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第三十三話 薩摩示現流

 平一郎は頭上に木刀を構えたが、それはよく見る上段の構えとは違っていた。有名所で言うと、八相の構えに近い。木刀は垂直に立てて右肩の少し前に束が来るような構えだ。累は以前父から示現流のこのトンボの構えについて聞いた事がある。示現流は『二の太刀いらず』の教えの通り、最初の一撃を必殺のものとして放って来る剣術だ。


 累は平一郎の方を向いて中段に構えてはいるが、二人の間合いは一太刀よりもだいぶ開いている。距離を詰めない事にはお互いに初太刀は繰り出せないだろう。両者は睨み合ったままでじりじりと間合いを詰めていく。


 しかしそこに邪魔が入った。五人の中では一番体格のいい侍だ。平一郎の前に立つと自分の刀をすらりと抜いた。

「甘っちょろくて見てらんねぇ。示現流は一撃必殺だ。木刀なんかでちまちま立ち合って何が分かるっちゅうんじゃ」

 平一郎に向かってそう言った男は、今度は累に向かって

「我が名は薩摩示現流、井原徳三郎。そなたも己が剣を抜かれていざ尋常に勝負なされよ!」

 と言ってから、平一郎と同じくトンボの構えをとった。

「気でも違ったか徳三郎!! 真剣で殺し合いをして何になるのだ! それでは辻斬り強盗と一緒ではないか!!」

 そう言いながら平一郎は累の前に移動すると、彼女に背を向けて立ちふさがった。そうして累の体を後ろ手に押して下がれと促す。

「どけ、兄じゃ!! 人の命など大事の前の小事に過ぎん! 邪魔をするなら兄者とて容赦はせんぞ!!」

「お前に俺が斬れるものかこのバカ者が!!」

 そう言って平一郎も木刀でトンボの構えをすると、徳三郎に斬りかかった。互いの木刀と真剣がぶつかり合う音があたりに響き渡る。しかし当然の様に木刀は斜めに二つに切り裂かれ、平一郎の着物には斜めに切り裂かれて血がにじみ出ている。


「少し身をひいて致命傷を避けたな、この軟弱者が! どけっ!!」

 徳三郎はそう言って平一郎を突き飛ばした。致命傷ではないものの深手の傷を負った平一郎はよろめきながら地面へと屈んだ。

「徳三郎! 貴様実の兄に向って何という事をするのだ!!」

 先ほどの幹次郎だけでなく他の二人も、腰から刀を抜いて構える。三人は徳三郎を囲い込むように構える。


「しばし待たれよ!!」

 累の大きな声があたりにこだました。

「この勝負私に売られた物だろう! そなた達が斬り合ってどうする」

 そういうと累は木刀を地面に投げ捨て、腰に刺した刀の白い束に右手をかけてゆっくりと刀身を抜いた。

「抜いたからには加減は出来んぞ……十にぃ立会人を頼む」


 この時代に武士同士の私闘は禁じられてはいたが、双方の意思が確認できて立会人が居ればおとがめは無しだった。

「おいおい本気で斬り合うのかよ。理由がよく分からないが若い連中はおっかないね~。徳三郎とか言ったな。お前さんの欲しいのはこの包みなんだろう? そこの累を斬ったら、俺の事も斬らないと包みは奪えないよな。なら俺も黙って見ているわけには行かねーなー」


 そう言って十三郎は包みを懐に入れると、刀をすらりと抜いて見せた。

「累よ、お前さん人を斬った事はあるのかい?」

「殺めた事は無いが、斬った事ならある。十にぃは関係ないであろう。これは私の話だ」

「まぁいい、どうだい徳三郎。二対一ってのも気がひけるからまずは俺が相手をしてやろう。お前のお仲間は主を止めたがっておる様だが、主ら全員でかかって来ても構わねーぜ。言っとくが俺はつえーぞ」

「やめろ徳三郎! その方は霞の十三郎だ。いくら鬼道の力を借りたお前でも太刀打ちできんぞ!!」


 傷口を抑えなかがらうずくまっている平一郎がそう叫んだ。

「何だよ。十にぃそんな二つ名が付いているのかよ。一体どこで何してきたんだよ?」

 累を横目で見ながら十三郎は答える。

「まぁ色々と武者修行でな。特に九州は長居したからな」

「何が霞の十三郎だ! 俺の剣を受けられるなら受けてみろ!!」

 そう言って徳三郎はトンボの構えから十三郎の方へ刀を振り下ろして来た。それは十三郎の体を真っ二つに割ったように見えた。しかし実際は空を切っていた。

「いいか、累。示現流の剣士の一撃目は躱すのが定石だ。刀で受けてもそれ事叩ききられるからな。そうして……」

 一撃目を躱された徳三郎であったが、返す刀でに二撃目、三撃目と連続して攻撃を繰り出してくる。それは凄まじいスピードとパワーであった。しかしその攻撃を十三郎は正面から受けとめるのではなく、自分の刀の刀身を横から擦り当てて力をことごとく逃がしていく。しかし徳三郎の攻撃は止むことなく、その激しさは増していく。その速度は凄まじく、多分この場にいるものでは十三郎と累以外には見えてはいないだろう。ただただ刀が宙を切る音があたりに不気味に響いている。徳三郎の目は正気を失っている。口からは唾液が白い泡状になって吹き出ていた。


「鬼道か……こりゃ納まらねーな……」

 そう言いながらそこまで受けだけをしていた十三郎は、徳三郎の攻撃の合間を縫って前へと進み出た。すると徳三郎の攻撃が止んだ。右手は刀の束を握っているのに、右手首は別の所にあった。あたりに血しぶきが飛び散る。


「うおーっ!!」

 片腕を切り落とされた徳三郎はそう叫んで地面に膝をついた。平一郎以外の仲間の侍は徳三郎に歩み寄って囲み、布を巻いて右手首の止血を試みている。


「申し訳ねーが、腕の一本ぐらいは我慢してくれ。そうでもしなきゃ止まらなかったろうからな」

 十三郎はそう言って刀を一振りし、刀身に付いた血を吹き飛ばすと鞘に納めた。

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