厄介なことには近づけさせないのが一番。(ラルフリード視点)
「それでも心配なら、我がオスフェ家を味方につける唯一の方法をお教えいたしましょうか?」
驚いているミルマ国の王子殿下を見つめながら、念話でディーにあることをお願いする。
『僕と王子殿下の声が、ネマに聞こえないようにして欲しい』
これから話す内容は、ネマが不快に思ってしまうかもしれないので聞かせたくない。
精霊から、聞こえないようにしたと言葉を受け、僕は殿下にそのことを告げる。
「ネマには聞こえないようにしましたので、殿下にはなるべく本心を話していただきたいです。オスフェ家の力は必要ですか?」
「貴殿にあれだけ助言をいただいておいてなんですが、ぼくには自信がありません。……ですから、正直オスフェ家のご助力はいただきたいです。でも……」
僕も、少し言っただけで彼に自信がつくとは思っていなかった。
僕だって、まだ公の場は緊張する。多くの目はいつだって、僕がオスフェ家の跡取りに相応しいか値踏みしているのだから。
それに、いくら友好国とはいえ、他国の者の力を借りるのを躊躇するのは当たり前だ。何を企んでいるのかと、僕ならそう考える。
「今回、なぜかネマだけが招待されていたことはご存じですか?」
唯一の方法を告げる前に、今回のミルマ国訪問について、殿下に尋ねてみる。
父上が我が家の間諜やシンキの力を使って調べ上げた結果、くだらない企みが判明。滞在中にすべて叩きのめすと決めた。
その企みを殿下は知っていたのか、一応確認をしておこうと思ったんだけど……。
「えっ……妹君だけですか?」
殿下の反応は、常識人のそれだった。
普通は驚くよね。兄姉が招待されないのはわかるけど、両親が一緒に招待されていないって異常だよ。
「えぇ。幼な子一人を招待するのはおかしいですよね。ですから、家族で乗り込んできたのです。太王夫殿下の企みを阻止するために」
「……企みとは?」
僕がそれを話そうとしたとき、ネマが仲間外れにされたと怒って母上のところへ行ってしまう。
そして、必死に何かを訴えていたが、母上は穏やかな表情のままだ。
ネマは母上に甘えるよう寄りかかる。
母上と目が合ったが、成すべきことを成せと言われている気がした。
母上にネマを任せ、僕は殿下に向き直る。
「太王夫殿下は殿下のお相手にネマをあてがおうとしているようです」
それを聞いた殿下は言葉が出てこないようだ。
驚愕から、何かを察したあと、少し呆れた表情へと変化する。
「それは……姉様たちのためですよね?」
「太王夫殿下の真意を測りかねますが、一番の目的は聖獣の契約者であるネマをミルマ国に嫁がせること。そして、代わりにどちらかの王女殿下をガシェ王国へ嫁がせたかったのだと思われます」
太王夫殿下は、ネマが王子殿下に嫁げばいいこと尽くめで、自分が女神様のもとへ旅立っても孫たちは安泰、と考えているのだろう。父上はそう言っていた。
その考えに、王配殿下も賛同するとは思わなかったようだけど。
「聖獣の契約者を欲しているのもアーニシャ姉様のため……」
「いえ、お二方のためかと。ミルマ国に聖獣がいれば、ガシェ王国とライナス帝国とも対等に渡り合えるでしょうし、殿下の後ろ盾にもなりますから」
ミルマ国にとっては……いや、ミルマの王族にとって、ネマは喉から手が出るほど欲しい逸材というわけだ。
公爵家の令嬢で、ガシェ王族の血も入っている。ヴィルやライナス帝国の皇子たちとも懇意な関係を築いており、契約者ゆえに聖獣もついてくる。
そして、僕がディーと契約したことを受け、あちらはなおさら『一人くらい』と思っているだろう。
「お察しだと思いますが、我がオスフェ家が殿下をお助けする条件は、殿下がネマを望まないことです」
殿下はしばし思案されたあと、その条件をのんだ。
