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2.愛しさの温度


リスロー・トリアルダ伯爵令息は、工芸品の他職人物の品を販売する商会を運営する、伯爵家の三男。


継げる爵位もなく、貴族家へ婿入り予定もないため、平民として生きる心積もりで、学生の内から商会を起こし、学院で顧客となる貴族との繋がりをつけていた男。


しなやかな立ち居ふるまい。

聡明で気立てがよい。

そして自ら商会を起こし、すでにそれなりの大きさに成長させた、道を切り開く気概。


次期王たるゼレス・ラガルタは、最も優良な顧客を得ようと学院で接触を図ってきたこのリスローを気に入った。


以来、贈り物の相談に時折リスローを起用している。


今日もそういった相談事であろうと、ゼレスの執務室を訪ねたリスローは、話を聞いて困惑していた。


「殿下は、ご自分の元婚約者の夫をお探しで、伯爵家三男という冴えない地位のわたくしめにお声がけいただいている、ということでしょうか?」


相違ないよ、とにこやかに言うゼレスに、リスローは返す言葉を失う。

しかし、沈黙で終われないリスローは言葉をかき集める。


「ご本人ーールディア・ファーレン侯爵令嬢ご自身の意向を伺いたく思うのですが」


普通に考えて、筆頭侯爵家の令嬢で次期王の元婚約者などという身分の人間を、継ぐ爵位もない伯爵家令息三男と縁付かせることなどあるものかと思うが、リスローごときでは殿下の頼みを安易に否定できない。

どんな意図が隠れているのか、全く計れないのだ。


「ルディアには了承をとっての今だよ。だけど、ルディアも君の意向を確認したいとのことだから、この後会ってくれるかい?」


あまりに急な展開でリスローは内心目を白黒させていたが、表面上は穏やかに繕って了承の意を返す。


「では、頼んだよーーああ、断ってもいいけれど、いい話だと思うからよろしくね」


ゼレスは従者に目配せし、部屋を去る。


茶が入れ替えられると同時に、ルディア・ファーレン侯爵令嬢が入室し、リスローの向かいの席に座った。

展開が早すぎる。

リスローの心を読んだように、ルディアは微笑み、口火を切る。


「突然の話に驚きましたでしょう」


ゆったりと話すルディアの品格ある様に、リスローは背筋を伸ばす。


「殿下はわたくしを婚姻させたく、適任はあなただと判じて声がけをいたしました。トリアルダ伯爵家に申し出れば、我がファーレン侯爵家と縁付けるとして否やはないでしょう。しかし、あなたに労をかけると思えば、断れる余地を残すべきと考え、このような場での申し入れとなりました」


すでに婚姻の意志をにじませるルディアにリスローは慌てる。


「ファーレン侯爵令嬢はわたくしが弱小伯爵家の三男で、ーーいえ、地位の問題よりわたくしが工芸品に傾倒していることをご承知でのお話でしょうか?つまり、ここにいるのは妻も家も顧みず、自身の商会に心血を注ぐことが予想できる、地位のない男です」


くすり、と笑みこぼすルディアに、リスローは困惑する。


「ええ。それが良いのです。わたくしに愛を求めない夫で良いのです」


返答に困ったリスローにルディアは柔らかな声で話す。


「わたくしはゼレス殿下を敬愛し、お支えしたいと思っています。そのため側近として働き続けたいのです。家と夫を顧みず」


ね、互いにちょうど良いでしょう、といたずらっぽく笑うルディアに、リスローは肩の力が抜ける。


この婚姻が成せば、とルディアは続ける。


「わたくしが婚約解消後、下の家格と婚姻させたくないと殿下が仰せですの。あなたはまず殿下のご親戚の養子に入り、そこで余っている侯爵家の爵位を継ぎ、わたくしが嫁入りする形での婚姻になります」


「ファーレン侯爵令嬢の地位を落とさないためですね。わたくし個人にとっては高位貴族家への販路がとりやすくなる、と聞こえます」


「婚姻後の領地は侯爵位としては極小。しかし殿下が特別目をかけていることを示すために王領より分け与え、身内扱いしたいとのこと」


そこまで好条件ならば他に良い候補がいましょう、とリスローはぼやく。

ルディアは頷いたが、言葉を続けた。


「賜るのはロステア地区よ」


はっとした顔でリスローはルディアを見る。


「金銀の産地ですわ。あなたが選ばれたのは、ロステアの金銀に工芸品の付加価値を付け、少量ずつ市場に出してほしいからです」


なぜ、と呟くリスローにルディアは微笑む。


「原料として出し続けるほどの産出量がもう見込めないのです。それを表に出さず、出荷量を減らしたい意向があるのです」


もし婚姻を断るのならこの件は内密に、とルディアは言い添える。


「領地に工芸作家を呼び寄せ、工芸に特化した領地にしてよいとなれば、あなたは領地管理に注力するでしょう?そうすれば、わたくしは側近業に集中できます。ーーあなたが適任と考えた理由がわかりますでしょう?」


ルディアは茶を飲み、ゆったりとリスローの反応を待った。


リスローは自身に都合のよい条件の列挙と引き換えに求められた「愛を求めない」について思案を巡らせる。


「……跡継ぎについてはどうお考えですか?」


「領地を継がせるもの、王家に仕えるもの、二名は産む必要があると考えています。育てる部分は人を雇いますが」


いよいよわからなくなってきたリスローは、直接尋ねてしまうことにした。


「その、ーー愛を求めない、というのは」


「わたくしが側近であることを優先する、ということです。たとえば夜会では共に入場はできても、わたくしは殿下の後ろに控えます。ロステア地区の本邸に住まず、王都の別邸を住まいとします。なにかと言われるでしょうが、それを許容してほしいのです」


