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夜風に当たりながら、少しほっと息を撫で下ろす。
リカルドから結婚の話を聞いて、約1年後。国はまるでつい1年程前までの悪政などなかったかのように土地も人も安定するどころか、収穫量や貿易での売上は右肩上がりに伸びていき、どんどん豊かになっていった。もちろん、そこに私の介入は全くない。
ただ、唯一式場の演出だけは新郎新婦の許可を得てさせてもらった。主役の2人には特に目立つように光を集中させたり、盛り上がりを見せるところでは花びらを舞わせたり、白い鳩を飛ばせたり――式場スタッフになった気持ちであった。そして、多くの参加者もその都度歓声を上げてくれていたので、私の仕事は大成功であったと言えるだろう。
リカルドは派手なことを好まない倹約家だが、新興国がその財力や国力を披露するためにはそれなりの体制を整えなければ、周辺国への示しがつかない。
だから、国を平定し落ち着きを取り戻したということをアピールは今回の結婚式を見れば十分であろう。
純白の協会で王と王妃が愛を誓い合うシーンを生で見ることができたのは僥倖である。主役の二人もこの上ないほど幸せそうな顔をして互いを見つめ合っていた。きっと彼らは末永く二人で手を取り合ってこの国に尽力してくれることに違いない。
そして、夜は国を挙げての王宮を開放しての舞踏会が開かれる。
リアル舞踏会だなんて胸が高鳴る。素敵な好青年とダンスを通して心を通わせ合い恋に落ちる。そんなシチュエーションも素敵だが、やはりローブを脱ぐ勇気はなかったため、残念ながら私は壁の花となることを選んだ。(いや、花にもなれていないか……)
リカルドたちの勇姿を見守るために出席した舞踏会であったが、私の周辺には開始前からそれはもう多大な人が集まってきた。
レイの容姿に私は靡いたと思い込んでいる者もいたようで、やたらと見目の良い他国の貴族達が私と交流をもとうとあらゆる場面で声をかけまくってくる。
ローブを被っていて、魔女と呼ばれるからには性別は女と推測できる人物――こんな状態でも我先にと必死さを滲ませながら声をかけられると、モテ期が来た? と楽観的には思えなかった。
これも望んでいたシチュエーションではない……。彼らが欲しているのは、“私”ではなく“森の魔女”の加護だ。これでは気持ちが目の前の人からますます逃げていってしまう。私の“ありのままの私と恋に落ちる人探し”は前途多難だ。
結局、煩わしい舞踏会場から逃げ出してしまった。嫌なところから逃げる、そんな癖は4歳から変わっていないようだ。
誰もいない会場近くの園庭のベンチに腰を下ろして、ぼんやりと淡い光を放つ月を一人で眺めていた。
「レディ。ここにおられたのですね」
「……レイ」
誰かが近づいてくる気配を感じたが、まさかこんなところで一人でいる私に話しかけられる人がいるとは思わなかった。
「もしかしてレイも逃げてきたの? でも公爵様が抜け出してよかったの?」
「ええ。俺に人だかりができることは想定内でしたから、初めの1曲、主役が踊る姿を見収めたら、適当に抜け出してもよいとリカルドに事前に許可をもらっていますから」
「まあ、準備が良いことで」
ちらりと横目で彼に目を向ける。相変わらずとてつもない色気を纏っていて、正装していることで彼の美貌を見慣れているはずの私もドキリとした。
きらびやかな空間から抜け出したはずだが、レイが現れたことで急に世界が色付き出すような感覚になった。
「アリシア様は、とても優しそうな方ね」
「ええ。それにリカルドとも仲睦まじい様子でしたね」
「そう! それが一番大事なのよ!」
出会って間もない二人ではあるが、アリシアがリカルドに惹かれているのは仕草や表情から一目瞭然だった。
彼女は、王紋をもつ王に嫁ぐことができるとはこの上ない誉であるので多大に感動していたところに加え、リカルドは非常に彼女のタイプであったため、これはもう運命に違いないと神様に感謝をしていた。それに、前身であるワイナールとは長年緊張をはらんだ関係だったので、此度の婚姻は祖国に多大な利益をもたらすことができるとも喜んでいた。
「アリシアと話していて気になったのだけど、もしかしてエルラン国って結構な大国なのかしら?」
「……すごく今更ですが、そうですよ。ワイナール時代、病気や飢えで大量の死者を出たにも関わらず、王の権威はそこまで落ちませんでした。使い捨てられるだけの国民の数がいたことや広い領土があったおかげですね。あとは軍隊の基盤もできていたので、他国も簡単に攻め入ることができなかったのです。まあ、蓋を開けてみれば強大と思われていた軍隊も結局は数だけの集団でしたけれどね」
そういえばワイナールの王座を追われた王は14代目だった記憶が微かにある。そこまで王権が続いたからにはやはりそれなりの国だったのだ。そのままワイナールを引き継いだエルランも立派な大国であるらしい。
しばらく二人で話に花を咲かせていると、城の方からは3曲目の曲が流れてくる。
「魔女殿。俺と躍っていただけませんか?」
すると、レイは立ち上がって私の前で優雅に跪き、ダンスを乞う。
「え、何で?」
踊りたかったなら、会場から抜け出さなかったらよかったのに。彼と踊りたい女性は国内外を問わずごまんといただろう。
「俺が、あなたと踊りたいと思ったからです。だめですか?」
「こんな魔女にダンスを求めるなんてあなたも酔狂ねえ……。もちろん、お相手しますわ」
そんな私に対して打算なくダンスを求める男性など、この会場ではレイだけだろう。そっと彼に手を差し出す。
「森の魔女様、まずは感謝いたします。ぜひ、私と一曲」
「ふふ、あなたの依頼を受けますわ。どうぞお立ちください」
ちょうど今の体制は、彼と初めて出会ったときのような体制であったと思い出した。あのときは嫌味を言い放った相手であるのに、こんなに親密な関係をレイと築くこととなるとは、人生は分からないものである。
彼の表情もあのときとは全く異なっている。あのときの荒んだような目つきをしていた彼がこんな穏やかな表情を見せることになるとは、彼自身も予想していなかったのではないだろうか。
二人きり、城からほのかに滲み出るオーケストラの演奏で踊った。
ファリス家の応接間で人目をはばからず(むしろ見せつけるために)あれだけいちゃついた仲であるというのに、ほのかに月光で輝くレイが目に入るとそのあまりの艶やかさに心臓が煩いくらいの音を立てた。
多大な緊張も相まって、踊り終わる頃にはすっかり息を切らしてしまった。
「今日はもう帰ることにするわ。おやすみなさい、レイ」
「ええ。俺はもう一度城に戻って様子を見ることにします」
「分かったわ。お相手をしてくれてどうもありがとう」
再び会場に戻るということは、やはり彼は気疲れをして抜け出した私を気にかけて追いかけてくれたのだろう。
「……リカルドが羨ましい限りです」
別れ際、彼はまだ盛り上がっているであろう城の方に目を向けると寂しそうに呟いた。
「あら、レイは結婚願望があるの?」
私の質問に対しては曖昧に笑ってごまかしているが、さっきの発言から答えはもう明白だ。
「レイならきっと、あなたの愛する人と結ばれるわよ!」
私の断言に対しても、彼は軽く微笑むだけで自信がないようだが、今や彼は国中の色々な人に愛されているのだ。それに彼には私との約束がある。リカルドと違って国の利益を重視した結婚はしないだろう。
次に出席するのは、彼と彼の愛する人との結婚式かもしれない。そんな予感があった。




