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21. 女神の寵児

「GRRRRRRRRRRRRYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」


 これまでとは段違いの音量の咆哮が轟く。

 直後に、渦巻く紫炎の奔流が、こちら目掛けて放たれる。


「――サンクチュアリ!」


 とっさに光の結界を張り、これをいなす。

 が、結界で完全に防御してもなお、わずかに風圧が感じられる。これまでとは段違いの威力ということか。

 事実、結界の外は、燃え上がる間もなく一瞬にして灰となり、跡形もなくなった。


「だがスキまみれだなッ!」


 両手を突き出し、新たなルーンの詠唱を唱える。

 意味するところは雷撃の召喚。「お前の罪を裁く」という宣言だ。


 黒竜の周囲で静かに青白い稲妻が走り――弾ける。

 全方位、総計十箇所から、砲撃のごとく雷撃を射出。逃げ場の無い電撃の檻が、黒い鱗を一つずつ砕く。


「GGGGGYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!」


 鱗が弾け、その下に眠る皮膚を裂き、直後に焼き潰す。

 出血する猶予すら与えず、全身という全身を、削り潰していく。

 全身の至る所がはじけ飛び、右目に刺さっていた銀の短剣も磁石のように弾かれ、見事に俺の足元へ落下してきた。


「ポップコーンみてえに砕けな!!」


 ハイなテンションから、自分でも予想できない罵倒が飛び出す。

 立て続けに魔法を放ってもなお、結界で万全に回復した身体には疲弊ひとつない。

 ウン分の一にまで減った魔力諸費ならいくらでも撃てる。

 リルハの食らった分――その100倍は返してさらにサービスといこうか!


 と、その時。


「――――――KIIIISAAAAMAAA」


 牙の立ち並ぶ口腔から、はっきりと、「ヒトの言葉」が聞こえた。「貴様」、と。


「――NAAAAAAAAAAAMERUNAAAAAAAAAAA!!!!!!!」


 先ほどまでの咆哮に負けず劣らずの、「舐めるな」という怒声。

 地の底から響く、ボイスチェンジャーのような奇怪な「声」は、しかし竜の咆哮と同じように、音圧だけで瓦礫を吹き飛ばす。


 ――黒い竜はもっとも知性が高い。


 高いなんて話じゃすまないだろう、と内心悪態をついた直後、黒竜の周囲で異変が起きる。


 その身体を覆うように、緑色の「もや」が、球状に広がり。

 全方位より襲う「裁きの雷」が、その「もや」を前に拡散して。

 ついには、脱出不可能なはずの雷撃の檻を、かき消していった。


「……なんだありゃ。こっちがチートなら向こうもチートを使うってか!」


 脳に焼き付いた記録には「防げぬ魔術はない」と記された「裁きの雷」を消してみせたのだ。「防げるなにか」を持ち出してきたと考えなければ道理が通らない。


 ……かき消す、ということは!?


 黒竜がこちら目掛けて突進。直感に従い、ありったけの身体強化魔法を発動。

 足元の短剣を手に取り、強化された脚力で地面を蹴り、一気に跳躍。

 身体が宙に舞う中、さきほどまでいた場所を、巨体が猛然と通過する。

 街が一望できるほど天高くではないけど、建物2階分は優に飛び越せる高度だ。


 宙空で新体操選手のようにくるりと体を捻り、脚から着地するよう調節する中で、予感が的中したことを確認する。

 ……さっきまで俺が立っていた場所に展開されていた結界が、きれいに消滅している。


「魔法の打ち消しかよ!」


 厄介どころか致命的だ。ダメージも通らないどころか、あの巨体による攻撃を防ぐ手段もない。直立して大魔法連打ではいい置物だ。

 

 瓦礫だらけの街に着地し、次の策を考える。

 こちらに向き直してきた竜は、しかし鱗の大半を破壊された状態だ。

 剣もロクに通らない硬さが、あの鱗によるものだとしたら、今は物理攻撃が有効かもしれない。


 手にした短剣をにぎりしめてみる――リーチが短い、というのが正直な感想。

 それをアイテムポーチに押し込め、さきほどまで振るっていた鉄の剣を取り出す――今にも壊れそう、というのが率直な感触。

 

