35. ここはレールの外の世界
魔王軍への切符代わりの名刺を持って、グリフォン棟の自室へと戻る。
いったいどうしたものか、これ。ご丁寧に親愛マークまでくっついてるし。スキルポイントにしてしまうと、なんか効果がなくなる気がするな。
「……にしても激動の一日だったな……」
部屋の戸を押し開けると、どっと疲れがこみ上げてくる。
ダンジョン探索に、黒竜との激闘。帰還後の大宴会。そして、闇の軍勢からのスカウト。
全て、一日の間に起きた出来事だ。嵐のように駆け回ったせいで、体は3日ぐらい経ったんじゃないかと感じている。
幸か不幸か、この世界にはテレビも、インターネットも、スマホもない。夜更かしする要因はない。
さっさと寝てしまおう。そう決意して、ベッドに近づくと。
「……おそい」
枕元に置かれたランプに火が灯る。
真っ暗な部屋がほんのり明るくなり、目の前にリルハが現れた。
――スケスケの、とんでもなく薄地の、ベビードールを着たリルハが。
「なっ!? あっ、リ、リリリ、リルハさん!!!???」
ナグルファルを前にした時以上の衝撃で頭の中が警報まみれになる。
いやいやいや。見えてる。着てるのに見えてる。女の子の大事なところが、全部透けて見えているーッ!!
「あー! あー! あの! その! その格好は!?」
「お、お母さんが『大事な時に着なさい』って贈ってきたんだけど……うぅ……やっぱはずかしい……」
お母さん! お母さん!! 名も顔も知らないお母様!! もしや肉食系でございますか!!
これまで見た中でもいちばん顔を真っ赤にしているリルハ。
今にも泣き出しそうなほど恥らいながらも、両の目はしっかりとこちらを見据えている。
「……でも、あんだけキスしといて、おあずけなんて我慢できないもん……♡」
そして、ベッドに腰掛けると、まるで抱っこを求める子どものように、こちらへ向けて両腕を広げる。
そのあどけない仕草と、魅惑的なカラダの対比が、導火線に火をつけて。
「……きてっ♡」
バガンッ、と理性の鎖がはじけ飛ぶ音が聞こえた。
どう叫んだかわからない。ただ、ケダモノそのものな声を上げて、リルハの中へ飛び込んだ。それだけはおぼえている。
* * *
夜のバトルは2ラウンドまで行われた。それはもう、お互いにクリティカルヒットを連発する大会戦だった。
営みを終え、今はベッドに二人並んで寝そべっている。
互いの息遣いが間近に聞こえる距離。手を伸ばせば彼女の手に届く距離。
言葉は交わさず、時折指先を絡めたり、つつきあったりしてじゃれあいながら、一時間ほど経っていった。
「……コージィくんは、この世界の人じゃないの?」
ふと、リルハが問いかける。
責めるでもなく、ただ気になる様子で。
ナグルファルとの戦いで、聞いてはいたけど、意味はわからなかった。そんなところだろう。
もう、隠すような話でもない、か。
「……もともとは、ね。今は、この世界にいる、ただの――それもウソだな。ものすごく恵まれた人間だ」
「……そうなんだ。ふふっ、やっぱり」
「やっぱり、って?」
「最初にコージィくんと会った時。一目見て、『神さまの使い!?』って驚いちゃったの。そのくらい……なんだろう、すっごい不思議で、まるで別の世界の人みたいで――」
転生してきたあの日。
見ず知れずの、ダンジョンの中で全裸でたたずむ男を、なんの見返りも求めずに助けてくれた少女。
「聖女のようだ」という印象は、今でも鮮烈におぼえている。それを逆から見てみたら、「神さまの使い」ときた。
……幸運な出会いだった。胸を張って、そう言える。
再び、彼女との間に沈黙が降りる。
気まずいものではない。この子とは、言葉を交わさなくても、心が落ち着く。心が満たされる。
どれくらい経っただろうか。リルハが、再び口を開いた。
「ねぇ、コージィくん」
「ん?」
「わたしね、コージィくんといっしょなら、どこへだって行けると思う。ここに留まらなくたっていいと思う。わたしも、コージィくんも、まだまだこの世界、知らないことがいーっぱいあると思うの。だから……」
指先が再び絡み合う。手のひらから伝わる、彼女の脈動。
言わんとすることが、なんとなくわかる。いたずらっぽく笑みを浮かべて、彼女の「提案」に応える。
「俺、旅とか、したことないぞ?」
「……コージィくんになる前も?」
「あぁ。ギルドにつながれた人生みたいなもんだったしな、前世。最期も、あっけない事故だったし」
「じゃあ、いっしょにこのギルドで、ビッグになってみる?」
「いいや。女の子からの旅のお誘い、断るなんて失礼だろ?」
お決まりの、ありふれた、レールの上を征く人生。それが、宝田耕司という男がたどった道だ。
ただ――痴漢冤罪という不本意な形だったけど、レールから外れることができた。
コージィという少年として、レールの外側に踏み出した今、目の前には限りなく広い世界が広がっている。
「冒険なんてしたことない、平凡な男。そんなんでよければ――ご一緒いたしましょう」
……うっかりキザっぽいセリフになってしまい、耳が熱くなってしまう。
それに気づいたのか、リルハはおかしそうに吹き出してしまう。
滑ったのかウケたのか。苦笑いしていると、「大丈夫」と彼女は笑って。
「コージィくんとの旅なら、ぜったいに楽しいもんっ!」
ぎゅっと握りしめるリルハの手は、いつまでも、いつまでも暖かだった。




