生き物の進化って不思議だよね。
今回も昆虫描写ありますので、苦手な方はご注意ください。
極悪甲種にうっかり名前を付けたことになってしまったのを、なんとか隠し通そうとした。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「ネマお嬢様、隠していらっしゃることを正直にお話ししてくださいますよね?」
「諦めろ、ネマ。あの極悪甲種に何をした?」
チクったのはヴィか!!
こんにゃろーー!!
「……何も……」
「していないなどとは仰いませんよね?」
……パウルが怖い!
これは殺気なのか?威圧感がハンパないぞ!!
隠し通そうとすると、凄くまずいことになりそうだ。
「うっかり名前を付けてしまいました……」
そう告白すると、はぁっと盛大にため息を吐かれた。
あれが名前になるとは思わなかったと、言い訳をもごもごとしゃべっていたら、パウルに質問される。
「ちなみに、なんと名前を付けたのですか?」
「……アリさんです」
「あの極悪甲種にそんな可愛らしい名前を……」
アリさんだぞ?
これのどこが可愛らしいんだ?
逆に変な名前を付けたと笑われると思ったのにな。
「まぁ、付けてしまったものは仕方ありませんが、他の子たちのように連れて歩くわけにはいきません。ご理解、いただけますよね?」
「……はーい」
でもさ、アリさん一匹じゃ淋しくないかな?
名前付けた影響で仲間外れにされていたらと思うと、できれば連れて帰りたい。
でも、仲間外れにされていないのであれば、引き離すのは可哀想だし。
うーん、アリさんにどうしたいか聞ければ一番いいんだけど。
とりあえず、今後不用意に変な名前を付けないようにと釘を刺されて、放免された。
だけど、神様がどう判定するかわからないから、気をつけようがないよね?
下手したら、星伍と陸星は『ワンちゃん』って名前になっていたかもしれないって思うと……。
うん、やっぱり気をつけよう!
「そういえば、シンキが持っているものは何かしら?」
お姉ちゃんが先ほど取ってきたマンドレイクに興味を示した。
口とおぼしき場所に詰めた葉っぱを取ると、元気よくおんぎゃーと鳴き叫く。
「マンドレイクだって。この子たちのごちそうだって教えてもらったから、ラース君と海も食べるかなって」
お土産として持ってきたマンドレイクをお姉ちゃんに見せてから、ラース君の口元へ。
しかし、ラース君は匂いを嗅ぐこともなく、プイッと顔を背けた。
「ラースは食事を必要としないし、口にするとしても肉だけだと知っているだろう?」
「でも、食べるかもしれないと思ったの!」
残念ながら海も口にしなかった。
生きたいという欲以外ないから、食欲がそそられないらしい。
仕方ないので、マンドレイクを魔物っ子たちにあげようとしたときだった。
――あばぁ!ばぶぅ!
マンドレイクの鳴き声が変わった。
赤ん坊が上機嫌なときの声だ。
こんな声を出されては、餌としてあげにくい。
はっ!もしや、これは生存戦略の一つなのか!?
激しい鳴き声で敵を驚かせ、人間などの種族には庇護を誘うために赤ん坊を真似ているとしたら、かなり有効な生存戦略だと思う。
――あぱぱぁー!
ふむ。こうして見ると可愛いかもしれない。
これ、土に植えたら繁殖するのかな?
