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★12巻お礼小話 精霊たちが向かうところでは……。

大変遅くなりましたm(_ _)m

もふなで12巻は好評発売中です!

ネマたちがいる遺跡を中心に強い風が発生した。

ミルマ国の精霊術師は、その日の光景をこう日記に記している。


『南の山々の方から、風の精霊が大挙として押し寄せてきた。その多くは下位精霊ばかりだったが、中にはめったに見かけることのない上位精霊の姿もあった。

精霊たちの(はね)は陽の光を浴びて(きら)めいており、その光の輪は瞬く間に広がり、大陸中に祝福を降らせているようにも見えた。

なぜなら、風の精霊たちはみな嬉しそうに、踊るように何かを喜び、伝えていたからだ。

生憎と、精霊たちは一瞬で通り過ぎてしまったために、何を伝えていたのかはわからなかった。

風の精霊たちがいなくなるとすぐ、今度は他の精霊たちが騒ぎ始めた。

水の精霊と火の精霊は普段でもよく見かけるが、人見知りすると言われている土の精霊たちまでも一緒になって踊っている。

自分が契約している精霊に何があったのかと尋ねると、とても素敵なことが起きたとしか教えてくれなかった』


風の精霊たちはミルマ国を越えて、ガシェ王国、ライナス帝国、イクゥ国、小国家群と大陸中を巡り、上位精霊たちは他の大陸へもその翅を伸ばした。


◆◆◆


その知らせが届く少し前。

ネマたちが滞在しているミルマ国の離宮の一角で、一組の親子が水入らずの時間を楽しんでいた。

ライナス帝国の太上(たいじょう)皇帝と皇太后、娘のガシェ王国王妃の三人が会えなかった時間を埋めるように会話に花を咲かせている。


「それでね、ガルってばオスフェ公に怒られて引きずられていってしまったのよ」


王妃は夫であるガシェ王国国王の失敗談を面白おかしく両親に語って聞かせる。

壁際に控えている王妃付きの侍女は、コロコロと笑っている王妃が語った内容のせいで内心真っ青だが、なんとか表に出さないよう表情を引き締めた。


他国の者に国王の失態を語るのはよろしくないに決まっている。

しかし、ガシェ王国の先代国王とも交友があった太上皇帝と皇太后は、現ガシェ王国国王を幼少期から見知っており、退位した今となっては友人の息子でしかない。

大事な一人娘が嫁ぎ先で大切にされているのであれば、王の失態など些細なことと気にも留めていなかった。


――ブゥルルルゥ……。


突然、太上皇帝の側にいたサチェが鼻を鳴らす。飼い主に甘える馬のごとく、鼻先を契約者である太上皇帝の顔へ押しつけた。


『愛し子がわたしを呼んでいる。少しばかり側を離れても?』


「私のことは大丈夫だから、行っておいで」


サチェが人前で甘えるなんて珍しいと王妃が少しばかり驚いている間に、当のサチェは姿を消してしまった。

ネマのもとへ向かったと、サチェがいなくなった理由を太上皇帝が口にすると、王妃は簡単に許可をしてよかったのかと父親に問う。


「なに、精霊は残ってくれているし、彼らもいる。それに、私もまだまだ動けるからな」


年寄り扱いするなと笑い飛ばす太上皇帝の後ろで、彼の警衛隊の隊長がその背中を恨めしそうに睨んでいた。

サチェがつけた精霊とライナス帝国の精鋭である警衛隊がいれば、とんでもないことが起きない限り、対処は可能だろう。

だが、もう若くはない父親が剣を振り回すのはどうなのかと、王妃は父親を諫めて欲しいと思い、母親へ視線をやる。

しかし、頼みの綱である皇太后は足元で寝そべるカイディーテを見つめていた。


『カイディーテ様は行かないの?愛し子が呼んでいるよ?』


ひょっこりと姿を見せた土の精霊がカイディーテにおそるおそるといった様子で声をかける。


『あやつが向かったのだ。俺まで行くわけにもいかない』


契約者の身を守るのは聖獣の務め。

