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ファフティリアの丘  作者: 凪市有李
ルゥナミア 13
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昔、出会った兄弟

「おかしいなとは思っていたの。決定的だったのは、さっきシャンの姿が見えなかったこと。馬車の中で、もしかして――ってずっと考えてたの」

「そうか。だからあまり驚かないんだな」

「驚いてるよ。でも――」


 ルゥナミアは言葉を止め、真っ直ぐにシャンの顔を見つめる。

 蜂蜜色の髪に、夏の空色の瞳。


 見慣れたその姿。

 けれど、最初に違和感を覚えたのはその容姿だった。  

 ルゥナミアは再度口を開いた。


「お母さんから話を聞いたことがあるの。ファフティリヤの丘で会った兄弟は、お母さんのお友だちの息子さんだって。お兄さんの名前がシャン、わたしと同い年の弟さんかヴィニー。わたしの記憶では、碧眼はお兄さんのほう」


「……いつ気づいたんだ?」


 シャンの眉がぴくりと動いた。


「イルッツの宿で、あなたたち兄弟の話をしているときよ。でも、もしそうならシャンは今、二十歳前後のはずでしょう? 十五歳のわけがないかなって。それに、自分の正体を偽る理由があるとは思わないし。だから、それはわたしの記憶違いなんだろうってずっとそう思っていたの」


「なんだ、そんなに最初のころからなのか」


 シャンが自嘲するように口の端を上げた。


「ねえ、なにがどうなっているの? 本当のことを知りたいの。あなたは、お兄さんは亡くなったと言ったわね。シャンという名前、それにその空色の瞳はお兄さんのもののはずよ。でも、もしそうだとしたら……」 


「そうだ。おれはもう死んでいるんだ」


 ルゥナミアに全部を言わせる前に、シャンは潔く告げた。

 ルゥナミアが息を呑む。


「キムルエリームの街で出会った、ヒーダリッドの仲間の人たちと同じ……?」


「そうだな。ただ、おれはもう長いあいだこの状態で存在しているからか、彼らにはできないことがおれにはできたりするんだ。おれを見て、幽霊だと疑う人は、これまでにいなかっただろ?」


「うん。出会った人たちとは、普通に話をしてたよね」

「ああ。触れられなければ、まず正体がばれることはないと思っていた。ヒーダリッドに会うまでは」


 あ、とルゥナミアはあることに思い至った。

 シャンも、そうなんだ、というようにうなずく。


「ヒーダリッドは、人の死期がわかるって……。あのとき、ヒーダリッドはシャンが既に死んでいるって、自分の仲間と同じだって、気づいてたの?」


「ああ、気づいてたよ。ヒーダリッドがおれみたいな存在に慣れていたおかげで騒がれなかったから助かったけど、正直、死期が見えるって言われたときには焦ったよ。市壁から下りたあと、おれがヒーダリッドと話してたのを覚えてるか?」


「え? うん。なんの話をしてるんだろう、って思った覚えがあるけど……」

「大した話じゃない。ただおれのことをルゥナミアに話さないでほしいって頼んでただけなんだ」

「そうだったんだ……」


 それはさすがに予想できなかったな、とルゥナミアは小さく笑う。 


「おれは四年前、十六歳で死んだ。今もそのときと同じ姿のままだ。だからルゥナミアがおれを弟のほうだと判断したのは当然だと思ったし、あえて訂正もしなかった。名前や目の色まではっきりと覚えているとは思わなかったんだ」


「それに……わたしが勝手に勘違いしただけとも言えるよね。シャンはひとことも自分が弟だとは言っていないもの。『お兄さんは?』っていうわたしの問いに『戦争で死んだ』と答えただけだわ」


 ルゥナミアはそのときの会話を思い出しながら言った。

 兄であるシャンは確かに戦争で命を落としたのだから、それは真実だ。


「おれは死んだあとも弟が心配でずっと傍で見守っていた。弟が戦場に行くときもだ。けれどおれにできることは限られていた。おれは自分の無力さを呪った。おれが守ってやれなかったせいで弟は死んだんだとそう思った。だからおれは、弟と一緒に旅立つことができなかったんだ」


 目を伏せ、シャンは淡々と語った。


「そんなことない。シャンのせいだなんて、そんなわけないよ」


 ルゥナミアが言うと、シャンはわかっているというようにうなずいた。


「それでも、そのときのおれは自分を責めずにはいられなかった。まるで亡霊の見本のように、目的もなく、天に昇ることもできず、ただイルッツの街を彷徨っていた。そんなときにルゥナミアと再会した。運命だと、そう思った。そしてこの子の願いだけは、なにがあっても叶えてやろうと決めたんだ」


 シャンが顔を上げた。空色の瞳に、ルゥナミアの顔が映る。


「ありがとう。シャンのおかげで、叶ったよ」


 ルゥナミアはそのまっすぐな眼差しを受け止める。


「ああ。おれの願いも叶った」


 シャンが満足そうに笑った。それは心からの笑みだった。


(ああ、やっぱりわたし、シャンの笑顔が好き)


 ルゥナミアは改めて思うのだった。

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