「ネマ、もしかして、それも飼うつもり?」
「ちょっと面白いかなって」
「でも、夜鳴きするんじゃないかしら?」
お姉ちゃんに言われて気がついた。
たくさんのママさんたちを睡眠不足にさせてしまう赤ん坊の夜泣き。
このマンドレイクが夜中に鳴いてみろ。確実に、みんなを叩き起こすよね。
「もしかしたら、ネマお嬢様が赤ちゃん返りしたと噂されるかもしれませんね」
パウルがどこか楽しそうに言う。
いやいや、さすがにそれはないでしょって笑い飛ばした。
「人の口に扉はつけられないと言います」
人が作る慣用句は、文化が違えど似るのか、日本にも似たような言葉があったなぁと思った。
たぶん、私の顔は引きつっていることだろう。
これは脅しだ。
もし、マンドレイクを育てたら、噂と称してパウルがこっそり広めるかもしれない。
自分が仕える令嬢にそこまでするかと思うが、パウルならやりかねない。
パウルがこわ……くないけど、私は大人しく諦めることにした。
そして、マンドレイクは魔物っ子たちのおやつになった。
この日もフィリップおじさんたちは戻ってこなかった。
◆◆◆
翌朝、昼前にはここを発つとパウルに告げられる。
「でも、フィリップおじ様は?」
「何か不都合が起きたのでしょう。ならば、我々は言われた通りに動くのが一番よいと思われます」
パウルの言うことはもっともだけど、それでも心配なのだ。
朝食を食べたあとは、パウルたちが帰る準備を進める。
荷物をまとめ、天幕をバラし、私は邪魔だからとかまくらに押しやられた。
大人しくかまくらの中でおやつを食べたり、中でじっとしているのに飽きてソルと遊んだりしていると、あっという間に準備が終わってしまう。
「ネマ、そろそろ行くぞ」
「んーもうちょっと!」
ソルの頭の上に登って、フィリップおじさんたちが戻ってこないか確かめていた。
体の大きなソルが首を伸ばせば、かなりの高さになり、一望とまではいかなくとも、遠くが見える。
我儘なのはわかっているが、もうちょっとを繰り返しての引き延ばし作戦だ。
自分でもせこいと思うが、私が帰ろうと言わなければ、ソルはみんなを運ぶことはしない。
お姉ちゃんやパウルは、あくまで私のおまけ扱いなのだ。
ヴィのことは放置というか、なるべく関わらないようにしているっぽい。ヴィがラース君の契約者なので、ラース君の顔を立てているんだと思う。
ソル、他の聖獣には結構気を使っているんだよね。わかりにくいけど。
今も、私を説得して欲しいってヴィがソルにお願いしたから、ソルは私に聞いてきた。
『皆を困らせているがよいのか?』
「よくないけどもうちょっと!」
下ではヴィたちが呆れているようだが、お姉ちゃんだけ気にすることなくシェルに世話されながら読書をしている。
さすがお姉ちゃんである。
私がどういう行動を取るのかよく理解している。
パウルに小言を言われながらも昼過ぎまで粘った。
それでもフィリップおじさんの姿は見えない。
ソルももう諦めたらどうだと言ってくるが、ここで帰ったら後悔する気がするのだ。
『精霊たちもあと少しだと言っている。ここまでくれば最後まで付き合おう』
「ほんと!?ありがとう、ソル!」
わざわざ精霊に聞いてくれたのか、もう少しでフィリップおじさんたちが戻ってくると教えてくれた。
それをみんなにも伝えて、フィリップおじさんの姿が見えるのを今か今かと待つ。
木々の向こうに、黒い点のようなものが見え、あれかなと身を乗り出した。
「えっ……はぎゃぁぁぁぁぁーーー!!」
気づかないうちにソルの頭の端っこまで来ていたらしく、コロリと落ちた。
落ちるという恐怖に、心臓がぎゅーってなってせり上がる。
クッとうさぎさんの肩紐が食い込んだ次の瞬間にはクリッとひっくり返しされ、背中から上に押し上げられ、なぜかピタリと止まった。
