マッチ売りの少女1
白雪姫は森の中を走っていました。どこに行けば良いのかも分かりませんでしたが、とにかく走って走って走りました。途中、つまづいてこけて、真っ白な肌に赤い血を垂らしながらも、白雪姫はただ走って逃げました。
だけど白雪姫は疲れ果ててしまって、走るのを止め、トボトボと歩き始めました。どれほど歩いても小屋の一軒も見つけることが出来ません。ついに白雪姫は歩くことすら止め、地面に座り込んでしまいました。
「もう一歩も歩けない。誰か助けて」
そう叫んでも返事をしてくれるのは、木の間を通り抜ける風の音だけでした。その風はとても冷たく、肌に突き刺さりました。
このまま眠りについてしまったら、きっと死んでしまう。白雪姫はそう思いました。季節は冬。この時期のこの辺りは雪が積もるほど寒い地域です。小さなか弱い女の子が一人でどうにかできるものではありません。
「なんとかして寒さをしのがないと。街にいくのは怖いけれど、このまま森にいても死んでしまうだけだわ。街にいきましょう」
そういうと白雪姫は今度は目的地に向かい、歩き始めました。
白雪姫がしばらく歩くと、街のあかりが見えてきました。街はまだまだ賑やかでした。
「人に見つからないように、寒さをしのげるところを探しましょう」白雪姫は寒さに震えながら、人目をさけ街を歩きました。
顔を隠せるようなものをもってこればよかったと白雪姫が後悔をしていると、寂しい声が白雪姫の耳に入ってきました。白雪姫は少し顔をあげて、声のする方向に目を向けました。
「マッチはいりませんか。マッチを買ってください。誰か、マッチを買ってください」
そこには一生懸命にマッチを売る少女の姿がありました。白雪姫は自分でも気づかないうちに彼女に近づき声をかけていました。
「貴女も大変ね。私、今とっても寒いの。このマッチ買うわ」
マッチを売っていた少女は嬉しそうな顔をして、マッチを売りました。マッチ売りの少女は聞きました。
「今日の大晦日はどんな風に過ごすのですか」
白雪姫はすっかり今日が大晦日であることを忘れていました。自分が小人たちにリンゴをあげさえしなければ、今頃皆で楽しく年を越そうとしていたのかと思うと、白雪姫の目には涙が浮かびました。
「なんで泣いているのですか」
マッチ売りの少女は心配そうに白雪姫を見つめました。その澄んだ瞳を見ていると、白雪姫は自分したことを責められているように感じて、涙がますます溢れてきます。
「ごめんなさい。何でもないのよ」そう答えた白雪姫に、マッチ売りの少女は言いました。
「あのね、このままじゃ私死ぬことになっているの。だから貴女の力を貸して」
少女の突拍子もない言葉に白雪姫を驚きながらも、少女の話を聞きました。
「私はここの世界じゃない世界で生きていたの。その世界はとても恐かった。いや私の目には恐く映る世界だった。その世界で一生を終えた私は、この世界で新たに生を受けた。物心ついたときには、私は生まれ変わったんだっていう感覚が何となくあった。だからどうしてまた私は生きているんだろうって考えていた。どうしてまた恐い世界に生きているんだろうって」
白雪姫には少女が嘘をついているようにはどうしても思えませんでした。少女が吐き出した言葉には言いも知れぬ重みがあったのです。たった数年間しか生きていない少女がこんなにも重く言葉を吐き出すだろうか、白雪姫はそう思ったのです。
「でもどうして生まれ変わっただけの貴女に、このままだと死んでしまうことが分かるの」
白雪姫は聞きました。今の話だけではどうして少女が力を貸して欲しいのか分からなかったからです。
「それは、今日の出来事が前の世界で何度も読んだお話にすごく似ているからよ。そのお話で、マッチを売っている女の子は死んでしまうの。私はこのお話が嫌いだった。どうして一生懸命に頑張ったのに女の子が死んでしまうのか。でもだからこそ小さい頃は、この女の子をどうにかして助けたくて、何度も読んだわ。どうしたら助けてあげられるだろうかって。自分でアレンジしたお話を書こうとしたこともあったわ。綺麗な雪のような白い肌と、血のように真っ赤な頬と、黒檀のような黒くつやのあるお姉さんが助けに来てくれるお話。小さかったから結末まで書けなかったけれど」
「それって・・・」
「そう。きっとお姉さんに違いないわ。私は前の世界の私の望みを叶えるためにここにいて、お姉さんがここに現れた。宿命、運命。前の私は好きな言葉ではなかった言葉だけど、今の状況にはぴったりだわ」
白雪姫は困ってしまいました。それもそのはず。今の白雪姫がどのようにしたら目の前の少女を助けられるというのでしょう。白雪姫には少女の希望に満ちた目が一瞬だけ悪魔の目のように見えました。
