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ネマは期待を裏切らない(ヴィルヘルト視点)

ムシュフシュが落ち、ようやく建物の様子を観察できるようになると、不思議な感覚に襲われた。

精霊がいないのに、いるような感覚。

最初は精霊がいないことに慣れていないからかと思ったが、先ほど入った場所ではそんなことは起きなかった。

どこを見回しても精霊の姿はない。しかし、精霊の存在、力のようなものを感じる。


『奇妙な場所だな……。地竜の寝床に精霊石を置いて何がしたかったのだ?』


ラースは聖獣だからこその疑問を述べたにすぎないのだろうが、それで腑に落ちた。

この感覚は精霊石が側にあるときと同じなのだと。

ここまで感じられるということは、あちらこちらに設置してあるのかもしれないな。


「精霊石があったから地竜が寝床を作ったのではないのか?」


『いや、この地に蓄えられている力は多い。おそらく、先代から寝床として使っていたのだろう』


地竜が世代交代したのはいつだったか。それくらい遙か昔ということは、魔族がここを建てたときにはすでに寝床があった?


『それより、地竜の寝床にドワーフがいるのはちとまずい』


「まずい?」


『地竜はドワーフを嫌っている。さすがに先代から引き継いだ寝床を荒らされると怒るやもな』


原竜は聖獣の中でも気性は穏やかだと言われている。炎竜殿を見ればわかるが、契約者以外の者にも寛厚(かんこう)に接してくれる。


「ドワーフはなぜ地竜を怒らせるようなことをする?」


『あの者たちとて、怒らせようとしているわけではないのだろう。どちらかと言えば、愛し子のあれと同じだ』


ラースがちらりと視線を流した先にはネマがいた。

楽しげにムシュフシュと会話をしている。ムシュフシュの言葉はわからないが、ネマは体を触るきっかけを(うかが)っているようだ。気が急いて、指が微妙に動いているのがなんともネマらしい。

それを見て納得がいく。ドワーフも地竜に対して好意が高まりすぎて奇妙な言動を取ってしまうのか。

それならば、ライナス帝国で出会ったドワーフとネマが仲良くなったのも頷ける。同類というやつだ。


ムシュフシュの案内でドワーフのもとへ行くと、若い男から思い切り警戒された。

すぐに正体を明らかにするのは危険なため、ミルマ国から正式に招待された国賓であることを告げる。

だが、男の反応を見て、ネマが動いた。

男のことを『お姉さん』と呼び、俺の知らない名を口にする。

ライナス帝国で仲良くなったドワーフの名のようだが、男の警戒を解くにはいたらなかった。

それより、なんで『お姉さん』なんだ?


とりあえず、ネマに任せていると、パウルがネマに声をかけ、ネマはネマで面白い顔をしてパウルに口を塞がれた。

いったい、何をやっているんだか。

黙って見守っていると、結局ライナス帝国にいるドワーフには連絡せず、精霊に聞くと言い出した。

俺としてはそちらの方がありがたい。しかも、ドワーフ側にエルフもいるという。

エルフは、精霊の言葉を変えて伝えることを禁じているので信用できる。

ドワーフの男について外へ向かう途中、ネマがドワーフのことを話し始めた。

なんでも、ドワーフ族の女性は人の男性と特徴が似ていて、ドワーフの男性は見た目が子供なのが特徴だと。

見た目が子供というとジュド族のエルフもそうなので、土属性の影響が強いのかもな。


外に出ると想定していた通り、精霊たちに囲まれた。

囲まれるだけならまだいいが、ネマを目の届かないところにやったと恨み言を次々と投げつけられる。


――あんなところに愛し子を連れていくなんて信じられない!

――私たちから愛し子を取り上げようって魂胆ね!

――もうヴィルのことは守ってあげないよ!!


