役得、役得!!
「そういうことなら任せておけっ!」
あぁ……やっぱり張り切っちゃったかぁ……。
今日はクレイさんを呼んでの打ち合わせ。
ダオが事前に内容をまとめてくれたおかげで、説明自体はあっさりと終わった。
『子供交流会』とわかりやすく銘打ち、皇族主催の催しとして執り行うことが正式に決定しているそうだ。
陛下、仕事が早い!
「とりあえず、俺のところの獣人の隊員を集めるか」
「獣人さんに話を聞く前に、クレイ様から見て、獣人さんの能力ってどんな感じですか?」
本当に今すぐ集合をかけそうな勢いだったので、ちょっと話題を逸らす。
「獣人の能力か……そうだなぁ。やはり、種族によって異なる部分がある。狼族は嗅覚が優れているし、大虎族や小虎族は耳がいい」
ふむ。祖となる動物の特徴が活かされているというわけか。
となると、嗅覚、聴覚、視覚を活かせる宝探しを考えればいいのか!
「じゃあ、獣人の優れたとくちょうで分けて、話を聞こうよ」
全員集められると話を聞くだけでも大変だし、休みの人を呼び出すのも可哀想だもの。
クレイさんが勝手に隊員を呼び出したりしないよう、まずは警衛隊にいる獣人の種族と優れた特徴を詳しく説明して欲しいとお願いしてみた。
狼族は三つの種族の総称で、陸狼族、森狼族、雪狼族がある。
ウルフ種を祖とするだけあって、嗅覚と持久力、チームワークが凄いらしい。
大虎族は、いわゆる大型のネコ科動物を祖とする種族で、とにかく耳がいい。視覚の方は個体差があるらしく、夜目が利く者もいれば、利かない者もいるとか。
小虎族は、小型のネコ科動物を祖とする種族で、こちらも耳がいい。そして、ほとんどが夜目も利くそうだ。
禽族は、鳥を祖とする種族の総称で、いくつも種族があるけどみんな目がいいらしい。遠くから識別できたり、素早く動くものを見分けられたり、捕まえたりできるんだって。
この他に、パワー系の熊族と氂族の隊員がいて、クレイさんらしいチョイスだよね。
ちなみに、氂族は牛の獣人だ。
祖となる動物はもう絶滅しているそうで、その子孫がホーンヘッドだという説もある。
獣人の能力は凄いが、それを活かせる環境があってのことだと、クレイさんの話を聞いて強く感じた。
それを意識して宝物を配置しないと、まったく見つけられない可能性もあるよね。
例えば、香りの強い花の側に嗅覚で探す宝物は置けないといった感じに、能力を阻害するものがあるかもしれない。
ということは……宝探しをやる場所もしっかり念入りに調べないとトラブルが起きる!
「会場は離宮にするって言ってたけど、どんな場所なの?」
ダオがなんとか宮でやりたいって言っていたのは聞いたけど、詳しいことはまだ聞いていなかった。
「ここから一番近い翠閑宮だよ」
帝都郊外にあり、何代か前の皇帝が引退後の余生を過ごすために造ったものらしい。
その後、皇族の療養などに使われていて、庭も広くて宝探しに向いていると。
何より決定打になったのが、生垣の迷路があるからとダオが教えてくれた。
「迷路があるの!?」
そんな面白そうなものがあったなんて!
ガシェ王国の王宮にも生垣の迷路があるけど、遊びすぎて道順覚えちゃったもんなぁ。
生垣で作っているので、そう簡単に順路を変えられないし。
「うん。ちょっとした森もあるし、ワイバーンの広場もあるよ」
敷地は宮殿の半分もないけど、その中にいろいろな要素をきゅっと詰め込んでいるそうだ。
いや、宮殿の半分と言ってもかなり広いよ!
「じゃあ、下見には獣人さんを連れていってね」
獣人の能力を阻害するものがあるかもしれないし、子供たちが遊ぶ催しだから安全確認はしつこいくらいしておくべきだと力説する。
「さすがに子供だけで宝探しをするわけではないわよ?貴族の子供なら世話係を連れてくるもの」
マーリエの意見に、私はチッチッチッと舌を鳴らし、音に合わせて人差し指を振る。
「なんかむかつくわ、それ」
「甘い!甘すぎるよマーリエ!」
むかつく発言はまるっと無視して、マーリエの考えの甘さを指摘する。
「大人が危ないからダメって言っても、楽しそうだったら突っ込むのが子供なの!親兄弟ならまだしも、世話係の制止を聞くわけないわ!だから、危ない場所の把握は重要なのよ」
「……そうね。パウルみたいな世話係はそういないものね。ネマを止めるのがどれだけ大変か、見ていてもわかるわ」
「………………えっ?」
マーリエさん、私の言葉をちゃんと聞いてた?