何が起きたのかわからないが、心臓がバクバクと激しく動いている中、うーっすらと目を開ける。
わぁ……空が見えるぅぅぅ。
半分ほどの視界には、青空と雲しかなかった。
状況がわからないまま、今度はゆっくりと降下を始める。
無事にソルの頭の上に到着すると、ソルが静かに聞いてきた。
『下ろすぞ』
「……うん、お願いします」
ソルの頭にしがみつき、地面につくまで動かない。胃というか、内臓全部がぐわんぐわんかき混ぜられたような感じで、凄く気持ち悪い。
絶叫系は大好きだけど、事前に心構えができるから楽しめるんだなと、身をもって実感できたよ。
不意打ちのワイヤレスバンジーは確実に私の寿命を縮めたね。
女神様、いつかでいいので、私が死ぬ前にその寿命を返してくれると嬉しいです。
ソルの頭から救出し、グロッキーな私をパウルが介抱してくれるけど、今はそっとしておいて。お水とか飲んだら吐きそう……。
『すまぬ。人には少しの高さでも危ないのだと失念しておった』
「ソルは悪くないよー」
だって、ソルは地に足をつけていたのだから、まず高いという認識がなかったんだと思う。
いつも空を飛ぶときは籠に入れられるし、落ちるなと念を押してくれる。
そして、私を助けてくれたのは精霊たちだったらしい。彼らも慌ててしまったため力加減を誤り、ソルの頭を通り過ぎて上空へ私を打ち上げたと。
精霊たちもそんなうっかりをやったりするんだね。ちょっと親近感湧いた。
「ネマ、うさぎさんを預かりましょう。その方が休めるわ」
お姉ちゃんの言葉に甘えてうさぎさんを渡すと、パウルが敷いた布の上に寝かされる。
すると、微風が頬を撫ぜ、手足もポカポカしてきた。
私を心配して魔物っ子たちが身を寄せてくれているので、そのおかげかもしれない。
突然、おでこがひんやりとしたので視線だけやると、森鬼の腕が見えた。
「ハクだ。ナノたちが載せろとうるさくてな」
「ありがと……」
冷たくて気持ちいいな。白はアイスノンだったのか。
……白、ちょっと大人しくしていてくれ。動かれるとくすぐったい。
白は動くことをやめず、しかも段々と面積が増えてきている気がする。
目が覆われ、頬が覆われ、鼻の穴と口だけは空けてくれたけど、なんかフェイスマスクみたいになってない?
あ、でも、白が動くといい感じに気持ちいい。マッサージされているみたい。
「精霊に群がられて凄いことになっているな」
ヴィにそう言われてハッとした。
精霊を見ることができるヴィや森鬼には、私ってどんなふうに見えているの?
前から疑問だったし、いい機会なので聞いてみた。
「そうだな……俺から見たら光の塊か?」
光の塊?精霊さんが発光しているの??
となると、私はクリスマスツリーみたいな感じか。派手なやつは電飾いっぱいっだもんね。
それか、イルミネーションされた街路樹。
……なんか嬉しくない。
「気分はどうかしら?……ハク、ネマの顔を見せてちょうだい」
お姉ちゃんに言われて、白は饅頭型に戻るとぴょんっと飛びのいた。
そういえば、気持ち悪いのもだいぶ治ったな。
これなら起き上がっても大丈夫そう。
「顔色も戻ったようね」
お姉ちゃんが頬に手を寄せ、何を思ったかいきなり頬肉を揉み始めた。
「おねえ様?」
「これは……ハクの能力?でも、スライムに美容効果があるなんて研究結果は出ていなかったわよね?となると、精霊様のお力?」
頬肉をむにむにしながら呟いているお姉ちゃんの目はマジだった。
私の顔、どうかなっちゃったのか?
白に溶かされたりしていないはずだが……。
「子供だから肌質がいいのは当然だけど、それでもこの瑞々しさと肌理はいつものネマの肌ではないし……」
ひょっとして、これは……スライムあるあるでは?
