かつての丘2
次に気がついたとき、驚いたことに、シャンは自分の体を見下ろしていた。
ぐるりと周囲を見渡す。
シャンの体の傍に放心状態で佇むヴィニーの姿があった。
遠く海の上では応援にかけつけたミシェンバール王国軍とハーラス帝国軍の戦艦が戦っていた。
そして草原は、色を取り戻していた。
シャンの視界が、血に染まったものから通常に戻ったからそう見えたのだろう。
シャンは自分の体を見た。
地面に横たわっているほうではなく、今、ここで宙に浮いているほうの体を。
シャンの足は両方ともくっついていた。
ただし、体も手足も、半透明でその向こうにある物が見える状態だった。
(ああ、おれ、死んだんだな)
透ける体を見て、納得する。
そして、ヴィニーが無事だったことに安堵した。
弟を助けることができたのなら、命を落としたことに悔いはないと、そう思った。
それから、シャンはずっとヴィニーの傍にいた。
だから、敵艦隊の攻撃を受けミハディエの町などをはじめとする沿岸部が広範囲に渡って被害を受けたことも知っていれば、からくもミシェンバール王国が勝利し、敵艦隊を追い払うことができたことも知っていた。
その後、ヴィニーがどんな気持ちでシャンたちの葬儀をしたかも、どのような覚悟で戦場に赴いたのかも、わかるとは言えないけれど、すぐ傍で見ていたのだ。
肉体はもうとっくに失くしていたのに、胸が締めつけられるように苦しかった。
意識すれば自分の姿を人間に認識させたり、自分の声を人間に聞こえるようにできるようになったのはルゥナミアと出会う少し前のことで、ヴィニーが生きているときはまだそんなことはできなかった。
だから、ヴィニーの前に姿を見せたり話しかけたりしたことはない。
それができていたらなにかが変わっていたのではないかと思ったこともあったが、全ては過ぎたことだった。
念じれば物を動かすことができるということには比較的早いうちに気づいたが、その能力でヴィニーを救うことはできなかった。
ヴィニーが命を落としたのは、シャンがまだ自分の能力を自在に使えるようになる前だったからだ。
ヴィニーに向かって飛んできた銃弾に、シャンが真っ先に気づいた。
シャンはその弾丸の軌道をヴィニーから逸らそうと思ったのだが、能力を発動するだけの余裕がなかった。
咄嗟に、ヴィニーと銃弾のあいだへと飛び出したシャンだったが、弾丸はシャンの肉体をもたない体を通り抜け、ヴィニーの頭部に命中した。
それは、あまりにも辛い記憶だった。
シャンは気が狂いそうになるほど、自分を責めた。
自分が未熟だったせいだと、能力を使いこなせるようになるため、特訓をしたりもした。
なにかせずにはいられなかったからだ。
けれどやがてシャンはそれが無意味なことだと気づく。
今更なにができるようになろうとも、ヴィニーが戻ってくるわけじゃないと、気づいてしまう。
そして絶望に食い尽くされそうになったおれは、無意味な時間を過ごすことになったのだ。
まさか、その特訓が役に立つときが来るとは、そのときのシャンは思ってもいなかった。
もしあの特訓がなければ、ルゥナミアとの旅がもっと大変なものになっていたことは間違いない。
そう考えると、ここまで来られたのもまたヴィニーのおかげだったような気がしてくる。
シャンは、ついさっき現れたヴィニーのことを思い出した。
笑って、待っていると告げた、懐かしい弟の姿。
(ああ、もうすぐだ。だから待っていてくれ)
シャンは心の中でヴィニーに声を投げかけた。




