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第三十四話 霧の十三郎

 片腕を切り落とされた徳三郎は朦朧とした様子でぐったりとしている。刀傷を負った平一郎も残る三人に肩を貸してもらって、その場から立ち去って行った。去り際に累と十三郎に向かって深く一礼をした。


「悪い連中では無さそうなんだがな。日の本を二つに分けようってんだから穏やかじゃねーな……」

 十三郎は立ち去る侍たちを目で送ると累の方を見た。

「まぁ木刀はまた明日斎藤のあにぃに返すとして、累は緒方のじいさんの所に帰るんだろう? 俺も今晩は世話になるかな」

 十三郎は真っ二つに切断された木刀も合わせて袋に入れると、現れた時の様に背中に背負って歩き始めた。累もその後を追う。


 緒方の屋敷に二人が着くと、お絹さんが夕飯の用意をしてくれていた。十三郎の分も用意されているので、最初からここに泊まることは決まっていた様だ。屋敷に帰る道すがら、累はあらかたの話は十三郎にしたが、夕飯時に改めて緒方を加えた三人で詳しく話そうという事になった。累は緒方には反魂の法をはじめ、あまり詳細には話していなかった。事情を知りずぎると逆に迷惑をかける事になるかと思っていたからだ。しかし得体のしれない連中が法具を狙っているとなっては、そうも言ってられない。


 座敷には三人分の膳が並べられていた。各々がその前に座す。お絹さんの料理の腕は確かであったが、以前佐吉の屋敷で食べていたものとは材料が違う。料理も小松菜のお浸しとか、揚げ出し豆腐とか消化に良さそうな物ばかりだった。そう言えば家康公はてんぷらの食べ過ぎで死んだとの話なので、ああいったものは体にはきっと毒なのだろう。


「それでその反魂の法というのは本当に死者の魂をこの世に呼び戻せるというのか?」

 緒方が食事の合間を縫って聞く。

「はい。実際にそれで……この世に……塚原卜伝殿が蘇りました」


 累の言葉を聞いて、十三郎は飲んでいたみそ汁を噴き出した。

「累!そりゃ初耳だぞ! なんで先にそれを言わねーんだ!!」

 十三郎はそう叫んだ。彼だけではない緒方も手に持った箸がワナワナと震えている。

「それは真の話なのか? からかわれているだけではないのか?」

「いえ、手合わせも致しましたので間違いありません」

「手合わせ!!」

 これは緒方と十三郎が同時に叫んだ。


「お主はっ……塚原卜伝殿と手合わせしたと申すのか?!」

 緒方が聞く。

「はい、もちろん全く手も足も出ませんでした」

「それはそうだろうが、ではどこかに塚原卜伝殿がいらっしゃるのか累?!」

「現在斎藤殿の御嫡男、丈一郎殿に稽古をつけて頂いております」

「あの旗本奴の丈一郎か! しかしなんでまたそんな事に……どうして今まで儂に黙っておったのじゃ?」

 緒方が再び聞く。

「いえ、余りに荒唐無稽な話ですし、あの塚原卜伝殿がこの世に蘇られたという事になれば、緒方先生も黙ってはおられませんでしょう……」


「……それは、まぁ儂も剣の道を志す者としてそれはそうだが……なるほど、お主は儂の事を年寄り扱いしておるのだな……まぁそれは確かにそうではあるが……」

 緒方の発言を聞いて十三郎が高笑いする。

「そりゃまぁその名を聞いたら、剣の道を志す者として緒方のじいさんもじっとしてはいられないだろうよ。俺だっていてもたってもいられねぇ」

「十にぃ!じいさんとは緒方先生に失礼であろう!」

「良い良い、こやつは昔から失礼が服を着ている様な奴だからな」


 緒方一刀斎は落ち着きを取り戻して話を続けた。

「まぁ、塚原殿の件は置いておくとして、今日現れたその侍たちは一体何者なのだ」

「それが私にもよく分からないのです。そもそもなぜ私が法具を持っているのを知っていたのか……最初はてっきり公儀隠密の手のものだと思っていたんですが、それは違うと言っておりました」

「まぁ隠密かと聞かれて、はいそうですとは言わねーだろうが、立派な口上を述べてたからな。今の日の本の形を変えるなんざ、御公儀だったらありえねぇわな。ただ……」


「ただなんだ、十三郎」

「奴らのうちの一人、薩摩示現流の井原平一郎と言えば九州じゃちったぁ知られた名だ。あの新陰流のやつもあわせて姓が同じだから兄弟か親類なんだろうが、俺が腕を切り落とした奴は鬼道の術をかけられていた様だったな」

「十にぃ鬼道とは何なのだ?」

 聞き慣れない言葉を累は十三郎に聞いた。

「ああ、九州に行ったときに聞いた話だ。詳しくはわからねーが、大昔から伝わる人心を操る術らしい」

「大昔って?」

「神話の時代だとさ、戯言だとおもっていたんだがな」

「そんな術があるなら、日ノ本は当の昔に支配されていただろうに」

「いや実際に日ノ本がまだ大和と呼ばれる前には、鬼道で国を治めていたって伝承が九州にはあるらしい」

「十にぃはそれを信じるのか? とんだ与太話だな」

「まぁでも実際、あの徳三郎とやらの動きは凄まじかったぞ。まぁ俺の方が全然上だったがな」

 そう言ってから十三郎はみそ汁を飲み干した。


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