どれだけ万全を尽くしても、子供は思いがけない行動をするから、しっかり調べて対策しようってことなんですけど??
「ネマの言う通り、宝探しに夢中になって転けたり、迷子になる可能性はあるよね」
よかった!ダオにはちゃんと意図が伝わっていた!
「パウル、子供がとっさに取る危ない行動を知っていたら教えて欲しい」
「畏まりました。使用人仲間からよく聞くのが、高い場所に登っての怪我ですね。庭の木だったり、柵や塀、本棚と、とにかく高い場所に登るそうです。他には、木の実や果実、花といった食べられるものと勘違いして、毒性を持つ植物にあたることも」
あっれぇぇぇ?なんか心当たりがあるような??
でも木登りは、アイルにこの木だけにしてくださいって言われて低い木にしか登れなかったし、木の実や花の蜜もアイルに大丈夫って言われたものしか食べてないよ?
大きくなったら登ろうと目をつけていた庭の木は、森鬼のハンモック用になっちゃったしなぁ。
「もし、宝物を木の上に隠すとしたら、木の種類や高さに注意しないといけないね。あと、庭になっているものは食べないよう禁止事項にするよ」
まぁ、食べ物は危険だからね。
日本でも、毒性植物を食用のものと間違えて食べちゃう事故が毎年発生している。
子供は体力や免疫力の問題で、大人よりも症状が重くなることがあるし、解毒が間に合わなければ命の危険だってある。
ダオが言ったように、禁止にしてしまうのが安全だろう。
ただ問題は、禁止にしてもちょっとくらいならって考える子がいるかもしれない点だ。
「ねぇ、ダオ。もし、禁止事項をやぶる子がいたらどうするの?」
「えっ!?」
決まり事を破るなんて発想がなかったのか、ダオが凄く困惑している。
「そうだな。皇族主催の席だ。禁を破ったのがたとえ子供でも、何かしらの罰則は必要だと思うぞ」
クレイさんも賛同してくれたけど、現行の法に照らし合わせると、どんな罰則になるんだろう?
ライナス帝国の法律には詳しくないので、そこら辺もクレイさんに聞いてみた。
貴族が皇族主催の宴などで皇族に無礼を働くと、その家門に連なるすべての人が一定期間帝都と宮殿への立ち入りを禁じられる。
そのため、任されている領地に何かあっても帝国の助けを得られないので、アーマノスの監視下に置かれるそうだ。そのついでに調査も行われるので、後ろ暗いことを隠していればさらなる罰則が与えられる。
今回の催し物で、離宮の植物を食べてしまったらどうなるのか。
それが貴族の子であれば、家門が責任を取ることとなる。軍人の子は庶民なので、皇族の所有物を盗んだとして、利き手を落とされることになるのではないか。クレイさんは確かにそう言った。
ちょっとそれは罰則が重すぎるよ!
「前、へいかが更生しせつがあるって言ってたよ?」
「犯罪者の更生は、罪を犯さなければならないほど追い詰められていた者に対する救済だ。事前に禁止であることを伝え、さらに罰則もあると忠告しても禁を破る者に慈悲は必要か?」
クレイさんの言い分も理解できる。しかしだ!
「ダオの初めての公務でそんなことは起こさせません!よって、宝探しをする子供の組に監視役をつけましょう!」
もし、その罰則を行ってしまえば、庶民に悪い印象を植えつけてしまうおそれがある。
そうなれば、この催し物自体、意味がないものになる。
「監視役をつけるって誰をつけるつもり?」
クレイさんの問いに、私は自信満々に答えた。
「軍人さんです!治安いじ、つまり、犯罪を未然に防ぐことも軍人のお仕事でしょう?」
軍人の子供を招待するなら、親だって心配でついていきたいと思うだろう。
公平性を保つために、自分の子供がいるチームを任せることはできないが、少しでも姿を見る時間を作るくらいはできるはず。
そして逆もしかり。親が完全にいない状況よりは、子供も安心できると思うし、働いている姿を見ることができる。
「働く親の姿はかっこいい!!」
「僕も父上と母上が働いている姿を格好いいと思う」
私はダオの言葉に強く頷いた。
めったに見られないから、余計にそう感じるのかもしれないけど。
「そうか……。では、招待する獣人の子は、宮殿防衛部隊に所属している者から選ぶのがいいだろう」
えーっと、宮殿防衛部隊って、確かバルグさんがいる部隊だったよね?
帝国軍に関しては、とにかくややこしいので、クレイさんに丸投げしてもいいんじゃなかろうか?
