表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
245/345

ウルクの健康診断!

ライナス帝国に戻った翌日。

私は皇帝陛下の執務室にお呼びがかかった。

ウルクのことだろうなぁと思ったので、連れていくことにしたんだけど……。


誰もいない廊下を進んでいたら、ウルクがスーッと姿を消す。

曲がり角から文官らしき男性が現れた。

彼は私に気づくと廊下の端に寄り、姿勢を落として私が通りすぎるのを待つ。

そして、彼の視界から外れたことを確認し、ウルクが追いつくまで私は立ち止まる。


ウルクの姿を他の人に見られないよう、陛下の執務室に行くのはかなり大変だった。

姿を消しているときのウルクは動けないと言っていたけど、実際は超ゆっくりなら動けるらしい。

身を守るだけでなく、狩りをするときにも使う能力だから、動けないと困るよね。

獲物を狙う肉食獣のごとく、のっそり移動しているウルクを見られないのが本当に残念だ。

今度、見える状態で再現してもらおう!


普段よりも、執務室までの道のりは遠かった。

でも、人に見つからないよう移動するのは、スパイになったみたいでドキドキしたよ。

ようやくたどり着いた陛下の執務室。許可をもらって扉を開けてもらうと、凄い勢いで何かが飛び出す。


「どうどう。ユーシェ、びっくりするから!ちょっと落ち着いて!」


ある程度予想はしていたけど、開けた瞬間に来られるのはびっくりするわ!

興奮しているユーシェの体をペチペチ叩きながら宥めるも、一向に落ち着かない。

顔をぐいぐい押しつけられるわ、髪の毛を食べられるわ、身嗜みを整えてきたのにボロボロだ。


「ユーシェ!ネフェルティマ嬢が困っているだろう。離れなさい」


陛下に注意されて、ようやく大人しくなった。

でも、離れがたいと思ってくれているのか、顔を擦りつけるのはやめない。


「ユーシェ、ミルマ国ですごいことがあったの。へいかといっしょに、私のお話聞いてくれる?」


私のお願いに、ユーシェは首を振って答えてくれた。

陛下も笑って私に着席を促してくる。

私がソファーに座ると、ユーシェは私の足元で寝そべり、頭を膝に乗っけてきた。

服越しに伝わるひんやり感が気持ちいい。


「ネフェルティマ嬢がいなくて、とても淋しがっていたんだよ」


甘えん坊なユーシェを見て、陛下が教えてくれる。

しかし、拗ねたユーシェが陛下の服をダメにしてしまったとか、庭を荒らしたとか、被害を受けたことまで報告してくるのには困った。

陛下の衣装なんて凄く高価なものだろうし、庭は魔法で綺麗にできるとしても人件費はかかっただろうし……弁償すべき?

付き添いのパウルに視線をやると、小さく頷いてみせた。

つまり、パウルがどうにかしてくれるらしい。よかった!


「戻ってきたばかりですまないが、いろいろと聞いておかなければいけないのでな」


私がムシュフシュのことかと問うと、陛下は短く肯定する。


「連れてきているのだろう?」


確信している言い方から、精霊にでも聞いたのかな?

ウルクに姿を見せるようお願いすると、執務室内で待機していた警衛隊員が緊張するのがわかった。


「ムシュフシュのウルクと、尻尾の先にいるのはスライムの葡萄(ぶどう)です!」


「……なぜ、スライムが?」


陛下、真っ先に気になったのはそこ?

つか、笑い出しそうなのを堪えてる??


「ムシュフシュは猛毒を持っているので、誤って刺したりしないよう、毒を好むスライムを毒針のふたにしてます」


なぜそうなったのかの経緯まで説明すると、陛下は笑いを堪えながら感心してきた。


「ネフェルティマ嬢のその発想には素直に敬意を表するよ」


「いえ、最初にやったのはパウル……」


私が変わり者みたいに思われそうなので、ちゃんと正そうとしたらパウルの咳払いに邪魔される。

毒針に紫紺を突き刺したのはパウルなのに!


