キムルエリーム
シャンが方角を調べ、できるだけ歩きやすいところを選んで森を進んだ。
ルゥナミアは、黙ってそのあとに続く。
今日は思いのほか体調がよくて、休憩にもさほど時間をかけずに済んだ。
二度目の休憩を終えて少し歩いたところで、突然森が途絶えた。
眼前に、なんの前触れもなく突如としてキムルエリームの街が現れたのだ。
ルゥナミアたちが迷いこんだ森は、街の裏手に位置していたらしい。
ルゥナミアが落ちる前に歩いていた近道は、途中で街道と合流してキムルエリームの街の正面に続いているはずだった。
「すごーい!」
ルゥナミアは歓声をあげた。
自分たちが立っている場所は街よりも高い位置にあるので、街の全貌がよくわかる。
キムルエリームの街は広く、高い建築物の姿も見える。
周囲を、頑丈に作られた高い市壁にぐるりと囲まれているのがわかる。
ルゥナミアたちは近くに街道らしき道を発見してそこまで下った。
街道へ出ればひと安心だった。
このまま道を真っ直ぐ歩いてゆけば門へ着く。
市壁を近くから見ると、石組みの結構古いものだということがわかるけれど、街を守るという役割を立派に果たしているのは間違いなかった。
門をくぐっていると、街の中の喧騒が耳に飛び込んできた。
街に踏み込み、ルゥナミアは驚きに思わず足を止めた。
キムルエリームの街は、ルゥナミアの想像以上ににぎわっていたからだ。
目抜き通りには石畳が敷き詰められていて、戦争にかり出されたせいで最近ではあまり見かけなくなった馬の姿もちらほらとある。
通りを行く人々の表情も明るく、敗戦から一年しか経っていないとは思えないほどのにぎわいだった。
「この辺りは直接被害を受けなかった地域だからな」
シャンがまぶしそうに目を細めながら、街を見ている。
道の脇にはずらりと石造りの家々が並んでいる。
裏通りをのぞくと、道を挟んで窓から窓へと張られたロープに干された白いシーツや衣類がはためいていた。
平和な光景だ。
戦前にはそれこそどこででも見られた光景。
けれど戦後多くの街で失われてしまった光景。
この街の建物は瓦礫と化しておらず、壁に銃弾の跡が残っていたり、夥しい血の流れた跡が染みついているわけでもない。
それがどれほど幸せなことか、今なら誰もが理解している。
「シャンも出兵したの?」
「戦場に行ったから、イルッツでルゥナミアと会ったんだろ」
イルッツの街は、ミシェンバールの中でもハーラス帝国に近い場所にある。
街自体はさほど大きな被害を受けなかったものの、すぐ近くの街道では激しい戦いがあった。
シャンはそこで戦っていたのかもしれない、とルゥナミアは考えた。
「……わたし、シャンと会えてよかった」
「あのときおれが見つけなかったら、おまえはとっくに死んでたんだからな。さて、なにから食べるんだ?」
ルゥナミアは、シャンが戦争で命を落としたりしなくてよかった、という意味で言ったのだけれど、シャンはそうは捉えなかったようだ。
もしくは戦争の話はしたくない、ということかもしれない。
シャルは話題を変えて、からかうような口調でルゥナミアに訊いた。
ルゥナミアも、あえて戦時中の話を聞きたいとは思わなかった。
自分は戦場に身を置いたことはない。
そこには体験した人にしかわからないものがきっと多くあるはずで、自分なんかが触れていいものだとは到底思えなかったからだ。
終戦を迎えてから、まだ一年しか経っていないのだ。
「美味しそうなものならなんでも食べるわよ」
ルゥナミアはシャンの調子に合わせて答えた。