リスローはしばらく口をつぐみ、極めて無礼な質問をお許し願いたいのですが、と前置きして恐る恐る口を開く。


「殿下の寵愛は今もファーレン侯爵令嬢にあり、ミストレイ侯爵令嬢とは鉱山利権のために婚約した。表向きの体裁を整えるため、ファーレン侯爵令嬢にも婚姻してもらいたい。しかし、殿下とファーレン侯爵令嬢は睦まじいままでいたく、事前に了承を取ったわたくしと表面上婚姻を結ばせ、これまで通りの関係を続けたいーーではないのですか?」


ルディアはあまりの率直さに、まぁ!と声を上げてぱちくりと目を瞬かせ、くすりと笑った。


「その様に邪推される労を背負わせますでしょうけれど、気にせずわたくしと婚姻してくださいますか?という話ですわ」


よくぞ言ってくれましたとばかりに楽しげなルディアに、リスローは無礼ついでに聞く。


「お二人は男女の仲では」


「ありませんの。苦楽を共にした半身ではありますが」


「半身」


「わたくし、殿下をお支えするために育てられたものですから、お側を離されるとどう生きてよいかわからないのですわ。国にとって必要でしたから婚約者の座は降りましたけれど」


眉尻をわずかにだけ下げて言うルディアに、リスローはなんともいえない気持ちが胸を満たすのを感じた。


ルディアは幼い頃から人生の全てを殿下に捧げて、捧げたからこそ一番大切な殿下の側にいられる婚約者の座を手放し、それでもなお、側を離れる生き方を想像できないーーそれは、籠の中の鳥のようで。


彼女が空を知ったらどうなるだろうか。

外にも生きていける場所はあると知ったら。

それでも一番大切な殿下の側に戻るかもしれないが、殿下のためだけに存在している今の状態からは解き放たれるかもしれない。


リスローは思い出す。

次兄が病弱だった時はいざ知らず、健康を取り戻して以後家から必要とされなくなった自分の鬱屈とした気持ちを。

長兄の予備であったならまだしも、予備の予備となった時、不要ながらも致し方なく籠に飼われているような立ち位置になったのを。


そこに光を当ててくれたのが、リスローにとっての工芸品だ。

美しい品物に時を忘れて魅入った。

美しいものは心を慰めるのだと知った。

ほのかに明かりが灯った、そういう心地だった。


きっとルディアにとっての殿下も、そういうただひとつの明かりのような存在なのだろう。


リスローとルディアが異なるのは、リスローは工芸品をきっかけに自分を必要としてくれる居場所を見つけられ、この世には様々に心を照らしてくれるものがあると知れたことだろう。


しかしルディアの道を照らすのは、今、殿下という灯火しかない。


リスローは籠の外の明るい場所をルディアに見せたいと思った。


「わたくしが工芸や職人界隈を支えるように、ファーレン侯爵令嬢も殿下を支えることが生きる意味になっているのなら、我々は互いを理解し合える最良の婚姻をなせるかと思います」


ルディアは嬉しげに頷く。


「愛を求めないというのが、ファーレン侯爵令嬢の側近業を邪魔しないと言う意味なら、受け入れられます。しかし、わたくしはあなたを」


籠の外に連れ出したいと思う。

ともすれば仄暗いところに沈められてしまいそうな立ち位置のルディアをそのままにすることは、過去の鬱屈としたリスロー自身を見捨てるように思えたからだ。


「あなたを、必要な存在として大切にしたく思います。お許しいただけますか」


意味を捉えかねて首を傾げるルディアに、リスローはなるべく軽やかに聞こえるように言い添える。


「あなたの忠義はそのままでよいのです。わたくしも自身の仕事を大事にいたします。その前提の元、わたくしがあなたを大切にしたいので、可能な限り受け入れてくれませんか、という意味です」


共に生きるのですから、外面がどう見えようと親わしい間柄の方が過ごしやすいでしょう、と続けるリスローに、ルディアは答える言葉を見失った。


リスローは戸惑いをほぐすように言う。


「生理的に受け付けられず、必要最低限しか関わってくれるな、と思われますか?」


「どう、でしょう。考えたことがないのです。政略に好意も嫌悪も関係がないとーーあの、わたくし、このわずかな間にあなたに好かれるような要素がありましたの?条件だけは良いものを出した自信がありますが……」


「不快な要素はありませんでしたよ。そして、好きになったのではなく、これから好きになろうと決めた、というのが正しいです」


ルディアの肩の力が抜ける。


「都合のよい物語にありがちな、所以のない好意を示されたわけではないのですね」


「残念でしたか?」


「いえ、安心いたしました。その方が信用できますわ」


ようやくルディアは表情を緩めて微笑んだ。


「それであれば、できる限りわたくしも歩み寄りたく思います。わたくしのことはルディアと呼んでくださいまし」


「ありがとうございます。わたくしもリスローとお呼びください」


リスローは部屋の隅に立つ王城の使用人をちらりと見やり、二人にしか聞こえないよう小声で、もし可能であればと尋ねる。


「試しに抱きしめてもよろしいですか。それで嫌悪感があればわたくし以外を選ばれた方がよいかと思います」


「ーー思いがけないことをおっしゃる方ね」


もしルディアがリスローを受け入れ難いのであれば、リスローではルディアを籠の外に連れ出せない。余計に仕事にのめり込み、万一情勢が変わって殿下の側近でいられなくなった時、きっとルディアは追い詰められてしまう。

