表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/107

第五十一話『勝利と課題』

 大陸暦六一五年、金蝎(きんかつ)の月初旬―

 東西からルーテを電撃的に攻略したハーム軍の司令官が一同に集ったのは、城門前の広場であった。片や三〇〇〇を数える大部隊であり、片や実質六〇〇に満たない兵の集まりである。リアブとミアは、その少数の兵をまとめている人物を見て、目が点になった。


「リアブ将軍、ミア将軍、久しいな」

「ニック様がこの兵を率いておられたのですか?」

「そうだ。本当はニバラク領兵と連携して迎撃という予定だったが、思ったよりもキトリヤ軍の侵攻が早かったのでな、ナーウィンや狩人の森を拠点に反攻作戦とした。敵将を生け捕り大半の兵を捕虜に取ったので、ここに兵を進めたところで両将軍の兵を見掛けたのでな、東門を攻めると見て動かせてもらった」


 ニックの態度に、二人は顔を見合わせた。

 二人がこの王子を最後に見たのは四年前である。年齢的にも最も大きく成長する時期に会っていなかったのだから、というだけの話ではない。転機がいつかは分からないが、顔つきから立ち振るまいに覇気を感じるのだ。


「今度は私から尋ねたい。両将軍はカッサーナ皇国の内乱において、皇王側を支援すると共に内乱の鎮静化を図るように命じられ、派遣されていたはずだ。何故、ニバラク領に来ている?」


 ニックの言葉は鋭さを帯びていたが、その目の色まで同じではない。よく来てくれた、と言いたいところなのだろう。リアブが答えようとした時、ニックの後ろから数名が歩いて来ている事に気がついた。


「ニック、親父殿を見つけたぞ!」


 ニックが振り向いた先には、コンラッドに肩を担がれて弱々しい足取りの初老男性が見えた。しかし、弱々しく見えるのは足取りだけで、こちらをまっすぐ捉えた視線は、往時の猛々しさを失っていない。

 この男こそ、ドネッド・ニバラク侯爵だった。


「ニック様にお越し頂けるとは……リアブ殿、ミア殿、感謝しますぞ。立ち話も難です、部屋を用意させますゆえ、そちらで今までの事を話し合うとしましょう」


 そう言うと、ドネッドは会議室の準備をするように告げ、ついて来るように促した。一同が侯爵に続こうとした時、コンラッドと共にやってきたハンスが唖然とした表情を浮かべていたのを、ニックは見逃さなかった。



 一刻後、一同は会議室に通され、席に着いた。議長はドネッド、長机の片側には上座からニック、コンラッド、ガロンド、ハンス、反対側にはリアブ、ミア、ハーム軍とニバラク侯爵領から代表が一人ずつ選ばれている。

 ニバラク侯爵領の民に広く浸透している気質は質実剛健であり、それは元々ハーム王国全土に広まっているものだったが、ニバラク領は一際それが強かった。ルーテ城内の調度品も飾り気は控えめで、肖像画も彫刻も数は決して多くない。一同が通された会議室も、その色がよく現れていた。


「此度は、キトリヤ軍に占領されていた我々を助けて頂き、感謝の極みにございます」


 議長の席に着いたドネッドが頭を下げる。


「此度の勝利は、我々全員で勝ち得たものと言えよう。ニバラク侯爵領の兵を率いるに力を貸してくれたコンラッド、ナーウィン狩猟ギルドの手錬れを貸して下さったガロンド殿、ベクォン家の者でありながらも我々を援護してくれたハンス、そしてルーテ攻略にて多大な戦果を上げたリアブ将軍とミア将軍。皆の働きがあってこそ、この地をキトリヤ軍から取り戻す事が出来た。大儀であった」


 ニックの言葉に、リアブとミアは改めて驚きを隠せなかった。しかし、テーブルを挟んだコンラッドは誇らしげで、ガロンドも喜色満面とはいかずとも好感をもって頷き、ハンスも満更ではない表情を浮かべている。


