僕の親友。(ラルフリード視点)
名に誓ったとき、言葉ではいい表せないほどの幸福感に包まれた。
欠けていた部分を補うように何か寄り添い、満たされる。
ヴィルの言葉を思い出した。
『半身、片割れ、伴侶。契約者が聖獣を説明するときによく使われる言葉だが、どれも正しくて不正解、という感じだな』
今ならその意味が理解できる。
自分の一部になっているけれど、自分とは正反対の存在。同じようでいて、まったく違うもの。
これは、契約者ならではの感覚なんだと思う。
聖獣について尋ねたときのヴィルはこうも言っていた。
『聖獣は常に契約者に寄り添い、誰よりも自分の味方でいてくれる。そして、聖獣の献身を受けると、人を信じられなくなるぞ』
意地が悪い笑みを浮かべて、ヴィルはネマの将来を暗にほのめかしてもいた。
そのときは、僕たち家族がいるのだから大丈夫だと思った。
まさか、僕が契約者になるとはね……。
女神様がお帰りになったあと、この遺跡を地中へ隠すためにドワーフ族の説得に当たっている。
築造流の長である女性ドワーフが女神様降臨の場にいたこともあり、簡単にいくだろうと思っていた。
「まだほんの少ししか写せていないんだぞ!?」
長の兄が遺跡を埋めることに強く反対している。
ネマが言っていた通り、ドワーフ族の男性は少年の姿をしており、女性は男性的な見た目をしていた。
「女神様からの神勅だ。それに、いつまでも聖獣を契約者から離すわけにはいかないので、時間は限られている」
聖獣という存在が側にいても、ドワーフたちは女神様降臨について半信半疑のようだ。
それに、わずかではあるけど、ヴィルの表情に焦りが見える。
「ちょっとよろしいかしら?」
剣呑な雰囲気のドワーフたちに、カーナが突然声をかけた。
「この遺跡にある、もっとも重要だと思われる古代魔法のみなら写せるのではなくて?」
「この遺跡は、創造神様と女神様を祀った神殿だったと思われる。つまり、もっとも重要な古代魔法はあの女神像がある部屋全体だ。あの部屋の魔法を写すことは許可できない」
カーナの提案に、ヴィルがすかさず否を唱える。
これに関しては、僕もヴィルの意見に賛成だ。女神様が仰ったように、僕たち人には過ぎる魔法だと思う。
「で、でしたら、保存魔法はどうでしょうか?」
ドワーフたちに同行しているエルフ、ルシュ殿が代案を提唱した。
「この遺跡にかけられている保存魔法は今のものと違い、効果範囲、継続時間が段違いです。これを解明できれば、建物の歴史は大きく変わりますよ!」
このエルフ、王立魔術研究所の面々と似ていると思っていたけど、本当は切れ者なのかもしれない。
建築を得意とする築造流のドワーフたちなら、建物の歴史が変わると言われたら食いつかずにはいられないだろう。
そして、この古代魔法で現在の保存魔法が強化されれば、応用できるのは建物だけじゃない。馬車や道路、橋といった物流に欠かせないもの、国境付近の防壁や村を守るための土塀といった生活を支える土台すらも大きく変えてしまうものだ。
「ルシュ様はその古代の保存魔法がどこに刻まれているのかご存じなの?」
「はい!この建物の中央部……つまり、女神像の部屋の外壁に刻まれています」
「それってつまり……その保存魔法は……」
何かを察したカーナは驚いているけれど、僕からしたら何も不思議ではない。
もっとも重要な場所を守るためにかけられた魔法なのだとしたら、保存魔法というより防御魔法。
「ディーはあの魔法を破ることができる?」
『……この山ごとならできると思うよ?』
試しにディーに聞いてみたら、困ったような声でそう返ってきた。
魔法だけを破壊するのは不可能。魔法が壊れた瞬間に、その強い力によって女神像の部屋そのものも破壊される。
「では、その魔法を写してくれ」
ヴィルがそう指示を出し、長が了承しようとした。
「ちょっと待った!!」
またもや長の兄が口を挟む。
「せめてここだけはっ!!ここだけ写させてくれ!!」
先ほどまで作業を行っていた壁を示し、さらにその壁に張りついてしまう。
あとちょっとなんだと、目に涙を溜めて訴える様子にさすがのヴィルも怯んでいた。ヴィルはため息を吐き、なぜかネマの方へ向かう。
そして、ネマの両肩に手を置き……、地虎様のご機嫌を取ってこいと言い放つ。
ヴィルの背後では、カーナが明らかに怒った顔をしていた。それなのに何も言わないということは、時間を稼ぐにはネマの協力が必要だからと我慢しているみたい。
地虎様が契約者のもとへ戻りたがっていることをネマも察しており、早くしてねと念押しを忘れなかった。
「ドワーフたちは急ぎ作業にかかってくれ」
「わたくしもお手伝いいたしますわ。ね、パウル!」
わたくしもって……カーナは土魔法が使えないから、実質手伝うのはパウルじゃないか。
「ラルフ、オスフェ家の手の空いている者で、冒険者の遺品を集められるだけ集めて欲しい」
「わかった」
ヴィルの指示を了承し、それをシェルとスピカ、護衛の者たちに伝えた。
――ワンッ!