「おじい様が姉様たちだけではなく、ぼくのことも考えてくれているのは理解しました。しかし、だからといって、ネフェルティマ嬢に望まぬ婚姻を押しつけるのは間違っていると思います。オスフェ家の皆様が承諾していないのであれば、なおさらです」
「ご理解いただけて嬉しいです。しばらくは、殿下にいろいろと仰ってくると思われます。そのときは『幼い子供には興味がない、自分は変態ではない』と突っぱねてください」
年頃になれば関係ないなどと返してきたら、ネマが年頃になってからと言えばいい。それでもしつこいときは、そういったご趣味をお持ちで?と意味深に返すよう、すすめておく。
当事者が成人していない場合の婚約は、誓約に縛られるのを避けるため、曖昧なままにしておくのが習わしになっている。
ゆえに、殿下が拒否してくれれば、その曖昧な約束すら成立しない。
僕の言葉がおかしかったのか、殿下は笑いながら了承してくれた。
「この条件が守られている限り、僕は友人としても殿下のお力になりますので、何かあれば頼ってくださいね」
「……友人になってくれるのですか?」
「もちろんです」
僕が片手を差し出すと、殿下は少し照れた様子でその手を握り返してくれた。
◆◆◆
離宮に戻るために、ミルマ国独特の乗り物で父上と一緒になった。
不機嫌なのを隠そうともしない父上に、僕は先ほどのことを報告する。
「王子殿下がこちらにつくことを承諾してくださいました。太王夫殿下にネマのことを言われたら、しっかりと断ると」
「……王子殿下は本当に断ることができると思うか?」
「幼い子供が好きな変態ではないと強調するよう教えたので、大丈夫だと思う」
僕がそう言うと、父上は声を出して笑う。
あまりにも笑うものだから、声が外に漏れ、オルファンが心配そうに声をかけてきた。
父上はなんとか笑いを抑え、オルファンに取り繕う。
「ラルフ、よくやった。ネマのために頑張ってくれてありがとう」
言葉とともに手が伸びてきて、頭を優しく撫でられる。
面と向かって褒められるのは嬉しいが、頭を撫でられるのは子供みたいで少し恥ずかしくもあった。
小さい頃はこうやって、父上に褒めてもらっていたことを思い出す。
大きくなるにつれ、褒められることが減ったのは淋しくもあるが、それは僕ならできると父上が信じてくれているからだ。
それから、上機嫌な父上とたくさんのことを話した。
今後のミルマ国との付き合い、他の国との付き合い、ガシェ王国内のルノハークの残党と聖主についても。
話をしていて、父上の視野の広さには驚いた。
一つの事象で、どんな影響が出るのかを多方面に捉えている。
宰相を務めるうちに培われたものなのかもしれないけど、自分が父上の跡を継いだときにちゃんとできるのか不安になった。
父上を越えられる日は来るのだろうか……。
離宮に戻り、堅苦しい衣装を着替えると、ようやく緊張が解けた気がした。
「おにい様っ!!」
時間もあることだし、読書でもしようかと思ったそのとき、ネマが突然やってきた。
着替えないまま、ウルクに乗ってきたようだ。
「慌ててどうしたの?こっちにおいで」
ネマが来た理由はわかっているけど、ふて腐れている姿が可愛い。
僕の態度が気に食わなかったのか、ネマは怒っていることを強調するような足取りで僕の側まで来た。
「どうして私に聞こえないようにしたの!?」
眉を寄せ、口をきゅっと結び、ネマとしては恐い顔をしているつもりなのだろう。
しかし、力を込めすぎているのか、目は半目状態で唇も突き出してしまっている。
恐いというより、面白い顔になっているのがネマらしいよ。
「ネマが気にすることじゃないからね。それよりも、ネマには好きなことを楽しんでもらいたいんだ」
「気にするかしないかは、私が決めることでしょ?」
「そうだね。でも……今回は僕と父上のわがままを許して欲しい」
家や国の都合での結婚なんて考えるのは、そういう年頃になったときでいい。