サチェがいないなら、サチェの分も負担しなくてはとカイディーテは匂わせるが、本音はただただ契約者の側を離れたくないだけである。


『でも……愛し子は苦しそうだ』


土の精霊の言葉に、カイディーテの心は揺れた。

何か危ない目に遭っているなら助けてあげたいし、愛し子が困っているなら力になってあげたいと。

まぁ、ネマが苦しそうと言うのは間違いで、ヴィに怒られるのが嫌で焦っていただけなのだが。


「カイディーテ、貴方もネマさんに呼ばれているの?彼女が困っているなら助けてあげて欲しいわ」


土の精霊とのやり取りを聞いていた皇太后は、穏やかな声で望みを告げる。

彼女がそう口にするだろうとカイディーテはわかっていた。困っている人がいると手を差し伸べずにはいられない優しい人だから。

優しいだけでは、隣に座っている男の伴侶は務まらないとしてもだ。


(あるじ)が望むなら……』


そう言いつつも、カイディーテは喉をゴロゴロと鳴らしている。


「わたくしの愛しい伴侶、ネマさんをお願いね」


皇太后はカイディーテの艶やかな毛並みをその細い指で()かし、最後に鼻先に口付けを落とす。

主に甘えられたい。カイディーテが渋っていた理由はただそれだけ。

皇太后から口付けで送り出されたカイディーテはすぐさま地面に潜り、ネマのもとへ向かった。


「ふふっ。相変わらず、カイディーテ様は母様のことが大好きなのね」


王妃は皇太后とカイディーテのやり取りを見て、昔を思い出す。

子供たちだけのときにはけっして姿を見せなかったカイディーテ。

彼は皇后だった母親の側を片時も離れず、ときには母親に甘えようとした王妃を近づけまいとすることも。

特に聖獣のことが大好きなルイベンスに対しては、土魔法を使って地面を動かして遠くにやってしまうなんてこともしばしばあった。

当のルイベンスはカイディーテが遊んでくれたと、今でも思っているが。

そんなカイディーテとはうって変わり、ユーシェは子供たちと遊ぶことを好んだ。

王妃もユーシェと水遊びをしたり、背中に乗せてもらって兄の現皇帝とともに空の散歩を楽しんだりしていた。

サチェは一緒に遊ぶことは少なかったが、何かと助けてもらうことが多かった。

王妃は、聖獣と契約者の関わり方がそれぞれ違っていることを改めて実感する。

皇太后とカイディーテはまるで恋人同士のようだし、太上皇帝とサチェは親友、現皇帝とユーシェは兄弟で、ヴィルとラースは悪友ねと。


「それにしても、ネマちゃんに何かあったのかしら?」


ヴィルとラースが同行しているのに、サチェとカイディーテまで呼ばなければならない状況がまったく想像できないと、王妃は首を傾げる。


「あの子たちが帰ってくれば、面白い話が聞けるかもしれないな」


サチェが向かった先で何が行われているのかを、実は念話で聞いていた太上皇帝。すました顔を保っているものの、自分も一緒に行けばよかったと悔しがっている。

皇太后もカイディーテから知らせを受けているだろうが、顔色一つ変えずに娘のお茶のおかわりを注いでいた。


そんな朗らかな空間にどこからともなくそよ風が流れ込んできた。


『そくほーっ!速報だよー!!』


そよ風の正体は風の精霊たち。


『女神様が降臨されたんだよー!』

『光の聖獣様がこちらにやってきたーー!!』

『光の聖獣様だー!お祝いだー!』


風の精霊たちはそんなことを口にしながら、他の精霊たちに女神降臨と光の聖獣が契約者を得たことを知らせて回る。

それを聞いた他の精霊たちは驚き、光の聖獣がこちらにいるときに存在できた喜びを溢れさせた。

それは、ミルマ国だけでなく他の場所でも――。




ライナス帝国では、現皇帝のセリューノスが執務に追われていた。

そんなセリューノスに書類の追加を持ってきたルイベンスは、執務室に入って思わず口元が綻ぶ。


「まだご機嫌斜めでしたか」