ルディアがわずかでも心を傾けられる別の人間こそがルディアの隣に立つべきだとリスローは思う。


「殿下に婚姻を受けると答える前に確認しておかなければと思いましたので」


リスローは、これは商売仲間の受け売りですが、と話す。


「気を緩め合える仲の者が家にいると、仕事が捗るそうです」


まあ!と声を上げるルディアにリスローは優しく笑む。

ルディアが了承の意を示し、使用人に声がけする。


「殿下のご様子をうかがってきてくださる?執務室にいらっしゃるようなら二人で報告に参ります」


使用人が部屋を出るとリスローは向かい合う席から立ち上がって、ルディアの隣に座り、腕を広げてみせる。

ルディアがリスローへ身を傾けると、リスローは腕を伸ばし、ルディアの背にそっと触れ、優しく引き寄せるように抱きしめた。

身を固くしたのを感じたリスローは、これはだめだったかと手を離そうとしたが、ルディアは自らの腕を伸ばしリスローを抱きしめ返したので、慌ててもう一度抱きしめる。

わずかにルディアは体を震わせたが、リスローは腕を緩めず、互いの穏やかな脈拍に身を委ねた。


「ご不快な気持ちはございますか?」


「いえ。ーー慣れない心地ではありますが」


腕をほどいたリスローは、慣れないといいますと、と尋ねる。


「思えばゼレス殿下にこのようにされたことはなかったな、と。男性の背中というのは大きくてしっかりとしているものですね。少し驚きました」


口をつぐんで微妙な顔をするリスローにルディアは首を傾げる。


「リスロー様はご不快ではありませんでした?」


「ルディア様となら共にいられそうだと思いました」


そう、では決まりですね、とルディアが笑む。


部屋の戸をノックする音に反応して、リスローはルディアの向かいの席に戻る。


使用人が入室し、ゼレス殿下と面会できる旨を報告した。


リスローが立ち上がり、ルディアに手を差し伸べる。

その手を取ってルディアがリスローに微笑んだので、リスローは応えるように繋ぐ手をそっと強めた。


・・・


ルディア・ファーレン侯爵令嬢と婚約を結んだリスロー・トリアルダ伯爵令息は、ルディアの空き時間を把握すると、それを狙ってこまめに会うようになった。


ルディアは互いの大事なものを優先することが前提の婚約であるのに、予定を合わせてくれるリスローに申し訳ないと遠慮した。

しかしリスローはあっけらかんと答える。


「無理はしていませんよ。あなたのように学院に行く用事も執務室に通う用事もないですし、自分で立てた事業一本ですから、自分で予定を調整できるだけですので」


でも、ルディア様

個人の時間も必要だろうからあまり会いすぎてもいけませんかね、と気遣うものだから、そういうわけではないと慌てた。


「よかった。でもなにか気になるところがあればひとまず教えてください。あなたのことを知りたいので。ーーちなみに私は卒業式典にかこつけて、あなたをうちの品物で容赦なく飾れるのは楽しみなのですよ」


半年後に学院の卒業を控えたルディアに、ずいぶんな予算をぽんと渡して、ルディアのドレスを作るよう指示したのがゼレスだ。


婚約者をシェラに変更したことであれやこれやと邪推されるルディアに、違う噂話をつけたい意図と聞いているので、リスローは極めてよい品でルディアを飾り、親密に見えるようエスコートするつもりだ。


