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ほのかに空が白み、夜の闇は西の地平へと散らされていく。まだ明けきらない朝、気温の少し下がるこの頃は、空気に秋の気配が感じられた。
空にかかる月の白い影が、かすかにその形をとどめている。二人の兵士と従者ひとりを伴って馬を引いていたレウカスは、道の先に長身の影を見つけて目を細めた。人影に近づくと、彼はその名を呼んだ。
「アユインさま」
青年の近づくのを待って、長身の影が口を開く。
「今日発つと聞いてな」
レウカスが答えるより前に、馬が鼻を鳴らしてしっぽを振った。親しい人を見送りに迎えても、レウカスの表情は神妙なままであった。彼に付き添った兵士たちへと視線をやりながら、アユインは言った。
「町の外まで歩こう」
道の先へ歩みを向けたアユインの隣へレウカスは並んだ。空は明るみがかっているが、周囲の山々は長い影となって横たわっている。大地の青白い翳りの中を隣り合って二人は歩いた。
「そなたを慕っていた、あの青年とは話したのかね」
「ええ」
アユインにそう質問させたものをレウカスも察していた。王太子がセウレウス家との手打ちを決めてから、青年ロッジアンは明らかに彼への敬慕を解いていた。その急な素っ気なさは、端からも見ても分かるものだったのだろう。
「彼は私に失望しているのです」
「それはまた、どうして」
返すレウカスの声は穏やかだった。
「私が自分の才を人のために費やしていると、そう考えているようです」
しばらく考え込む表情になったアユインへ、レウカスは微笑みを向けていた。そこには、それぞれに口に出さない思いが潜んでいるのだった。
ロッジアンは彼に権謀の才覚を見ていて、非情になりきれなさがそれを殺していると信じた。レウカスがつき慕う王太子の甘さを、歯がゆく思ったことだろう。けれどもレウカスにしてみれば、その王太子を拠り所にしたことで、深淵へと道を踏み外さずにいられたのだ。
「……今回のこと、そなたが罪をかぶる必要はなかったのでは」
しばらくの沈黙の後、話題を変えてアユインが尋ねた。それは尋ねづらい質問を、ぼつりと聞いたといった風であった。
「すべてそなたが謀ったことだと。そうではないことは皆、知っている」
「いいえ、私でよかったのです」
静かな口調でレウカスは答えた。
「セウレウス家にとってリヨンさまはまだ必要な存在です。かといって、ラブラド家に咎をかぶせれば、彼らはリヨンさまに対しての恨みを忘れることはないでしょう。私が罪を負うことで別の誰かを不幸にすることはありません。セウレウス家もまた、一連の遺恨を負わせる存在を必要としていた。ならば、それは私でちょうど良かったのです」
アユインは隣を歩くレウカスへと視線を向けた。眼差しにはやりきれなさの混じった、複雑な色を浮かべている。その年長の男に微笑みを向けて見せ、レウカスは言った。
「気にしないでください。私も、外の世界を見てみたいと考えていたところです」
明るい物言いにも、アユインの表情は晴れない。視線をそらしてレウカスは続けた。
「私は今日までずっと、リヨンさまと共に歩んでまいりました。今いちど、そうではない生き方を探してみたいのです」
その横顔を眺めていたアユインは、一息つくと、道の先へと視線を投げた。
「殿下には話していなのだろう」
少し間があって、レウカスは短く答える。
「はい」
「シェネフ家の娘に先立たれた上、そなたまでいなくなるのでは、さぞかし寂しがるだろう」
遠い山の稜線へとレウカスは眼差しを向けた。山際は朝の光に茜色に色づいている。青白い翳りの中、一筋の輝きは胸に沁み入るようであった。
「あれからいかがですか」
尋ねてアユインを見る。その視線をとらえながらアユインは答えた。
「我々の前ではいつもと変わらないが……公務がないときはほとんど私室に籠っているようだ」
「そうですか」
相づちをうって、レウカスは引いていた手綱を握りなおした。湿り気を含んだ木々の匂いが辺りに漂っている。里道の先に町の境界を示す石標が見えていた。
「行く宛はあるのかね」
尋ねたアユインにレウカスは顔をあげる。
「はい、私には剣の道しかありませんから、その筋を訪ねようと思っています」
どちらともなく足を止めると、二人向かい合った。背後について歩いていた男たちも歩みを止める。
先に口を開いたのはレウカスだった。柔らかな朝の光が辺りを包んで、口調を幾分か晴れ晴れとさせていた。
「リヨンさまにお伝えください。異なる土地でも、互いにこの空の下を生きていると思えば、それだけで希望になります。どうかお元気でと」
うなずいて見せると、アユインは手を差し出した。
「そなたも達者で」
「アユインさまも」
その手を握ってレウカスも笑顔を向けた。それから彼らへ背を向けると、馬と従者とともに森へ進む小径を歩む。
薄闇の中に紛れていく追放者の姿を見送る三つの人影は、朝の静けさに長らく佇んだ。