なんでも食べちゃう系のスライムは、お肌の老廃物なんかをピンポイントで食べてくれるエステ能力を持っているってやつ。
「ネマ、宮殿に戻ったらハクを貸してちょうだい」
探究心に火がついたではなく、女心に火がついたっぽい。強い口調で貸せと言われるの、初めてな気がする。
まぁ、貴族の女性は子供から老人まで、美への関心は高いからしょうがないね。
回復するまで休んでいたら、フィリップおじさんがもうそこまで来ていると言う。
「お迎えにいこう!」
「このままお待ちください。すぐに到着しますから」
即座にパウルとスピカに止められた。
耳がへちゃぁっと萎れたスピカに心配ですって言われては、我儘を押し通すのは忍びない。
「わかった。でも、私はもう元気だから安心してね」
スピカの頭を撫でようと手を伸ばすも、相変わらず背伸びしないと届かない。
女神様、さっき縮んだ寿命返さなくていいので、私の成長期を早く返してくれ!!
スピカをなでなでしていたら、星伍と陸星も乱入してきて、いつもの感じが戻ってきた。
「……海の姿が見えないんだけど?」
海だけでなく、稲穂もいない。
まぁ、一緒にいるだろうとは思うけど。
「カイならあそこに」
スピカが教えてくれた先には樹幕が転がっていた。
もうわかっちゃったよね。
寒いなら防寒着を用意するって言っているのに、海はコートの類を着ようとはしない。
海も魔物なので、動きを制限されるものが嫌いみたい。森鬼もそんな雰囲気あるし。
そうこうしていると、フィリップおじさんたちの姿が!
「フィリップおじ様!……アリさん!?」
なぜかフィリップおじさんの隣にアリさんがいてびっくり!!
助けてねとは言ったけど、フィリップおじさんのことわかると思わないじゃん?
アリさん、超能力とか持ってるの?
「いろいろと言いたいことはあるが、無事に戻ったぞ!アニレーの蜜もな」
「おぉ!さすが紫のガンダル」
拍手もつけて、フィリップおじさんたちを讃える。
そして、言いたいことは飲み込んでくれるとありがたい。
だが、ガシッと大きな手で頭を掴まれた。
「ネマ。極悪甲種が俺たちのことを待っていたとき、山から下りてきて炎竜殿の姿が見えたときに、どれだけ驚いたかわかるか?」
「うぅぅ……」
「俺たちが依頼を成功させても、依頼主に何かあったら失敗と同じだ。心配してくれたのはわかる。だが、それを理由に言いつけを守らなかったのは、俺たちを信用していないから。違うか?」
「ごめんなさい」
フィリップおじさんの冒険者としての誇りを傷つけてしまった。
でも、信用していなかったわけじゃないよ!
おじさんのお叱りは私だけでなく、お姉ちゃんたちにも及んだ。
「カーナ、パウル、スピカ。お前たちはネマに甘すぎる。ネマを縛ってでも、ここを発とうとは考えなかったのか?その甘さが、生死を分けることになる」
いつものだらしない雰囲気ではなく、お仕事中のパパンのようなピリッとしたフィリップおじさんに、お姉ちゃんたちは申し訳ございませんと頭を下げた。
「フィリップおじ様、私がわがままを言ったから、おねえ様たちは悪くないの!」
「いいか、ネマ」
フィリップおじさんは膝を折り、私に目線を合わせて告げる。
「使用人の言うことを聞いていれば楽だろうが、それじゃあ人生はつまらない。だから、従うべきか否かを見極められるようになれ。それが判断できるようになれば、甘えられるときは存分に甘え、我慢するときは耐えられるようになる」
フィリップおじさんの自論は独特というか、自身の経験からきているのだろうか?
どうやったら見極められるようになるかと聞いたら、いろんなことを経験するしかないって……。
私、貴族の令嬢にしては結構経験していると思うんだけど、まだ足りないってこと!?
これ以上、何をやれって言うんだ!