ネマには炎竜殿がついているから、害になる相手は遠ざけてくれるので安心ではある。
だけど、まだ僕の妹のままでいて欲しいんだ。
もっとわがままを言うなら、あと二十巡は誰にも任せたくないなぁ。
「むぅ……」
難しい顔……というより、先ほどよりもさらに面白い顔をして考え込んでいるネマ。
「そういえば、ハクの姿が見えないけど置いてきたの?」
ネマはたまに、僕の予想を上回る発想をしたりするので、ちょっと邪魔をしてみる。
「……えっ、あ、白はどこかに隠れているみたい。森鬼かスピカの服の中かも?」
無理やり思考を中断させられたネマはすぐに反応できず、恐い顔も崩れてちょっと呆けた表情で答える。
「そうか……。新しいスライムも来たことだし、みんなで遊ばせてあげたいと思ったんだけ……」
最後まで言う前に、身に覚えのある感覚が襲う。
「くしゅんっ」
これが三回も続けば、原因は明白。
くしゃみとともに現れたのは、僕に寄生しているスライムたち。
きっと新しいスライムと遊ぶために出てきたんだろうけど、目の前にウルクがいて固まった。
「灰たちに紹介するの忘れてた!!」
ネマは両頬に手を当てて嘆く。
「黒も出ておい……へっくちんっ!!」
スライムは気が早い性格なのか、コクもすぐにネマの体から出てくる。
スライムには不思議が多いとネマは言うが、確かにどういう能力でこんなふうに出てこられるのか謎だね。
スライムが体内に入るときも、水を飲むときと同じ感覚でするりと入ってくる。
宿主に気づかれないよう寄生するための能力だとしても、なぜあの大きさを一口で飲み込めるのだろう?
「ウルク、葡萄。この三匹は灰、薄墨、銀鼠で、こっちが黒よ!」
ウルクの毒針にくっついているスライムは、四匹とは同時期に生まれた兄弟なので紹介は必要ないようだ。
「それで、この子が葡萄よ。みんなの弟……妹?だから、仲良くしてね」
スライムには雌雄がないらしいので、ネマも首を傾げながら紹介した。
寄生しているスライムたちは、ブドーという新しいスライムを歓迎するように独特な鳴き声をあげながら飛び跳ねる。
それを微笑ましげに眺め、ネマはみんなで遊ぶためかハクの名前を呼んだ。
「白ー!出ておいでー!」
しかし、ハクは姿を現さない。
ネマは、シンキとスピカにハクの行方を尋ねるも、王城の応接室以降見ていないという。
『ハクならぼくにくっついているよ?』
ディーの言葉が理解できなかった。
ハクがくっついているとは、どういうことなのか?
ディーが僕の足元に来て、首のところにいると告げる。
わけがわからないまま、ディーの柔らかな鬣を搔きわけてみると……いた!
首輪のようにディーの首元を囲うものが……。
「ハク、ネマが心配しているよ?」
僕が呼びかけても、ハクはまったく動かない。
『たぶん、寝てる?』
何がどうしたら、ディーの首元にくっついて寝ることになったのか理解不能だけど、その奔放さはネマにそっくりだ。
「あーっ!そんなところに!!」
ハクに気づいたネマは、うらやまけしからんと謎の言葉を発して、ディーに飛びつく。
「ハクがびっくりしちゃうよ?」
寝ているのなら、起きるまでそっとしてあげようと思っていたけど、ネマの気配でハクは目を覚ましたようだ。
元の形に戻り、みゅーみゅーと鳴いてネマの頭の上に移動した。
精霊の通訳によると、グラーティアとブドーと一緒にかくれんぼをしていたらしい。
太王夫殿下たちとの会談は、魔物たちにとっては退屈だったみたいだね。
「ハクはかくれんぼをしていたって」
僕がそう教えると、ネマはすぐに納得した。
「白は本当に隠れるのが上手ね!」
ネマは凄い凄いとハクを褒め、褒められたハクは伸びたり縮んだりして嬉しさを表現する。
それにしても、見つけられなくてあの部屋に置いていかれたら、ハクはどうするつもりだったのかな?