挨拶もそこそこに、セリューノスの足元に寝そべる聖獣へと視線をやる。

そう、不機嫌を隠そうともせず、セリューノスの衣装の裾を囓り続けているのはユーシェだ。

高度な文様魔法が施してある皇帝の衣装は、ユーシェの涎でべちょべちょな上に皺も寄ってしまっている。


「ネフェルティマ嬢はちゃんと戻ってくると言っているのだが、一緒に行かせてくれなかったと拗ねてしまってね」


疲れたように笑うセリューノスの様子から、だいぶ説得したであろうことが察せられる。


「陛下が今、国を空けるわけにはいきませんから。それに、ユーシェだけついて行くこともできたのにこうして残ってくれていますし、ちゃんとお礼を伝えた方がいいですよ」


ルイベンスの言葉にその通りだと頷くユーシェ。


「ネフェルティマ嬢のことが大好きなのはわかるが、ユーシェがいないと私が淋しいのだ」


『愛し子がいなくてぼくも淋しいし悲しい。でも、リューが悲しむのはイヤだ!だから、がまんする!』


「ありがとう」


鼻息荒く、頭を擦り付けてくるユーシェを、セリューノスは愛おしそうに撫でる。


「ユーシェと仲直りできたようですし、これで仕事に集中できますね」


そう言って、ルイベンスは持ってきた書類を机に置いた。

そのとき、ふわりと部屋の空気が動いた。窓も扉も開いていないのに、どこからともなく風が……。


『女神様が降臨だーっ!』

『光の聖獣様もいるよー!!』


ライナス帝国にも風の精霊たちによる知らせが届いたのだ。


『リュー、聞いたっ!?光の聖獣が来たって!!新しい子だ!!』


ユーシェは翼を激しく羽ばたかせた。翼が机やセリューノスに当たっても気づかないほどの興奮ぶり。

机の上にあった書類はバラバラに飛び散り、墨はこぼれ、小さな盆栽が落ちそうになる。

セリューノスは慌てて魔法を使い、盆栽を救出すると安堵の息を吐く。


「ユーシェ。喜びたいのであれば、庭に行って精霊たちと躍ってこい」


大きな声ではなかったが、その声には鋭さがあり、ユーシェもピタリと動きを止めた。

セリューノスが大事に抱えている小さな盆栽は、皇后が仕事のわずかな合間に目を休ませて欲しいと贈ったものだった。

しかも、皇后自らが育てたもので、皇后を愛してやまないセリューノスはそれはもう大切に扱っていた。

それを壊されそうになったのだから、彼が怒るのも無理はない。

しかし、セリューノスはユーシェがはしゃいでしまうのも理解できるから、怒るに怒れず、少し冷たい言い方になったのだ。


『リュー、ごめんね。ぼく、嬉しくて……』


現在、ラーシア大陸にいる聖獣の中で、ユーシェが一番若い。

自分が一番下でなくなるのが嬉しくて気持ちが抑えられなかったというわけだ。


「わかっている。でも、ここは狭いだろう。思う存分動き回れる庭の方が、ユーシェが我慢しなくてすむ」


『うん。……そうだよね!行ってくる!!』


ユーシェは移動用に置いてある水桶に、勢いよく飛び込んでいった。


「……はぁ」


ユーシェがいなくなった執務室は嵐に襲われたようなありさまに。

こぼれた墨で汚れてしまった書類、床に落ちた書類も倒れた花瓶の水でぐちゃぐちゃになっている。


「兄上、手伝いましょうか?」


「頼む」


重要な書類には保存魔法がかけられているので、汚れを拭き取れば問題ないだろう。

問題は魔法がかけられていない書類だ。

何が書かれていたのかを解読し、その担当者へ再度同じ内容のものを提出してもらわねばならない。

担当者のもとには控えの写しがあるとしても、余計な仕事を増やすこととなる。


「ネフェルティマ嬢が戻ってきたら、何をしてもらおうかな?」


「ネマちゃん、また何かやったんだ」


ルイベンスもネマが他国に行って、何事もなく戻ってくるとは思っていなかった。もちろん悪い意味ではなく、大人を驚かせるような言動を取ってしまうだろうと予想していただけだが。