それでルディアがゼレスの愛人だと囁かれるのは、少し収まるだろうし、御婦人方にはルディアのドレスと装飾品の意匠の方に話題が行くよう力を入れている。

それをきっかけにリスローに受注が入れば一石二鳥である。

それにリスローは前年に学院を卒業しているので、久しぶりの学舎は世話になった教員に会える機会でもあり、楽しみだった。


「とりあえず今日の内容でドレスの仕立ては進められるので、次は仮縫いが終わった段階で試着の時間をください」


ええ、わたくしも楽しみですとルディアは笑む。


「後は婚姻式の衣装ですね。これはデザイン画を描かせているのでお待ちください。それとは別にもし許されるなら側近の業務着も作らせていただけると嬉しいのですが」


まあ、と驚くルディアにリスローはデザイン画を見せる。


「職人が織った布でいい品がありまして。着ていただけると宣伝になって嬉しいのです」


楽しげに言うリスローに、ルディア口をつきかけた遠慮をひっこめる。


「お受けした方がリスロー様は嬉しく思われる、であっていますか?」


気恥ずかしそうに、おっしゃるとおりです、というリスローにルディアは嬉しそうに笑った。


「ではお任せいたします。できれば服の内側にもポケットを忍ばせていただけると嬉しいですわ」


・・・


ルディア・ファーレン侯爵令嬢は、婚約者を降りてから不名誉な噂を立てられていた。


婚約者を降りてなお殿下の側にいることから、まだ殿下を諦めきれていないだの、実は愛人だなど、政争に負けただの。


ルディア自身はそれを気にしていなかった。

ルディアの忠義が目に見えるものでない以上、そう見えるも致し方ないとわかるからだ。


風向きが変わってきたのは、ルディアがリスローと婚約を結んでからだ。


ルディアの予定に合わせて動くリスローは、端から見ると甲斐甲斐しくルディアを迎えに行くように見えていた。

ゼレスとシェラが想いあっているのではという推測と相まって、ゼレスとルディアは互いの想い人と添い遂げるために婚約解消したのでは、という噂が立ち上がった。


次にリスローがルディアに贈った側近業務着が話題になった。


男性の側近が着ているものを女性の身体のラインに合わせて仕立てたもので、ウエストラインが美しく見え、女性らしさを損なわないつくり。

袖口の切れ込みには書類仕事の邪魔にならぬ程度にプリーツをのぞかせ、金細工ボタンを飾りに一つずつ両袖に。

ジャケットの背中側は長めに仕立て、尻のラインが出ないようし、センターベントにはジャケットの襟と同様、布と同色の糸で細やかな刺繍をあしらった。

布地そのものは近くで見ると織りの文様が浮かび、品の良さを感じさせる。

足元はパンツスタイルで短めの丈にパンプス。

普段ドレスでは見せることのない細い足首を露わにした様は、保守的な夫人からの反応は芳しくない。

しかし若い世代からは、ルディアの髪型をシンプルにまとめ上げ、すらっとした足を引き立てる颯爽とした立ち姿が好評だ。

賛否両論であったために、随分話題にされたが、そこはリスローの狙い通りだった。

話題にされやすくすることで、ルディアの不名誉な噂を上書きする一助にするつもりで作ったが、その心づもりはルディアに語っていない。


リスローの想定外としては、王城で働く女性達からルディアに倣いたいと受注が入ったことだ。

ルディアのように地位が高いわけではないので幾分か質を落とし、万人受けに寄せるため足首が隠れるスタイルにはなったが、納品されると身動きの取りやすさが話題に加わり、王城内にあっという間に広まった。


働く女性の見本となったこと、地味なドレスで控えていたころより、見た目にも側近であるとわかりやすくなったことで、愛人の噂は消えていった。


その反面ドレスを脱ぎ捨てた様に、今度は女を捨てたなどという言い草をする輩が出てきた。


これにも好きに言わせておけばよいという肝の座り方を見せたルディアだったが、卒業式典の衣装で上書かれた。


ゼレスの個人資金を元にリスローが思い切り理想を入れ込み作ったドレスは、ルディアの女性としての美しさを引き立てる出来だった。

式典に相応しいクラシカルなドレスでありながら、不思議と目を引く華やかさ。

装飾品は品がよく控えめであるのに、よく見れば一級品であることがわかる。

髪は側近の時はシンプルにまとめ上げていたが、ドレスに合わせて凝った編み込みを交えてまとめ上げていた。

細い金細工のカチューシャが前髪を抑え、露わにした額は艶めく。

カチューシャの両端には両耳裏側から垂れ下がる存在感のある長さの金飾りがあり、これも素晴らしい品だった。


側近としては雄々しいだけで、プライベートでは華やかな女性のまま。

その上エスコートするリスローと親しげな様子に、噂はまたひとつ消えていった。


そして政争に負けたという噂話については、本来なら王家の親族たる公爵家が担う貿易関係業務の上席がファーレン家次男に与えられたと周知されると沈静化された。

王家がファーレン家を親族扱いしているのに、政争に負けたとは言い難いからだ。

その後ルディアの婚姻に王領の一部であるロステア地区が下賜されるという話が広まると、おいそれとファーレン家を悪く言う者はいなくなった。


「躍起になって噂を消さずともよかったのですよ。どうせそのような噂をしていたのは時勢を読む能力のない低位貴族達ばかりでしたでしょうに」


そう呆れるルディアにリスローは困ったように言う。


「平民は殿下を鉱山と引き換えに長年の婚約者を捨てた下衆扱いしていますが」


目をぱちくりと瞬かせるルディアにリスローは苦笑する。


「それを払拭する噂を流しにかかっていないということは、殿下はルディア様への無礼な噂を気にされているのでは、と思いますけれどね」


思案に口を閉ざしたルディアはひとしきり検案したあと、わたくしは不服ですが勝手はできませんので殿下に民の噂を上書いてよいか確認いたします、と小さく答えた。


「それとルディア様、領地の本邸改装と工芸職人の移住整理でロステア地区に長期滞在する件ですが、明後日に発ちますので、しばらくお会いできなくなります」


「わたくしの学院卒業後にと仰っていましたものね。なにかこちらでできることがあればお知らせくださいまし。側近業務に注力したいとはいえ、わたくしの領地でもありますので、できることはいたします」


「ありがとうございます。とはいえ、ルディア様も本格的に仕事が始まれば大変なことも多いでしょうから、お身体に気をつけて」


・・・


本格的に仕事が始まったルディアは、慌ただしく毎日を過ごしていた。


今までうまく働いていたと思っていたが、実際に働き出すと、学院生だったことを加味されて短期的で簡単な仕事だけをしていたのだとわかる。

長い期間で見た事業を複数並行して動かすのは、案件ごとに懸案事項を精査するのも、裏取りをするのも簡単ではない。

長期事業になると経験値が足りない分、自分の仕事が的を射ているのか確信が持てず迷う分、手が遅くなる。

その上複数案件作業する分、頭の中で混在してくるのも困りものだ。


そして、ルディアが婚約者から外れたことで気づくことがある。

王宮の事務官たちが今まで優先的に、好意的に関わってくれていたのはゼレスの婚約者だったからなのだと。


物珍しい女側近などすぐいなくなるだろうと踏んでいるのか、婚約者でもない新人側近が持ってくる案件など大したものではないと思われているのか、一部の人からは後回しにされがちだ。


