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第四話 学年一の美少女(笑)が自宅に泊まりにくる 2


「茜音ちゃんただいま!」

「だからここはお前の家じゃないと何度……ん?」

「どうかしたの?」

 おきまりのやりとりを途中で放棄した俺をいぶかしんで、明日葉が声をかけてくる。

「いや、いつもなら俺の帰宅に合わせて『お帰りなさいお兄ちゃん!』と駆けてくる茜音が来ないな、と」

「うん、それ多分シスコンの妄想ね。病院行った方が良いですよ」

 いや、お兄ちゃんとか駆けてくるは嘘――もといちょっとした誇張にせよ、何の反応もないほどに妹に嫌われては居ませんよ? むしろ俺のシスコンっぷりがアレだから比較で冷たくされているように見えるだけで、兄妹仲は普通よりかなりいいですよ?

 多分。いいよね? 嫌われてないよね? うっとうしがられてないよね?

「いや、うっとうしがられてはいるでしょう」

「え? なんだって?」

 なんだかよく聞こえなかった気がするぞ。

「まあ出かけてるとかかな」

 別に四六時中一緒でも、残念ながら無いのだし。

「残念ながらって。ちょいちょい恭吾君は本当に怖いですよ?」

「『気持ち悪い』とかじゃなく『怖い』なあたり、割合本気で引かれてるのはよくわかった」

 まあだからどうってものでもないが。

「まあいいか。あまり遅いようならメールも入れるけれど、まだ夕方だしね」

 この程度でいちいち確認とる兄なんて、それこそうっとうしいに違いない。というかそれは、もうシスコンをこえて危ないだろう、本気で。

 俺はシスコンだが、並程度のシスコンだ。

「うん、全くおかしくない。普通だよ」

「妹の声を目覚ましに使って『並レベル』とか抜かせるあなたの常識をちょっと疑いますけどね」

「俺は大食いじゃないからね、牛丼も並さ」

 嘯きながら家に上がる。どれだけ玄関で妹を待っているんだって話だ。

「おじゃまします」

 と今度はまともに声をかけて、明日葉が上がってくる。

「洗面所を借りていい?」

「ああ、猫を触った後だしね、洗面所は――って言わなくてもわかるか」

「うん」

 隙あらば入り浸りに来るからな、この人。

 さて、お茶でも入れるか、と俺は台所の方へ向かう、何にせよ二人同時に手は洗えないしね。俺は家に着いて手を洗わないと落ち着かない。

 明日葉と別れて台所へ行き、手を洗う。すぐ後にお茶を入れることになるなら(淹れるほど正統じゃない)、どちらにせよこっちのが都合良いのか。と、キッチン用の、匂いが移りにくいハンドソープで手を洗いながら思う。いくら淹れるではなく入れるレベルで、安物とはいえ。石鹸の匂いをしたものを飲むのもなぁ。そんなわけで洗ったばかりのコップも、あまり好きじゃなかったりする。

 と、人に言うと引かれるので基本的には口にしないが。それに本気で回避したいほど、病的なこだわりでもない。至って普通の感覚だ。

 俺が神経質や潔癖症でない証拠として、食事の直前にテーブルを拭かない程度のことは問題にしない。雑菌ぬんうんはどうせ見えないもののことだし、何日も拭かないなんて事は当然あり得ないのだから。手を洗うのは皮膚の感覚、石鹸は嗅覚なので。

 さて、じゃあお茶を――

『ひゃいやぅ――ごふっ!』

 今、なんか変な悲鳴が聞こえなかったか?

『あ、明日葉さん!? 大丈夫!?』

『平気! 平気だからちょっと離れ――くっ!』

 …………?

「何事だ?」

 俺は一端手を止め、火を消してから、声のした洗面所の方へ向かう。

「おいおい明日葉、君は一体何をやっ――ごふっ!」

挿絵(By みてみん)

 洗面所を開けたら居たのが、風呂上がりで頭に乗せたバスタオルで身体を拭いている妹だった。

 つまり全裸の妹は頭にバスタオルが掛かっているだけで、バスタオルがバスタオルで衣服がなくバスタオルの全裸なのだった。

 白い肌は風呂上がりのせいかほのかに赤く染まっていて、立ち上る湯気はソープの香りをはらんで鼻腔をくすぐる。浮かび上がる鎖骨を下ると豊かな膨らみ、くびれたウエスト、そして――

「お、お兄ちゃん?」

 ドアを開けた俺の方を見て、茜音が目を丸くしている。

「あ、い、いやこれは、悲鳴が、決してそんな、何があったのかと」

 なんだかよくわからないことを言いながら、視線を上下に泳がせる。

 すっと茜音が動き、俺の胸に手をあてる。まだ少ししめったままの、あたたかな手を拭く五指に感じて、頭がぼやける。茜音の掌と自分の心臓の鼓動を感じた。茜音はそっと力を入れて、緩やかに俺を後ろに押した。

 押されるまま数歩よろけた俺の目の前で、急く事無く冷静に、ドアが閉められた。

 ………………。

 …………。

 ……。

 俺はしばらくの間、そのまま呆然としていた。


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