「ごめんなさい。きっとそれは私ではないわ。だって、だって私は殺しをしてしまったんだもの」
白雪姫はマッチを売っていた少女に、どうして大晦日の日に1人でここにいるのかそのわけを話しました。包み隠すことなく全てを。
「そうなんだ。お姉さんも大変なんだね。でも私はこの出会いは運命だと思えて仕方ないの。これを逃してはいけないような気がするの。私を助けて」
「助けてって言われても無理。無理なものは無理なのよっ!!私が助けてほしいくらい・・・」
白雪姫は久しぶりに人に想いをぶつけました。母親が亡くなり、継母になってから白雪姫は新しい母親に好かれようといい子で、可愛い子であろうとわがままも言わず、自分を抑え込んでいました。それは小人たちのところでも同じでした。小人たちに見捨てられないように、もっと長くみんなと居られるようにと白雪姫は自分でも知らないうちに長い間自分の感情を縛りつけていたのです。
2人はただ無言で見つめあっていました。
「いいこと思いついた。ねぇお姉さん。このマッチ全部買うことは出来る?そしたら私はお家に帰られるわ。マッチを買ってくれたらお姉さんをかくまってあげる」
「ほんとに。ほんとにいいの」白雪姫は思ってもみなかった少女の言葉に驚いて答えました。
「えぇ。ただ長くはかくまってあげられないわ。まだお姉さんのことはこの街に知らされていないけれど、すぐにこの街にも知らせがくると思うわ。それまでにこの街を出ないといけないわ。でないとお姉さんはその継母の王妃に捕まって殺されてしまうことになる」
「そうね。明日には出発することにするわ」
「その方がきっといいわ。お姉さん、あと1つお願いがあるの。私もお姉さんと一緒に行きたい。連れて行って。あんな父親と一緒に暮らすのはもう嫌なの。あの人は私を自分の子だと思っていないのよ。召使い、いや家畜かなにかだと思っているのよ。お姉さん、貴女は親と子どもの一番の繋がりは何だと思う」
白雪姫は困ってしまいました。親と子どもの繋がり。私の親は父親と・・・・。母親。継母どうなんだろう。あの人も私の親なのだろうか。私を何度も殺そうとした人。もし継母が親ではないのなら、父親と母親との間にはあって、継母との間にはないもの。そうして白雪姫はしばらく考えて答えました。
「血かしら。血の繋がりが親との一番の繋がりじゃないかしら」
少女は静かに首を横に振りました。
「血の繋がりは確かに大事かもしれない。でもそんなものよりもっともっと強いはずの繋がりがあるはずなのよ、親と子どもの間には。私はね、その繋がりは愛だと思うの。親と子どもの一番の繋がりって愛なのよ。その愛がある限り子どもは大人になっても、親にとっては子どもなのよ。でも私と私の父親にはそれがないのよ。血が繋がっていたとしても、その繋がりはないの。だから大晦日にマッチを売りにいかされて、売り終わるまで家に帰ってくるなって言うのよ。もし売り終わらずに帰ったら容赦なく殴る。何度死ぬと思ったことか。そんな人とは愛の繋がりはないの。きっとお姉さんと王妃の間にもね」
白雪姫は父親と母親との間にはあって、継母との間には愛の繋がりがなかったことを初めて意識しました。私はあんなに継母に好かれようと愛されようとしていたのに、継母との間には愛の繋がりはなかったんだ。白雪姫は言われて初めてそのことに明確に気付いたのです。そして同時に今までそのことに気付かないようにしていたことにも気付かされたのでした。
「だから私はずっとあそこを離れたかったの。今日、お姉さんと会ったことで決意ができたわ。だから私はお姉さんについていく。大丈夫。足手まといにはならないわ。その証拠に明日の出発までには馬を1頭と数日分の食料と寒さをしのげるだけに充分な衣服とかお金その他にも用意するから。ね、お願い」
「本当にそれでいいの。私についてきたら貴女もどうなってしまうのか分からないのよ」
「そんなことは充分に分かってるよ」少女は力強く答えました。表情から少女の決意の固さが白雪姫にもわかりました。
「そこまで言うなら、というよりこちらからもお願いするわ。たった1人で逃げるのなんて寂しすぎると思っていたし、転生者なんて心強い限りだわ」
「お姉さんなら、そう言ってくれると思ってたよ。あ、そうだ。今頃だけど私はハクアっていうの。よろしくね」
そう言ってハクアは白雪姫に手を差し出しました。白雪姫はその手を握り答えました。
「私は白雪。白雪姫よ。こちらのほうこそよろしくお願いいたします」
拙い文章を最後まで読んでいただき嬉しい限りです。ありがとうございます。