「それでムシュフシュのことだが、私から下知を出しても怯える者も多いだろう」


訓練されたワイバーンでも怖がる人はいるそうだし、こればかりは仕方ない。


「なので、まずは飛竜兵団の竜医にムシュフシュを診せ、竜医の見解とともに下知を出す。連れ回すのはそれ以降にしてもらえるかな?」


ライナス帝国では、日本の現代医療のような専門医に似た制度を設けている。同じように、動物の治癒術師も生き物の種類で専門を分けているそうだ。

陛下の言う竜医とは、竜種専門の獣医のこと。

もしかしたら、ウルクの健康診断も兼ねているのかも。

ちなみに、我が国では鳥獣治癒係という部署がそれにあたる。

治癒魔法が使える、竜騎部隊と獣騎隊の騎士の中から選ばれた人たちだ。

彼らは、ダンさんやレスティンに負けないほど動物が好きで、ちょっと癖の強い人が多いけど。

治療に関しては得意不得意があるそうだが、竜舎と獣舎にいる生き物をすべて担当している。


「竜医さんが大丈夫だって認めれば、怖がる人が減るんですか?」


「ムシュフシュを診るのは竜医長だ。少々訳ありで表に出てくることはないが、彼の凄さは宮殿で働いている者なら一度は耳にしているだろう」


その分野の権威が言うなら……って感じかな?

それでも怖い人はいると思うから、様子を見つつ行動範囲を広げた方がいいかも。


「ネフェルティマ嬢なら大丈夫だと思うが、竜医長は人を選ぶ。彼に会うときの付き添いはシンキだけにして欲しい」


付き添いが森鬼だけってことは、魔物っ子たちも連れていっちゃダメってことだよね?

獣騎士の中には、動物は大好きだけど、人間は苦手っていう人もいたなぁ。


「その方は人見知りなんですか?」


陛下は、会えばわかると言って教えてくれなかった。

ムシュフシュについての話題に戻り、問われるがままミルマ国で体験したことをしゃべる。

ウルクやドワーフたちとの出会い、女神様に会ってディーが帰ってきたこと、クーデター未遂事件などなど。

竜医長さんのこと、あまり口外したくない空気を察したよ。

訳ありがどんな訳ありかは不明だけど、変な人じゃないことを祈る!


◆◆◆


ウルクの健康診断の日。

陛下は迎えを寄こすと言っていたけど、これは予想外だったよ!


「本日は私がネフェルティマ様の護衛にあたります」


やってきたのはライナス帝国軍のトップである総帥さん……。どういうこと?


「驚いてる驚いてる」


体の大きな総帥さんの後ろから、ひょっこり顔を出したのはルイさん。


「どういうこと?」


ルイさんと総帥さんが仲良しなのは聞いた気がするけど、ウルクの健康診断になぜ二人が関わってくるのかわからない。


「陛下からも聞いていると思うけど、今日会ってもらう竜医長は特別なんだ。彼に会える人が限られているから、竜舎までは僕の警衛隊が護衛し、竜医長と会うときはこのクォンが同席する」


ウルクの姿を見られないよう、転移魔法陣の部屋に行くルートの人払いもしてあるそうだ。


「というわけだから、ネマちゃんは僕たちが預かるよ。君もいろいろと忙しいようだし」


今回は森鬼のみの同行となる。白とグラーティアはもちろん、ノックスですらダメだと言われた。

それもあって、途中まではパウルも同行する予定だったのだが……。どうやら、それも叶いそうにないみたい。


「確かに、言いつけを守らなかった者がいたせいで、その後始末をしなければなりません。しかし、誰ともわからない人物に会わせるのに、シンキのみというのはいかがなものかと」


パウルの言いつけを破った勇者がいるだと!?

誰だ!そんな命知らずは!!

だが、その命知らずな勇者のせいでパウルは忙しい。ルイさんはそれを知っていて、来なくていいと言っている。

心配症なパウルは承諾できない。

ルイさんはパウルを説得できるのか?


「彼がどんな人物なのか詳しくは話せないが……皇帝陛下に命を預けているから心配はいらない」


「命を!?」


パウルが驚くのも無理はない。

この場合の『命を預ける』の意味は忠誠を誓い、なおかつ、命を含めた自分のすべてを差し出すという、最上級の忠誠の表し方だ。

このときの誓う文言には『命令には逆らわない』や『代償は命』といったものが使われるらしい。

つまり、なんの(あやま)ちがなくても、陛下が死ねと言うだけで誓った者は死んでしまう、とても恐ろしいものなのだ。


権力者にとっては、命を預けてくれた者は絶対的な味方なので安心できるけど、預けた側は逆らえないので諌めることもできなくなる。

昔、命を預けることを強要した王様がいて、諌める者がいない国は最終的に滅びた。

国が滅びるのは神様の意思。そんな王は神様に不要だと判断されたと思われて、今では臣下の命を預かる君主は君主失格だと言われる。

主人の過ちを正せない忠臣は忠臣と言えるのか?と、仕える立場の者たちからもよく思われていないらしい。

そんな両者の立場を悪くする誓いを交わしているって、物凄いことなんだよ!