はいはいと軽く聞き流していると、強い視線を感じた。炎竜殿の精霊か。

ネマの姿を隠すように、火の中位精霊が抱きしめており、さらに下位精霊も引っついている。

シンキの周りにも多くの精霊がいるが、あれは俺と同じで文句を言われているのだろう。


ドワーフに呼ばれてやってきたエルフは、どこか様子がおかしかった。

精霊にあのエルフは大丈夫なのかと問えば、あの建物に入ったエルフはみんなあのようになると言う。

精霊とともに生活するエルフだから、精霊と切り離されると精神を病むのかもしれない。

少し観察してみたが、愛し子のことは口にしなかったので、分別できる理性は残っているようだ。

そのエルフは精霊に愛し子の力になってあげてと言われると、俺たちのことを紹介し始めた。あっさりと俺が王太子であり、ネマがオスフェ家の者だと告げる。ドワーフはそれを聞いて固まっていたが。


ネマがエルフに精霊がいない場所にいて平気なのかと聞くと、エルフは興奮気味にそんなわけないと反論する。

そんな苦しい思いをしてまで、ドワーフと行動をともにする理由はなんだ?

少し気になったので尋ねてみたが……語りが止まらないエルフに後悔した。

この遺跡が魔族によって造られたものなのは間違いないようで、壁に刻まれていたのは古の魔法だという。

それは一般的に古代魔法と呼ばれているものと同じで、比較的最近までドワーフ族に使える者が残っていたと言う。

ドワーフが作ったものに古代魔法がかかっているものがあるのは知っている。我が国でも貴重なものとして厳重に保管してあるからな。

つまり、ムシュフシュが襲ったという賊は、古代魔法がかけられた何かを探していたのか?

賊のことを話題に上げると、エルフは古代魔法が残っていた遺跡はここを除いて賊に破壊されたという。

では、最初から遺跡の破壊が目的だったか、もしくは目的のもの以外の古代魔法が存在するのは不都合で壊したかだ。


『坊。遺跡を壊し回っている者の中に、ファーシアを行き来している者が混じっているようだ』


この国を遊び場にしている風の精霊たちから情報を集めてくれたのか。


『ファーシア……ルノハークが関係しているのか』


彼らがどんな目的を持って動いているのか不明だが、もしかしたら集会を開いているという遺跡に関係している可能性もある。

もう少し詳しく調べるよう言っておけばよかったな。


『ここにあるものを暴き、不要なものなら壊した方が愛し子のためになるのではないか?』


この大陸に魔族がいた時代の建物。精霊を寄せつけない古代魔法。そして、精霊石。

これらから導き出されるのは、創造神に関係するものでは?

それならば、ネマのためになるかもしれないが……。


「クレシオール像?」


案内役の呟きに、直感的にそれだと思った。

ラルフが以前言っていた。ネマには女神の力が残っており、その影響で成長が遅いのだと。

その女神の力とクレシオール像で何か起きるのではないか?

ネマでなくても、女神の加護を持つラルフがいる。

だが、懸念もある。

もしそれを暴いて、余計にネマが狙われることになったらどうする?

ライナス帝国の聖獣たちだけで守りきれなかったら?


