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第二十一話 筑紫綿二

 累が佐吉の家に寝泊まりするようになってから数日が過ぎた。今日もいくつあるのか分からない座敷の一つで累は佐吉と夕げを共にしていた。


「しかし卜伝殿は丈一郎殿と一緒にどこに行かれたんでしょうね?」

 佐吉が言った。

「うむ、山籠もりに行くとしか言っていなかったからな」

「しかし私も見たかったですね、卜伝殿の一之太刀。前に見た時は夜だったのでよく分からなかったんですよ」

「多分あれは昼間に見てもお主には何が起こったのか分かるまい。それどころか受けた私でも何が何だか分かっていない。多分そこがまた凄い所なのだろう」


 そう言ってから累は目の前の皿に盛られた山菜のてんぷらを箸でつまみ上げた。

「しかしお前の家では、普段の日からてんぷらなどというぜいたく品を食べておるのか?」

「てんぷらはぜいたく品なんですか?」

「それが分かっておらんのか……まぁよい」

 そう言ってから累は山菜のてんぷらを口に入れると数回咀嚼した。

「あれ? 俺の皿に茄子のてんぷらが無いな? 盛り忘れかな?」

 佐吉が自分の目の前の料理膳を見てそう言った。


「……ところで先ほどから部屋の中に私たちの他に何かがいるようだな。物の怪の類かと思って見て見ぬふりをしておったが、物の怪もてんぷらを食べたりするんだろうか?」

 累の突然の発言に佐吉は部屋中をキョロキョロと見回した。

「累殿、気味の悪いことを言わないでくださいよ。どこにもなんにもいないじゃないですか」

「そうか、お主には分からぬか……」


 そう言うと累は深く息を吸った。そうしてゆっくりと履き出すと彼女の眼は紅く染まっていく。すると累の目には、彼女と佐吉の食事の膳の間に一人の男が座っているのが映った。歳の頃は二十代半ばぐらいだろうか、髪は短くどこにでもあるような地味な着物を着ている。累がまじまじとその姿を見ていると、それに気が付いたのか男は累の方を見た。そうして目が合ってしまった。

「な、なんだお前、俺が見えるのか!?」

 綿二が驚いて叫ぶ。


「うむ。どういうカラクリかは分からんが面白い術だな。それならただで飯が食えそうだ」

「これは術なんかじゃねぇ。……しかし驚いたな。この距離で親戚以外に俺の事が見えるなんて、女ではあんたが初めてだ」

「それは距離で違ってくるのか?」

 累がそう綿二に聞いたところで、佐吉が横やりを入れた。

「累殿は先ほどから誰と話してるんですか?」

 累は佐吉の方を見た。

「ほう、声も聞こえぬのか。これは増々面白い」

 累はそう言ってから、卜伝の言っていた『隠密』という言葉を思い出した。

「もしかして主が隠密とかいう奴か? 隠密とはこのような術を使うものなのか?」


「……隠密かと聞かれてはいそうですと答えられるわけがなかろう。これは術ではなくて生まれついての俺の体質だ。どうも近くの者には存在が認識できないらしい。多少離れれば自分の意志で調整もできるが、二間以内だと自分でもどうにもできやしねぇ」

 綿二のその言葉を聞いても、累は驚くことなく淡々とこう返した。

「……体質か……自分でどうにもできないとなると……それはさぞかし今まで寂しかった事だろうな。男女の仲も発展しようがない」


 その言葉を聞いて綿二は黙ってしまった。そうしてしばらく考えてからこう言った。

「あんたなかなかいい女だな。……ここで会ったのも何かの縁かもしれねーな。どうだい俺の女にならねーかい?」


 綿二の言葉に累は傍らに置いてあった刀に左手をかけた。無礼者と言って斬りかかりそうになったが、綿二の顔は平凡ではあるが見ようによっては悪く無いような気もする。しかも累をいい女だと言ってくれている。案外悪いやつではないのかもしれない。そうして飽きが来ない顔とはこういうものかもしれないなと、思い直して刀から手を離した。そうしてお決まりの質問である。


「そなたは長男なのか?」

 綿二は少し驚いた顔をしてから答える。

「それをあっしに聞きますかい? 俺の名は筑紫綿二ってんだ。”じ”ってくらいだから次男坊ですぜ」

 第一関門は突破である。問題はその後だ。累は続ける。

「うむ。隠密というのは滅法剣の腕が立つらしいな。私の師匠筋の人がそう教えてくれた。そなたもそうなのか?」

「……試してみるかい?」

 そう言って綿二はニヤリと笑った。そうして庭に面する障子をあけると廊下に出た。

「佐吉殿はそこから動かぬように」

 そう言って累は刀を握って立ち上がると廊下の方へと歩いていく。

『あれ?障子は開けっぱなしだったかな?』

 そう疑問に思いながら佐吉は廊下の方へと目をやる。するとそこには累の他にもう一人見知らぬ男が立っていた。

「なんだ! あんた一体どこから現れたんだ!?」

 叫ぶ佐吉を累は一瞬見て、綿二の方へと視線を戻す。

「なるほど、離れれば見えるようになるというわけか」


 綿二は足袋のまま庭へと降りた。脚が汚れてしまった場合、存在は意識できなくても畳に汚れは残らないんだろうかと累はふと疑問に思ったが、彼女も同じく足袋のままで外へと出た。


 綿二は懐から袋を取り出した。そうして更に袋の中から二本の十手を取り出し両手で構えた。

「十手術か」

 累は言った。十手術とは金属の短い棒に、手元に近い所に鍵手がついた武器を使って戦う武術である。江戸の世では同心や岡っ引きなどがこの武器を使うが、その手の職業の証明ともなるもので、誰でもが持てる代物でもない。隠密が十手を持つことが違法か合法かは累には分からなかったし、存在は知っていてもそれを使った武術家と今までやりあった事は無かった。


「俺の十手術はそこいらの同心の真似事とは違うぜ!」

 そう言って綿二は二本の十手の先端を突き出すようにして構えた。


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