第三十二話 前哨戦
「嬢ちゃんなかなかやるなー。おっと嬢ちゃんは失礼だったかな? 流石は中沢あにぃの娘だ」
浪人風の男はそう言った。
「ん? なぜその名前を……あーっ!! お前十にぃじゃないか!! なんでそんなにむさい感じなんだよ?! 全然わからなかった」
驚く累に男はこう続ける。
「久しぶりだな累。やっと気が付いたか。しかしむさいとはなんだむさいとは。まぁ詳しい話はあとにするとして、まずはこいつらはどうするかな? 中には数人腕の立つ者も混ざっている様だぞ……」
「流石十にぃ、私の一振りに対しての反応を見ただけでそこまで見抜くのか。確かに同時にかかって来られれば少々厄介かもしれないな」
「おいおい、本当に斬り合うつもりかよ。とんだ跳ねっ返りだな。ほれ、斎藤のあにぃの道場で木刀を借りて来てやったぞ」
そういうと十にぃと呼ばれた侍は背中の包みを開けると中から木刀を二本取り出した。
「そっちの兄ちゃん達も斬り合いは望んでないだろう。俺は岸田十三郎ってもんだ。縁あって拙者が立会人をさせてもらう。この木刀を使うといい」
その名を聞いて男達の中のリーダー格と思わしき男はピクリと眉を動かした。そうして十三郎が木刀を渡そうとすると首を横に振った。
「我々は別に果し合いをしたいわけではござらん。中沢殿の持つ法具をお渡し頂ければそれだけでいいのです」
「うーん。そんな事言ってもはいそうですかって渡すわけもないだろうに……累、どうなんだ?」
「そもそもこの法具は私の物ではないからな。しかし私と立ち合いをして打ち負かせるようならば佐吉殿に貸渡す様に口添えしなくもない」
「……お前絶対邪な事考えてるだろう。中沢のあにぃも酷い遺言を残したもんだな」
累は十三郎の言葉に自分の耳が赤くなって行くのを感じていた。
「ど、どうして十にぃが知ってるんだ!?斎藤殿が話されたのか!?」
「さっき緒方のじいさんのとこで聞いたよ。お前そんなんで本当にいいのか?」
「わ、私は純粋に剣の道を進むものとして、立ち合いを通して己の自己研鑽を積もうとしているだけだ」
「そんなに耳を赤くして良く言えるな」
十三郎はニヤニヤとしている。
「口が過ぎますぞ! こやつらの次は岸田殿にもお相手して頂くのでご覚悟のほどを!」
累は誤魔化すように早口でそう言った。
「おーおー怖いね~」
何やら岸田と累がやり取りしている間に、累が美形認定をした侍が十三郎の持つ木刀の方へと進み出てきた。
「勝てば渡すと言っているのだから、木刀でもなんでも手合わせをするのが話が早いだろう。まずは拙者がいかせてもらおうか」
歳の頃は累より少々上だろうか。近くで見てもなかなかの美形である。先ほどのリーダー格の者とは比べ物にならない。
『これはあり寄りだな……』
口には出さずに頭の中でそう思いつつ、累は風呂敷で包んだ法具の入った木箱を十三郎に預けると、木刀を一本受け取り広くなっている所に進み出た。美形侍もそれに続いた。二人は中段に構えて向き合う。
「手合わせをするからには名乗るのが礼儀であろうな。そなたらは事情もありそうなので、今日の事は口外はしない。我が名は古河藩剣術指南役、中沢直光が娘累! いざ尋常に勝負せよ」
「元佐賀藩藩士、井原幹次郎、儀あってお相手いたそう!」
「いいね~もののふはこうでなくては」
十三郎は脇で見守っている。
二人は中段に構えるが、幹次郎の木刀はやや斜めで刃の方向も横に寝かせてある。
先に打ち込んだは累だった。様子見程度の軽い振りである。井原はそれを受けるのではなく横から自分の木刀を合わせるように滑らせた。それから木刀の先端で円を描くようにそのまま振り下ろして来た。累は素早く後退してそれを躱した。それは後方への縮地とも呼ぶべき足運びだった。
「ふむ。新陰流といったところか……。しかし累よ見事な足さばきだ。精進したな」
十三郎は累に聞える位の声でそう言ったが、彼女は反応しない。眼前の幹次郎に集中している。次に動いたのは幹次郎の方だった。累に向かって突きを放つが、累が木刀でそれを横にはじくと、先ほどと同じように剣先を円を描くようにまわして、斜め上から打ち下ろして来た。累はそれも難なく受け流したが、今度はまた逆側で円を描くような軌道を辿って打ち込んできた。累は今度は受け流さずに、下がってこれを躱した。
「確かに型は新陰流の様ですが、動きに無駄が多いですね」
累はそう言ってから今度は下段に構えると、下から幹次郎の木刀を摺り上げて弾き飛ばした。そうして持ち上げた木刀を幹次郎の左肩に打ち込んだ。
「参った!!」
木刀を手から弾き飛ばされ、真剣であったなら致命傷を負ったであろうその打ち込みに、幹次郎はそう声をあげた。
「その引き際や潔し!!」
そう言って累は幹次郎にニッコリと笑いかけた。しかし内心では
『ちっ! また顔だけかよ。幹次郎ってくらいだから長男じゃ無いだろうに、もっと剣の道に精進しておいてくれよ。いや、しかし思想とか理想だけで動いてる様な男は論外か』と考えていた。
幹次郎の手から離れて、地面に落ちた木刀をリーダー格の男が拾い上げる。そしてその剣先を累の方に向けると
「次は私がお相手いたそう。元薩摩藩藩士、井原平一郎と申す!」
と叫んでから構えた。
「ほう薩摩藩という事は、示現流の井原か……聞いた名前だな」
十三郎が呟く。
「十にぃはこの者を知っているのか?」
「武者修行で九州に行った時に聞いた名だ。これは累も最初から気を入れた方がいいだろうな」
「言われなくても構えを見ただけで分かる」
累はそう言うと、平一郎の方を見て構えた。そうして深く息を吸ってゆっくりと吐き出す。累の瞳は真紅に染まって行く。
「やっと本気になってくれましたか」
平一郎はそう言って構えた木刀を頭上に上げた。