そう反論したら、フィリップおじさんは声を上げて笑った。
「そうだったな。じゃあ、あとは予測だな。カーナにも教えたが、自分の言動がどう影響するかを思いつく限り考えろ」
フィリップおじさんは例えを出してどういうことか教えてくれた。
私がここに残った場合、おじさんがどういうことを予測していたのかを。
まずは悪天候、そして雪崩などの自然現象。
「聖獣様がうっかりネマと殿下以外の者を守るのを忘れるかもしれない。まぁ、カーナもパウルもそんな柔じゃないから、可能性は低いが」
うっかりって……恐ろしいね。
次は、戻るのが遅くなったために飛竜兵団のお迎えと合流できず、ソルのまま宮殿に戻る。
「この場合は炎竜殿の姿を見られ、様々な噂が流れるだろう」
その噂もいいものから悪いものまであり、下手したら私をガシェ王国に帰す方向にまで発展するかもしれないと。
こちらはその後に被害がおよぶ感じだね。
あとは、私が狙われることも考えていたようだ。
神出鬼没と言っていいルノハークだから、可能性が低いとはいえ、絶対にないとは言い切れないと。
逆に、待っていた場合の利点があるのかというと……あまりない。
アニレーの蜜を手にしたからといって、すぐに薬が完成するわけではないし。
しいて言うなら、フィリップおじさんたちの無事を確認できて、みんなが安心するくらいか。
よって、私は言われた通りにフィリップおじさんたちを置いて戻るのが最善の選択だったわけだ。
「瞬時に予測して、最善を判断できるようになれ」
掴まれていた頭を今度はワシワシ撫でられた。
「うー、がんばる!」
そして、お姉ちゃんたちには、私を簀巻きにできるくらいになれと言っている。
近い未来、私が簀巻きにされる日がやってきそうだな。
「で、この極悪甲種に名前を付けたのか?」
「アリさんって呼んだら名前になっちゃった」
アリさんは、フィリップおじさんが落ちた洞窟まで探しにきてくれたんだって。
「アリさん、ありがとう」
お礼を言うと、アリさんの触角が私に伸びてきた。
服の上からだと何も感じないけど、頬まで触られるとくすぐったい。
――我が王よ。私に道を示して欲しい。
物凄くびっくりした。
頭に聞こえてくる感じは念話に似ているけど、またちょっと違うものだということもわかる。
例えるなら、ソルとの念話は電話で、アリさんのは無線みたいな。
今まで、魔物っ子たちの言葉みたいなのが流れてきたりはしていたけど、あれは単語の羅列のようなもの。
アリさんのように流暢なのは、鈴子やシシリーお姉さんといった言語能力を持った子たちくらいしかいない。
アリさん、声を出す器官がないから、やっぱり超能力なんじゃなかろうか。
「アリさん、しゃべれるんだね!でも、道ってどういうこと?」
すると今度は頭の中に映像が浮かび上がった!
目からの映像と頭の中の映像とで、凄くごちゃごちゃして気持ち悪い。
待って、情報多くて脳みそ混乱する!
ギュッて目をつぶれば、まるで映画館で映画を観ているときのような感じになり、だいぶマシに。
視覚情報を遮断したのがよかったみたいだ。
でも、音声ないんだけど……。
この大きなアリは女王アリかな?アリさんの二倍以上あるな。
……で、女王アリがどうしたんだろう?
――私は王の側にあるべきか。それとも、仲間のもとへ残るべきか。
あ、そういうことか。
やっぱり、なんらかの変化が起きて、出ていけってなっちゃったのかな?
「女王アリ……アリさんのお母さんはなんて言ったの?」
――母たる王は、好きにせよと。ただし、巣を離れれば、二度と戻ってはこれぬとも。なので、どうするかを王に決めてもらいたい。
巣を出てしまえば、もう群れの一員とはみなさないか……ん?
今、私のこと王って言った??