「じゃあ、クレイ様が軍部と交渉役で!」
それでいいよねと、ダオに最終判断を投げる。
「そうか、役割分担!クレイ兄上、お願いしてもいいですか?」
ダオに頼られるのが嬉しいクレイさんは、二つ返事で承諾した。
「マーリエは、招待する貴族の子供たちの名簿を作ってくれる?」
マーリエも即座に承諾する。
そして私は、クレイさんの警衛隊の獣人からの聞き取り調査をお願いされた。
「ネマは生き物に詳しいから、獣人のことも詳しいでしょう?」
「はい、喜んで!」
正直、獣人に関してそこまで詳しいわけじゃない。
祖となる動物のことを知っていれば、そこそこわかる程度だ。
しかーし!いろんな獣人に会うチャンスを逃す私ではない!!
「僕は、翠閑宮の下見に行ってくるね」
ダオが一人で行くのかと、マーリエが心配そうに問いかける。
「ちゃんと警衛隊は連れていくよ。マーリエとネマも参加するんだし、当日までの楽しみに取っておいて」
私たちのことまで考えてくれているなんて!ダオはなんていい子なんだ!
「でも、手伝えるところはちゃんとお手伝いさせてね」
初めての公務ということで張り切っているのもわかるけど、頑張りすぎて体調を崩したりしないか心配になる。夜遅くまで作業しちゃったりしてね。
「うん、ありがとう」
「みんなお願いしたことの進捗を、五日後にまた話し合いをしよう」
◆◆◆
早速、次の日から行動開始!
まずは、クレイさんから隊長さんと副隊長さんを紹介された。
「本日は狼族の隊員を集めております」
「よろしくお願いします」
クレイさんはお仕事するのかと思いきや、私の聞き取りに同席するらしい。
隊員さんが緊張しないといいけど……。
クレイさんの部屋の応接室に、狼族の隊員さんたちが入室する。
おぉ!期待通りのお耳!!
人数は八名。多いのか少ないのかはわからない。
「ネマはわかると思うが、右から陸狼族、森狼族、雪狼族だ」
ふむふむ。被毛色が薄い茶色というか黄色っぽいのが陸狼族で、濃い茶色が森狼族で、真っ白なのが雪狼族ね。
こうして見ると、森狼族は他の二種族と比べると体つきが小振りに感じるな。
「では、みな様に質問させていただきます!」
ちゃんと聞きたいことは紙に書いてきた。
獣人さんたちの回答は、スピカが書き写してくれる。
「一つ目は、好きなにおいはどんなにおいですか?」
全員が肉のにおいと答えた。肉食だねぇ。
しかし、好きな食べ物はと聞くと、顕著に個人差が現れる。
生焼けの肉だったり、魚だったり、果物だったり。
やっぱり味覚は育ってきた環境の影響が強いのだろう。
次に、嫌いなにおいを聞いてみた。
すると、面白いことに、ある種の果物や薬草のにおいが嫌いだと言う。あと香水。
とにかく、香りが強く、刺激があるものが嫌いだと判明した。
こちらの犬であるハウンド種と彼らの祖先であるウルフ種も、これらのにおいが苦手だ。
嫌いな食べ物も同様で、極端に刺激があるもの、酸っぱい、からい、苦いものが嫌い。特に、陸狼族は全員、野菜全般が大嫌いだと、告げる声にも力が込められていた。
「嫌いな音とかありますか?」
犬は嗅覚が優れているが、聴覚も発達している。
なので、ちょっと気になって質問してみた。
「でっかい音は苦手ですね」
「火の魔法が着弾するときとか、風の魔法も何気に音でかいよな」
「竜種の咆哮。あれを聞いたらこう、ひゅってなる」
そう告げた瞬間、その獣人さんは隊長さんから叩かれた。
「雑な言葉を許していただいているとはいえ、言葉は選べ」
私の判定ではギリセーフだけど、聞かなかったことにした方がいいみたいだね。
話は戻して、彼らに子供のころどんな遊びをしていたかを聞いてみる。
これが一番重要な質問だ。
「やっぱりオーグルごっこが多かったよな?」
「今でもたまに訓練でやるしな」
この場合のオーグルごっこは、鬼ごっこの方だろう。
我が家のオーグルごっこは、みんなでオーグル役を倒すやつだからちょっと違う。
「最後まで走ってた奴が勝ちとかやらなかったか?」
誰しもがやっていたと答える。
狼族の中ではポピュラーな遊びなのかもしれないけど、帝都出身は宮殿外周を一日中走ってたとか、地方出身は山の麓から頂上までをひたすら往復してたとか、人間側はドン引きですよ。
「じゃあ、子供の頃に危ない目にあったことはありますか?」
「危ない目と言えば……熊族の友人と喧嘩して家の下敷きになったことですかね」
とんでもない回答なのに、数人があぁっと声を揃えて納得していることにびっくりなんですけど!
獣人同士の喧嘩って、子供でも家を全壊するレベルで暴れるの!?
