第二十二話 腕試し
「二天一流にも似て見える。当理流といったところか。しかし実際には初めて見るので興味深い。殺傷能力は低そうなので、ここは私も峰側でお相手させて頂こう」
そういうと累は刀を抜き、ひっくり返して刃ではなく峰の方を下にして構えた。そうしてまずは小手調べに一振り面を打ち込んだ。綿二は右手に持った十手の鍵手部分でそれを難なく受け止めると、十手を捻って刀を折ろうとして来た。それを察知して累はすぐさま刀をひいた。
「この刀は私の父の形見なのだ。折るのはご勘弁頂きたい」
累の言葉に綿二が答える。
「それは申し訳なかった。いつもの癖でつい反射的に刀を折ろうとしてしまう。次からは気をつけよう」
そう言うや否や、綿二は凄まじい足さばきで累の懐へと入って来た。そうして今度は左手の十手で累の右胴を打ってきた。すかさず累も下がってこれを躱す。十手は間合いが短いので、距離を置いて構えている限りは刀の方が有利であるが、懐に入られてしまうと長刀ではどうにも対応できない。もちろん懐に入られないようにすればいいだけだが、綿二の足さばきはかなりのものであった。
「見事な縮地ですね」
一旦距離をとった累は綿二に向かってそう言った。縮地とは読んで字の如く、相手との間合いを一瞬のうちに縮めてしまう足さばきである。
「あんたこそ良く今の一撃を凌いだな。まるで俺が次にどう動くのかが分かっていた様だ」
「さあどんどん行きますよ」
そう言って累は縦横無尽に綿二に向かって刀で打ち込み始めた。しかし綿二の方は両腕の十手を使ってそれを器用に受けていく。あたりには金属のぶつかり合う高い音がこだまする。累の刀は当然一本なので、間合いが近くなれば綿二は受けた十手と逆の手で、累に打ち身をしようと振って来る。しかし、それを累もことごとく体さばきで躱して行く。
しばらくそんなやり取りをした後に、二人は間合いを空けて構えなおした。
「大したものですね。良くその小さな十手でそこまで受けられるものです」
累は息ひとつ乱さずにそう言った。
「何言ってるんだよ。あんた最初から全然本気出してないだろう。大体峰打ちなんかじゃ本当の間合いは図れないだろうよ」
綿二の方はだいぶ息が上がっている。
「お疲れでしょうからそろそろ終わりにしましょうか」
そう言うと累は今度は刀を構える両腕を左右逆に持ち替えた。普段は体に近い方を左腕にするのだが、逆に右手を下にして構えたのだ。そうしてまた綿二に向かって打ち込む。再び綿二は右手の十手でそれを受けて左手の十手で累を狙う。今度は累は後ろに下がろうとはしなかった。その代わりに十手で受けられた刀から右手を外して、腰に刺してあった脇差を抜くと柄の部分で綿二の腹を突いた。
「ぐぅっ!」
綿二は唸り声をあげて地面に膝をついた。
「申し訳ない。小具足は使い慣れないので加減が分からん」
累が言った。小具足とは侍の携える短い方の刀、脇差を使って戦う武術である。
綿二は腹を抱えて累の方を見る。その口には笑みを浮かべている。
「あんたなかなか凄いな。ま、あっしはどちらかというと諜報活動の方が専門だからな。最も近接戦であっしの姿を認識できる奴はいないから負ける事も無いんだが、精進が不足していたな」
「はっはっはっ、主こそまだ奥の手を隠しているだろう。さぁ手合わせはこれくらいにしてあちらで夕げでも一緒にどうだ」
そう言ってから累は座敷の中にいてこちらを見ていた佐吉に声をかける。
「佐吉殿、晩飯はもう一人分ご用意いただけるだろうか?」
「はい、私も茄子のてんぷらを食べたいし、用意できないか聞いて参りましょう」
そう言って佐吉は廊下に出て奥の方へと消えていった。
座敷には三つの膳が並んでいた。綿二の膳は向かい合った佐吉と累の膳の真ん中に直行方向に置かれている。
「しかしまた姿が見えなくなりましたが、先ほどの方は本当にそちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「ふむ、一旦その存在を確認しても近くに来ればまた認識できなくなるのか……何とも不思議な体質だな」
「しかし中沢殿は噂通りの剣技ですな。どうですか隠密になりませんか?」
綿二は累に向かってそう話した。もちろん佐吉には聞こえていない。
「なぜ私の名前を知っているのだ?」
累は自分の名を呼ばれたことに驚いていた。
「あっしは地獄耳なんですよ。自分より腕の立つ男を婿に取るために江戸に出て来られたんでしょう?」
綿二にそう言われて、累は自分の目ではなく耳も赤くなって行くのを感じていた。そうして床に置いてある刀に目をやる。その様子に気が付いて綿二は慌てて両の手を振る。
「物騒な事は考えねえで下さいよ。隠密には腕の立つ連中がごまんといる。しかも表の世界とは縁遠いものが多いから婿にもとりやすいんじゃねーのかな」
「どこで聞きつけたのは分からんが、まぁそこは由としよう。しかし隠密とは裏社会の人間なのだろう? 人に言えぬような事も多々しているのではないか?」
「世間の印象は知りやせんが、別に悪の秘密組織って事でも無くて、やっている事は同心と変わらず、人々の幸せと社会の平和の為に働いてるんでさ。そりゃまあ全部が全部公明正大に人様に話せるかって言えばそうはいかねえが、それは何事でも一緒でしょう?」
「なるほど、お主の言う事にも一理ある様だ。……いや、その前になぜお主は今日ここに居るのだ? まさか佐吉殿を殺める魂胆か?」
「いやいや滅相もございません。隠密と言ってもあっしはこの特異体質のおかげで情報収集が主な役まわりでして、今日もそのためにお邪魔してるんですよ」
「情報とは何の情報だ」
「あんまりペラペラしゃべるもんでもないんだが、あんたは信用できそうだし、話しちまった方が早そうだ。なーに悪いことをしようってんじゃない。先ほどから話を聞いていて、どうも反魂の法で塚原卜伝を復活させたってのは、本当の話のように聞こえやしたが?」
「……であればどうだというのだ?」
「反魂の法には何かしらの道具が必要だとかで、今回情報収集の他そいつを見つけたら持ち帰って来いと言われてるんでさ」
累は佐吉の方を向いてこう言った。
「だ、そうだ」
「いや、私には何も聞こえてなかったんですが?」
佐吉は茄子のてんぷらを食べながらそう答えた。