「ネフェルティマ嬢だけとは限らないがな」


原因はネマでも、後押しをしたのは周りの人間だろうと、セリューノスは読んでいた。

カーナディアは行動力があるし、ネマに物凄く甘いと噂の父親と兄もいる。

それに、面白がって自分の父親が手を貸していないかという不安が(よぎ)る。


しばらくすると、庭で遊んで満足したユーシェが戻り、夕方には侍従がある報告をしてきた。


「噴水の小庭(こにわ)が何者かによって荒らされたそうです」


セリューノスは思わずユーシェを見やる。いったいどれほど暴れたんだと。


『僕じゃないよ。精霊たちがやったんだよ』


ユーシェはそう言うが、庭が荒れた一因はユーシェにもある。

ユーシェと精霊たちに庭を元通りにするよう言いつけ、セリューノスは仕事に戻った。

だが、仕事に追われるセリューノスに無情にも新たな報告がもたらされる。

先帝たちに同行している者からの報告を読んだセリューノスは、深いため息をこぼしたという。




ネマたちが異国を満喫している頃。

ここガシェ王国では一部の文官たちはのびのびと仕事に励み、一部の騎士たちは多忙すぎて屍のようになっていた。


王国騎士団情報部隊の詰め所では、今日も各所からの報告の精査に追われている。

その中でも、重要機密を取り扱う部署はここ数巡、多忙を極めていた。

この立ち入れる者が厳しく制限されている一室で、ゴンッと何かが激しくぶつかる音が響く。


「俺、ちょっと仮眠取ってくるわ……」


目の下に濃い隈を作りながらも机に齧りついていたシーリオは、うっかり睡魔に負けて顔面を強打してしまったため、しばし休憩を取ることにした。


「仮眠用の寝台はパッドとタウが使っていますよ?」


すでに二人の部下が寝台を使用していると告げられ、シーリオは痛む鼻を(さす)りながら他に寝られる場所がないか考える。

寮の部屋に戻るのは面倒だし、他の部署の寝台を奪うのも(はばか)られるし、どうせ短い時間しか取れないなら……。


「そこで寝てるから」


そこ(・・)とシーリオが指を差したのは窓の外。そう、庭だった。


王宮の敷地内ではあるものの、騎士団が使用する建物の庭は芝生しかない。警備の関係でそうなっているのだ。

シーリオは窓から庭に出て、芝生の上に寝転がる。

今日は天気もよく、シーリオはすぐに眠りに誘われた。そんな疲れ切った彼を癒すかのごとく、柔らかな風が吹く。


『聞いて聞いて聞いてっ!!』

『女神様の降臨と!』

『光の聖獣様がやってきたーー!!』


風の精霊たちの声に、庭にいた精霊たちが姿を現す。土の精霊がほとんどだが、水の精霊も混じっていた。

元々ここにいた風の精霊たちを含めると、彼らのはしゃぐ声はかなりの大きさとなり……。


「……うるせぇ……」


寝入ったばかりのシーリオを起こしてしまった。


『ちょっとシーリオ!寝ている場合じゃないわっ!!』


彼の契約精霊であるセラフィは容赦なくシーリオを叩き起こす。


『女神様よ!光の聖獣様よ!!愛し子が呼んだのよ!!』


「……なんだって!?」


ネマが女神と光の聖獣を呼んだという情報に眠気はどこかに飛んだのか、シーリオは飛び起きた。


『しかも、光の聖獣様は愛し子の兄と契約したって。ということは、光の聖獣様がこの国にいらっしゃるってことよね!!』


セラフィは人気の舞台俳優に会った女の子のように、目を輝かせながら素敵だわと体をくねらせる。

一方のシーリオは、もはや物語の中でしか見られない、伝説級の聖獣の登場にとにかく驚いていた。

そして、とんでもないことになるだろうと、これからやるべきことを考えて……魂が抜けたような顔をして空を見上げる。




翌日――。

各国では、あちらこちらからある報告が寄せられていた。


雪積もる山では雪崩が発生し、海洋では巨大な渦巻きが現れ、砂漠では強風が吹き荒れ砂嵐が。

同日に起きた災害は、幸いにも人的被害はいっさいなかったという。

精霊に関わる者たちはみな思ったに違いない。

喜びの表し方が尋常でないと……。




活動報告へのコメント、誤字報告、ありがとうございます!


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