(殿下の仕事だというのにこの優先順位の下げられ方は許容しがたいわ。わたくしではなく、殿下に無礼だと思わないのかしら)


内心湧き上がる怒りを抑えながら、淡々と仕事を進める。


以前より王宮で働く十歳年上のグロウスタは、王宮内で立ち位置を作り終えているので同じような苦しみはなさそうだ。


シェラも妃となる身であるし、学院卒業を翌年に控えていてまだ本格的に働き出していないこともあり、邪険にされることはない。


ルディア一人だけが密かに厳しい風当たりにさらされていた。


それをゼレスに言うのも、言ったところでゼレスの手を煩わせるのも違う気がした。

ルディアはゼレスを支えるためにいて、足手まといになるわけにはいかないのだから。


自分の立ち位置は自分で作るしかないのだ。


・・・


慣れない仕事とルディアを快く思わない事務官との攻防でぐったりと疲れた週末は、なにをする気にもならず、ルディアはファーレン家邸宅のサンルームでぼうっとした。


そしてそんな時間が久しぶりであることに気づく。


ゼレスの婚約者であった頃は、ゼレスの理想の政策を聞いたり、現王妃について学んだり、茶会に出たりとなにかと予定が入っていたし、婚約を解消してからはリスローと会っていた。


ぽっかりできた空白の時間に、ルディアはどうしていいかわからなくなる。


ゼレスの支えになりたいのに、不安が積み重なる始まりだった。悪い考えがめぐって気が滅入る。

もし自分がゼレスの邪魔になるのなら、側近を辞めるべきだろうか。

長年共にいた功績と引き換えに得た側近の役だが、自分がゼレスの足を引っ張るなら引かなければならないと思う。

そうなれば、こんなぽっかりした時間ばかりになって、どうしたらいいかわからなくなりそうだ。

それに、婚約も側近も上手くいかない娘に父は幻滅するかもしれない。一応育ててくれた分は、婚約解消に伴う次兄の重用で返せただろうか。


「ルディア様、リスロー様からお手紙を預かっていますよ」


侍女がサンルームに手紙を持って現れた。


やることがあるのはありがたい。主体的になにかできるほどの気力が残っていない今は特に。


手紙には、ロステア地区での進捗が記されていた。

順調に進んでいるようだ。

端的な報告書から目を上げると、侍女が美しいモビールを持ってきた。


「それは?」

「リスロー様がルディア様にと」


リスローが愛してやまない工芸品の技術を尽くした品物。

侍女はサンルームの窓の近く、風が入ってくるところにつるす。

複雑な形のパーツは白っぽいが光を浴びて虹色に煌めき、ゆったりと揺れ動いて、床に複雑な影を落とした。

風がはいるとモビールパーツに組み込まれたパーツの一部が互いに軽く触れ合って音を響かせる。

風が駆けていくような、聞いたことのない澄んだ音色に、ルディアは思わず聴き入った。


「きれいな音ね」


ルディアが先ほどと変わって穏やかな表情で呟くので、侍女は嬉しげに言う。


「本当に。リスロー様はよいお品を見つける天才ですのね」


ふとルディアの心にリスローが楽しげに話す顔が浮かんだ。


「そうね。きっとここにいたら何でできているとか、どんな技術だとか、嬉しそうに教えてくれるのでしょうね」


リスローは落ち着いていて、優しく穏やかだ。一つ年上だが、それ以上に余裕があるように思う。

でも愛する工芸品の事になると、リスローは嬉しげに瞳の奥を輝かせて、こちらが求める限り生き生きと語ってくれる。

想像したらくすりと笑いが漏れた。


「どうされているかしら。ロステア地区の状況だけ端的に書かれた手紙ではわからないわね」


あのように細やかな気遣いでエスコートしてくださる方が、そんなところは無骨ですのね、と侍女が言うので、ルディアは「まあ!」声を上げてしまった。


「このお品もルディア様がご休憩することがあればとお預けくださったんですよ。ご婚約されてからリスロー様がルディア様を連れ出してくださっていましたから、のんびりされるのは久しぶりでございましょう。どうぞお心を休めてくださいまし」


侍女は茶を入れ替えてサンルームを去った。


ぼんやりとモビールが揺れるのを眺めながら思い返す。


リスローとの外出は、苗屋であれこれと樹木の特性を聞いたのが最初だった。

ルディアが街路樹整備の仕事をしていた時期だったので、リスローが気を使って仕事に絡めた外出にしたのだろう。


この木は大きくなりにくいだとか、落葉するので掃除が必要とか、実ができて愛らしいが熟して落ちると汚れるだとか。

これは花が綺麗だが期間が短い、花は小ぶりだが長く楽しめるだとか、花はないが葉の色が変わって美しいだとか。

現物を見ながらの紹介は新鮮で楽しかった。


その後ロステア地区に植樹する木や、ロステア地区で高級な綿原料を育てたいといった話になり、仕事づくしになったことを詫びられて新鮮だった。


なにせルディアの外出といえば、ゼレスの視察同行ばかりで、それ以外は王宮に行く程度だったと話すと、リスローは微妙な顔をして、次の休みには演奏会に連れ出した。


侍女は嬉しそうに身支度を整えてくれ、「ようございましたね。視察と違って自由にルディア様を飾れますので楽しゅうございます」とご機嫌だった。


聞くと演奏会だの観劇だのは婚約者同士親睦を深める一般的な外出らしい。


ゼレスが招待を受けてそういったものに随伴することはあったが、感想を取材されたり、その後接待の食事をしたりだったので、純粋に客として行き、気を使わず素直な感想を言い合うのは気楽で楽しいものだと知った。