さすがに、シンキはハクの隠れ場所を知っていたと思うけど……。
パウルが、シンキは他の魔物たちに甘いと言っていたことを思い出す。
壁際で大人しく待機しているシンキを見て、確かにハクの行動が問題だとは思っていないと感じた。
「お出かけしているときは、ネマの側から離れたらいけないよ」
パウルの代わりに僕がそう忠告すると、ハクは元気に何かを訴える。
――みゅぅぅぅ!
ネマの側にいるディーに隠れたのだから、ネマから離れたことにはならないと。
精霊がハクの言葉を教えてくれたが、その言い分にちょっと納得しかけた。
いやいや、納得しては駄目だと自分に言い聞かせる。
「ディーもラース殿も僕たちと一緒にガシェ王国に帰らないといけないんだ。だから、ハクたちにはディーたちを頼りにせず、みんなで協力してネマのことを守って欲しい」
ハクは一瞬固まったのち、なぜか体を伸ばしてくねくねと不可解な動きをし始めた。
いつの間にか現れたグラーティアも、ネマの肩の上で変な格好をしたまま動かない。
「くっ……」
お腹に力を込めて、なんとか笑いを我慢する。
ネマは魔物たちの変な行動に気づいておらず、淋しいと何度も呟きながら、ディーの鬣に顔を埋めていた。
そんなネマの頭の上でくねくね動くハクと、前脚を広げた状態で固まっているグラーティア。
そのおかしな光景に笑っては駄目だと思えば思うほど、笑いが込み上げてくる。
「ふふっ……ははははっ……」
そして、結局耐えきれずに声を出して笑ってしまった。
急に笑い出した僕にネマは驚いたようで、僕を見て固まっていた。
それがまた、ハクとグラーティアも同じだったから、余計に面白くて……。
思い切り笑っていると、僕の部屋にパウルがネマを迎えにきた。
「ラルフ様がそんなにお笑いになるのは珍しいですね。何かございましたか?」
「……うん。ハクとグラーティアがおかしくて……」
パウルが尋ねてきたけど、まだ笑いの発作が治まっていなくて、しゃべるのが大変だった。
「この子たちが一緒にいてくれるなら、毎日が楽しいだろうね」
ようやく落ち着いて感想を述べると、パウルはわずかに眉を寄せた。
「ラルフ様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません。しっかりと言い聞かせておきますので」
「ほどほどにね」
我が家の使用人たちは本当に優秀だけど、それゆえに他の者にも厳しい。
パウルのことだから、魔物たちにも高い水準を求めていそうだ。
「ネマお嬢様、遊ぶのはお召し替えをしてからにしましょう」
「はーい!」
ネマも遊ぶには不適切な格好だと思ったのか、素直に返事をした。
「ディー、またあとで遊ぼうねー」
そう言ってネマはコクを回収し、ハクを頭の上に乗せたままウルクに跨り、パウルとシンキを従えて去っていく。
我が妹ながら、とんでもないなとしみじみ思う。
それと同時に安心もした。
ネマを取り巻く環境を、受け入れられる男性が少ないであろうことに。
僕は可愛い妹だから受け入れられるけど、まったく関係のない女性がああだったらと想像したら……ね。
「そういえば……」
僕は一緒にネマを見送っていたスライムたちに視線を落とす。
「精霊を通じてだけど、ようやく君たちともおしゃべりができるね」
――くっふぅぅぅ!?
一番色の薄いスライム、ギンネズが元気よく鳴いた。
どうやら、自分たちの言っていることがわかるのかと驚いているようだ。
「うん。体の中にいるときは無理だけど、外に出ているときならわかるよ」
さすがに寄生されたままの状態では意思疎通ができない。
そう告げると、スライムたちは嬉しそうにたくさん鳴いた。
それを精霊が通訳してくれるけど、優しいから好きとか、居心地がいいから好きとか、すべて好意を示すものだった。
「ありがとう。これからもよろしくね」
スライムたちとの交流は穏やかに過ぎていった。
キリがいいところまで上げたいので、お礼小話は少々お待ちください。




