魔獣群の影
リヴェール村は、思った以上に疲弊していた。
木造の家々は壁にひびが入り、畑は土が痩せて作物がまばらにしか育っていない。
村人たちの服は擦り切れ、目には諦めのような色が浮かんでいた。
俺たちが到着したときも、歓迎というより「また誰かが犠牲になるのか」という諦観が漂っていた。
(これ……現実の俺がいた世界と、どこか似てる)
大学を中退して部屋に引きこもっていた頃の自分を思い出す。
何をやっても報われず、ただ毎日を耐えるだけ。
ここでは重税と魔獣が、その役割を果たしているらしい。
ルナリアは到着するなり、すぐに動き出した。
「みんな、聞いて!あたしはルナリア・ヴォルテルよ。昔、この近くの領地にいたわ。絶対に村を守るから、協力して!」
彼女は村長や自警団の男たちに次々と声をかけ、魔獣の出現時間、群れの規模、村の弱点を聞き出していく。
走り回り、疲れた村民の肩を叩いて励ます姿は、俺の中に説明できない衝動を湧き上がらせた。
「零!こっちに来て!村の南側が一番危ないみたい!」
ルナリアに呼ばれ、俺は村の南側へ移動した。
そこは森に近く、木の柵が低く、魔法陣もほとんどない。明らかに防御が手薄だった。
村民の一人がぼそりと呟いた。
「……毎年、税金を取られて、魔獣対策の金も残らない。領主様は遠くの街にいて、助けなんか来やしないよ……」
その言葉に、俺の胸がざわついた。
重税、貧困、弱い者いじめ。
現実世界でも、努力しても報われない人間は大勢いる。
俺自身が、その一人だった。
ルナリアが俺の横に並び、小声で熱く語った。
「零、見て。この村の人たち……本当に苦しんでる。税金で搾取されて、魔獣に怯えて、誰も助けてくれない。あたし、昔から思ってたの。この世界の仕組み自体が、おかしいんじゃないかって……」
彼女の碧い瞳は怒りと決意で燃えていた。
気の強い性格が、こんなときにより強く表れる。
「でも、零がいる。今までみたいに『どうしようもない』じゃ済まされないわ。あんたの知識で……ここを変えられるかもしれない!」
その言葉が、俺の心に深く刺さった。
(変える……か)
これまでは小さな依頼を効率化して、英雄扱いされる快感に浸っていた。
でもこの村を見て、ルナリアの言葉を聞いて、初めて本気で思った。
俺はここで、ただの便利屋じゃなく、何かを「変える」側になれるんじゃないかと。
俺は境界演算システムを起動し、村全体の地形と魔獣の情報を解析し始めた。
「ルナリア、魔獣の生態を教えてくれ。黒牙の群れは夜行性か? リーダー個体がいるのか?」
「ええ、夜になると活発になるわ。リーダーは大型の黒い魔狼で、群れを統率してる。賢いから、簡単には罠にかからないの」
俺は頭の中でシミュレーションを走らせた。
現代のゲームAI思考、群れ行動の予測、効率的な防御策。
「よし、作戦を立てる。まず、南側の柵を補強する。簡易魔法陣を複数設置して連鎖させる。ルナリア、お前は村民をまとめて、魔力の供給を手伝ってくれ。俺が最適化する」
「わかった! 任せて!」
ルナリアは即座に村民たちに指示を飛ばし始めた。
「みんな、木を運んで! あたしが魔法で固定するわ!」
彼女の行動力で、村全体が少しずつ活気づいていく。
夕暮れが迫る中、俺は地面に魔法陣を描きながら考えていた。
(魔法の流れをプログラミングみたいに最適化すれば……消費を抑えて効果を上げられる。これまでの小さな結果を、ここで活かせるはずだ)
村民たちが俺の作業を見て、囁き合う。
「あの黒髪の青年……本当にすごいな」
「あの嬢ちゃんも一生懸命だ……」
夜が近づくにつれ、森の奥から低い咆哮が響き始めた。
魔獣群の影が、確実に村に迫っていた。
ルナリアが俺の隣に立ち、杖を強く握りしめた。
「零……来るわよ」
俺は静かに頷いた。
「ああ。ここで、俺たちの本当の戦いが始まる」
胸の奥で、熱いものが燃え上がっていた。
これはもう、ただの依頼じゃない。
この村を、この世界の理不尽を、少しでも変えるための第一歩だ。