「彼が陛下の命に逆らうことも、ネマちゃんを害すこともないと、名に誓ってもいい」


皇族が名に誓うのも厭わないくらい、その竜医長さんの信頼は厚いようだ。


「そこまで仰るのでしたら……承知致しました」


パウルが受け入れた!

まぁ、ここまで言われたら反対もできないか。


「それと、彼が陛下に命を預けているのは、宮殿には周知されているから」


陛下の評判を落とすようなことなのに、隠さずにいるのもさすがだなぁ。

こんな話を聞いちゃうと、余計にその竜医長さんがどんな人なのか気になるよね。


というわけで、パウルとスピカに見送られ、森鬼とウルクと今日のウルク当番の紫紺とで、まずは転移魔法陣の部屋へ。

ルイさんが人払いしていると言った通り、道中誰にも遭遇しなかったよ。

転移魔法陣でワイバーンたちが住む竜舎に飛び、ルイさんの警衛隊の皆さんと合流した。


「……森鬼、抱っこよろしく!」


断崖絶壁に設けられた、手すりのない足場をウルクに乗って進むのは無理!

ウルクは垂直の壁にへばりつくこともできるので、落ちたらひとたまりもない細い道でも平然としている。

私はつい崖下に視線が行ってしまい、森鬼にくっつく方を選んだ。

ママン特製命綱を持ってくればよかったなぁ。


デンジャラスゾーンを抜けて、飛竜兵団の宿舎がある方へ向かうのかと思いきや、さらに山の上の方へ登っていく。

ここら辺は平地がほとんどないので、ワイバーンたちの行動範囲ではないみたい。

そんな場所にぽつりとある一軒家。宿舎よりしっかりとした石造りだけど年季が入っている。

警衛隊の皆さんはお外を警備し、お家に入るのは私たちと総帥さんだけ。


「ルイ様はいっしょじゃないの?」


「僕は彼に嫌われているんだよねぇ」


だから、警衛隊とともにお外で待っているそうだ。

竜医長さんが極度の人見知りならば、ルイさんのような距離感が近い人は苦手だろうな。

私もお淑やかにしておこう。第一印象は大事だしね。


「シコンはここで預かるよ」


ウルクの尻尾にくっついたままだった紫紺のことを思い出し、ルイさんに手渡す。


「いい、ルイ様の言うことを聞いて、いい子にしててね。遊ぶのはいいけど、誰かを傷つけたり、見えないところに行くのはダメだからね」


スライムたちはたまに突拍子もないことをしたりするので、しっかりと念を押しておく。

それと、精霊にも紫紺の通訳をお願いする。警衛隊にエルフもいるので、意思疎通も問題ないはず。


総帥さんが玄関の扉をノックして、開けるぞと声をかける。

軍関係者しかいない場所だけど、鍵をかけていないのは不用心では?

総帥さんのあとに続いて私たちもお邪魔した。

お家の中もかなり年季は入っている。家具も最近では見かけない意匠のものばかりだ。

あと、あちらこちらに散乱している本も凄い量なのが見てわかる。

人の気配はなく、まさかの留守なのかと思っていたときだった……。


「ひぃっ!」


ぬっと出てきた物体に驚いて、森鬼の後ろに隠れた。

お化け屋敷でお化けにビビったとき並みに心臓がバクバクしている。

そっと顔を出して、その物体を確かめると、ローブをかぶった人?にしては、後ろが盛り上がっているのがおかしい。もしかして、獣人?