リスローはそういった楽しみ事の他に、工芸職人たちとルディアをよく引き合わせた。

卒業式典の衣装や装飾品の打ち合わせを兼ねていたり、ロステア地区本邸と王都別邸の内装等打ち合わせを兼ねていたが、ルディアが貴族女性ならではの目線で話すうち、職人たちがルディアの意見を深掘りして聞きたがるようになった。

その内に仲良くなってしまい、ルディアと職人たちで商品を開発する勢いになってしまって、

「優秀な人はどこへ連れて行ってもこうなるのでしょうかね。婚約者を取られるとは思いませんでした」

と、リスローを苦笑させた。


リスローは平民になる予定だった分、元々職人たちと意見を言い合える関係性を築いていて、ルディアもそれに準じたからこその展開だった。

職人達を萎縮させない為に、ルディアが侯爵家令嬢であることは伏せてあるのも大きい。


ルディアは今までゼレスからしか必要とされなかった。


でもリスローが連れ出してくれた先で、ルディアそのものを必要としてくれる人ができたのは、とても嬉しい。

だから、ロステアが侯爵領となることが公になった時も、気楽な関係のままでいられたらいいのに、と思う。


「いつ話そうか私も悩んでいるのですよ。ロステア本邸に関する相談は、私が仕事で受けていて仲介役として発注していると思われているので、侯爵になると彼らに伝えていないのです」


困ったようにリスローも言っていたから、ロステア地区から戻ってきたらこの件も打ち合わせなければならないだろう。


モビールがしゃらしゃらと風を歌う。


ルディアはふと思う。


リスローは職人の親方だけでなく、弟子たちともよく話していた。

習得した技法の話だとか、こんなものを作ってみたいだとか。

そしてそれに合わせて仕事を持ってきては弟子たちの挑戦を促し、親方の合格が出れば納品する。

親方は弟子たちが成長することがありがたいし、弟子たちもチャンスが巡ってくるのでこぞってリスローを頼りにする。


あんな風になれたら。


このモビールも弟子の作品かも知れない。

ロステア地区から帰ってきたら、詳しく聞いてみよう。きっと楽しそうに話してくれるだろうから。


ルディアはようやく穏やかな気持ちでくつろぐ。

また気持ちを切り替えて働けそうな気がしてきた。


・・・


ルディアはリスローを見習って、各部署の下位事務官らとも交流を図ることにした。


すると、ルディアを邪険にする事務官の下で働く事務官らは静かに不満を抱えていることに気づく。


仕事の功績を正当に評価されなかったり、散々否定されたと思ったら否定された案が通っていたり。自分の業務成果が上司がした仕事になっていたり。

すでに諦めの境地に立つ事務官たちのかわりにルディアの方が不快を覚える。


ルディアは自分の仕事を進める時は、実働部隊である下位事務官らに実際のところを確認し、誰がどの業務を遂行しているのかを把握するようにした。


邪険にされるとは別に、消極的にし対応してもらえないこともあった。

新たな婚約者となったシェラから、ルディアに肩入れしているとみなされ、職場での立ち位置を失うことを危惧している層だ。


これはもう仕方がないが、ルディアが立ち位置を回復することで、現婚約者派、元婚約者派のようになってもいけないので悩ましいと思っていたら、シェラから現王妃を交えた三名での茶会の誘いが来た。


職場の人らの目に入る場所を選んで行われた茶会は、シェラがファーレン侯爵家と敵対する意思がないことを明言した。


これまで婚約者の座を得るべく、散々追い落とそうとちょっかいを掛けられていたルディアとしては、にわかに信じがたいが、受け入れることにした。

いがみ合うだけ国益に資さないし、ファーレン家次兄が担う貿易関連部署と仲良くしなければ、ミストレイ侯爵家は鉱石輸出時にやりづらいだろうから、嘘はないだろう。


その上シェラとは予定が合うタイミングで昼食を共にすることになった。二人の仲が良いと見なされれば風向きは変わるので、慎重派の事務官ともうまくやれそうだ。


リスローからは、仕事が休みの時に合わせて、手紙が届く。

中身は手紙という名の業務報告と言うべき淡白さだが、ルディアの休みに合わせて届けてくるところは、気遣いの人だな、と改めて思う。


ロステア地区の本邸内装について、リスローが取り入れたいと思っていることを書いてある部分だけは、リスローを感じられる熱量があって笑みこぼれる。


ルディアは返信をしたためる。

「どうぞリスロー様が取り入れたいものを存分に。事前にお知らせしている必要事項を満たしていれば、わたくしの了承なく進めて構いません。これについてはあなたを信頼しております」