「二の姫様、こいつらは家の主柱を壊したんで、下敷きになるのは当たり前です」
隊長さんは詳しいことを知っているみたいだけど、主柱って言ったら大黒柱じゃん!そりゃあ、家も壊れるよ!
「子供の力はそんなにないのに、なんでか加減が難しいんっすよ」
遊びを通じて、体の使い方、力の加減を学んでいくのも、動物と同じか。
まぁ、人間の子供も遊ぶことで体力がつくし、いろいろ経験して学ぶもんなぁ。
狼族の次は禽族の獣人さんたち。
とは言っても、二人しかいないんだよね。
飛翔能力がある鳥の獣人と、フリエンスの獣人はどこの部署でも取り合いになるので、なかなかスカウトを受けてくれないらしい。
でも、皇族を守る警衛隊は、望んでも得られない人が多いくらい人気職なのにと疑問だったが、獣人には不人気なんだって。
理由は一つ。
飛竜兵団を除いて、一番ワイバーンと一緒に活動する機会が多いから。
特に禽族や翩族の獣人は、ワイバーンと一緒に飛行しなければならない状況があるかもしれない。
自分が仕える皇族が皇帝になろうもんなら、ワイバーンがもれなくついてくる。それゆえに不人気なんだって。
なんか、そんなことを言われると、人間の本能がバグっているようにも思えてくる。
生き物の頂点にいる竜種を、ある意味利用しているんだし。
応接室にやってきた禽族の獣人さんは、とにかく美しい!翼が!!
一人は深い緑の羽が美しい鵐族の女性、もう一人は青い羽が輝いている鷸族の男性。
この翼の美しさを見たら、鳥の獣人たちを取り合いする気持ちがよくわかる。
「二の姫様、お会いできて嬉しいです」
お二人はおっとりと上品な仕草から、貴族出身の獣人なのかもしれない。
早速、狼族と同じ質問をしてみる。
まず、好きなにおいと嫌いなにおい。
好きなにおいは花の匂いや甘い匂いを好み、嫌いなにおいは腐った臭いだと返ってきた。
鳥の獣人の嗅覚は、人間と同じくらいかもっと鈍いそうだ。
「よく鼻が詰まっているのかと聞かれて困ると、嘆いている友人がいます」
ことあるごとに、そんなことを聞かれるのは嫌だなぁ。
次に、好きな食べ物と嫌いな食べ物。
お二人とも、甘いお菓子や果物が好きでお肉が苦手らしい。
だけど、ここでも面白いことが聞けた。
鳥の獣人は種族によって、食べ物の好みがまったく異なるのだとか。
猛禽類を祖とする種族は肉や魚を好むし、逆に野菜や果物しか食べない種族もある。その中で個人差もあり、木の実をポリポリしている人もいれば、干し肉をしゃぶっている人もいるそうだ。
獣人の食文化、ちゃんと調べたら面白いかもしれないね。
「子供の頃は、オーグルごっこもしましたし、誰が速く飛べるか競争もしていました」
こちらの世界では鬼ごっこが大人気だな。
やっぱり、本格オーグルごっこの導入を本気で考えてもいいかもしれない。
「危ないことと言えば、飛んでいる最中に翼を痛めて墜落しかけたことですかね」
墜落という言葉に、私はひぇってなった。
なんでも、禽族の子供に多い事故なんだとか。
飛行するための筋肉が十分に発達しきっていないときに、動物の鳥のように飛びたいと無茶な飛び方をするから。
「わたくしたち禽族は祖となる動物と異なり、人の部分が多いでしょう?ですから、本物の鳥のように空を飛ぶことはできないのです」
本物の鳥と比べると、その差は歴然なのだそう。
速さを誇る鳥を祖とする獣人は、他の鳥の獣人より少し速く飛べるくらい。長距離を飛び続ける渡り鳥を祖とする獣人でも、ちょっと長く飛行できるくらいでしかないらしい。
「ですが、僕たちの目だけは他の獣人にも負けません。よく、見えている世界が違うと言われるほどです」
そういえば、地球の鳥は四色型色覚を持っていて、花の色など見えている色が異なる、みたいな研究があったな。
だから、雄と雌で羽の色が違う種類が多く、鮮やかな色で雌を惹きつけるんだって。その代表例がクジャクなわけだが、じゃあ、雌のクジャクにはあの飾り羽はどう見えているんだろう?
ちょっと鳥の獣人さんを連れて、獣舎の鳥の色がどう見えているのか聞いてみたいな。
いや、ライナス帝国に動物園あるよね?聞いたことないけど、あったら『獣人と行く、あなたの知らない動物の世界!』って見学ツアーやって欲しい!!
この日以降も、たくさんの獣人たちとお話しできて、楽しい毎日だったんだけど……。
まだ準備の段階なのに、トラブルは私の方に起きた!!
いつも誤字報告していただきありがとうございます。