「ネフェルティマ様、これから見聞きすることを皇帝陛下以外には口外しないと名に誓っていただけますかな?もちろん、君たちも」


総帥さんの真剣な眼差しを見て、私たちはすぐに同意した。


「この場でのことをへいか以外に言わないと、ネフェルティマ・オスフェの名にちかいます!」


「同じく、皇帝以外には言わないとシンキの名に誓う」


――この住処で知り得たことは皇帝陛下とやらの前以外では口にしない。ウルクの名に誓う。


ウルクが名に誓ったことを総帥さんに伝えると、彼は頷いてローブの人を示して言った。


「彼が竜医長のマロウです。申し訳ありませんが、このままでのお相手をお許しください」


紹介してもらった竜医長さんは、黄土色のフードつきローブで全身を覆っているため、背中に何かしらの特徴があることくらいしかわからない。

仮に獣人だとしたら、種族の特徴で嫌な思いをしたから隠したいとかかな?


「私たちはかまいませんが、ウルクを診るのに不便じゃないですか?」


「問題ありません」


総帥さんは言い切る。

にしても、ここまで一言もしゃべらない竜医長さん。やっぱり、超人見知りっぽいね。


「じゃあ、お願いします」


ウルクには抵抗したりしないようにとお願いしたけど、本当に大丈夫かな?

嫌がって暴れたら死人が出そう……。


竜医長さんはウルクに近づき、何かを呟いた。

それから、頭、角、胴体と、体の表面を触っていく。前脚の肉球に触っている時間が、他の部位よりも長かったのは気のせいじゃないと思う。

ウルクの背後に回り、尻尾を確かめ、お尻をまじまじと見つめ、屈んでお腹をさすさす撫でる。

ムシュフシュのデリケートゾーンをそんなに触るなんて……羨ましい!

ちなみに、ウルクの排泄は鳥タイプだったよ。

鳥類も爬虫類も総排出腔という、(ふん)も尿も生殖も一つの器官で行えるので、おかしくはないんだろうけど……。

ぶっちゃけ、交尾はどうやるんだろうと思わなくもない。

ウルクによると、ムシュフシュの雌は発情期になると凄く凶暴で、雄を殺してしまう場合もあるのだとか。

となると、節足動物に見られる交接の方かもしれないなぁ。


竜医長さんが熱心なのも、そういった研究心からくるものなのかも。

だけど、ウルクが毒針でプスッて刺しませんようにって、ハラハラしながら祈ってる。


前方に戻り、竜医長さんはウルクの口に手をかける。


――まだ我慢せねばならんのか!


フーシャァァーーと威嚇音を出すウルク。尻尾も高い位置に持ち上げて臨戦態勢になっている!


「わぁぁー!ウルク!刺しちゃダメだってば!!」


条件反射で刺してしまわないよう、森鬼に尻尾を捕まえさせた。

こちらがあたふたしている間に、竜医長さんはウルクの口をこじ開けているではないか!

ウルクの頭部はヘビに近いので、それはもう大きく開く。鋭い牙も丸見えだ。


――ふんっ!


ウルクが気合いを入れたと思ったら……。


「ぎゃぁぁーー!!ウルク!ペッしなさい!その人は食べられません!!」


竜医長の腕を食べてしまった。

運よく牙は刺さっていないみたいなので、ウルクに離すよう訴える。

しかし、ウルクは機嫌が悪いこともあって、口を開けようともしない。


「竜医長さん、そのままじっとしててくださいね」


ウルクの側により、帰ったらご飯あげるから、なんでも好きなもの用意するからと、説得を試みる。

これが魔物っ子たちなら、ご飯の話題で面白いくらい釣れるのだが、ウルクはダメだった。


「じゃあ、美味しい水を用意するから!魔法のお水じゃなくて、有名な自然水を各種用意するから!」


――水だと?どれくらい美味いんだ?


水の話題には食いついてくれた!

野生暮らしだったウルク。ミルマ国の離宮に来た当初は、お腹が空いていないからと水だけしかとらなかった。

そのお水は、水魔法が使えるシェルが用意してくれたものなんだけど、物凄い勢いで飲み始めたんだよね。

チロチロと舌で水を舐めるのかと思ったら、器に口を突っ込んでゴクゴクって感じで飲んだのにはびっくりした。

自然界では綺麗な飲み水は貴重だから、ウルクがこだわるのも理解できる。


「リンドブルムたちが、すごく美味しいと絶賛しているお水があるの!」


なんだかんだと言って爬虫類の性質が強いのか、ほとんどの竜種は綺麗好きだ。

特に、綺麗な湧水がある場所は、命懸けの奪い合いが起きるくらいに。

竜種が好む水は、ここの竜舎にも用意してあるだろうし、ダンさんにお願いして送ってもらってもいい。


舌が肥えたウルクを満足させるお水を用意するということで納得したウルクが、ようやく竜医長さんの腕を吐き出した。


「大丈夫ですか?」


もし怪我をしていたら、治癒魔法が使える警衛隊員を呼ばないとと考えながら、食われていた腕を取る。


「あれ?」


腕を見るとなんともない。

無傷とかいうレベルでなく、服すら濡れてないだと!?

