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36. 異世界ぶらり旅を始めましょう。

 黒竜討伐から3日後、俺とリルハはギルド街の入口にいた。


「どう、どう、どう」


 落ち着きのない馬をなだめながら、ゆっくりとその背にまたがる。

 人生初、というか前世で未体験だった乗馬。生き物に乗るという感覚はやはりワクワクする。

 それと、想像していたよりも、視界が高い。あまり落馬はしたくないな、これ。


「お世話になりました。このギルドに最初に登録できて、とても幸せでした!」


 すぐ近くでは、リルハがギルド職員や、馴染みの冒険者たちに最後のあいさつをしている。

 ざっと見回して、見送りは50人を軽く超えている。ちょっと大掛かりすぎる気もするが、若くして実力者だったリルハを考えれば、妥当な人数と言えるかもしれない。


 3日前の夜、俺とリルハはこのギルドから離れ、各地を旅することに決めた。

 とりわけ不満があるわけではなく、二人でこの広い世界を気ままに歩いてみたい、そんな純粋な気持ちが生まれていたのだ。

 この意向をギルドに伝えたところ、意外にも快く承諾してくれた。「来る者は拒まず、去る者追わず」が、昨今の冒険者ギルドの基本方針らしい。


「あなたならどこでもやっていけるわ。自信を持ってね」


 スーニャさんも見送りにきていた。3日前の鋭利な気配はどこへやら、リルハと和やかに話す姿は、どこをどう見ても「優しいギルドの受付嬢さん」だ。


「スーニャさんにはいろいろ助けてもらいましたね……駆け出しのころは本当にありがとうございました」


「いいのよ、それが私のお仕事だもの。それに……」


 ふと、銀縁のメガネの内側で、切れ長の瞳がウィンクする。俺に向けて。


「白馬の騎士サマがそばいるんだもの。なにも心配いらないわ」


「はっ! はははっ、白馬、白馬! のっ!?」


 あわてふためくリルハ。周囲もおかしそうに笑うせいで、彼女の顔は一瞬で真っ赤になる。


「コ、コージィくぅん……」


 助けを求めるようにこちらを振り返る。半泣きな瞳を見ていて、ちょこっといたずらごころがくすぐられる。


「――全力でお守りいたしますよ。お姫様」


 そう言って彼女へ馬上から手を伸ばす。

 ヒュー! という歓声がギャラリーから響き渡る。「騎士サマー!」という野次も飛んでくる。馬は白馬じゃなくて栗毛なんだけどね。


 そして、当のリルハはなにも返答することなく。


「…………きゅうっ」


 顔を真っ赤にしながら倒れ、慌てて見送りのギルド員たちが介抱する椿事になった。


  * * *


「う、うぅん……おうじさまが……ハッ」


 数分後にリルハは息を吹き返した。


「おぅ、復活早かったな」


「もー、コージィくんがあんな風にからかうから……って、なにやってるの?」


「えぇっと……旅支度?」


 馬から降りてリルハを介抱してた俺を待っていたのは、見送りにきていた40人のパーティメンバー、すなわち事実上の俺のファンの女性陣だった。

 「行かないでェー!」「せめてあたしと結ばれてからーッ!」などの阿鼻叫喚の渦が広がり、何度目かわからないアマゾネスのジュリアナ状態となりかけていた。街の入口でそれはアカンでしょうて。

 と、ここでまたも俺の中に名案がひらめいた。


「みんなの気持ちといっしょに旅がしたい! 俺のアイテムポーチはここだ! ここにみんなの気持ちを投げ込んでくれー!!」


 その一声で、女性陣は賽銭箱の要領で各種アイテムを投げ込んできた。薬草、食料、武器、装飾品、その他趣味の品々。一人だけ自らポートの中へ飛び込もうとする子がいたが、さすがに正気に戻った他の人たちによって無事阻止されている。


「……それでこの長蛇の列が?」


「まぁ、無差別に投げ込むよりは安全だからな」


 いまは、スーニャさんたちの指示によって、俺のアイテムポーチポーチの前に、見事な一本の列が形成されていた。

 列が解消されるまでにかかった時間はおよそ30分。それまでの間に、少なくとも回復薬だけで、200個近くいただいたことは確認した。


「……よし、準備も整ったな」


 リルハに目配せをすると、嬉しそうな顔をして馬のもとへ駆け寄る。

 ほとんど同じタイミングで騎乗し、さわやかに笑ったり、さめざめと泣いたりしている見送りの人たちに向けて、声を投げかける。


「では――お世話になりましたーっ!」


 ゆっくりと馬が歩きだす。徐々に遠くなっていくギルド街からは、思い思いの歓声がいつまでも聞こえてきた。


   * * *


「……それにしたって広いなぁ、この世界」


 30分ほど馬を走らせ、見渡す限りの草原を眺めていると、そんな素朴な感想が口をついて出る。

 地図こそあるが、どこへ行けばいいか見当もつかない。

 特に目的もなく、広大な世界を旅する。究極のぶらり旅だな、と感じる。


「――人がこの地に足をつけて数千年、未だに世界の半分も明らかにされていない」


 ふと、リルハがかしこまった口調で語りだす。


「……それは一体」


「ある有名な冒険者が著した冒険記の書き出し。その本、ちっちゃい時からずっと読んでて……だから、冒険者になりたかったんだ」


 並走するリルハは、そこから楽しげに、この道へと彼女を進ませた冒険記について語りだす。

 未踏の洞窟を探検し、不気味な樹海の奥で妖精の住処を見つけ、時には凶暴なエルフの狩人たちに襲われ、古代遺跡の最奥で台座に突き刺さった剣を引き抜けずに退散した――

 どれもこれも、俺がもといた世界じゃ、「フィクション」の一言で一蹴されてしまうだろう。

 だが、この世界では、まぎれもなく「リアル」だ。手に汗握る冒険が、ちょこっと足を伸ばしただけで待っている。

 その事実に、あらためてワクワクする。


「半分、か。その一割でも見つけられたら、万々歳だよなぁ」


「その気になればいけるんじゃない? わたしと、コージィくんのふたりなら」


 冗談っぽく笑う彼女の顔が愛らしい。それに、今の俺ならば、実際に成し遂げてしまえる気がする。

 ――一割とは言わず、三割、あるいはもっと。


 草原を一陣の風が吹き抜ける。さえぎるものもなく吹き付ける風は、この上なく澄み渡っている。

 

「じゃあ、どこ行こっか、コージィくん!」


 そう尋ねてくるリルハに、冗談っぽく笑い返す。


「まっ、気楽にぶらりと行こうぜ」



  拝啓、神さま。女神の寵児は、ご覧の通り楽しく、この異世界でやっていけそうです。

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