 こんなことなら長剣を買い足すべきだったか――そう逡巡していると。


「あれは……?」


 燃え盛る廃墟に不似合いな、けれども見慣れた、白銀の光。

 細身ながらも頑強な、リルハの振るう片手剣。

 竜の突進で吹き飛ばされたのだろうか。鞘からも抜け出た彼女の得物は、神々しい聖剣のごとく、大地に突き刺さっている。


「……悪いなリルハ、力を貸してくれ」


 突き刺さる場所まで駆け寄り、引き抜く。

 まるで担い手を求めていたかのように、彼女の剣はスラリと抜けた。


 まずは得物の問題をクリア。残るは、どうやってヤツを斬るか。


 魔法はマスターしたが、剣技はからっきし。残るスキルポイントは22。

 スキル取得画面を再び呼び出す。ざっとスクロールさせていき、あるスキルに目が止まる。


---------------------------------

◯剣技「湖月」 …25pt

 一撃の速さ、精密さ、静寂に重きを置いた、斬撃を中心とする剣技。

 その冴え渡る一閃は、湖面に映る月をも割断する。

 剣技系統「湖月」を完全取得する。

---------------------------------


「……いいな、これ」


 魔力が乗っていそうなリルハの剣技より、ヤツに届きそうだ。決してかっこいいと思ったからではない。

 だが、あと3ポイント足りない。絶妙な足りなさ。歯がゆい気持ちにさせられる。

 こうも微妙に足りないと、いっそ身につけてるものを売ってでもポイントをゲットしたくなる。


「……待てよ。身につけてるものといえば!」


 ひらめきとともにステータス画面を開き、装備欄を確認。――予感は的中した。


---------------------------------

【装備】

[E]聖銀の細剣[攻撃 +48]

[E]絹の服【♥】[防御 +8]

[E]毒避けの指輪【♥】[防御 +2 / 毒耐性アップ]

---------------------------------


 そして、ポーチに押し込めた銀の短剣にも、【♥】マークが1つ。


 ――パズルのピースが噛み合う音が響く。


 何度目かの咆哮を耳にし、眼前を見やる。

 再び黒竜が飛翔。くるりと宙空で一回転すると、こちら目がけて突進してくる。

 大口を開き、剣より鋭さを感じさせる牙が、俺を捕食せんと鈍く輝く。


 ……あの電車のような速さだ。だが、もう逃げてばかりじゃない。

 

 スキルポイントの変換と、スキルの取得が完了する。

 不意に、呼吸が急速に整えられていくのを感じる。


 ――身は湖面の如く。

 ――血は微風の如く。

 ――眼は月光の如く。

 ――静を以て、一刀を為せ。


 それは、瞑想のように穏やかな「剣を握る感覚」だった。

 

 途上の物体を全てなぎ倒す竜目がけ、踏み込む。

 自分でも信じられないくらいに、歩くほど優雅で、けれども走るよりも速い歩法。

 視界が加速する中、右手に握る剣を、鞘へ収めるように刃を左腰へ当てる。

 

 竜との距離は目と鼻の先。

 咆哮が、火の粉が、全てが走り去っていく。

 余計なことなど考えなくていい。全てを、この一撃に集中する。

 衝突する寸前――さらに姿勢をかがめ、真横へ飛び込むように地面を蹴り。


「――湖月・砕閃!!」


 すれ違いざまに、居合抜きの要領で、彼女の剣を一閃。

 白銀の刃が、一筋の閃光となって、黒竜の両腕の上を奔る――そんな映像が脳裏に焼き付く。


 苦悶の声が背後より木霊する。


「GGGGGYYYYYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」


 黒竜がかつてないほど身悶えし、天へ向けて闇雲にブレスを乱射。

 足元に目をやれば、巨体には不釣り合いはほど小さい両腕が、血の道を引いて2つ、地面に横たわっている。


 ……もともとリルハでも傷つけられた箇所だ。斬り落とせて当然だろう。


「――――OOOOONOOOOOREEEEE……!」


 怨嗟を込めたうめき声を上げて、黒竜は巨大な翼を羽ばたかせる。

 腕の切断面から鮮血をまき散らしながら、漆黒の巨体は、宵闇の空へと消えていく。


「……やった、のか」


 緊張の糸が抜けて、おもわず膝から崩れ落ちてしまう。

 怪我もなく、呼吸も比較的落ち着いている。それでも腰砕けになるのだから、得たのは力だけ、ということだろう。


 だけど、守ることはできた。


 遠くから人の声が響いてくる。竜が退散したのを知り、様子を確認しに来たのだろう。

 ブレスで焼き尽くされた街の中、ごうごうと建物の残骸が燃える音は、未だに止みそうにない。

 ただ、大地をも震わせる咆哮が消えた今となっては、ひどく静かに感じられた。


 転生してから3日目の夜。それは、忘れようがないほど、長い一夜になった――


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