついたんですね」
ベッドから半身を起こすと、光太郎は意外な人物が傍らに立っているのに気づいた。
「美由紀……ちゃん?」
高校時代に付き合っていた恋人、北条美織の妹の美由紀であった。
最後に別れたのは彼女が中1のころだろうか、いまではおとなの女性としての佇まいをみせてはいるが、面影は残っている。
「そうです。美由紀です!」
美由紀がはずんだ声をだした。
「ぼくはどうして……ここに?」
「道端に倒れていたのを偶然発見して。最初は光太郎さんだと思いませんでした」
光太郎は身につけている服をみた。ピンク色のパジャマだ。
「着ていた服はその……汚かったので洗濯機に」
美由紀が遠慮がちにいった。汚いのは当然で、3年間も着の身着のままで酷使されてきたのだ。
「やっぱり……あそこにいたんですか?」
噂として市民の耳に入っていたのだろう、“人権侵害者”の烙印を押されたものが、龍国総領事館で強制労働に就かされていることを。
光太郎は多くを語らず、こくりとうなずいた。
美由紀は面を伏せ、まぶたを押さえた。
「ひどい……」
「ここは美由紀ちゃんの……」
部屋のなかをぐるりと見回して光太郎はきいた。
白とピンクに囲まれた女性らしい内装の部屋で、机の上にはラベンダーの鉢植えがあった。
「そうです。一瞬、病院に運ぼうと思ったのですが……」
「ぼくが脱走してきた可能性もある……」
「そうです。だからタクシーの運転手さんに協力してもらい、あたしの部屋まで運びました」
「脱走じゃないよ。突然、釈放――釈放という言い方はおかしいな。つまり解放されて外へ放りだされたんだ」
「あそこへ入ったひとは二度とでてこられないと聞きました」
「なにかの力が働いたのかもしれない。それがなにかはぼくにもわからない」
光太郎は美由紀がいれてくれた紅茶を飲んだ。
「うまい……。紅茶がこんなにうまいなんて……」
光太郎は素直に感動した。固い石みたいなパンと粗末な芋粥だけで3年間を過ごしてきた光太郎にとって、砂糖とレモンの入った一杯の紅茶はこのうえない滋味に思えた。
「ゆっくりしていってください」
「ありがとう。……ところで」
光太郎はそこでいったん言葉をきった。なぜか聞くのをためらう自分がいた。
「姉なら忘れてください」
乾いた声で美由紀がいった。
「美由紀ちゃん?」
穏やかで優しい美由紀の表情が一変している。
つづけた美由紀の言葉は光太郎を驚愕させた。
「姉はいま、人権監視委員会の幹部なんです」
つづく
祝! 50回突破!…といってもだれもお祝いしてくれないんだよなあ…トホホ(-_-;)