『坊、我にとて何が出てくるかはわからぬ。ならば、悩むよりも暴いてしまった方がすっきりする』


『……わかった。では、中に入るよう誘導するか』


ラースに言われても、不安を拭い去ることはできなかった。

しかし、今は自分の判断を信じるしかない。


◆◆◆


隠された部屋に入ると、精霊石の気配が強くなる。

しかし、精霊石そのものは見当たらない。

わずかに女神像から精霊石の気配を感じるが、これではない。

部屋中を歩き回ると、ラースが足元を見ろと言ってきた。

古代魔法の文字に、図形が組み込まれているということは魔法陣で間違いないだろう。

すると、この部屋自体が何か魔法を使うための部屋だとしたら……。

魔法の発動に必要なものをわざわざ別の部屋に移したりはしないと考えると、だいたい場所は絞れてくる。

地下だ。

魔法陣のどれかが、地中にものを保管する系統が刻まれているはず。

ほんの微量の魔力を床に流し、反応する場所がないか調べていく。風の魔力に反応するところに風の精霊石がある。

反応があった場所に、魔力を一気に流す。

すると魔法陣が発動し、地中に隠してあったものが出現した。

やはり、思った通りだ。

柱のようにそびえ立つ風の精霊石。この大きさならば、精霊王が作ったものだな。

それならば、今代の精霊王が何か知っているかもしれない。


とりあえず、他の精霊石も出してしまおうと、魔法陣の特徴を覚え、ラルフとカーナディアに協力してもらう。

何一つ説明しないまま事におよんでいるのに、二人は理由を聞くこともなく力を貸してくれた。

土属性は確かパウルが持っていたと思うが、ここはドワーフにやらせてみるか。

ドワーフに声をかけると、彼女は嬉々としてこちらの指示に従い、魔力を流してくれた。

四つの属性の精霊石が揃う。

しかし、何か起きる気配はない。

ラースに聞いても、これ以上はわからないと返される。


「ネマ、お前は精霊王たちに会っていたな。何か授かったものはないか?」


これで手がかりがなければ、急ぎで精霊宮に行くしかないだろうな。

ネマは首元から首飾りを引っ張り出す。

それは、父上が誕生日の贈り物であげたものの一つだ。

精霊宮に行った際に何か精霊術をかけてもらったのか。

首飾りに念じれば、精霊王と会話ができると言うネマ。早速、精霊王に連絡を取ってもらう。

精霊王との接触に成功したネマは、触れていれば念話と同じようにできると教えてくれた。

身長の低いネマに合わせるのはまどろっこしいので、抱き上げて念話を飛ばす。

俺の声が頭の中で聞こえることに驚くネマ。お前も炎竜殿と念話をしているから慣れているだろう?

博識な土の精霊王ならば、ここに隠されているものがなんなのか知っているだろうと思ったのだが、明確な答えは得られなかった。

知りたくば、創造神に聞けと。ラースの契約者なのだから、その資格はあるそうだ。

俺はその通りだと納得した。

愛し子のことは神に聞けばいい。

いつぞやのときのように、創造神が御使いを遣わせるかもしれない。

そう思って、俺は女神像に祈りを捧げた。

土の精霊王が契約者と言ったのだから、ラースの力を乗せて祈れば、俺の声が届くだろうと。

結果的には創造神の声は聞こえなかった。

しかし、あることはわかった。

ここの精霊石は聖獣の力に反応する――。

しかも、運がいいことにすべての属性が揃う。風はラース、水はサチェ、土はカイディーテ、火はネマの持つ竜玉(オーブ)

ネマに炎竜殿の力を使わせることに不安はあるが、ここに炎竜殿は入れない。


ネマを言いくるめてサチェとカイディーテを呼び出し、契約者の側を離れて不機嫌なサチェとカイディーテへの説得はラースに任せる。

俺の考えが正しければ、聖獣の力が揃うことでこの魔法陣は完成する。

さて、ネマに炎竜殿の力を使う方法を教えるか。


……衣装を思い描けと言ったのに、なぜぬいぐるみを着込む?

ネマが異様に毛並みに執着しているのは知っているが、それなら毛皮を使った衣装でよくないか?

こんな奇妙なもの、どうやったら思いつく!?

ネマの間抜けな姿に笑いを堪えていると、ネマ自身もどうしてこうなってしまったのかわかっていないようだった。

この姿をすんなり受け入れるあの兄妹もおかしいが、一番おかしいのはネマだろうな。

本当に、こいつの側は飽きない。次は何を仕出かすのかと楽しみにしている自分がいる。


さて、女神様はネマに何を語る――。



誤字報告、本当にありがとうございますm(_ _)m

とても助かっております。

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