唾液の跡がない腕を見つめて首を捻る。


「………………」


何か声みたいなのが聞こえたような?


「魔法をかけていたから、怪我はないそうだ」


私には聞き取れなかったけど、獣人の総帥さんにはちゃんと聞こえたようだ。


「けががないならよかったです」


それにしても、手の甲とか病人かと思うほど真っ白だった。

もしかして……コミュ障な引きニート?

お仕事しているからニートじゃないとしても、コミュ障で引きこもりっぽいオーラは出てる。

……私、やらかした??


「ごめんなさい。慣れない人に触られるのいやでしたよね」


野生動物が人間に触れられるとストレスを感じるように、人間も親しくない人に近づかれたり、触れられるとストレスがかかる。

距離は保とうと思ってたのに……。


「………………」


「気にしなくていいと。緊張していて上手くしゃべれないらしい」


総帥さん、私の護衛ではなく通訳として同行したんだっけ?と思わずにいられない。


「ありがとうございます。あの、ウルクの口の中を観察するんですよね?お手伝いします」


知らない人に何されるかわからないよりは、私に従う方がウルクも気持ちは楽なはず。


「…………」


「不要だと言っているが……。私も手を借りた方がよいと思う」


総帥さんの説得もあって、渋々お手伝いを承諾してもらえた。


「じゃあ、ウルク。口を開けて……はい、あーん」


なんで『あーん』のときって、自分の口も開いてしまうんだろう?

私が口を開けると、ウルクも同じように口を開ける。

へー、こんなふうになっているんだ……。

あ、今回は牙が出てない。攻撃する意思がないからかな?

つか、舌はどこにしまってあるの?


「ウルク、舌は?」


私が聞いたら、舌先だけをちょこっと出してくれた。

舌を収納できるようになっているのか!

ヘビの気道は、餌を丸呑みしても窒息しないよう、喉より手前についている。これはウルクも同じだった。

その気道の穴の前に舌が出入りする穴がある感じだ。

だけどさ、舌が収納されていたら、味がわからなくない?

ご飯は丸呑みだから味わえないけど、水はどこで味を感じ取ってんの??


「なんで水の味がわかるんだろう?」


ウルクの口の中を観察すればするほど、疑問が湧き上がってくる。


「……………………」


ウルクの唾液を採取していた竜医長さんが何か言った。

隣にいてもほとんど聞こえないって、ある意味凄いよ。


「上顎の奥に味覚を感じる部分があるらしい。だが、感じる力は鈍いと」


総帥さんの通訳に、なるほどと頷く。

味を感じられるのなら、好む味、好まない味があるのは当然だ。

また、味で危険を察知することもできるしね。


それから竜医長さんは毒液を採取し、何かを総帥さんに伝えた。

総帥さんは困惑して、なぜか気まずそうに私を見る。


「その……ご令嬢には言いにくいというか……」


言葉を濁し、やっぱり言わない総帥さん。

そんなに言いづらいものってなんだ?逆に気になっちゃうじゃん!


「ムシュフシュの……を……したいと……」


総帥さんは頑張って伝えようとしてくれたのだが、肝心の部分は声が小さく、どもり気味で聞き取れない。


「ウルクの糞が欲しいそうだ」


私が困っているのを察してか、いつもの通訳といったノリで教えてくれた。

確かに、普通はその手の話題は躊躇(ちゅうちょ)するよね。普通はね!

こう見えても、竜舎と獣舎に入り浸っていた私である。糞ごときで怯むわけがない!


