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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第2話「犬的な匂い」
10/80

-【2-1】-水銀O(オー)使用

挿絵(By みてみん)

きらきらと星光をまぶされた水面が静かに揺蕩(たゆた)


冷気を孕んだ風が首筋を心地よく撫で、乾いた砂はサラサラと指に絡む。


遠方、海洋の直上やや朱色がかった下弦の月から、真っ直ぐこちら側へ黄金の橋がかかっている。


精鋭の戦士の如く勇ましさを持って天王山を目指す様に。

または、内包された秘所を目指す英雄譚の冒険者の様に。


座した折か、気付かぬ内に八分丈の下穿きの隙間から、わずかな砂つぶ達が

太ももの内側にまで入ってきているのが、なんか、その、すんごい不愉快ですわ。

なんで?なんで重力に逆らうの?アホなの?


ふと、右の太もも辺りの異物感に気付く。


その正体を探る為にゆっくりとポケットに指を這わし中を探ると

それは、円柱状、大きさは手の平に収まる程度。


スリーフィンガーで摘んだそれを鼻元まで近付け凝視。


それは、今朝、けたたましく唸る不愉快な目覚まし時計を黙らせる為に抜いた単三電池だった。


「…………俺…」


ほぼ無意識に、声帯から漏らす様に彼は語り始めたが

その目は、霧に霞む山の様に虚ろだ。


「この電池のラベルに書いてある『水銀0使用』っていうのを『水銀O(オー)使用』だと思っていたんだ」


そう、切なそうにポツリと呟き、帽子のツバから夜天を仰ぐ。


「だからさ、昔、道端に転がってた電池をトラックが踏み潰した時

 水銀Oが漏れ出したと勘違いして、死ぬほどビビっちゃってさ

 一緒に歩いてた婆ちゃんの右袖にむしゃぶりついたんだ」


フフ。と漏れたのは、くたびれた洋紙がめくれた様な掠れた笑声。


「そしたら、婆ちゃんの右乳がボロんって飛び出しちゃってさ……

 突き飛ばされてドブ川に落とされたんだよな

 あれは………色々、最悪だったなぁ」


…………一時間。


あれからかれこれ一時間である。


リュンクは、こうやって、この生産性の無い現実逃避に一生懸命だ。


一頻り、慌てふためき、怒り、拗ね、転げまわり、叫び、排尿し、飛び、転け、喚き散らした挙句

最後には心労果てて、砂浜に腰を下ろし、この様に鎮座する有様。


そうやってようやく捻出したのが、この「婆さん右乳ポロリドブ川」の概要である。


「単三電池……あれだけ妄想してた異世界冒険に持ってこられたのが…単三電池一個…」


そう。リュンクは、アニメや漫画から燃料を得た妄想の中で幾度も異世界の冒険を夢見た。


いつだって少年の心には広大な大地が広がり、ドラゴンや、精霊たちが世界を彩っているのだ。

もしも、そこに自分の世界のアイテムを持っていけるとすれば?

そんな事をおかずに妄想を始めたら夜なんてすぐ明ける。

それを知っているものは幸せなのである、心豊かであろうから的なやつだ。


だというのに。


彼の手にあるのは、化学力をこれでもかと詰め込んだ電子機器。でもなく

含有量を調整した鋼材や強化樹脂で作られた刃物や道具。でもなく

異世界の生物を流用して兵器に転用する技術と知識。でもなく


ソロの単三電池。


「単三電池一つその手に……異世界に降り立って……どうすりゃぁあいいんだぉおおお!!っらぁあああ

あ!!!!」


挿絵(By みてみん)


砂を撒き散らしながら転げる様に駆け出したリュンクは、沖合の彼方に単三電池をぶん投げた。


おそらくこの異界経っての文明の利器は、ヒュルルヒュルと風を切ってスピンしながら

チョポンというショボい音を出して海の底に沈む。


「ざまぁ見ろぉおおお!!これで何にも無くなってスッキリだ!!単三電池一個あるくらいならなぁ!

 なぁ〜んにも無い方がましなんだよぉお!!!アホぉおお!!!」


はっはっはっは。


というリュンクの高笑いは、広い海岸に響き、やがて小波のせせらぎと混じり合い搔き消える。


静寂を取り戻した海岸には、帽子を深く被り半べそをかく勢いで後悔する少年が一人残った。

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