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秋はとこしえ  作者: 白九 葵
命のつむぎ
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8

 レウカスは平謝りに詫びたが、伯父の話によると、義兄は以前から理由なく遠出するリヨンのことを訝しんでいたらしい。

 彼がエピウゾン伯領の狩猟小屋に一晩身をおくと聞くと、近侍の青年がそれ以上の詳細を告げずとも、メイオには真っ先にその事情が思い至ったのだった。

 初夜という契機を逸してから、交わりを避けられ続けた妹の悩みは深刻なものだったが、そこを思い測るには、夫となった男は生来、異性に対して鈍感であった。

 噂を耳にするやヴェルネ妃は、生まれ故郷に里帰りして、そのまま田舎の城に引きこもってしまった。今さら機嫌をとりにいくのも白々しい気がして、リヨンはほとぼりが冷めるのを待つに任せると決め込んだが、当然その間、エピウゾンの地に足を伸ばすことはできない。思いのほか思慕がつのり、仕方なく慣れない手紙を書くことにした。

 何を書くか悩んで、決まりきった挨拶ばかり連ねてしまった。先日の詫び、彼女の家臣への感謝への言葉、体調のこと。それからやっと、幼い頃の秋の日々が懐かしくて忘れられないことを書き添えた。彼女が果たして返事をくれるのか不安があった。そこで最後に言葉を足したのだった。

「エピウゾンの森を思い出せるものを送ってくれないか」

 しばらく行くことはできないが、少しでもあの森の空気を身近に感じたい。詩でも絵でも構わない。彼女の返事がもらえればそれでよかった。


 冬のほの暗い部屋を、暖炉の火が柔らかに照らし出していた。窓から差し込む鈍色の光とあいまって、炎のなげかける陰影は、羊皮紙の上で木漏れ日のようにちらちらと揺れた。王都から届けられた手紙は、案外に丁寧な字で綴られている。あの人もひとに宛てて手紙を書くことがあるのかと思うと、新鮮なような、どこか可笑しい気さえする。

 何度か読み返したその手紙をネフェリンは折りたたんで、木製の浅い物入れに差し入れた。そのまま、木箱のなかを眺め入る。表のほうがふと賑やかになったのはそんな時であった。家の者が外から帰ってきたのだと思った。思っているとその通り、扉を押し開けて、少年がネフェリンのいる部屋に入ってくる。

 父親に似て寡黙で、どことなく人見知りのする少年だったが、この日はめずらしく親しげにネフェリンのもとへ駆けよった。このところ体調が優れずに横になってばかりいたネフェリンの、久しく元気な姿を見たからだろうか。シクレス少年を迎えて、ネフェリンは手元の物入れの中を傾けて見せた。

 彼女の手元をのぞきこんだものの、不思議そうな顔になるのを見て、ネフェリンは少年に微笑んでみせる。物入れから楓の葉を取り出して手のひらに並べた。

 色あざやかな葉はもうほとんど見つけられなかった。かろうじて拾った数枚の中から、色と形のよいものを選んだのだった。緑と赤、黄色の葉は、一枚ずつ書物の間に挿んで乾燥させる。封筒からこぼれる秋の色は、手紙の受取人に、森の色彩を届けるだろう。

 その他に、木犀の小花や白樺の樹皮などがあって、少年は首をかしげるのだった。

「これは楓の葉。こうやって並べると、少しずつ色が変わるでしょう。夏から秋へ色を変えていくのよ」

 ネフェリンはシクレスの顔を見た。少年は楓の色の並びを眺めていたが、そこに驚きがあったふうでもない。むしろネフェリンの眼差しを受けて、困っているようだった。

「これは?」

 彼女の気をそらして、シクレスが尋ねた。

「これは、」

 少年の指差した樹皮を手に取る。

「森の香りがするでしょ」

 差し出すとシクレスは鼻を近づけた。匂いに気づけなかったか、首をかしげる。芳香というほどのものはないだろう。都にいては、少しは芳しく思えるかもしれない。とまどう少年に笑顔を向けながら、自分の鼻の辺りへと樹皮を近づけた。と、突然吐き気を感じて顔を背ける。異変に気づいたシクレスが、さっと立ち上がった。

 吐き気がやむまでに、少年が部屋を出て行き、人を呼ぶ声が聞こえた。次第に楽になったものの、怪訝な思いを払えず胸に手をあてる。山を下ってからというもの、体の調子がなかなか戻らないことに不安を覚えていた。あの一晩以来、ずっとそうだ。

 あの時あの人は、きみは死にたがっているのではないかと尋ねた。そんなことはないと思ったはずが、今はどうだかはっきりと分からない。生きることと死ぬことは、ふと風がふいてしまう程度のことで、その裏の面を見せる。

 なぜあの日、秋も終いの山に入ったのだろう。次の春までの見納めと思ったはずだったが、本当は厳しい雪の山に入る言い訳を思いついただけなのかもしれない。

 雪の積もる音さえ聞こえそうな静けさで、眺め見た森の風景は確かに美しかった。けれどもその光景を見に行くことは、死に近づくことでもあった。死の気配を刻むことで、生きることを味わおうとするのか。

 あの夜もそうだ。互いの中に命を焼きつけたようで、その実は——。

 ネフェリンにはあの日から自分の中に、昏い予兆がたゆたっているように思えるのだった。

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