「ふんは……ガシェ王国の屋敷に送って処分しているので、お時間いただいてもいいですか?」


残念なことに、魔物っ子たちの糞も含め、お家に送っているので今はないんだよなぁ。


「……糞の処理はどのように?」


総帥さんは、まだ困惑を残した表情で通訳を続ける。


「ウルクのは、我が家の使用人が魔法処理をほどこしたあと、竜騎部隊に預けると聞いています」


前世でもペットの排泄物処理は自治体によって違うし、トイレが詰まる原因になったりと、問題になることがあった。

こちらの世界では、魔法を使って処理するのが一般的だ。

火で燃やしたり、風や水で乾燥させたり、土に馴染ませたりと、どの属性でも処理できる。

ちなみに、人間の排泄物処理は地域や環境で大きく異なる。

田舎の方では昔の日本みたいに肥溜めを作っているところもあるし、王宮や貴族の屋敷では魔道具のトイレが普及している。


「竜騎部隊ということは、撒き糞に?」


「だと思います。飛竜兵団も同じなんですか?」


竜騎部隊では、竜舎で出た糞を乾燥させて粉状にしたのち、国境沿いに撒く。

これは、竜種の縄張りであると、魔物や猛獣に認識させるためだ。

そのことから、粉状になった竜種の糞のことを撒き糞と言う。

また、一部は薬師組合などに卸され、忌避剤の原材料に使われていたりする。


「我が帝国では、領が購入する場合がほとんどだ」


国土が広いから、そういった対策も各領主の判断に(ゆだ)ねられているのだろう。

冒険者に依頼したり、自警団を組織するよりは安あがりだしね。


――勝手に決めるな!


ウルクの糞をどう受け渡ししようかと話を進めていたら、ウルクの威嚇音が再び発せられた。


「でも、大事なことだから。これからもウルクと一緒にいるためには、私が責任を持ってウルクの身の回りのことに対処しなければならないわ」


それから、糞尿の観察、再利用を含む処理がいかに大事かを説く。

糞尿は健康のバロメーターだし、不適切に処理してしまうと周りへ影響が出ることもある。

また、ムシュフシュの生態を記録するのは、学術的にも重要なのだ。


「ウルクをはずかしめようとは誰も思ってないよ。ウルクに何かあったとき、いち早く助けるために必要な準備なの」


ストレスを感じさせたくはないが、健康管理に必要なことは理解して欲しい。


――お前に従ってやりたいが、そいつは好かん!


ウルクは竜医長さんを拒否した。

動物病院を嫌がる愛猫を思い出す。

前世では、飼っていた猫を動物病院に連れていくのが大変だったな。

病院に着いて診察台に上げられると、凄い顔をするんだよね。それがまた可愛くて!

ウルクも、獣医さんが苦手な愛猫と同じ気持ちなのだろう。


「わかった。その代わり、少しでも異変があったらすぐに言うこと!約束守れなかったら、定期的に竜医長さんに診てもらうからね」


少しでもウルクが納得できるようにと、別の案を出す。

ウルクが素直に申告するかはわからない。でも、具合が悪いのを隠すようであれば容赦しないぞ!

……観察記録はこっそり取るけどね。


――約束する。


ウルクが私の条件をのんだので、糞の問題はひとまず決着かな。

あとはどうやって、ウルクにバレないよう竜医長さんに伝えるかだ。


「……好きなのか……」


「えっ?」


聞き覚えのない声が突然聞こえ、びっくりして周りを見回す。

目の前にはウルク、隣には竜医長さん、ちょっと離れて総帥さんと森鬼。この中で知らない声は……。

おそるおそる竜医長さんを見やる。


「生き物好きは、歓迎する」


本当に竜医長さんがしゃべっているの?


「ネフェルティマ様を歓迎すると言っているが……マロウ、そういう言葉は最初に言うものだぞ」


総帥さんの通訳は多少は変えられていたが、やっぱりさっきの声は竜医長さんだったんだ!

ということは、森鬼が精霊にお願いしたのかな?


「竜医長さんと同じですね!」


本当なら、仲間だー!って握手かハグをして、気持ちを分かち合いたかったよ。

竜医長さんはそういうの苦手だろうから、言葉だけにしておく。

仲良くなれそうだとほくほくしていたら、頭の上を何かが横切った。


――いけ好かねぇな。


ウルクの声とともに、竜医長さんのフードが消える。


「あ……」


(あらわ)になった竜医長さんの顔。

私と目が合ったことに気づいて、竜医長さんは慌ててフードをかぶり直す。


「……思ったよりも若い」


陛下と同じ歳くらいだと思っていたのに、どう見ても二十代前半。あとめっちゃイケメンだった!!