「アリさんが言う王って、私のこと?」
――そうだ。群れは王を守り、王は群れを栄えさせるもの。私は母たる王の子だが、王に従う。
極悪甲種は習性もアリに似ているようだ。
アリさんが外に出ていることから、働きアリだろうし、女王アリがいるのなら兵隊アリもいると思われる。
となると、あの有名な働きアリの法則の習性があるのか気になるなぁ。
二割が怠け者と言われている法則だけど、実は交代要員らしいよ。よく働くアリが疲れて休んだら、代わりに怠けていたアリが働くと。アリの生活って年中無休の24時間営業みたいなものだし、特に極悪甲種は冬眠もしないから交代要員は必要だと思うけど。
それはさておき、私に決めて欲しいようだし、パウルに念押しされてもいるので、女王アリが巣に残ってもいいと許してくれているなら、残った方がいいと伝えた。
「人にとってはアリさんも天敵のようなもので、私の側にいるとアリさんを傷つけようとする人が必ず出てくる。だから、助け合える家族と一緒にいた方がいいよ」
――王がそう望むなら。
魔物たちとは違い、魔蟲だからか主体性がそんなにないのかな?
すんなりと受け入れて、あっさり帰ろうとするアリさん。
ちょいちょい!
「待って、まだ行っちゃダメ!」
そんなにすぐ帰らなくてもいいじゃないか!
普通に立っているアリさんは、私と同じくらいの高さなので、撫でようとして気づいた。
よーく見ると、全身に毛がある。胴体だけでなく、頭にも触角にも、脚までも。
その毛をそっと触ってみると、意外にも固い。ツンツンチクチクって感じだ。
もしかして、ハリネズミみたいに身を守るためのものか?胸部に比べて腹部の方に多いのは、柔らかい部分をより守るためとも考えられるよね。
ただ、これではなでなでできない!
ならばと、脚を上げてもらって先の方を触ると、こちらも毛があった。体の毛とは違って短く柔らかいけど、他の生き物よりは固めだ。マジックテープの柔らかい方に似ている気がする。
この毛が、雪に埋もれないようにしているっぽいな。
脚自体は地球の昆虫とほぼ同じで、違うのは前脚の突起が発達しているね。
目は大きいけど、見えているかはわからないなぁ。洞窟や土の中で暮しているなら、視力が退化していてもおかしくないし。
「アリさん、お口開けて」
次は口というか立派な顎を開けてもらい、中を観察してみる。
アリの口の中とか初めて見た!
ヒゲみたいなのは、蜜とかを舐めとるためのものかな?
顎のギザギザもめっちゃ鋭い。これで食らいつかれたら、私なんか真っ二つだよ。
……もしかして、極悪甲種がこの大きさなの、獲物の弱点を狙いやすくするためだったりする?
大型の草食獣なら脚に噛みつけそうだし、小型でも首に食らいつきやすそうじゃない?
そうなると、単独でも狩りができてしまうか。群れで大きな獲物を狩る必要がなくなっちゃうね。
「アリさん、群れで狩りをしたりする?」
――敵が侵入してきたとき、ワームが襲ってきたときは戦えるものたちで対処した。
先ほどと同じように頭の中に映像が流れてきたので、慌てて目を閉じる。
映像はワームと戦っている光景だった。
大きな口を開けて極悪甲種を丸呑みするワーム。極悪甲種たちは噛みついたり、お尻の針を刺したりしているが、ワームの硬い表面を貫くことはできない。
アリさんよりも大きな個体が、ワームの体を伝い、口元まで迫る。
そのまま食べられそうだとハラハラしていたら、その個体は口の中に落ちてしまった!
それなのに、同じように口元に近づく個体が何匹かいて、どうするつもりなんだろう?
あの個体たちが何をしているのか見たいのに、映像は口元ではなくワームのお尻の方に。
これ、アリさん視点だからか!!
ワームが体をうねらせると、何匹か下敷きになりそうになるし、体を登っていた個体が降ってくるし。戦況は……戦況はどうなっているんだ!?