――ワンッ!
すると、セーゴとリクセーがスピカにまとわりつき、何かをお願いしている。
「じゃあ、みんなでやろうね。ほら、カイも手伝って!」
どうやら魔物の子たちが自分たちもやりたいと、お手伝いを申し出てくれたようだ。
たぶん、不機嫌な地虎様の側にいたくないんだろうな。
でも、ネマの護衛が疎かになるのはいただけない。
「ディー、ネマについていてくれるかな?」
ディーならば、地虎様の側にいても大丈夫だろうとお願いした。
『いいよ。僕もお願いしたいことがあったから』
お願いがなんなのか気になったけど、それ以上は語らず、ディーはネマのもとへ行ってしまった。
さて、僕もやることをすませてしまおう。
「ヴィル、ちょっといいかな?」
「……あぁ、どうした?」
彼の表情から察するに、この遺跡のことをどう報告するか、頭を悩ませていたのだと思う。
「さっきはヴィルに説教することを優先したから聞けなかったけど……」
あえて説教という言葉を使うと、ヴィルはあからさまに眉を顰めた。
「ヴィルが口にした『我がお姫様』ってどういうことかな?」
もちろん、オスフェ家の者たちにとっては大切なお姫様だ。
でも、どうしてヴィルのお姫様になるのか、詳しく教えてもらおうか?
「いや、……そんなことを言ったか?」
「記憶にない?それなら、精霊たちに聞いてみよう」
ディーと契約した瞬間から、精霊たちの姿が見えていた。
ただ残念なのは、たくさんの精霊たちがネマにくっついているから、可愛いネマが隠れてしまっていること。
せめて、顔だけでも見えるようにしてもらいたいな。
「ヴィルが『我がお姫様』と言っていたのを聞いていた精霊は手を挙げて」
――はいはーい!!
――言ってたぁ!
――間違いないよっ!!
風の精霊だけでなく、他の属性の精霊たちも我れ先にと手を挙げてくれた。
精霊は偽りを述べることができない。そう教えてくれたのはヴィルだよ。
「ラルフ、あれは口がついただけだ。深い意味はない!」
開き直ったのか、ヴィルの声には力が込められていた。
「ふーん。ねぇ、ヴィル。こう見えても僕は、王太子のヴィルも男としてのヴィルも認めているんだよ?」
「それはありがたく思うが、『ネマが絡まなければ』のことだろうが」
それを抜きにして……とは、今は言えない。
ミルマ国に来てからのヴィルは、小さな失態をいくつか犯してしまっている。
おそらく、太上皇帝皇太后両陛下を意識しているからだと思う。我が国の国王陛下からも重々言われているだろうし。
これには、僕も申し訳ないと思った。
僕は、ネマに会えて浮かれていたし、両親も同行しているから不安もない。
ヴィルは逆に、両陛下と王妃様がご一緒で緊張の連続だったんじゃないかな?
だからといって、両陛下がいないところで羽目を外していいことにはならないよ。
「そうだね。父上からお叱りを受けるようなことをするヴィルには、ネマは任せられないな」
「オスフェ公に叱られるようなことはしていないだろう?……まさか、失言を告げ口する気か?」
「パウルが今日起こったことを父上に報告しないとでも?無謀にも、ムシュフシュに挑んだことは必ず伝わる。たぶん、王妃様にもね」
そうなれば、必然的に両陛下のお耳にも入るだろう。精霊を通じて、もうご存じだということも考えられる。
「さすがに可哀想だから、今回は黙っておいてあげるよ。でも、次はないから……」
「承知した。親友の優しさが痛み入るね。だから、その冷気を収めてくれ」
僕は肩をすくめて魔力を抑える。
「そもそも、年の差を考えろ」
「まぁ、確かに……。父上は絶対成人になるまでネマを家から出さないし、それまでヴィルの隣が空いているとよからぬことを考える者も出てきそうだよね」
でも、将来のことなんて誰にもわからない。
カーナもネマも今はヴィルのことを兄のようだと思っているかもしれないけれど、気持ちが変わることだってあるのだから。
もし、そんな未来が訪れたら、ヴィルの忍耐力が試されるだろう。
……それはそれで面白そうだ。
「ラルフ、何か企んでいる顔をしているぞ」
「うん。ヴィルをどうやって弄ろうかと考えていた」
お前なぁとぼやくヴィルだけど、僕が弄ろうとしているのは未来のヴィルだとはさすがに気づいていないみたいだ。
どうしても、ヴィの『我がお姫様』発言を問い詰めるラフルを書きたかった(笑)