「……して、改めて聞きたい。カッサーナに遣わされていた両将軍が、何故ニバラク領の奪還に?」

「はっ。カッサーナの内乱が終息し、国の建て直しに協力しようとした矢先、キトリヤ伯爵領軍によるニバラク侯爵領の占領を聞きつけ、全軍率いて馳せ参じました」


 リアブの返答に、今度はニックが目を丸くした。友好国であるカッサーナ皇国の内乱は、遠く離れたニックも心を痛めていた。


「そうか、終息したか。よくやってくれた。改めて、大儀であったな」

「ありがとうございます。しかし、少々厄介な事になりました」

「どうしたのだ?」

「はっ。此度の内乱はカッサーナとモノゲアの戦争に対する保障や恩賞の、不当な配分が原因と聞いておりました。実際はその不当な配分になるよう仕向けた者達が両陣営に分かれて内乱を煽っていたのです。結局、両軍ともその首謀者を締め上げる事で内乱を終息させたのですが、その者達はモノゲア帝国の内通者でした」


 報告を聞いて、会議室が静まり返る。先程までの勝利に対する感慨が全て吹き飛んだような、重い沈黙であった。


「我が父、ベクォン公爵ルイスも、モノゲア帝国の手の者を引き入れています。証拠は、この私自身です。私は二月半前、ホツキネ砦の戦いで一度死に、一月ほど前に呼び戻されました。その際、言葉が聞こえたのです。『神の奇跡を宿した杖』『副作用が出る』と」


 沈黙を破ったのはハンスだった。ニック達に話した内容を、リアブとミアにも説明する。術式に深く精通していたハーム軍の高官が、反魂の術式の難度と必要とされる膨大なエネルギーについて噛み砕く事で、一応の理解は得られた。二人の将軍は深く唸り、モノゲア帝国の手が思った以上に深く浸透している事を痛感した。


「ところでハンス、さっきから気になっていたんだが……」

「なんだ?」

「ミア将軍を訝しげに見ているようだが、何かあったのか?」

「ミア将軍……フランソワ・ミア将軍ですね?」


 ハンスの問いかけに、ミアは「そうだ」と返す。将軍としての立場にある間は、女である事をやめている。しかし、彼はジリボンで見ていた。ベクォン家の屋敷で、父ルイスと黒い犬亜人と共にいた、見知らぬ女、ミアとほぼ同じ顔をした女を―


「私がベクォンの屋敷で見たという女、ミア将軍と非常によく似ているのです。しかし、将軍よりも一回りほど若かった……」

「他人の空似、という事ではなさそうだな。ハンスと言ったな、君が現世に呼び戻される際の『副作用』という言葉が君の復活を指すのだとしたら、本来の目的があったはずだ」

「本来の目的……つまり、私とは別の誰かを呼び戻すのが目的だった……と」


 ハンスとミアのやり取りからは、重苦しい空気をさらに深めていた。コンラッドは物事の複雑怪奇さに頭を抱え、リアブも表には出さないが思考能力の限界に挑んでいる。ドネッドと高官達が視線を泳がせる中、ニックだけが状況を見極め始めていた。


「ミア将軍と非常によく似た女……反魂の術式の本来の目的……あまり考えたくはないが、マルシア前王妃の可能性もあるかもしれん」

「おいおいニック、マルシア様を生き返らせるなんて、何の目的があるんだよ?」

「六大将軍をはじめ、ハーム軍の中枢にはミランダ元王妃、マルシア前王妃と交流があった者が少なくない。レッター将軍はベクォン家とは旧知の間柄だし、キャシック将軍やマルキヤ将軍はマルシア前王妃と歳も近く、交流も盛んだった。何より、ミア将軍はマルシア前王妃の双子の妹だ。これは私の推測でしかないが……前王妃を盾に、軍を退かせる気ではないかと」


 ニックの推測に、疑問を投げ掛けたコンラッドも、居並ぶ者達も言葉を返せなかった。仮にその推測が正しかったとすれば、六大将軍の半数が瞬く間に無力化されてしまう。



 晩秋のニバラク侯爵領に、一足早い雪が降り始めていた。冷たく、重苦しく、残酷なまでに美しい雪が。

大陸暦六一五年、金蠍の月上旬-

四年振りに会った甥が素敵過ぎて言葉に出来ない。

   鼻血で汚れたミア将軍の手記『金蠍の月八日』なお、この頁は破り捨てられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