もどかしい気持ちで映像を見続けると、ワームの動きが変わった。
激しくのたうちまわり始めたのだ。
その激しさに何匹か潰されてしまったけど、極悪甲種たちはワームの口元に集まりだす。
アリさんも口元に向かったので、ようやく彼らが何をやっているのかを見ることができた。
口の柔らかい部分にお尻の針を突き刺していたのか!
口の中に落ちた子たちは、消化される前に内部から攻撃をしていたようだ。
そして、おそらく蟻酸のような毒がワームを蝕み、苦しめているのだろう。
今は、極悪甲種が蠢く様子しか見えない。
アリのお尻のどアップもレア映像ですな……。
「普段の狩りは一匹だけでやるの?」
今度は別の映像が流れる。普段の狩りの様子だろう。四匹ほどの極悪甲種が歩いているのが見える。
しばらくすると何かを発見したのか、極悪甲種は足を止め、しきりに触角を動かす。
アリさんの視線の先には、角が独特なヤギっぽい動物がいた。
音もなくヤギもどきに近づいていって、みんなで獲物を取り囲む。
ヤギもどきが気づき、極悪甲種から逃げようと動いた瞬間、前脚へ噛みついていた。
ちょっと待て!今のはアリの動きじゃなかったぞ!!
スローモーションを希望する!
前脚を掴まれたヤギもどきは、そのままとどめを刺され巣に運ばれていった。
「アリさん、どうやって前脚に噛みついたの?」
――どうやってとは?
「捕まえようとした動物とは少しはなれていたよね?そんなに素早く動けるの?」
――においで生き物の位置はわかる。あとは追い込んで、触れたら捕らえるだけ。
つまり、取り囲んで強行突破せざるをえないようにし、しようとした瞬間に仕留めたと?
それに、触れたらって、さっきの映像触れていた?コンマ何秒の世界だったら、目で見えないかもしれないけどさ。
いや、でも魔蟲は進化が速いってお兄ちゃんが言っていたし、アリさんの巣だけが独自の進化を成しとげたのかもしれない。
地球でも、とんでも能力を持った昆虫は多いから、可能性は高いよね。
極悪甲種の生態をもっと調べたかったが、時間切れになってしまった。
フィリップおじさんに促され、アリさんとお別れする。
ついでに、私たちの食料の余りをアリさんに持たせた。
その食料がアリさんには小さかったので、取っ手のある籠に入れたのだけど、籠を咥えたアリさんがなかなか可愛らしかった。
とある魔蟲学者の研究書より抜粋
極悪甲種:基本肉食だが、蜜など甘いものも好む。口にある牙は強力で、素早く閉じると動物の脚を切断できる。また、腹部後端に毒針を持つ。
狩りは少数で行い、大きな捕食生物に襲われるときに群れの半数以上で反撃することもある。
個体ごとに明確な役割があるようで、長の個体は繁殖のときか巣を引っ越すときにしか観察されない。
もし、巣ごと観察するのであれば、ガラスイヤ系の煙草と眠り薬を混ぜて焚くとよい。
ただし、特異体の個体には効きが弱いこともあるので、留意されよ。
補足:フィリップが極悪甲種の対処法を知っていたのは、ガシェ王国の学院にいた時代に研究者の本を読んでいたからです。
そこから眠り薬を改良し、極悪甲種、極悪飛種に効くものを作り出しました。
そこにいたるまでに何度も失敗していますし、危険のともなう駆除ができるのは冒険者として有利に働くので秘密にしています。
しかし、独占しているわけではなく、一緒に依頼をこなしたことがあり、為人が信用できる冒険者数名に伝授していたり、冒険者組合の長には教えて、緊急時には使用できるようにしています。
そうそう、精霊に群がれたネマの姿、ネマはクリスマスツリーだと思ったようですが、ヴィから見たら光るイモムシ状態でした(笑)