本邸はどんな出来になるだろうか。

リスローが嬉しげに解説してくれるのが楽しみだった。


モビールが奏でるしゃらしゃらとした音を聞きながら、空白の時間に身を委ねる。

働き始めてから、このなにもない時間がルディアの癒しになっていた。


音と紐づいてしまったのか、リスローと離れている時間が長くなるにつれ、物寂しく、なにか足りない気持ちになってふと彼のことを思い出す。

婚約してからたった半年ほど共にいただけなのに、頻繁に頭の片隅に浮かぶのだから不思議なものだ。


・・・


ルディアが実際の業務遂行者と実務内容を密かに控えるようになって2週間ほど経った。


ゼレスがとある業務を急ぎで進めたく、ルディアを邪険にするーールディアが渡す仕事をゆっくりとしかしない事務官をゼレスの執務室に呼び出した。


「ナリル公、この外壁剥落に関する補修なのだが早めることはできないのか?剥落の危険があるとして通行止めにしているこの道を使えるといいのだが」


ルディアはゼレスの意向が汲めたので退出して、ナリル公の部下を連れてくることにした。


「殿下、このまま話を進めず、少しお待ちくださいますか」


実際に自分がやりもしないのに二つ返事で請け負おうとしたであろうナリル公を遮り、ルディアが進言する。


「わかった。ナリル公、少し茶でも楽しんでくれ」


ゼレスは戸惑うこともなく自分の机に戻り、仕事を再開させた。このあたりはゼレスのルディアに対する信頼によるものだ。

ルディアはナリル公の視線を無視して部屋を出る。


早々にルディアは資料を握りしめた男を連れてゼレスの前に現れる。


「殿下、こちらブロンツナー男爵です。この件について実際に業務遂行している者ですわ」


「なるほど、持ち帰らせるより早いと言うわけか。ブロンツナー男爵、萎縮は不要だ。意見を述べてくれ」


ゼレスは執務机からナリル公が座る打ち合わせテーブルに戻り、ブロンツナー男爵に席を進める。


「ーーはっ。ファーレン侯爵令嬢よりお伺いした話ですと、道を使いたいご意向で工事を早めてほしいとのこと。現在、壁の外より水をかけ、内装に浸水跡が出る場所を特定する作業を行なっています。これにより、補修を必要とする位置の特定と、交換するタイルの数、埋め直す目地材の発注数を決めます。資材購入と、工事業者への発注を一度にまとめようとの考えによるものです」


合理的だね、とゼレスが頷く。


「速さと見栄えを重視されるのであれば、道に面する壁面のみを最優先で取り掛かります。その場合暫定で材料を一部発注、工事発注も分割発注になりますので、費用は現想定より多くかかる恐れがあります。見栄えを気にしないのであれば、壁面に布を被せるという手法もありますが、布を発注するため、これも別途費用が必要になりますし、布が届くまで時間を要します」


なるほど、とゼレスは思案する。


ナリル公がブロンツナー男爵に、道に面する壁面だけ工事を先行させ、費用は据え置きで交渉してくるように言ったが、ゼレスがそれを遮る。


「こちらの都合であるのに、しわ寄せを発注先になすりつけるのは私の意図するところではないね」


ブロンツナー男爵は身を縮ませていたが、ナリル公よりゼレスの方が話が通じそうだと気付くと少し肩の力が抜ける。

ルディアはそれを見て、ブロンツナー男爵に地図を広げて話しかける。


「軍部第三隊の装備を外部からこの倉庫に入れたいのですが、なるべく移動距離を減らしたいのです。この入り口からこの倉庫に行くのに殿下の言うようこの道が最短とのことでの話なのですが」


ブロンツナー男爵はしばし考えた後、口を開く。


「単に一度道をお使いになりたいだけでしたら、搬入者には軍部のヘルメットを貸し出し、短距離ですから、道には軍部のタープを頭上に張って落下物を荷物で受けることのないようにされるのはいかがでしょうか。物々しくはなりますが」


ゼレスは頷いて言う。


「それでも良い気はするな。元は突発的な話であるし。ーーグロウスタ、ルディア。搬入業者と日程を決めて、その日のヘルメットとタープを確保。軍部第三隊から設置人員を用意させてくれるか。ブロンツナー男爵、よく意見してくれた。ナリル公もよい部下を持ったな」


満足気に解散を告げるゼレスに応じて、ルディアは執務室のドアをあけ、ナリル公とブロンツナー男爵の退出を促す。


去り際ナリル公はルディアをじとりと見、ブロンツナー男爵は深く頭を下げて退出した。


後日ルディア一人でナリル公に仕事を持っていくと、不満を口にされたので、しれりと言う。


「ナリル公は殿下からお預かりした仕事をお渡しして帰ってくるまでがほかの方と比べてゆったりとしてらっしゃいますから。殿下の求める速さでお返事できませんでしょう?そういう合わない方を廃するのも側近の役目ですの。殿下の時間は貴重ですから」


この仕事は急いでいませんからいつもぐらいの速度で大丈夫ですよ、と言い添えて仕事を置いていく。


その足で同室のブロンツナー男爵に声をかける。


「殿下が、また相談が必要になった時はよろしく頼む、とのことです。殿下はなんの根拠もない耳聞こえのよい返事をする者を信用しませんが、きちんと理屈の通った意見をするものは好まれますので、あなたの対応は大変好ましいものであったと思います」


