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アリアの状態が一旦落ち着いたのを確認すると、私たちは、アレンの家のリビングに移動してこれからの方針を話し合うことにした。
「呪いの対処法を知りたいから、私は呪いについて調べてみるわ。アレン、この近辺に呪い師とか呪術師はいないの?」
「そんな人は聞いたことがありません……」
それ以外に呪いに詳しそうな人と言えば、他の魔女や占い師だろうか。それか、手っ取り早くどこかの国の図書館から本で調べるのが良いかもしれない。
「主。私が同胞に呪いについて聞いたことがある」
どの手段を取るべきか迷っていたら、フレイヤから意外な言葉が出てきた。
「え? いつも間に!? ってか同胞なんていたの? そんな人(?)が来た記憶なんて私にはないのだけど!?」
「主には黙っていて悪かった。だが、私が悪い人間に捕まって無理やり主従契約を結ばれているのではないかと心配した同胞が私に声をかけてきたことがあったのだ。主にわざわざ言うべきことではなかったと判断して黙っていた。私は『私の意思で主に好き好んで仕えている』と断言したが、どうも納得できていないようで、その妖狐が『どうしても主から解放されたいと思うときがきたら、呪いを使え』と言ってきたから、ついでに呪いについて具体的に聞いた」
呪いは、かける人間が未熟であればあるほど、かける人間にも反ってくる可能性がかなり高いこと。
呪いをかける際には、相手の身体の一部と接触しないといけないこと。
呪いは、相手の運気を下げるだけのものから、相手の生命力を少しずつ蝕んでいき相手を死ぬまで苦しめるものまで程度の幅が広いこと。
これらが大きな特徴であるらしい。
「ちなみに、妖狐は呪いがかなり得意らしい。人間相手なら、ほぼノーリスクでかけられるだろうと言われた」
「なるほど、種族によっても呪いの得手不得手があるのね」
妖狐はなんか呪いが得意そうだ。完全に前世のゲームや小説とかからくる偏見であるが。
自らの手でひと思いに殺すのではなく、死ぬまで相手をもがき苦しめたいと思い呪いに手を出す者がいるようだ。
「やっぱり、アリアさんは誰かに恨まれているとしか思えないわねえ……」
「そう考えるのが自然だな」
「そんな! 母さんが誰かに恨まれるなんて……考えられない!」
アレンが頭を抱えて悩む。
「沈んでいる場合ではないわ。それで、フレイヤ。解呪するためにはどうしたらよいの?」
「手っ取り早いのは、呪いを他に移すことだな。一番移しやすいのが、呪いをかけた張本人だ。主の実力があれば、簡単に相手に反すことができると思うし、それぐらいなら私でもできそうだ」
しかし、アレンはアリアを恨む人間に心当たりがないようだ。
「アリアさんが倒れる直前、よその村の人と接触した?」
「いいえ。そんな記憶はありません。基本的に家で自給自足しているので、外部の人がよく来る宿が集まっている方に母が何かの用事で行くこともほとんどありませんから」
わずかに愉快犯の線も追おうとしたが、やはりそれはないようだ。
「じゃあ、やっぱり近しい人が犯人ねえ」
「そんな……」
また彼の瞳がうるうると震えだす。
「アレン。母を助けたいのだろう? それなら腹を括るべきだ。落ち込むのは勝手だが、誰かを信じたいがために母の命が消えていくのを黙って見ておくのか?」
「……いいえ」
アレンは少し悲しい表情をしたが、すぐに吹っ切るように私たちをひたと見据えて、日常的にアリアと接することがある人物が3人いることを話した。
もうすぐ彼女の夫となり、アレンの義父になる予定のフォード。
彼女の隣人であり幼馴染で、日常的に母子を気にかけてくれていたミニアーナ。
村の農業や商業全般を取り仕切っており、彼女の農作物を買ったり物々交換したりしていたディエラン。
「この3人と母はよく会っていました。それこそ、倒れた日も」
そして、容疑者の情報を出したところで緊張がほぐれたようでまた泣きそうな顔になる。
「みんな、とても良い人なのです……。僕にはこの中に犯人がいるとは思えません」
「そうね。あなたたち親子の信頼を裏切るような人間がこの中にいないことを私も祈っているわ」
「……この3人の中に母さんを呪った人がいるとは思いたくありません。でも、でも……この3人以外に思い当たる人ももういないのです。魔女様、どうか犯人を見つけて母さんを助けてください」
彼からすれば、信頼している人の中に犯人がいて欲しくないが、母のためを思うならこの中に犯人がいないと困るのだ。揺れ動く感情を持て余したようで、アレンはとうとう本格的に声を上げて泣き出してしまった。
(アレン、頑張ったわね…)
フレイヤと二人でアレンをそっと労った。