22. おだやかなぬくもりの中で
小鳥のさえずりで、目が覚める。
「んんぅ……」
体を起こそうと――して、うまく動かない。
全身がきしんでいる。さびついた車輪みたいに、腕も足も、よく動かない。
背中はじんじんと痛む。足もどこか、ねじ曲がったような感触があるような、ないような……
「……そうだ、わたし、あのとき……」
ほとんど、死んだものだと思っていたのに。
あんな大きなドラゴンに吹き飛ばされて、その時はなにがどうなっていたかわからないけど、「きっと無事じゃないだろうな」というおぼろげな感じはあったのに。
両手をぐーぱーで動かしてみる。不思議と、なんともない。
……いったいなにがあったんだろう。そう、首を傾げていると。
「――おっ、起きたな」
ガチャリ、と開いたドアから、きらめく銀髪が目に飛び込む。
水の張った桶を片手に、コージィくんがほっこりとした顔で、部屋に入ってきた。
……そのさわやか系な笑顔を見ていると、わたしもなぜか安心してしまう。
無事で、よかった、と。
「その様子だと、いま起きたばっかりだな? ちょっとぼーっとしてる」
「……たしかに起きたばっかりだけど、そう言われるとなんかやだ……」
いたずらっぽい口ぶりは相変わらずで、それになおさら安心する。
この人はちょくちょく人をおちょくるクセがある。でも、おちょくり方は、不思議と嫌なものじゃない。
「あははっ。そりゃ悪い。でも――」
そう言いながら、桶を床に置いたコージィくんは――
わたしの体を、ぎゅうっと、抱きしめてきた。
「――えっ、ふぇっ、へっ??」
「……よかった……無事で、本当に……」
力強く、だけども痛くないように優しく、そんな感じで抱きしめてくる。
顔までかーっと熱くなる。声が出てこない。なにが起こったのかわからない。
胸が張り裂けそうなほどドキドキしちゃって――あっ、ダメ、目がグルグルするぅ!
……混乱するわたしの理性を引き戻したのは、コージィくんの、少し泣いているような声だった。
「……コージィくん?」
「ごめん。でも、ちょっと、たしかめさせて……」
背中まで回された腕は、わたしの呼吸を感じ取ろうかってぐらい、密着している。
とくん、とくん、と伝わる、彼の鼓動。彼が生きているという証。
自然と、わたしの腕も、コージィを抱きしめていた。
体を通して伝わる、生きているという実感。気がつくと、わたしの頬を、涙が伝っていた。
「……本当によかった。リルハ、本当に……」
「……わたしも……コージィくん……」
そうして、何十秒たったか数えなかったけど、ずっと抱きしめていた。
……やっぱり、わたしは、この人のことが、だいすきだった。
「……どこか痛むところはない? ……結構、ひどい状態だったから、さ」
ようやく抱きしめホールドを解いてくれたコージィくんは、ちょっとだけよそよそしげに尋ねてきた。
「うん。ちょっと、背中が痛いかなーって感じだけど……傷もないし、大丈夫みたい!」
「……そっか。よかった。いちおうお医者さんも、『一日休んでれば大丈夫だろう』って。正直、心底おどろいた感じだったけどな」
「……そこまでひどかったってこと?」
「あぁー、いや、その、俺がさ、その時の状況を伝えたんだよね。それを聞いていたから、ピンピンしてたリルハの身体を見てさ、目ン玉ひっくり返りそうな感じでさ! 『あなた、気が動転してたのでは?』って言われちゃう始末だよ」
「……ぷっ」
その時の彼の姿を想像して、おかしくて笑ってしまう。
「なんだよー!」と抗議してくるコージィくんをよそに、おかしくて笑いが止まらない。
慌てふためきながら、「状況」を説明する姿……その真相を、きっとわたしだけが知っているから。
さすがに笑いすぎがおかしいと感じたのか、コージィくんは怪訝な表情でこちらを見つめてくる。
「……なんか、変なこと言ったか?」
「ううん。だけど……なんだろう、すごい、必死な感じがして……」
あらためて、コージィくんと向き合う。
きらめくような銀髪に、湖のように深い、コバルトの瞳。
どこか神秘的なのに、お茶目で、ちょっとだけ人間臭くて、だけどもとにかくまっすぐな目。
きょとんと、しているけど、わたしにはわかるんだ。
「……コージィくん。わたしを助けてくれて、ありがとう」
目をまんまると見開き、でもすぐに、ホッとしたような、優しい笑顔になる。
「……うん。どういたしまして」
その笑顔を見て、わたしもうれしくなる。
こうして、お互いに笑い合うだけでうれしくなれるひとは、きっとこの人がはじめてだった。
「じゃあ、夕方もう一回来るよ。元気そうだったら、なんか食べに出よっか。今日は俺がおごるからさ!」
「えっ!! そんないいよぉ~! 気を使わなくって!」
「生還祝い、っていうやつさ。大丈夫! 俺も避難活動手伝ったし、その分の報奨あるからさ!」
そして、さわやかに笑いながら、コージィくんは部屋を後にする。
……本当は「避難活動」なんてもんじゃない、もっとすごいことをしているはずなのに。
「……謙虚っていうか、恥ずかしがり屋さんっていうか」
ひとりごちる口元が、にんまりと笑っていることに気づく。
正直、あまり人におごってもらうのは好きじゃない。
借りを作りたくないというか、可能な限り、わたしが与えたいというか。そのあたり、生まれの重力には逆らえない。
たぶん、冒険者になってはじめての大きな仕事で、スーニャさんに「個人的に」っていうことで、おごってもらったくらい。
……ましてや、男の人にごちそうしてもらったことなんて。
「……コージィくんの、おごり、かぁ……♥」
にやけてしまう顔を隠すため、掛け布団を頭から隠す。
元気そうだったら。だったら、気合入れて休まないと。
数時間後にあの人がやってくるのを心待ちにしながら、わたしはもう一度、眠りについたのでした。
* * *
止血は済んだ。だが、この怒りだけは収まりそうにない。
体内の魔力を操作し、失われた両腕の断面へ向けて通わせる。
ほどなくして、ほんの小さな若芽のような腕が、断面より生え始める。
仮にもこの身体は竜種のもの。鱗を焼き砕かれようが、腕を斬り落とされようが、時間さえかければいくらでも修復ができる。
だが、傷つけられた自尊心は?
「他に並び立つものなどいない」という自負が、目の前で砕かれたら?
――たしか、コージィ、といったか。
あの並外れた美貌。そして、唐突なまでの覚醒。
なにより、異性を引きつける、あの重力のような「波動」。
……この世界の理では説明できまい。あれはすでに、あるべき理から外れた力。
あるいは――「同類」の所業、か。
数百年ぶりに現れた「宿敵」に、忘れかけていた「憎悪」という感情が、胸中に渦巻いていくのを感じる。
人を辞めてもなお、支配されるのは「人の性」か――自嘲したくもなるが、その醜さをも、今は飲み込もう。
――「最強」は世に二つも要らない。次こそは、必ず、殺す。