恐縮で硬直した男爵に笑みかけてルディアは退出する。


ナリル公がどんな顔をしているかは確認しなかった。


・・・


「グロウスタ、ルディアの様子はどうだい?」


ルディアとシェラが昼食を共にしているタイミングで、ゼレスは側近にもう一人の側近の様子を尋ねる。


「少しずつ反撃しにかかっているようですよ。微妙な上司がいる部署は実務をしている部下から手を回しているようです。たくましい方ですよ」


「そうか。かわいそうなことをしたと思ったが、さすがと言うべきか、手放したのが惜しいというべきか」


それは、シェラ様の前で言ってはいけませんよ、とグロウスタが釘を差す。


「そろそろトリアルダ伯爵令息が戻られますから、ルディア様に連休を差し上げてはいかがですか」


打ち合わせたいことが多いだろうからそうしようか、と言うゼレスに、グロウスタは苦笑した。


リスロー・トリアルダ伯爵令息と婚約を結んだ後のルディアは、雰囲気が変わった。


ゼレスの隣にいた時は、冷たく危うい強さを湛えていたが、今は柔らかさが滲むようになった。


だからこそ、人によってはルディアを舐めてかかってしまい、返り討ちにあっているのだろうが。


ルディアの本当の兄よりよほど兄のようなグロウスタとしては、いつリスローをゆっくり紹介してもらうか迷うところである。


ルディアが自身の変化を自覚した後がいいが、それはいつになるだろうか。


・・・


ロステア地区から戻ってきたリスローは、婚約者に会うべくファーレン侯爵家を訪れた。


サンルームに通されたリスローは、自分が贈ったモビールが吊るされているのを見つけて表情を緩める。


程なくサンルームに入ってきたルディアは、モビールを眺めるリスローの隣に立った。


「お休みの時はこれを眺めて過ごしましたのよ」


柔らかく笑むルディアにリスローは嬉しくなる。


「いい場所に飾っていだけて、作品も喜びます」


侍女がモビールを眺めながらくつろげるようお茶を用意し、二人はソファに身を落ち着ける。


しゃらしゃらとモビールが鳴り、サンルームの外に広がる中庭から鳥の声が聞こえる。


「いい品物が、似合いの場所にいき、大事にされている、というのが私の一番嬉しいことでして」


幸せそうに言うリスローに、ルディアもつられて心が緩む。


「働き出すと今までと勝手が違って、最初は心底疲弊したのですが、これを眺めていると随分癒されましたの」


「少しは未来の夫の値打ちは上がりましたかね」


冗談めかすリスローにルディアは笑ってしまうも、

「ええ、とても。一緒に見たいと思っていましたのよ。ぜひこの品物の良さを教えてくださいな」

と朗らかに言った。


リスローは楽しげにモビールに使われた技法や美しさについて語り、ルディアも気を緩めてそれを興味深く聞いた。


共に過ごすうちに芽生えるものを、なんと呼べばいいだろう。

熱っぽさも、衝動も、執着もないけれど、穏やかな時を分かち合う仲。

一番に思うものは互いではないと線引きをしてなお、互いを信じられ、互いを預け合えるようになれると思える。


愛を求めないと言って始まった。

一番大切にしたいものと同じ熱量を、きっと持てないから。


この関係を愛と呼べないとしても、

共に感じる穏やかな陽だまりの温みを、

愛しく思う。





以下設定等補足




・王城勤務希望者のための学院

二年制で後継ぎ以外の王城に勤務したい者のための学院。

公文書、法律の読み解き方、過去の事例を学び、事例に対しての対処方法を議論するなど実践的な教育を施す。

ゼレスやルディアはそのあたりの教育を終えているので、実習や集団で研究発表の時に出席し、将来の部下の能力を確認したり、有能な者と早期に繋がりを作るために在籍。

リスローのように学院に通うものの結局王城に勤務しない者もいる。

次期王と次期王妃が通うとなると、繋がりを持ちたいために入った者も多かった。

シェラはゼレスの一学年下に在籍。

卒業式典で脚光を浴びるルディアを見て、ゼレスにエスコートされながら今年卒業でなくてよかったとほっとした。(主役の卒業生より目立たないようにすべきだったのでちょうど良かった)


・呼び名

ゼレスは気楽な場では、グロウスタをグロウ、ルディアをルディと呼び、ルディアはゼレスを敬称なく呼んでいた。

これは幼少からグロウスタが目付役、ゼレスとルディアは共に教育を施されたなごり。

シェラが王妃になるに足るとゼレスが判断した後から、ゼレスはルディと呼ぶことを辞め、ルディアもゼレス殿下と呼ぶように変わった。


・アルスターレ

アルスターレが殿下推しで騎士になったのを知ったルディアが、アルスターレに礼儀作法の教師をつけ、婚約者たる自分についてまわれるだけの能力を育てた。

ルディアにつくことが多かった分、ゼレスが仮面を付け替えていることを含め、秘密を色々知ってしまっている。

いろんな顔を持ってる殿下最高推せると思っている。

ルディア的にはゼレスに好意的な分、疑いようのない忠誠心があってよいと思っている。

騎士は礼儀作法と戦闘能力を併せ持ち、護衛や警備業務を担当する。

軍部は粗野でも良いが団体での戦闘能力を重視する。


・推し

アルスターレとルディアは、ゼレス推し。

リスローは、工芸品推し。

シェラは、ゼレスに恋。

ルディアもリスローも推し愛が強いので、お互いを慈しみ合うものの、

それを愛と表現するのはしっくりこないながらも、歩み寄り合う。


・ルディアとリスローの婚姻後

王領のロステア地区はロステア領になり、リスローは養子入りした公爵家からルヴァール侯爵を継承。

ルディアは側近に注力したいので、当主はリスローとなった。

リスローは婚姻を結ぶ当日に、公爵家養子入り→ルヴァール侯爵継承→ルディアと婚姻の3つの書類を書いた。

履歴をみれば、王家が用意したルディアのための婚姻とわかるようになっている。

(リスローが一時的にであっても公爵に相応しいものをもっているということではなく、ルディアがそこまでするに相応しい働きをしたということが汲めるようにしてある)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

見知らぬ方とのおしゃべりが上手ではないため、感想は閉じていますが、

もしよければ評価いただけると、

楽しく読んでくださった方がいるんだなと嬉しくなります。

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