イケメン耐性があると自負していた私だけど、それを軽く越えてきたわ。

まさか、お兄ちゃんよりもイケメンがいるとは……。


「えっ!?」


なぜか、竜医長さんが驚いた様子を見せる。

びっくりしたのは私なんだけど?


「ネフェルティマ様、その……。マロウの姿に驚いたのでは?」


「はい、びっくりしました。お顔があまりにも美しいのと、へいかよりも若い見た目でしたので……」


そう答えると、今度は総帥さんが驚く。


「マロウの姿を見て、気分を害されたのでは?」


「とんでもない!美しいものを拝見できて眼福です!!」


あれだけイケメンだったら、顔を隠すのもわかる。女性が放っておかないだろうし、なんなら男性にも狙われそう。


「髪の色には気づかなかったのか?」


竜医長さんの小さな声は、精霊のおかげで聞こえるのだが……髪の色とは?

神様がめっちゃこだわって作ったんだなと、思わずにはいられない美貌。肌は本当に真っ白で、額にかかる黒が映える……。

あぁぁぁーー!!

髪の毛が黒だぁぁぁーー!!


気づいてしまえば、髪が黒いってことにびっくりなんだけど、なんも違和感なかったわー。


「珍しいお色ですね」


「……気持ち悪くない?」


竜医長さんの質問の意味がわからず、首を傾げる。


「その……黒だから……」


「種族のとくちょうですか?私の目といっしょ!」


私の場合、純粋な黒ではないが、黒っぽい色なのは間違いない。

竜医長さんが気持ち悪くないかと聞いてきたのは、黒が忌諱(きき)されている色だからだろう。

しかし、創造の力を現す白色と破壊の力を現す黒色は、神様の色とされ、祝いの場でよく用いられている。

つまり、おめでたい色でもあるわけだ。

それに、私の周りにも黒い色はある。グラーティアも(こく)も黒いし、スピカも私の目と同じような黒っぽい青だ。

だから、違和感がなかったのかも?


竜医長さんは私と距離を取り、総帥さんの方に駆け寄ると、背後に隠れた。

なぜ!?


「申し訳ない。こういったことに慣れておらず怖いと……」


そっちかー!

自分で気持ち悪くないかと聞いてきたことから、酷いことを言われていたのだろう。

あっさりと受け入れた私を異質に感じてしまうほどに……。


「じゃあ、竜医長さんが怖くなくなるまで、手紙を送り合いませんか?」


お手紙なら対面よりも気楽だろうし、ウルクの観察記録も一緒に送れるから一石二鳥!


「手紙か……いい案だと思うが、マロウはどうだ?」


総帥さんが竜医長さんに聞いてくれたけど、返事はなんと!何を書けばいいかわからないから……だった!!

なかなか手強いぞ。


「ワイバーンのことがいいです!日頃、ここの子たちがどんなふうに暮らしているとか、おちびちゃんがどれくらい大きくなったとか、ワイバーンのことならなんでも!」


もちろん、ワイバーンも帝国軍の大事な戦力なので、規定に引っかからない範囲でだけど。


「私もウルクのこと、いっぱい書きます!お互いに、うちの子かわいい自慢し合いましょう!!」


「……かわいいじまん……」


「そうです。かわいい子たちのかわいい部分を教え合うのです!」


まぁ、どんなに相手から自慢されても、結局うちの子が一番可愛い!ってなるのは飼い主あるあるだよね。

竜医長さんは興味を持ってくれたのか、総帥さんの後ろからこちらを覗いている。


「マロウ、ネフェルティマ様は今までのご令嬢とは違う。どちらかと言えば、お前たちと同類だ。断言してもいい」


悩んでいる竜医長さんを説得してくれている……んだよね?

同類って、動物が好き同士って意味だよね??


「……わかった」


総帥さんのことは全面的に信頼しているのか、竜医長さんはお手紙のやり取りを承諾してくれた。

やったー!

ウルクがいるし、竜種に詳しい人がいてくれると心強いよ!



お礼小話はもうしばらくお待ちください。

ネタは絞り出したので、あとは書くのみ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